怪盗アクアメロディ 〜インビシブル・ストーカー〜第五話
シチュエーション


「ひひッ……」

眼前で女怪盗の全身が火に包まれている光景を火野溶平は恍惚の瞳で見つめながら、思う。
まったく、凄い力を手にしたものだ―――と。
生粋の放火魔である火野は警察に捕まる前、ありとあらゆるものを燃やしてきた。
生物であるか否か、金銭的価値の有無、老若男女の区別。
その一切を気にすることなく放火を繰り返す日々。
しかしそんな快楽の日々も警察に逮捕されたことで終わりを告げる。
監獄の中は地獄だった。
何かを燃やすこともできず、自身が燃え盛るための女もいない。
朱の宝石を差し出す『彼』が現れたのは、出所直後のことだ。
宝石の、フレイヤの力に魅せられた火野は歓喜した。
この宝石があればなんだってできる、警察にだってもう捕まらないのだと。
そしてその後、放火魔は再び犯罪の道に舞い戻った。
出所前と違うのはただ一点。
放火だけだった犯罪の中に強姦、という項目が加わったということだった。

「そう、ムショに入った俺は女の大切さってヤツを実感したね。女……とりわけイイ女は火で燃やすなんて勿体無い」

パチン、と火野は指を鳴らす。
そしてそれを合図にアクアメロディを覆っていた炎の渦がパッと弾けとんだ。

「あ、あれ、私……?」

中から出てきたのは無傷の女怪盗の身体だった。
炎に包まれていたにもかかわらず、その艶やかな肌には火傷一つすら見当たらない。
しかし、異常は次の瞬間に起こった。
まず、ウォーターガンが発射口のほうから水飴のようにドロリと溶け落ちていった。
更に、高熱に焼かれた紙や布がそうなるように、アクアメロディの肌を覆っていた服がボロボロと崩れ落ちはじめたのだ。
耐火機能のあるはずの上着が、丈の短いスカートが、乳房を覆うブラジャーが黒く炭化してカーペットの上に降り積もっていく。

「えっ……あっ?」

顔を庇ったままの両手の隙間から自分の身体を見下ろした美音は目に映った剥き出しの生乳に戸惑う。
恥ずかしさよりも先に感じたのは困惑だった。
炎に包まれたはずなのに身体には火傷一つなく、痛みもない。
なのに身に纏っていたコスチュームが炭化して床に積もっている。
そんな異様な光景に、さしもの怪盗少女も状況を忘れて思考を止めてしまう。

ふるんっ。

硬直する思考とは反対に、衣装の下から現れた乳房がプリンのように細腕の下で柔らかそうに大きく弾んだ。

「おおっ……意外に見事なパイオツ持ってるじゃねぇか」

弾力と張りを兼ね備えたEカップに届こうかという美巨乳が、呼吸と共にプルプルとたわんでみせる。
少女の硬直をいいことに、火野は身を乗り出してベッド向こうの裸体を観察し始めた。
重力に逆らい真正面に突き出したバストの先端では、淡いピンクの乳輪に囲まれた小さなさくらんぼが
突然外気に晒されてビックリしたとばかりにヒクッと一度だけ震える。
胸の真ん中に形作られた柔谷間では、熱気に蒸れた肌から噴き出した汗が流れ集まり小さな泉を形成していた。
ツツッ……
乳房が下着からの解放で左右へと僅かに開き、溜まっていた汗がくびれた腰へと流れ落ち、可愛らしいおへそへと降っていく。
女怪盗のおっぱいを堪能した放火魔は視線を下げる。
丸裸にされた上半身とは違い、下半身はスカートを失っただけだった。
覆うものがなくなった純白のショーツはやはり汗を吸い込んでいてややその表面積を縮めている。
黒のニーソックスと下着の間に挟まれる形になっている肉付きのいい太ももは体温の上昇に伴い、薄桃色に火照っていた。
うっすらと霧のような汗が浮かび上がっている健康的な腰下のラインは、正に男を誘う誘蛾灯のようだ。

「こりゃあ予想以上にそそるカラダだな……」

つい先程まで散々美女美少女を抱いたにも関わらず、火野は自分の男根がそそり立ってくるのを感じていた。
男の欲望の発露に羞恥心がようやく追いつき、仮面少女の素顔にパァッと朱が散る。

「あ、やっ……きゃあぁぁっ!?」

目の前の男にショーツ一枚の姿を晒していたことに気がついた半裸怪盗の恥じらいの悲鳴が迸った。
発育の良い身体をすぐさま傍にあったソファーの後ろに隠すも、折角良い気分で見物していたモノを隠す行為を火野は許さない。
男は先程と同じように指鉄砲をソファーに向けると、瞬時に少女を隠していた邪魔物を灰へと変える。

「う、嘘……」

後ろ向きで身体を掻き抱くようにしゃがみこんでいた美音はその理不尽なまでのフレイヤの力に目を見張る。
自分をスッポリ覆い隠せるほどのソファーが一瞬で灰に変えられる光景。
それは常人の戦闘意欲を削ぐのには十分なインパクトといえた。

「おっ、イイ形の尻だなァ」
「ふ、ふざけないで……ッ」

それでも美音が萎縮しなかったのは、火野に自分を焼く意思がないとわかっていたからだ。
やろうと思えばさっきの一撃で自分は焼死させられているはず。
なのにそれをせずに服だけを燃やしたということは、放火魔は生かしたまま自分を捕らえるつもりなのだ。
捕まれば勿論一巻の終わりだが、相手が即殺を目的にしていない以上勝機は残っている。
可能性が少しでも残っている以上は諦めない。
それは怪盗アクアメロディとして活動すると決めたときから水無月美音が胸に秘めている信念だった。

「ひひ、そんなにトガるなよ。このメスどもはすっかり眠りこけて二人きりだ、楽しもうぜェ?」
「お断りよッ」

男から目を離さずゆっくりと立ち上がる美音。
交差した両腕で胸を隠しながら後退するその姿はか弱く怯える少女のようで、しかしその実眼光に諦めは見えない。

「いいねぇいいねぇ、そうこなくっちゃ。折角の夜なんだ、長く楽しまないとなァ?」

腰の上に倒れこんでいたグラビアアイドルの少女を押しのけた火野は勃起したペニスを見せ付けるように立ち上がった。
初めて見る異性の興奮した生殖器に思わず目を奪われる。
ゴクリ、と我知らず息を飲み込んだ初心な少女はすぐさま慌てて目をそらした。

「ひひっ、純情だねェ。男のコレを見るのは初めてかい?」

美音の初々しい反応を楽しむ放火魔はベッドに沈む女性たちを掻き分けながら接近してくる。
近づかれた分だけアクアメロディの足が下がる。
裸の胸を隠す両腕に力がこもり、その奥でむにゅりと寄せ集められた乳肉がクッキリとした谷間を形作った。
その魅惑的な光景は、本人の意思とは無関係に男の目を楽しませる。

「近づかないで!」
「つれないねェ。でもいいのかァ? 取り戻したいんだろう、コレ?」

ホレ、と首に提げたネックレスを持ち上げる火野。
ネックレスの先には朱色の宝石が付いていた。

「フレイヤ……!」
「ほぅら、俺に抱かれていれば隙ができるかもしれないぜ……ェ!?」
「ッ!」

見せびらかすように宝石を手元で揺らす放火魔に、しかし美音がとった行動は突進ではなく逃走だった。
弾かれたように駆け出すショーツ一枚の怪盗。
そのあまりの潔さに呆気にとられた火野は、能力を使うことすら忘れ駆け去る背中を見送ってしまっていた。
やがて、揺れるヒップが視界から消えると逸物を勃たせたままの男はおかしそうに笑い出す。

「ひ、ひひっ……こりゃあ一本とられたな。成る程、流石に判断がいい」

感心を呟く男の声音には獲物を取り逃がした悔しさは存在していなかった。
代わりに浮かんでいるのは歓喜。
自分の力を見てなお、心折れず最善の行動をとった女怪盗の姿。
それは火野の心に興奮を生み出し、加虐心に火をつけてしまっていた。

「そうだ、そうこなくっちゃなァ」

シティに名を轟かせる怪盗が簡単に屈してしてまってはつまらない。
炎で包んだ時、裸に剥きながらも仮面を燃やさなかったのは獲物がただの小娘ではなく怪盗アクアメロディだったからだ。
素顔ならば既に過去の邂逅で一度見ている。
確かに素顔も美少女といえる顔立ちではあったが、興味があるのはあくまでアクアメロディという怪盗だ。
故に仮面だけは剥がすつもりはない。
ここまでお膳立てを整えておきながらただの女を犯すなど興ざめが過ぎる。
一度たりとも捕まったことが無い、不可侵とされているアクアメロディを犯すことにこそ意味があるのだから。

「鬼ごっこか……ガキのころ以来だねぇ。ひっひっひ!」

胸元のフレイアが輝きを発し、主の意思によってその力を開放する。
炎が火野の両手を中心に走り、部屋全体を包み込む。
その赤い海は壁から壁へと範囲を広げ、数秒後にはフロア全体を覆い尽くしていった。

「これでよし、と。さっき仕込んだ『火種』もすぐに燃え出すだろうし……さァて、鬼が今行くぜェ」

紅蓮の炎の中で欲望を剥き出しにした男がゆらりと動いた。

「んっ……」

きゅ、と布の端と端を背中で結び、テーブルクロスで作った簡易下着の出来を確認しながら、美音は立ち上がる。
反動でたぷんっと弾む豊かな乳房の動きが即席の下着の頼りなさを物語るも、今は贅沢を言える状態ではないため我慢する他ない。
他に残っている衣服はワンポイントリボンが可愛いパンティと、足を覆うニーソックス、そして素顔を隠す仮面だけだ。
大事な部分だけはかろうじて隠れているが、半裸同然の格好であることに変わりはない。
動くたびにどうしても揺れてしまう身勝手なバストに赤面しつつ、女怪盗は廊下の影から周囲に気を配った。
逃げ出してから既に数分が経過している。
今頃火野は当然のごとく自分を追って来ているだろうが、捕まるわけにはいかない。

(とにかく、距離をとらないと……こっちが視界に入ったらアウトね)

フレイヤの力はある程度理解できていた。
肝心の能力だが、どうやら放たれる火は燃やす対象物を火野の任意で選べるようだ。
コスチュームが消し炭になったというのに、肌には火傷一つないどころか熱さすら感じなかったのだからこの推測は間違いないはず。
おそらく睡眠ガスが効いていなかったのもその能力によるものだろう。
一見脅威の能力だが、前後の動作を見る限り火が出るのは手からだけのようだ。
ということは、両手さえ封じてしまえば勝機は見えてくるということになる。
そうなると、一番いいのは死角からの奇襲だろう。
こちらに気づかれないうちに接近してしまえば火を出す暇はないはず。
そういう意味では、先程逃走という手段をとったのは決して間違いではなかったと言えよう。
例え火野に隙があろうとも、自分が視界内に入っていたあの場で飛び掛っていたら返り討ちにあう確率は高かったのだから。

(問題は、どうやって気づかれないように近づくかだけど……)

このフロアは火野の部屋以外が空室のため、遮蔽物や隠れ場所は多い。
つまり、身を潜めて火野の不意をつくだけならばそれほど難しくはない条件下なのだ。
ただ、そんなことは勿論火野も承知のはず。
当然のことだが、奇襲を警戒している相手に奇襲を仕掛けるのは困難を伴う。
ましてや、向こうと違いこちらは見つかっただけでアウト。

(本当は脱出するのが一番いい選択なんだろうけど)

そうもいかない、と溜息をつく。
いかに勝ち目が薄かろうとも、火野をこのまま野放しにするのは女としても怪盗としても許せないことであった。
そして、凶行の原因がエレメントジュエルにあるというのならば尚更。

それに、とすぐ傍の階段口を見つめる美音。
そこでは、炎の壁が階段へと続く通路を塞ぐように立ちはだかっていた。
見れば窓にも高熱の赤色が纏わりついている。
この分ではフロア全体の窓や上下階への移動口に同じ現象が起きているに違いない。
つまり、炎を生み出している男は獲物をこのフロアから逃がすつもりがないのだ。

「やるしか、ないのよね」

グッと拳を握り締め、少女は決意を新たにする。
まずは待ち伏せする場所を決めなければならない。
隠れる場所を物色しようと視線を走らせようとし。

―――しかしその次の刹那、怪盗少女の目の前に火の玉が派手な音を立てながら着弾した。

「み〜つけたァ〜」
「くっ……」

驚愕に振り向いた先、そこにはいつの間にか火野の姿があった。
何故見つかってしまったのかという疑問が頭をかすめるも、この場にいるのはまずいという危機感が身体を動かす。
脱兎、という形容が相応しい勢いで再び半裸の臭所は駆け出した。
しかし意外なことに火野はそれをニヤニヤと見送り、追う素振りを見せない。

「逃げろ逃げろ、鬼ごっこはそうでなくちゃな。だが、あんまり時間をかけてると手遅れになっちまうぜェ、ひひっ」

背中にかけられた台詞に美音は顔を歪める。
アクアメロディは狩られる側で、自分は狩る側。
そう放火魔の男は確信しているのだ。

(今に見てなさい……その余裕に満ちた火傷顔、蹴っ飛ばしてあげるんだから!)

今はまだ一方的な狩りだが、絶対に立場を逆転させて見せる。
愚劣な男への勝利を誓い、怪盗少女は唇を噛み締める。
だが、彼女は気づいてはいなかった。
何故火野はこうも簡単に自分を見つけることができたのか。
そして、最後にかけられた言葉が何を意味しているのか。

まだ、気づいてはいなかった。






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