恋するキャットシーフ 第2話
シチュエーション


「……はあ?」

そう完全に呆れ果てたような口調で言う涼人に、大山はだらだら冷汗を流す。
助けを求めるように小原を見やるが、さっと小原からも視線を逸らされる。
そんな大山を睨み付けて、涼人は口を開いた。

「……大山のおじさん。僕は向こうでもう大学出てますし、警察官です。……公務員です。
と、言うか、僕はもう17なんですから、高校生なんですよ?分かりますか?
まだ年齢的に中学生だからって事なら納得しますよ、この国では中学までは義務教育ですから。
……でも、高校は義務教育でも何でも無いでしょう?」

そう淡々と声を荒げる事も無く大山を問い詰める涼人。
そんな涼人に、大山は一言も返せないまま言葉に詰まって……、

「そう言われてももう転入届は出した!抵抗するな!」
「ふざけるな」

……苦し紛れに開き直って見たが、もはや敬語すら使っていない涼人の絶対零度の言葉に撃沈した。
と、そんな涼人の肩を叩いて、小原が苦笑しながら言った。

「大山警部は純粋に涼人君の事を心配して手を打ったんだよ。
……高原先輩が亡くなった時からずっと、涼人君の父親代わりを自認してるんだから」

そう小原に言われ、涼人は黙りこくる。
そして、一つ大きな溜息を吐くと、口を開いた。

「……分かりました、分かりましたよ。……行きますよ、高校」

そう言われ、大山はほっと溜息を吐いて、胸を張る。

「ああ!思う存分青春と言う物を満喫して来い!」
「……青春、か……。……捨てたつもり、だったんだけどなあ……」

そう苦笑する涼人に、大山も小原も動きを止める。
そんな2人を見て、涼人は慌てたように手を振ると、口を開いた。

「……でも、手に入ったんですから、楽しむつもりではいますよ、うん!」

そう言って、涼人はその場から逃げ出した。

「……大山警部……」

そう呟いた小原に、大山は軽く頷く。

「……吹っ切れられる訳が無いし、まだ吹っ切れるつもりも無いんだろうよ……、
……恭一と、亜紀君。……自分の両親の、敵を取るまでは……」
「7年前は、ひどかったですからね……」
「……ああ、涼人の奴が壊れなかっただけ、奇跡だったよ……」

そう言った大山。脳裏に映るのは、7年前の涼人のあの言葉で。

―――大山さん!……教えて!出来るだけ早く警官になる方法、出来るだけ早くあいつら捕まえる方法!

……知らず知らずの内に痛い程拳を握っていた事に気付き、大山は慌てて手から力を抜く。
と、小原がしみじみと口を開いた。

「……高校に通う事で、心の傷が少しでも癒されてくれればいいですね」
「ああ、『レインボーキャット』は日曜にしか動かないし、他の事件に使うつもりも無いからな」

少しでも、青春を楽しんでくれるといいんだが……、と呟く大山。
と、急に小原が笑い出し、大山は首を傾げた。

「……どうした?」
「……いえね、わざわざICPOから招聘して来た人間を高校通わせてるって思ったら……」
「ははっ!確かにICPOは目を剥いて怒るだろうな」

その小原の言葉に、大山も笑った。
一しきり笑った後、大山は急に真剣な表情になり、口を開く。

「……小原、これは極秘なんだが……、
どうやら『レインボーキャット』は自身の利益を求めて動いているんじゃないらしい」
「……何ですって?」

思わずそう聞き返す小原に、大山は続けた。

「今まで『レインボーキャット』が働いた盗みは9件……、その被害者全てが、繋がっていたよ。
……恭一と亜紀君を殺した、組織にね」
「!!!」

そう言われ、小原はその場に棒立ちになった。

そんな小原を見て、大山は1つ頷き、続ける。

「……多分、だがね。『レインボーキャット』は涼人と同じ境遇なんだと思う。
ただ、涼人は警官になる道を教えてもらったが、それが『レインボーキャット』には無かった、ただ、それだけだろうな」

そう言った大山に、小原は驚愕の表情を向けたまま。
この警部が顔に似ずきめ細やかな推理を見せる事は知っていたが、これはその中でも一級品で。

「……でしたら、警部の見たてでは、『レインボーキャット』の行動は……!」
「……営利目的ではなく、組織とこいつが繋がっていると教えるため、だろうな。
案外盗んだ品物も、組織が壊滅したらまとめてどこかの博物館にでも送られるんじゃないか?」

そうやたら楽観的な予想をする大山に、小原はさすがに呆れたような視線を向け……、呟いた。

「……そう言えば……、涼人君に、その事は?」
「伝えていない。……伝えたら、暴走するぞ?涼人は」

そう言われ、小原は頭を掻いた。

「そう……ですね。不注意でした」
「に、しても……、危ないのは『レインボーキャット』だな……」

すると、急に大山がそう呟き、小原は首を傾げた。

「危ない……とは?」
「涼人にはまだ話していないし、もし知ったとしても俺達で暴走を止めればいい。
……だが、『レインボーキャット』にそう言う『止める奴』がいるのかと思ってな……」

そう言った大山に、小原ははっとしたように目を見開く。

「……それに……、9人もスポンサーが潰されたんじゃ、組織も……!」
「……ああ、そろそろ本腰を入れて『レインボーキャット』を探し始めるだろうな。
いくら何でもスポンサーを9人も失っては、組織にも大きなダメージが行っているはずだ」

組織に捕まる前に『レインボーキャット』をこちらで確保出来ればいいんだが……、と呟く大山。
そんな大山を見て、小原は呆れ果てたような表情をしながら溜息を吐き、口を開いた。

「……だったら、最前線に立たないでくださいよ。警部は犯人を目の前にすると暴走するんですから……」

そうじと目で小原に言われ、大山は冷汗を流しながら乾いた笑い声を上げた……。

一方。

「……里緒、今日、家に遊びにいらっしゃいませんか?」

そう一美から言われ、里緒は笑って頷く。
と、そんな2人を見ていた涼人が、少し目を見開いて声をかけた。

「……へぇ……、仲、いいんですね、夏目さんと……えっと……」
「一美、でよろしいですわ」

涼人の言葉にそう返してきた一美に、涼人は面食らう。

「……え、でも名字知らないですし」
「……私は、一美でいいと言っているんですのよ?」
「……はい」

……しかし、どこか静かな迫力を持った一美に迫られ、口を噤んだ。
と、そんな涼人に、里緒も声をかける。

「だったら、私も里緒って呼んで欲しいな」
「え、でも」
「……なーに?一美は名前で呼べて、私は呼べないって訳?」

そう言って里緒が涼人に詰め寄ると、涼人は思わずのけぞる。
そんな涼人に、里緒はさらに詰め寄って……、

「……きゃっ!?」
「う、わっ!?」

……バランスを崩し、涼人の方に倒れ込んだ。

「……痛たた……」

そう呟いて、里緒は顔を上げる。
……そのすぐ目の前に涼人の顔が映り、里緒はそのまま硬直した。

「……っ、うーん……」

すると、一瞬意識を失っていたのか、涼人が目の焦点が合っていないままで身体を起こそうとして、

「「!?」」

……その時、確かに2人の唇が触れ合った。

「き、きゃーっ!」

そう悲鳴を上げて、里緒はその場で飛び上がる。
と、そこに何やら変な視線を大量に感じ、里緒が恐る恐る振り向くと、

「……あらあら♪」

そう言って笑う一美を筆頭に、クラスの全員が里緒をにやにやと笑いながら見詰めていた。
一気に真っ赤になる里緒を見て、一美がくすくす笑いながら口を開いた。

「……随分と思い切ったプロポーズですわね♪」
「プ、プロ……ッ!?」

もう一度飛び上がった一美に、絶好の燃料を得て盛り上がるクラスメイト。
その両方を無視するかのように、一美はマイペースで言った。

「……前に、宣言していらっしゃったじゃないですか。『私が唇を許すのは一生の相手だけ!』って」
「た、確かに言ったけど、こ、これは事故よーっ!」

涙目になって里緒はそう叫ぶが、クラスメイトは誰も聞いておらず。と、

「夏目さ……、いえ、里緒さん」

下から声が聞こえ、里緒が下を向くと、苦笑している涼人と目が合った。

「た、高原君!これは、その……」
「事故、なんですよね?」

慌てふためく里緒だったが、涼人が苦笑しながら言った一言に、慌てて頷く。
そんな里緒に、涼人は苦笑を続けながら口を開いた。

「それならこの話はおしまいなんですけど……、……いい加減、どいてくれませんか?」
「……ふえ?……あ、ご、ごごご、ごめん!」

その涼人の言葉にきょとん、とする里緒だったが、自分が涼人の上に乗っている事に気付き、飛び退く。
すると、涼人は立ち上がって身体に付いた埃をはたくと、鞄を掴み、口を開いた。

「……聞きましたよね?事故なんですから騒ぐ意味は無いんですよ。
……それじゃ、僕は帰りますので」

そう、やたら冷静な声色で言った涼人に、誰も何も言えなかった。
……だから、気付けなかった。そう言った涼人の耳が、真っ赤に染まっていた事に……。






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