怪盗アクアメロディ
シチュエーション


人々が寝静まった夜更け
大都市サクリファイスシティの中を駆ける一つの影があった

「ふふっ、鬼さんこちらっ」
「ま、待てー!!」

ぴょんぴょんと軽快に屋根の上を跳ね、逃げ回る影を追いかける一団
それはシティの誇る警察の特別班だった
サクリファイスシティ警察特別班、通称《怪盗捕縛チーム》は必死に逃げ回る影を追いかける
だが、屋根をわたる影に対し彼らは地面を走るしかない
しかしそれでも犯罪者を捕まえるという彼らの意思に衰えはなかった
徐々に離されていく距離に歯噛みをしながらもチームリーダーは追いすがるべく部下へ指示を出す
と、その瞬間
看板のライトを横切った影の姿が光の中に浮き上がった

「アクアメロディ…!」

光の中に浮き上がった人影はまだ十代の少女だった
ポニーテールの髪を風に揺らし、ミニスカートを翻すその少女は肉付きの良い足をさらしながら微笑んでいた
普段は闇にとけているディープブルーを基調とした衣装がハッキリと光の中でその存在を主張する
少女の顔にはいかにも怪盗といった感じの仮面が身につけられている
彼女の素顔を見たものは誰もいない
だが、仮面をつけていても少女の美貌は上物だということがハッキリとわかる

「さて、そろそろ追いかけっこは終わりね」
「ふ、ふざけるな! 今日という今日はお前を逮捕する…!」
「くすくす。そんなに息を切らせて凄んでも滑稽よ刑事さん?」

仮面の下の目元を緩ませて怪盗少女はバッと建物から飛び降りた
建物の高さは四階
そのまま着地すれば間違いなく重傷、もしくは死亡する高さである
特別班の人員は皆一様に目を見開く
だが、次の瞬間その目は驚愕の色に染まった
少女の背中から羽が生えてきたのだ

「それじゃあ、またねっ」

怪盗少女は投げキッスを送るとそのまま空を飛んでいく
闇夜に溶け込むかのように消えていくアクアメロディ
彼女を追う警察官たちはそれを呆然と見送ることしかできない
羽に見えたものはハンググライダーだった

『アクアメロディ現る! 今回の被害はフレイアの宝石! エレメントジュエルこれで四つ目の被害!』

翌朝の朝刊一面に文字が舞い躍っていた
紙面には警察の体たらくとエレメントジュエルについての解説
そしてアクアメロディについて書かれていた

「彼女の目的は一体!? か…」

コーヒーを飲みながら水無月美音はポツリと呟いた
黒いストレートロングの髪が朝日に照らされてツヤツヤときらめく
Dカップの胸を呼吸に上下させ、美音は物憂げに溜息をついた

「皆は知らないのね。エレメントジュエルがどれだけ危険なものなのかということを」

エレメントジュエル
地水火風光闇を名付けられた六つの宝石
億を越えるといわれる金銭的価値が取り上げられているが、これらの本当の価値はもっと違うところにある
それはかの石に宿っている魔力
人の欲望に反応し、欲望の持ち主にそれぞれの属性に応じた異常な力を貸し与えるという不思議な力

「お母さん…」

くしゃり、と新聞が手に込められた力によって歪む
美音の母親はエレメントジュエルに魅せられた人間の一人だった
研究者である彼女は不思議な力を持つといわれるエレメントジュエルの解析に携わっていた
だが、数年前のある日
彼女はエレメントジュエルの一つアースに魅入られた研究員の一人が巻き起こした地震によって重傷を負い、死亡した

『美音…エレメントジュエルは危険よ。あなたが平穏を望むのなら…あの宝石に近寄ってはダメ』

母親の最期の言葉を聞いた美音はエレメントジュエルを集めることを決意した
別に魔力が欲しいわけではなかった
ただ、母親を殺した原因が憎かったのだ
それにエレメントジュエルが存在する限りどこかで誰かが被害にあうのは間違いない
自分さえ平穏なら良い
正義感の強い美音はそんなふうには割り切れなかったのだ

「怪盗アクアメロディ…か」

美音は記事に踊る名詞に目を細めた
怪盗アクアメロディ
それは美音のもう一つの姿だった
一介の女子高校生である美音に億を越える価値のあるエレメントジュエルを真っ当に手に入れられる方法はない
ゆえに美音はエレメントジュエルを盗むという方法で採集することに決めたのだ

「なんかアイドルみたい」

新聞にかかれているアクアメロディの評価はほぼ全て好意的なものに偏っている
被害にあったエレメントジュエルの持ち主たちが皆揃って評判の悪い富豪たちだったということもあるのだろう
アクアメロディは今や義賊として大衆のアイドルと化していたのである

「悪いことをして褒められるっていうのも、心苦しいけど…」

エレメントジュエルを野放しにするわけにはいかない
そう決意している美音に迷いはなかった
幸い、今まで集めたジュエルは魔力発動の前に集めることができたので問題は起きていない
美音の手元にあるジュエルは地の《アース》水の《アクアル》光の《ライティア》そして昨夜手に入れた火の《フレイヤ》
残るは二つ
風の《ウインドル》と闇の《ダーク》

「あと二つ…それで、全てが終わる」

ぎゅ、と拳を握り締める美音
だが、彼女は知らない
既に残る二つのジュエルは魔力が発動しているということを
そして、その持ち主たちが残るジュエルを求めて自分を捕らえようと待ち受けているということを…






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