恋するキャットシーフFinal〜猫は、もう一度〜第2話
シチュエーション


「あ、おはようございます、警視!」
「おはよう、シャルル君。……くしゅっ!」

涼人が出勤すると、それをいち早く見付けたシャルルが涼人に挨拶する。
その挨拶に涼人は微笑みながら答えて……、一つ、くしゃみをした。

「……風邪、引かれたんですか?」
「うん、少し湯冷めしちゃったかな?」
「……湯冷めって……子供じゃないんですから……」

そんな涼人に、少し心配そうな表情を浮かべてシャルルが聞いた。
しかし、涼人の答えを聞くと途端に呆れたような表情になる。
すると、そんなシャルルにマリアンヌがしなだれかかり、にやにや笑いながら口を開いた。

「大人でも、一晩中裸でいたりとかすれば、湯冷めするんだよー? シャルルん。
りょーとも、今日は何も事件抱えてないんだし、仮眠室で寝ておけばー?」
「……バレてるんですね」

そのマリアンヌの言葉に、涼人は思わず赤くなって頬をぽりぽりと掻く。
そんな涼人を見て、マリアンヌは何故かしみじみとした口調で言った。

「……それにしても、りょーと、丸くなったよねー」
「……丸く……ですか?」
「うん。だってあたしが新人だった頃、りょーと、いっつもピリピリしてたもん。
今みたいにりょーとに軽口言う事も出来ないくらい、全部に真剣で、冷たかったもん」

そのマリアンヌの言葉を聞いて首を傾げる涼人に、マリアンヌはさらに付け加える。
その付け加えられたマリアンヌの言葉に、涼人は思わず苦笑した。

「……あの時は、凝り固まってましたから。父さんと母さんの敵を取る事、その事だけに……」
「ふーん。でも、5年前に一時期日本に出向して……、その時から変わったよね。
どんどん柔らかくなった、どんどんあったかくなった」

そう言ったマリアンヌに、涼人はさらに苦笑して、口を開いた。

「……そこで、決着がついたんです。両親を殺した相手との決着がね」

そう微笑みながら言う涼人に、シャルルとマリアンヌは何故か背筋に冷たい物を感じた。

「そ、そう言えばさ、りょーとって、その時に今の奥さん見付けて来たんだよねー♪」
「え、そ、そうなんですか!?」

その空気に耐えられなくなったマリアンヌがやけに明るい声でそう言うと、シャルルも同調する。
……シャルルは、知らなかった事実に結構素で驚いていたが。
そんなシャルルを見て、涼人は思わず苦笑すると、口を開いた。

「見付けたって……、確かに里緒とはその時に知り合ったけど……」
「もー、りょーとが帰って来た時は本当にびっくりしたんだよー?
ちょうど事件抱えてなかったから迎えに行ったらさー、女の子とじゃれ合いながら降りて来たんだもん」
「それって、驚くような事ですか……?」

その涼人の言葉にその時の事を思い出したのか、マリアンヌは興奮しながら答える。
そんなマリアンヌに涼人はたじろぐが、マリアンヌのテンションは上がったままで。

「驚くに決まってるじゃない♪ だってまだあの時2年目だったのに、もうICPOで一番冷酷だって言われてたりょーとがだよ?
そんなりょーとが女の子とじゃれ合いながら降りてきたらびっくりするに決まってるじゃん」
「……そ、そんなに冷酷だったんですか……?」

そう、妙に『冷酷』の部分に力を込めて言うマリアンヌに、シャルルはすこしたじろぎながら聞く。
すると、マリアンヌは異常なまでに激しくこくこくと頷いて、口を開いた。

「だってさー、犯人が逃げようとしたからって何のためらいも無く両膝の関節撃ち抜いちゃったんだよ?」
「……昔の警視って、何というか、凄い人だったんですね……」

マリアンヌの言葉を聞いて、シャルルは息を飲んで思わず立ち尽くす。
しかし、気を取り直してそう思わず呟いたシャルルに、マリアンヌは振り向いて、首を横に振った。

「ううん、今のりょーとの方が凄いよ。昔のりょーとは自分と同じだけの能力を全員に求めてたんだ。
だから、ちゃんと一人一人能力が違う事を分かってる今のりょーとの方があたしは好きだなー♪」
「あはは、ありがとうございます」
「マリアンヌ先輩、何であなたはいつもそんな軽いんですか、と言うか今の流れで俺に抱き付かないでください!」

そのままそう続けてマリアンヌは言い、何故かシャルルにしなだれかかる。
そんなマリアンヌの行動に涼人が苦笑し、シャルルが生真面目に文句を言う。
そんな3人の会話でいつも起こる光景に、他の高原班の面々は、生暖かい視線を向けていた。

「……もしかしたら、まだ、決着はついてないかもしれませんけどね……」

しかし、眺めていた高原班の刑事達も、近くにいたシャルルもマリアンヌも、ふと呟かれた涼人のその台詞は気付けなかった。

『あら、久しぶりにしていただけましたのね? 里緒』
「ふえぇぇぇぇっ!?」

一美からかかって来た電話に出るなりそう言われて、里緒は思わず真っ赤になって飛び上がる。
ただ挨拶をしただけなのにそんな事を見抜かれて、里緒が真っ赤になっていると、電話越しに笑い声が弾けた。

『ふふふふふ……、里緒、気付いていませんでしたの?』
「ふぇ?」
『里緒は、呂都さんとした翌朝は、必ず凄く嬉しそうなんですのよ?』

そう一美に言われて里緒が首を傾げると、一美は電話越しにも分かる程にやつきながら続ける。
そう言われて、里緒は思わず頭を抱えて呻いた。

「ぅぅぅぅぅ……、だから、お母さんにもすぐバレちゃったんだ……」
『……同居しているのですから、しているときの声が聞こえていたんだと思いますわよ?』

今朝あやめから「ゆうべは おたのしみ でしたね」と言われた事を思い出し、里緒はさらに呻く。
と、そんな里緒に、一美が冷静に突っ込み、続けた。

『……やまり、まだ見つかってはいないそうですわ、あの2人は』
「ん〜……やっぱり、ただの偶然だったんじゃないのかなぁ?」

……今は壊滅した『組織』を率いた高橋天山、文音父娘。
その2人が収容されていた刑務所がガス爆発で跡形もなく吹き飛んだのが9ヶ月前。
その時点からずっと2人はその刑務所に収監されていた囚人全員と一緒に生死不明になっていた。

『そうかも知れませんけど……偶然にしては、少し出来すぎだと私は思いますの……』
「そうかなぁ……?」

そう、何か考え込むようにして言う一美に、里緒は首を傾げる。
確かに半年前のあの事故は悲しい事故だとは今でも思っている。でも、そんなに結びつけて警戒する事も無いんじゃないかとも思っているから。
そう、完全に割り切る事で吹っ切ってしまっている里緒に気付き、一美は何も言えなくなる。
そんな一美に、里緒はそのまま真剣な口調で口を開いた。

「……でも、本当にあの人達が生きて、逃げてる事が分かったら、その時は涼人に言ってあげてね?」
『……ええ、分かっていますわ』

……里緒の言葉に答える一美の声。その声が寂しそうだったのに、里緒は気付かなかった。

『それじゃあ、またね、一美』
「ええ。また今度お電話致しますわね、里緒。……ふぅ……」

電話を切ると、一美は1つ大きな溜息を吐く。
その表情には、間違い無自嘲に似た笑みが浮かんでいて。

「……やっぱり、昔とは違いますわよね……」

そう呟いて、一美は寂しそうな微笑みを浮かべて1つ溜息を吐く。
もう5年前とは違い、『レインボーキャット』が復活する事は無いだろうな、と考えて。

「仕方がありませんわね、里緒は、もう家庭を持っているのですから。
……うらやましいですわね。私も、いつかは……」

幸せな生活を送っている今の里緒では、決して『レインボーキャット』になる事は無いだろう。
そこまで考えて、一美はそんな里緒が無性に羨ましくなって、頬を膨らませる。
……そして、その後自分が何を想像しているかに気付いて、顔を真っ赤にした。

「わ、私ったら、どうして高畑さんの事をっ……!」

両手を真っ赤になった頬に当て、やんやんと首を左右に振る一美。
……さて、一美は今、自宅ではなく、通りの真ん中でそんな事をしている訳で。
いくら一美がかなりの美人でも、そんな百面相をされてはさすがに気味が悪いだけで。
やんやん言っている一美の周りからみるみるうちに人影が消えて行く。

「でも、もし高畑さんと……」

と、今度はトリップを始めた一美の周りから、さらに人影が消えて行く。
しかし、一美はその事にも全く気付かないままトリップを続けていて。

「一緒に、ずっと……」
「……」

ふわふわと、想像を続けたままふにゃふにゃとした笑みを浮かべる一美。
そんな一美の周りからさらに人影が消えて行くが、逆に一美に2,3人の男が近付いて行き……。

「……んんっ!?」

……そして、そこには人っ子1人いなくなった。

「なおちゃーん、あそぼー!」
「あーい!」

所変わって、フランス、渚緒がいつも預けられている託児所。
……別に託児所に預けなければいけない程里緒が忙しい訳では無い。
渚緒に友達を作るために、佐倉グループが経営している安心出来る託児所に預ける事にして。
そしてその考えは、渚緒の全く人見知りをしない性格のお陰で非常に上手く行っていた。

「なにしてあそうのー?」
「えっとねー……」

友達に呼ばれ、渚緒は舌っ足らずの口調で何をして遊ぶのかを聞く。
それに友達が答えようとしていると、きゅうにどたばたと騒ぐような、争うような音が聞こえた。

「……君が、高原渚緒ちゃん?」
「うー、おねえさん、だれ?」

その音が止むと、1人の女性が数人の男達を連れて現れ、渚緒に声をかける。
すると、その女性は渚緒に黒光りする何かを突き付けて、口を開いた。

「悪いんだけど、すこし来て貰える……っ!?」
「こえなあにー?」

しかし、渚緒がその何かをぺたぺた触り始めると、その女性は慌てたようにそれを引っ込める。
そして、冷汗をだらだら流しながら口を開いた。

「あ、あはははは! これはいいのよー! いいから少し来て貰えるかなー?」
「ふえ?」
「……思わず撃っちゃう所だったじゃない」

そうその女性が答えると、渚緒はきょとん、と首を傾げる。
そんな渚緒を見て、女性は冷や汗を拭いながら呟いて、手に持っていた物を懐に入れると、渚緒を抱き上げた。

「はぅ?」
「ねぇ、この子のお母さんに伝えて貰える? 『「レインボーキャット」が誰か知ってる』って」

流れについて行けていないのか、渚緒はもう一度首を傾げる。
そんな渚緒を無視して、その女性は渚緒の友達に伝言を頼む。
そしてそのまま、その女性は男達を連れ、渚緒を抱いたまま託児所から出て行った。






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