恋するキャットシーフ 第15話
シチュエーション


「それじゃあ、元気でな。涼人」
「ええ、大山のおじさんもお元気で」

そう声を掛ける大山に、スーツケースを持った涼人はにっこりと笑って答える。
……そう、今日は、涼人がパリに出発する日だった。

「涼人君。身体に気をつけて」
「あはは、小原さんこそ」
「日本から、君の活躍を祈っているよ」
「東川警視も、フランスまで轟き渡るような、ご活躍を」

そう、小原と東川との挨拶を済ませて、涼人は向き直る。
そこには、佐倉武巳と稜子の夫婦がいて。

「本当にありがとうございます。チケットを取ってくれたばかりか、ファーストクラスだなんて……」

そう言って頭を下げる涼人に、武巳と稜子は首を横に振る。

「いや、この程度は構わないよ」
「この件がなくたって、恭一さんと亜紀ちゃんの息子さんなんだから、これくらいはしたと思うしね」

そう言った2人に、涼人は目を丸くする。

「父さんや母さんと、お知り合いなんですか!?」
「ああ、そうだよ。高校時代からの友人なんだ」
「だから、これにはお友達の敵を取ってくれた、お礼の意味もあるんだよ?」

だから、胸を張って受け取って!と稜子に言われ、涼人はもう一度頭を下げる。
と、そんな涼人に、武巳が声を掛けた。

「……一美から聞いてるんだが……、里緒君とは、いいのかい?その……」
「……まだ里緒さんは高校生なんですよ?付いて来て欲しいとか、言える訳無いですよ」

そう最後に言って搭乗口に歩き出した涼人を見て、武巳は稜子に囁いた。

「……準備、出来てるのか?」
「当然♪」


一方、その頃。

「高原君がいなくなって、淋しくなりましたねえ……」

そう言って、前田は出欠点検をして……、

「……あれ?夏目さんはお休みなんですかー?」

里緒がいない事に気付き、そう言った。
すると、そんな前田を、一美は不思議そうな目付きで見やり……、

「……あら、ご存知無いのですか?里緒なら、退学いたしましたわよ?」

……さらっと、そう爆弾を投下した。

「……です?」

ぴしり、と一瞬前田は凍り付く。
……そして、次の瞬間、叫んだ。

「な、何ですってーっ!?」

その叫びと同時に、クラス中がどよめきに包まれる。
それを見て、一美は不思議そうに続けた。

「……皆様方は、一体何をそんなに驚いているのですの?里緒が涼人さんとお付き合いを始めたばかりだと言うのは、みなさんご存知じゃありませんか」

そう言われ、前田はもう一度ぴしりと凍り付き、恐る恐る口を開いた。

「……まさか……」
「そのまさか、ですわ。里緒は涼人さんを追いかけて行ったんですわよ♪」

そこまで言い切ると、一美は騒ぐ教室内を無視して、窓の方に視線をやる。
そこにある2つの空席に、笑い合う涼人と里緒の幻が見えて。

「(……今頃、涼人さんは大変ですわねぇ……♪)」

そう考えて、一美は笑みを浮かべた。

「よっ……と」

ファーストクラスに入ると、涼人はチケットに書いてある席に向かう。
すると、

「……何だ?この人」
「……」

涼人の席の横の席に先客がいた。
しかも、その客は、ニット帽、アイマスク、マスクの完全装備で完全に顔を隠し、身体にも毛布がかけてあって。
さすがに早過ぎないか?寝るには、と涼人が思っていると、

「……ごめんなさい、ね。その子、風邪引いてるの」

そんな声が聞こえ、涼人が振り向くと、そこにはアイマスクがサングラスに変わっただけの人がいた。
やたらガラガラ声で、口調から女性であると何とか分かる程度の人物。
その人物を多少気味悪く思いながらも涼人は頭を下げ、自分の席に座った。


しばらくして飛行機は出発し、涼人はぼーっと窓から外を見つめ続ける。
すると安定飛行に入ったのか、スチュワーデスが来る気配がして。

「お飲み物などは……」
「あ、いえ。まだ……」

……そうスチュワーデスの問いに答えた声に、硬直した。
ぎしぎしと音が聞こえる程ゆっくりと涼人が振り向くと、そこにフル装備の人はいなくて。
……代わりに、夏目あやめが座っていた。

「……え?」

それをみて、涼人は隣の席のフル装備の人影を見詰める。
その頬にはたらり、と一筋の冷汗が流れて。
……涼人がおもむろに隣の席の人の装備を剥ぎ取ると、そこには、

「……里緒、さん……?」

夏目里緒が眠っていた。

「―――っ!」

思わず涼人はばっ、とあやめを睨み付ける。
すると返って来たのは、おどおどとした……、しかし確かににやにやとにやつく視線で。

「……で?一体これはどう言う事なんですか?」
「……私、ね。武巳さんと稜子さんにお願いして、佐倉グループ欧州支部長付きの秘書官にしてもらったんです」

あの2人とはお友達ですので……、と言うあやめに、涼人は頭を抱える。

「……身内人事にも程があるでしょう……」
「……あの、その、これでも7年前は秘書をやっていて……」
「いや、それでも身内人事には違いないでしょうに……」

そう頭を抱えたまま涼人は呟く。
そうこうしていると、ゆっくりと里緒が目を開き……、パニックになった。

「え!?りょ、涼人君!?こ、ここって!?な、何で!?」
「……里緒さん、まずは落ち着いて。ここはパリ行きの飛行機の中。
何でかは君のお母さんに聞いて、仕掛けたの君のお母さんみたいだから」

そう言って、涼人が里緒を落ち着かせていると、目の前に手紙が差し出される。
見ると、その手紙はスチュワーデスが微笑みながら差し出していて。

「……これは?」
「高原涼人さんと里緒さんご夫妻ですよね?佐倉一美さんからお手紙を預かっております」

そう言われて、涼人と里緒は2人とも凍り付くが、先に解凍した涼人が赤くなって手紙をひったくる。
里緒を見れば、解凍を通り越して完全にオーバーヒートしていて。

「と、とりあえず夫婦じゃないですから!」

涼人はそうスチュワーデスに叫んで手紙を読み……、
読み終わった瞬間、思わずそれを粉々に引き裂いた。

「きゃっ!?」

その音に驚いて、里緒は我に返り、
……恐る恐る涼人に聞いた。

「……り、涼人君?一体何が書いてあったの?」

そう里緒が聞くと、涼人は頭を抱えて、ゆっくりと口を開いた。

「……里緒さん、もう高校中退してるんですって」
「え、ええっ!?」

その涼人の言葉を聞き、里緒は飛び上がると、あやめの方を振り向く。
そんな里緒を出迎えたのは、あやめのにこやかな笑顔で。

「お、お母さーん!?」
「あら、どうせパリに行くんだから、日本の高校に籍を置く理由は無いじゃない?
それに、里緒は涼人君に永久就職するんでしょ?」
「あやめさん!僕まだ17ですよ!?」

思わずそう叫んだ涼人だが、あやめはその言葉を聞いて笑みを更に深めると、言った。

「あら、それは日本の法律であって、フランスでは必ずしもそうじゃないんじゃないかしら?
……それに、そんな事を言うって事は、涼人君も里緒と結婚したいのね♪」
「―――っ!!」

そう言われ、自分の言葉の意味に気付いた涼人は真っ赤になって口を押さえると、そっぽを向く。
それを見てこれまた真っ赤になっている里緒に、あやめは続けた。

「ね?気持ちは同じなんだから、早く永久就職しちゃいなさい?
……あー、早く孫の顔が見たいわー♪」
「な、ななななな……!」

……そのまま、飛行機がパリに着くまで、2人は赤くなり通しだった……。



そして、2年後。大山に、小原に、東川に、一美に、フランスから手紙が届いた。
その内容は、もちろん……。






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