恋するキャットシーフ 第10話
シチュエーション


「……一体どんなの着せられてるんだ?里緒さんは……」

そう冷汗を流しながら呟く涼人。
それもそのはず、女子の着替えに使わせてもらっている隣の教室から、

「無理!絶対無理!こんなの、着れる訳無いから!」

といった里緒の悲鳴がひっきりなしに聞こえて来ていたから。

「しかも、どう考えても僕と里緒さん組ませる気だろ?一美さんは……」

そう言って溜息を吐いた涼人が着ているのは、いつもと同じ警官の制服。
『父の友人の警官からお古をもらって来た』と言う事にしてあるものの、実は自前の物で。

「(まあ、好都合かな。
大山のおじさんからいつも武装してろって無茶な命令が出たばっかりなんだし……。
それに……ずっと里緒さんと組んでたら、分かるはずだ、本物かどうかが……。
里緒さんが本物の『レインボーキャット』かどうかが……)」

ショルダーホルスターにコルトポケットを忍ばせたままでそう考える涼人。
と、教室のドアが開き、そこからやけにさっぱりとした表情の一美が顔を出した。

「女子の方の着替え、終わりましたわ♪ではこれから、ファッションショーを行いますわね♪」

そう悪戯っぽく一美が言うと、開け放したままのドアから、女子が1人ずつ入って来た。

「……ここまで並ぶと、却って清々しく感じるね、主に一美さんの壊れっぷりが」
「あら、お褒めいただき、光栄ですわ♪」
「いや、褒めてないから」

さまざまなコスチュームに身を包んだ女子達を見て、涼人は一美にそう皮肉る。
しかし、一美ににこやかにスルーされて、涼人は溜息を吐き……、

「……あれ?里緒さん、は?」

……里緒がいない事に気付いた。
良く見ると、教室の入口に、人影らしきものがちらちらと映っていて。

「里緒ー?恥ずかしいのは分かりますけれど、廊下にいる方がもっと恥ずかしいですわよー♪」

そう一美が楽しそうに言うと、その影はびくり、と肩を震わせて、ゆっくりと教室に入って来て……、

「……は?」

……涼人は、凍り付いた。

レインボーキャットのコスチュームと言うのは、厚手の素材で出来た全身タイツ。
水を通さない素材と思われ、身体のラインは浮き出るものの、露出はほとんど無い。
しかし、今の里緒が着ている、いや、里緒の身体に引っ掛かっている物は、

「『いやらしい警官に捕まったレインボーキャット』と言うシチュエーションですわ♪」

胸と背中が思い切り深く抉られ、脚の部分はタイツすら無く、足が剥き出しになっている。
しかも、ご丁寧にもいかにも破られましたと言った加工がされていて。

「〜っ!」

入って来たはいいものの、恥ずかしさに耐えかねたように、里緒は身体を腕で覆ってしゃがみ込む。
その里緒の行動を見て、ようやく涼人は我に返ると、一美に詰め寄った。

「ちょっ……!あのコスチューム、高校の文化祭としてあるべき限界越えてるでしょ!
と、言うか、その『スケベな警官』って、僕の事ですよね!?」

そう一美に怒鳴り付ける涼人だったが、一美は平然としたままで。

「本番ではもう少し露出を増やして、腰縄を付けて、連行中みたいにするつもりですわ♪」
「これ以上露出!?しかもこの流れだとただ巻き付けるだけじゃない気が!?」
「ええ、亀」
「それ以上言わない!絶対越えてますからそれ!年齢制限要りますから!」

珍しくぎゃいぎゃいと怒鳴りまくる涼人と、それを何処吹く風と受け流す一美。
その話の渦中となっている里緒は、涙目になっているままで。

「……うー……」

必死にタイツに包まれたままの腕で、里緒は身体を隠す。
元々同年代の平均を遥かに超えたスタイルで、顔も美人な里緒にそんな格好をさせたらどうなるか。
口論中の一美と涼人を除く、クラス全員が男女を問わずに里緒に見惚れていた。
そして一美と涼人は口論で忙しく、里緒は恥ずかしさで周りを見れる状態ではない。
つまり、この瞬間、全員の意識が教室の入口から完全に逸れていて。

「全員、動くなぁっ!」

……その瞬間、その隙を突くかのように、何人かの男が乱入して来た。

「!?」
「……ん?」

乱入して来た男達に、涼人は完全に虚を突かれ、棒立ちになる。
だが、虚を突かれたのは男達も同じだったらしく。

「……何だ何だ、コスプレ大会か?」

そう毒気を抜かれたように呟く男に、涼人は飛びかかろうと身構え、

「……止めた方がいいぞ、そこの警察官君。こっちは6人いるんだ。1人で何とか出来る数じゃない事は君でも分かるな?」

……その男の声と同時に5つのサブマシンガンを向けられて、涼人は沈黙した。

「今、君達は人質となった。……何、おとなしくしていれば危害は加えないさ。
……おい!そこのしゃがんでいる子を連れて来い!」

そうその男が言うと、その男の仲間の男が里緒に近付いて、

「や、やだ!来ないで……きゃあっ!?」

……里緒を、その肩に担ぎ上げた。

「里緒さんっ!」
「里緒っ!」

途端に血相を変える涼人と一美を見て、その男はにやつきながら言い放つ。

「別に殺そうって訳じゃない。……だが、もし抵抗したら……、どうなるか、分かるな?」

そう言ったその男に、涼人は歯を食い縛る。
そんな涼人を知ってか知らずか、その男は口を開いた。

「自己紹介がまだだったな、私の名前は高橋天山。短い間だが、よろしく頼むよ」

そう言うと、見張りに1人だけ残して、高橋は里緒を連れてその場から立ち去った。

一人残った男は、退屈そうに椅子を持ってきて、そこに腰掛ける。
そして、ひょいひょいと1人ずつ指を差して、人数を数え始めた。

「ボス、36人です」

そして、そうトランシーバーで連絡を送ると、その男は欠伸をして、言った。

「全員、そこに固まって座れ。……そこの1人だけ学校の制服の女!これで全員の手首と足首を縛れ」
「え!?わ、私ですか!?」
「ああ。……ん?」

そう、驚く一美にその男は頷いて見せて、……部屋の隅にパンや茶葉が積まれている事に気が付いた。

「ちょうどいい、腹が減ってたんだ。……ついでだ、サンドイッチでも作れ」

そう言った男に、何故か教室中の全員がチャレンジャーを見るような視線を送る。
その視線に気付き、怪訝そうな表情をした男に、涼人が言った。

「……作った料理が全部BC兵器な人に料理作らせるなんて……」
「お前作れ、警察官」

その涼人の言葉を聞き、速攻で調理人に涼人を指名した男。
それを受けて、涼人は立ち上がると、教室の反対側にある食材置き場に向かおうとして……、

「はっ!」
「がはっ!?」

……その男の横を通った瞬間に後ろ回し蹴りを飛ばし、男の意識を刈り取った。
成す術なくぶっ倒れたその男を男が用意していたロープで縛り上げると、涼人はほっと息を吐いた。

「……り、涼人さん……?」

涼人がした大胆すぎる行動に、一美はさすがに慄く。
と、そんな一美、……いや、クラス全員を見渡して、涼人は口を開いた。

「……他のクラスを解放して、里緒さんを助けたい。そう僕は思ってます。
……みんなも、手伝ってくれますか?」

急にそう言った涼人に、クラス全員がきょとん、とする。
しかし、それはほんの一瞬の出来事で。
次の瞬間、クラスの全員が涼人にサムズアップを返していた。






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