恋するキャットシーフ 第9話
シチュエーション


それじゃあ今日は、再来週の学園祭の出し物を決めたいと思いまーす♪」

LHRが始まると同時に、そう言った前田。
それを聞いて変な風に盛り上がるクラスを見て、まだこのノリに慣れていない涼人は戸惑う。
と、そんな涼人を、一美が突付いた。

「……涼人さん、涼人さん」
「一美さん?何か?」
「里緒から聞いたんですけれど、涼人さんがあやめおばさまを見つけられたのですの?」

そう聞いて来る一美に、涼人は面食らい、慌てて首を横に振った。

「違いますよ。父さんの友人に小原って言う警官がいて、その人が伝えて欲しいって。
小原さんには、里緒さんや一美さんの話してましたから、それで」
「……まあ、そう言う事にしておきますわ」

涼人がそう弁解すると、一美は追及を止める。
そんな一美に、涼人が胸を撫で下ろしていると。

「前田先生、出し物ですけれど、コスプレ喫茶なんて言うのはいかがでしょうか?」

……急に一美が前田に向けてそう言い、涼人はその切り換えの速さに呆気に取られた。

「コスプレ喫茶、ですかー?」
「ええ。さまざまなコスプレをして、お客様をおもてなしする喫茶店ですわ♪
そうですわね……、目玉として『レインボーキャット』のコスプレを出せば、まず外れはないと思いますわ」

そう言った一美に、クラス中がおおっ、とどよめきに包まれる。
と、涼人が1つ大きな溜息を吐き、一美に突っ込んだ。

「……一体誰が着るんですか、あんな露出狂が着そうな衣装。
小原さんから聞いた限りだと、身体のライン浮き出るボディスーツ+仮面らしいですよ?
『レインボーキャット』自体のスタイルも凄くいいらしいですし、生半可なのだと逆にコケますよ?」
「……あら、『レインボーキャット』のスタイルがいいのなら、里緒に着させればいいじゃありませんか♪」

その涼人の突っ込みに、にっこりと笑って返した一美。
思わず一瞬固まった涼人には構わず、一美は考え込むように頬に人差し指を当てた。

「うーん、ボディスーツだとちょっとインパクトが……、改造、した方がいいですわね♪」

そう楽しそうに言う一美を見て、クラス中が一斉に里緒に同情の溜息を吐いた。


一方、病院では。

「あやめちゃーん!」
「って、待った!あやめちゃんはまだ入院中なんだから!」

そう叫んで、あやめに飛び付こうとする女性を、男性が慌てて押さえる。
そのままどたばたと絡み合う2人を見て、里緒は冷汗を流しながらあやめに囁いた。

「……お母さん。武巳さんと稜子さんって、いつもこうだったの……?」
「え、えっと……」

そう、今もどたばた絡み合っているこの2人が、佐倉武巳と佐倉稜子だった。

「もう、離してよ武巳!」
「だーかーら、入院患者に飛び付くのはやめろって!」

そう、あんたら結婚何年目だと突っ込みたくなるような痴話喧嘩を続ける武巳と稜子。
と、稜子が武巳の拘束から逃れ、あやめにしがみついた。

「あやめちゃーん!」
「お久し、振りです、稜子さん」

そうあやめが言うと、稜子はあやめにしがみ付いたまま泣き出す。
その稜子の行動にわたわたと慌てるあやめの頭を、武巳が撫でた。

「こう言う時にどう言えばいいか、おれには良く分かんねーんだけどさ……、
……おかえり、あやめちゃん」
「……はい……!」

そう武巳に言われ、あやめはぽろぽろ涙を流す。
それに貰い泣きするように、里緒も涙ぐんで。



……そのシーンをドア越しに聞いていた小原は、溜息を吐いた。

「(……黙っておくつもり、なんだろうね。夏目あやめさんは……)」

そう考えて、小原はもう一度溜息を吐く。

「(しかし……まさか高原先輩が俺達にも内緒で『組織』を追ってたなんてな……)」

そこまで考えて、小原は思い出す。あやめの、証言を……。



「私達は、高校生からの親友だった人の頼みで、その人のお手伝いをしていたんです。
……高原、恭一さん。彼の、お手伝いを……」

そう言ったあやめに、小原は飛び上がりかけるが、何とか自分を押さえる。

「た、高原さん、ですね。……それで?」
「そのお手伝いは、ある『組織』を壊滅させる事でした。
私達の、高校生時代からのもう2人の友人……、佐倉武巳さんと稜子さんを守るために」
「守る……ですか?」

そう聞いた小原に、あやめは頷く。

「武巳さんと稜子さんは、ある企業集団のトップなんですけれど、それを暗殺しようとしたらしくて……」

その言葉に、小原は驚くと同時に納得した。
自分からはほとんど動かないが、金さえ積まれれば動く。それが『組織』だったから。

「成る程……、その佐倉夫妻を守るために、『組織』を壊滅させようとして……、返り討ちに?」
「……はい」

そう答えた後、あやめは一瞬だけ目を伏せ、小原に向き直る。

「……あの、この話、武巳さんと稜子さんには伝えないでいただけませんか?
お2人とも、優しいですから……」
「負い目に、したくないと?」

そう小原が聞くと、あやめは頷いた……。

「(……本当に、水臭いですよ高原先輩。何で、俺達に話してくれなかったんですか?)」

そう、小原は心の中で恭一に問い掛ける。

「(おまけに、勝手に死んじゃって。これじゃあ文句も言えないじゃないですか)」

そこまで考えて、小原は目を閉じる。
脳裏に浮かんだのは、7年前の、あの映像。
お互いを庇い合うように折り重なって倒れた、血まみれの恭一と亜紀の姿。
そして、押入れの中で見つかった、戸の隙間から二人を覗き込んだまま動かない涼人の姿。

「(あれから、涼人君は海外留学して、一心不乱に、警官を目指して)」

2年前に涼人から送られて来た1通の小包。
そこには、ケンブリッジ大学の卒業証書のコピーと、ICPOに入局したと書かれた手紙が入っていて。

「(でも、そのために涼人君は全てを捨て去った。
十代の少年が体験すべき青春を、過ごす事を拒否した。
ただ、『組織』に復讐するためだけに、『組織』を壊滅させるために)」

そして、『組織』は動いた。10年前と同じ苦境に立たされて。
10年前と同じように『組織』を腐らせる毒草、その芽を摘み取るために。

「(けれど、10年前とは違う。10年前は、たった4人だった。
けれど、今は涼人君だけじゃない、俺もいる、大山警部もいる、警察全てが涼人君に付いてる。
それに、夏目あやめさん。彼女の証言もある。『組織』を知ってる人の証言もある)」

そこまで考えて、小原は天井を見上げ、独りごちる。

「……大丈夫、もう少しですよ、高原先輩。もう少しで先輩の敵は取れます。
でも、敵を取るのは俺じゃありません。
高原涼人が、先輩の息子が、先輩の敵を、取ります」






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