怪盗アクアメロディ 犯罪者塔亜風見
-3-
シチュエーション


自分を捕まえ、屈辱を与えた男に一矢報いる。
美音は熱く燃え盛る正義感と復讐の念でかろうじて精神の均衡を保っていた。

ガクン!

マジックハンドが結び目から手を離すと、再びクレーン車が動き出した。
反動で僅かに美音の身体が揺れる。
美音はスカートを離さないようにガッチリと足を閉じ、その奥の恥ずかしい部分を守る。

「しかし梶警視、ゲームはよろしいのですが、このままではいささか退屈です」
「ふむ?」
「なのでアクアメロディにインタビューを再開してよろしいでしょうか?」
「…まあ、先程のようなことをしなければ」
「それは勿論! ほどほどにしておきますよ!」
「あまりに酷いようなならまた止めますからね?」
「了解しました!」

三文芝居を見た気分になり、美音は著しく不快だった。
だが、男たちはそんなことを意に介さない。
覗井とカメラマンは再び美音の傍へとやってくる。

「さてさて、梶警視主催のゲームが始まったわけですが。このままでは素顔が公開されてしまうことについて、どうですか?」

口元へと伸びてくるマイクに美音は沈黙を決め込む。
いちいちリアクションをとって相手を喜ばせることはない。
しかしその程度の抵抗、覗井には百も承知だった。
女性を辱めることに関しては超一流の男である。
反応を引き出す方法などいくらでも彼の引き出しにはあった。

「しかし仮面の下の素顔も楽しみですが、僕としてはその服の下の魅力的な身体も気になるんですよねー」

注意されたばかりだというのに、いきなりのセクハラ発言。
だが観衆にはそれが受けた。
カメラも覗井の言葉に従って美音の身体をズームする。

(こっこの…でも、今がチャンス…!)

身体を見られているのは恥ずかしいが、注目の先が移ったことは美音にとって好都合だった。
グローブから針金を引き出すと手首を拘束する手錠の鍵穴へとそれをゆっくりと差し込む。
カチャカチャ…
僅かな金属音が覗井のリポートと観衆の声に打ち消される。

(よし、このまま――!?)
「しかしまだ高校生くらいにしか見えないのに、随分と発育の良い身体です、グラビアアイドルも真っ青じゃないんですかね?」
(あっ、胸…見ないでっ! くっ、ダメ。今はこっちに集中しないと…!)

だが、順調に進むかに思えた開錠作業はすぐに難航した。
美音の正体は所詮ただの女子高校生にしか過ぎない。
いくら思考から外そうと意識しても、年頃の女の子が自分の身体を注視されて動揺しないはずがないのだ。

「おっぱいとかもうちょっとで全部見えそうなんですよね、くぅっ! もう少し!」
「え…!?」

覗井の指摘に美音は思わず手を止めて視線を下げてしまう。
そこには、確かに指摘どおり今にも全開しそうな上着の姿があった。

(い、いつのまに…!?)

クレーン車の振動や美音自身の身じろぎはボタンという支えを失った上着の守りを徐々に崩壊させていた。
四分の一ほどだった胸の露出も今では三分の一を超えている。
大きく膨らんだ胸が谷間をこれでもかと見せつけながら今にもこぼれでそうになっていた。

(ど、どうにかして元に戻さ……ああっ!?)
「おおっ!」

ひゅうっ
一瞬の夜風が美音の身体を襲った。
風量こそ大したことはなかったものの、大きくくつろげられた上着が風の影響で更に開く。
だが、あわや全開か、というところでそれはせき止められた。
上着が乳首に引っかかってかろうじて露出を防いだのだ。

「おしい! っと、ではなく…いやあ、いい眺めになってきましたねぇ」
「ちょ、ちょっと、元に戻しなさいっ」
「風のしたもとですし、私には義務はないんですよこれが。それに誰も望んでいないと思います」

ねぇ? と観衆に同意を求める覗井。
問いを向けられた人々は同意こそしなかったものの、誰一人として否定的な意見も出さなかった。

「そ、そんな…」

観衆の前列は全て男だったのである意味それは当たり前のことである。
だが人間の善意を信じていた美音にはその反応はかなりのショックだった。
同時に焦りが再燃する。
もはや残る二回でも自分を助けに来る人はいないと悟ってしまったのだ。

「おっ!? カメラさん胸をズームズーム! なんか乳首見えそう!」
「なっ!?」

ズームされた怪盗少女の胸がスクリーンに映る。
そこには、ほぼ二分の一が露出したDカップの胸が映っていた。
だが、乳首に引っかかっている上着の裾は今にも動き出しそうにゆらゆらと揺れている。
チラ…
動揺した美音の身じろぎで僅かに薄いピンクの乳輪が顔を覗かせた。

「やっ…だめ…」

胸が全て晒されようとしている状況に美音は焦る。
だがその瞬間、ビルの隙間から突風が吹いた。
いわゆるビル風である。

「きゃあああっ」
「うわっ!」

ビュウウゥ!!
思わぬ突風にその場にいた全ての人間が怯んだ。
空中に吊り下げられている美音の身体が風にあおられてぐらぐらと揺らされる。

「あっ、あああっ!?」

そしてその突風は怪盗少女の開かれた上着にも襲い掛かる。
ぶわり、と上着は内側から風船のように膨らむ。

ぶちっ

そして残されていた最後のボタンが弾け飛んだ。
アクアメロディの象徴の一つである衣装がその役目を放棄した瞬間だった。

「うおおおっ!」
「でけえ!」
「見ろよ、乳首がモロだぜ!」
「い、いいのかよマジで…」

野次馬の男たちがにわかに活気付く。
市民のアイドルである怪盗アクアメロディの裸体が目の前にある。
その幻想が現実になった瞬間に男たちの興奮はたちまち最高潮に達した。

「いやあっ、見ないで、見ちゃダメ…っ!」

美音は集まった視線を振り払うかのように顔をぶんぶんと左右に振る。
しかし当然のことながら視線は外れない。
むしろ美音が抵抗として身体を動かせば動かすほど彼らを喜ばせるだけだった。
ふるふると震える89センチのバストが雄の本能を刺激してやまない。
ちょこんと頂上を彩る桜色の乳首が異性の視線に怯えたようにぴくんと反応する。
高性能なスクリーンは胸の谷間を流れる一筋の汗すらいやらしく映像として映し出す。

「おおお…なんというおっぱい! 形もツヤも乳首も申し分…おや?」

羞恥に震える美音の胸を他の男と同じく注視していた覗井があることに気がついた。

「おやおや? 乳首…勃ってません?」
「…えっ?」

覗井の言葉に美音は冷水をかけられたような気分になる。
恐る恐る胸へと目をやる。
そこには、言葉通りに硬化したピンクの蕾があった。

「あっ、あっ、ああっ…?」
「これは新事実! アクアメロディは露出して乳首を勃たせる変態痴女だった!」
「ち、違う! これは、これは…」

自分の身体の変調に狼狽する美音はイヤイヤと首を振った。
実際は寒さに反応しただけという人間の自然な生理反応なのだが、混乱の中の美音はそれに気がつかない。
当然、覗井もそれは知っていたのだが、指摘はしなかった。

「これは? 事実として乳首はこんなにツンっと立ち上がってるじゃないですか?」
「それは……あっ、はぅんっ…!」

マイクでちょんと乳首をこすられた美音は思わず声を上げてしまった。
ビクリ、と顎が浮き吐息が可愛らしい唇から漏れる。
その色っぽい仕草と声に大半の男性陣が前かがみとなった。

「や、やめっ…」
「ほらほら、こんなに反応させておきながら自分は痴女ではないと?」
「ぁはっ…もぅ、だから…あぁん…っ」

執拗な乳首攻めに美音はあえぐことしかできない。
寒さに敏感になった肌は胸の先からひたすら刺激を美音の脳へと送り込んでくる。
ビクン、ビクン
覗井の手が動くたびに美音の身体が跳ね、その反動でゆさゆさと胸が揺れる。
美音はなんとか服を元に戻そうと身体を捻るが、大きく育った胸がそれを邪魔していた。
服の裾が横乳に引っかかってそれ以上内側に戻れなくなっていたのだ。

(もう、いやぁ…っ)

あまりの辱めに美音はぎゅっと目を閉じることしかできない。
手は震え、早く早くと焦りだけが指を動かす。
だが、焦りと羞恥に精細さを欠いた開錠作業は停滞の一途と辿っていた。

「ごくっ…」
「すげえな…まさかこんなエロイもんが見れるなんてな」
「ああ、起きててよかったぜ」

野次馬の心無い言葉が美音の心を追い込んでいく。
このときばかりは聴覚に優れた自分の耳が恨めしい。
そう思っていた怪盗少女の耳に更なる絶望の知らせが舞い込んだ。

「なあ、さっきチラッと見えたんだけど…アクアメロディ、ノーパンじゃないか?」
「え、マジ!?」

(あ…!?)

さーっと美音の顔から血の気が引いた。
勿論、前は挟み込んでガードしていたのだが、後ろは無防備のままだったのがまずかった。
先程の突風は上着だけでなくスカートも舞い上げていたのだ。
彼女の不幸は、足フェチの男が野次馬に紛れ込んでいたことだった。

「おいおい、マジかよ…」
「ノーパンなのにあんなミニスカ穿いてんのか?」
「…だそうですが、どうなんです?」

美音と同じく野次馬の疑問を聞きつけた覗井が問いかける。
美音は答えない、答えられるはずがない。
だが、より一層強まった内股姿勢を見れば答えはおのずと知れるというものだ。
覗井はニタニタと笑いながらマイクをおろし、視線を怪盗少女の下半身へと向ける。

「な、何をする気!?」
「くくっ、別にもうスカートをめくったりなんかはしませんよ。さっきはそれで怒られたばかりですしね」

覗井の言葉に僅かな安堵を得る美音。
だが、「ですが」と続いた言葉に再びを身を硬くする。

「要は触らなければいいだけ、そうでしょう?」
「なっ……や、やめなさいっ」

後ろに回りこんだ覗井とカメラマンに美音は怯えた。
彼らが何をするつもりなのかわかったからだ。
覗井とカメラマンはゆっくりとしゃがみ込み、そして視線を上に上げた。

「ひぅっ…だ、だめっ、やめてっ」
「うーん、見えないですねぇ、もうちょっとなんですが」

ぴくん、と怯えたように震える太ももの奥を覗こうと動く覗井の目とカメラのレンズ。
スクリーンには美音の下半身が下から見上げるような形で映っている。
内股によった足と、その上にあるヒップラインが大写しになり、スカートの奥が映りかける。
だが、正にギリギリといったラインで股間は映らない。
足を閉じているから、というのもあるが、今の時間は夜である。
ライトは用意されているものの、光は全て上からのものだったので下から見上げる形ではスカートの中はよく見えなかったのだ。

「やっぱ穿いてないんじゃね?」
「確かに、下着見えないし…」
「いや、Tバックという可能性もあるぞ?」

アクアメロディは下着を穿いているか否か。
そんな議論で盛り上がる外野を余所に美音はなんとかカメラの視線から逃れようと腰をひねった。
美音の動きに釣られて二つの乳房も右へ左へと肉感的に跳ねる。
だが、カメラマンもさるものである。
手馴れた動きで右へ左へと動く。
そうなると美音はそれ以上は動けない。
動いた反動でスカートが揺れて中身が見えてしまうからだ。

(うぅっ…)

体勢の都合上、後ろ部分を足に挟み込むのは不可能。
それがわかっていた美音は見られている悔しさと恥ずかしさに打ち震えた。
しかしそんな彼女に更なる危機が襲う。
再び、ビル風が突風となって遅いかかってきたのである。

ぶわっ!

「ひゃあっ!?」

お尻に届くヒンヤリとした風の感触に美音は驚き、そして赤面した。
お尻に風が届いたということは

「おおっとご開帳だぁーっ!」

スカートが捲くれたということなのだから。

「うおーっ!」
「やっぱり穿いてない!」
「尻もでけえ!」
「俺、生きててよかった…」
「ダメーっ!」

次々と聞こえてくる声に美音は首よ折れよとばかりに顔をそらせた。
だが、目に映ったのはスクリーンにズームされて映る自分の何もつけていないお尻。
真っ白な二つの桃尻は風の冷たさにぴくっと震えていた。
股を閉じ、きゅっと締めていたおかげで肛門の穴や最も恥ずかしい女の子の部分までは映っていない。
しかしこれで下着をつけていないことがバレた。
この映像を見ている人たちは皆自分のことを痴女だと思ったことだろう。
そう思うと、美音は今まで怪盗アクアメロディとして築き上げてきた自尊心がガラガラと崩れていくのを感じた。

(そんな…そんな…っ)

もはや怪盗アクアメロディを正義の味方、市民のアイドルとして見ている者は誰もいなかった。
そこにいるのは、公衆の面前で肌を晒す一人の美少女。
美音は三分の二地点についたことも気がつかず、ただ俯くばかりだった。

そう、下腹部に自分の身を更に追い詰める事態が発生しかかっていることにも気がつかず…






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