怪盗アクアメロディ 〜インビシブル・ストーカー〜第七話
シチュエーション


(もう、もうダメなの……?)

男の魔の手が身体の中でも最も鋭敏な二箇所に迫ってくるのを美音は朦朧とした意識の中で感じていた。
既に精神も肉体も限界間近だ。
この状況でその二箇所を触られてしまったらひとたまりもない。
次の瞬間には性感は快楽の極みに達し、後はもう歯止めがきかなくなるのは間違いなかった。

(でも、身体が火照って思うように……え?)

カッカと熱を生み出し続ける自分の身体で一箇所。
ひんやりとした感覚が胸の谷間にあった。
霞みかかっていた視界を何とか起こし、胸元へと視線を向ける美音。
そこには。

(フレイヤ……!)

火野が首に引っ掛けていたフレイヤが重力に従って自分の胸元に落ちているのを怪盗少女は見る。
卑しい男に力を与え続けている紅の宝石は明るい部屋の中でも爛々と光を放っていた。
途端にアクアメロディの瞳に力が戻ってくる。
そう、密着している今こそがフレイヤを取り戻すチャンス。
自分の使命を思い出した美音は己の身体に鞭をいれ、賭けに出た。

「ひひ……んぷっ!?」
「こ……のッ!」

今にも乳首に吸い付こうとしていた火野の頭を両手で抱きかかえるように引き寄せる。
当然、火野は胸の谷間に押し付けられる形になり、視界が一時的に塞がれてしまう。
生まれる一瞬の隙。
美音はそこで渾身の力を込め、身体を反転させた。

「えいっ!」
「もがっ!」

ゴロン!
密着したまま上下逆になる女怪盗と放火魔。
だが、主導権を握っていたのはアクアメロディの方だった。
上を取るのと同時に転がった勢いで男の身体から離れた美音は、どさくさ紛れにフレイヤをも強奪する。

「チィッ!」
「はぁ、ふぅ。油断……大敵ね、火野溶平!」

舌打ちする火野に対し、美音は会心の笑みを浮かべた。
一か八かの賭けは成功したのだ。
体力は消耗して肉弾戦になれば不利な状態だが、フレイヤを奪った以上後は逃げるだけでいい。
ぐ、と両脚に力を込め、怪盗少女はいつでも駆け出せる体勢をとった。

「ひひひ……なんだよ、パフパフしてくれたかと思ったら小賢しい真似をしてくれるじゃねェか」
「最後にいい思いができたんだから本望でしょ?」

いくら緊急事態だったからとはいえ、自分から男の顔を胸元に押し付ける羽目になり、顔を少し赤らめる美音。
しかしその表情には勝利の確信が浮かんでいた。
フレイヤがない以上、今の火野はただの人間でしかない。
勿論力の源を奪い返すためにこの後突進してくるのだろうが、それをいなすくらいはわけもない。

「ひひ」

だが、火野は予想に反して動き出す気配を見せなかった。
ただニタニタと楽しそうな笑みを浮かべながら座り込んだまま立ち上がろうとすらしない。
切り札を奪われたというのにこの落ち着きようはなんなのか。
いぶかしむ美音は、しかし次の瞬間その理由を知ることになってしまう。
とくん―――

「え……う、嘘?」

ガクリ、と足が腰から崩れ落ちそうになる感覚に女怪盗は目を見開いた。
フレイヤの効果は切れたはずなのに、胸と股間が再び切なく疼き始めたのである。

「うぁ……ど、どうして……あ!」

慌てて奪い取ったはずのフレイヤを目の前に掲げる美音。
刹那、摩訶不思議な力を持つはずの宝石は飴細工のように溶け落ちていくではないか。

「ひひひ、ぬか喜びご苦労さんだなアクアメロディ」
「に、偽物……!?」
「その通り、本物はここさ。よく考えろよ、こんな重要なものをわざわざ盗られ易い場所に身に着けておくわけないだろう」

ズボンのポケットから取り出される真紅の宝石に美音はショックを隠せなかった。
その心の隙間をつくように疼きを増した性感が少女の身体を容赦なく襲う。
美音は反射的に身を翻し、駆け出していた。
逃げなければ、そう思ったこともある。
だがその行動をとった一番の理由は、止まったままだと二度と抵抗できなくなる。
そんな予感がしたからだった。

「ハァ……ハァッ……!」

まだかくれんぼを楽しむつもりなのか、火野は追ってこなかった。
それだけが唯一の救いとばかりに美音は無人の廊下を半裸のまま駆け続ける。

(あんな単純な偽物に引っかかるなんて……ッ)

いくら切羽詰っていたとはいえ、エレメントジュエルが本物かどうかも見極められずに動いてしまった事が腹立たしい。
冷静に動くことさえできていればあの場はこれ以上ないチャンスだったのだ。
偽物を見破り、本物の位置を把握できていれば本物の方を奪う事だって不可能ではなかったはず。
敵にいいように動かされてしまったことに、怪盗少女は屈辱を覚えていた。

「くっ……ふぅっ……あくっ……!」

足が前に進むたびにその振動で育ち盛りの若さ溢れる乳房が揺れる。
その身を包む薄布ごと上下にプルンプルンと跳ねる様は見事の一言だ。
だが、美音は巨乳が動くたびに布と擦れあった乳首から送られる絶え間ない刺激を耐えなければならないのだ。

(でも……止まるわけにはッ!)

火野から離れることは勿論だが、今止まってしまえば今度こそ身体が言うことを聞かなくなりそうだった。
できる限り大股になろうとする両脚も、時々足運びが内股気味になり、気を抜けば快楽を貪ろうとしてしまう。
美音は今、走り続けているからこそ何とか身体の発情をそらすことができているという状態だった。
しかし、当然いつまでも走り続けることなどできるはずもない。
人間には体力というものがあり、それが尽きれば嫌でも止まらざるを得ないのだから。

(体力が続くうちに何か策を考えないと……もうあんなチャンスはない。自分で、どうにかするしかない……!)

ともすれば床にへたり込んで快楽を貪りそうになってしまう自分の身体に喝を入れながら走る美音。
徐々にそのペースは落ちてきていて、限界が間近であることを示している。
もう時間の猶予はない、足が止まり、今度火野に見つかった時こそが決定的な敗北なのだ。

(フレイヤの能力は火であらゆるものを燃やすこと……でもそれじゃ私の位置を特定できるのはおかしい)

現時点で一番の問題は火野がこちらの位置を把握しているということだ。
逆を言えば、それさえどうにかできれば勝機は見出せる。

(火……燃やす……熱。熱? もしかして……)

ふと女怪盗の脳裏に浮かぶ一つの可能性。
推測に過ぎない可能性、だがしかし今はそれに賭けるしかない。
美音は腹をくくり、ある部屋へと足を向けるのだった。

「ひひ……遂に観念したか?」

火野は獲物が隠れているであろう部屋へ向かっていた。
その目には広大なフロアの中に点在する熱反応がサーモグラフィーのように映っている。
フレイヤのもう一つの能力である熱探知、それこそが逃げる美音の居場所を先程から彼が突き止めている理由だった。

「お、止まったな」

フレイヤによる熱探知は近距離であればあるほど精度が増す。
遠距離の場合、大体どの方向に人間がいるのかわかる程度だ。
このフロアには女怪盗以外にも数人の女性がいるが、彼女たちは気を失っていて動くことはない。
つまり、動き回っている熱反応こそがアクアメロディということになる。

「この方角と距離からして……俺の部屋に逃げ込んだか、それは盲点だなァ」

普通ならな。
そうほくそ笑みながら火野は笑う。
確かに敵の本拠地とも言える部屋に隠れるというのは良い手だ。
だが、これは普通のかくれんぼではない。
鬼が最初から反則を用いているのだから、隠れる場所の意外さなどなんの役にも立たないのだ。

「いよいよクライマックスだなァオイ」

一応周囲を警戒しながら自室へと火野は足を踏み入れる。
まさかここまで一人の女が健闘するとは思っても見なかったが、結果的には楽しめた。
怪盗アクアメロディ、彼女は自分にとって十分に最高の獲物だったと言えよう。

「アイツ……『アイズ』の野郎にも礼をいわねェとな。アクアメロディを喰えるなんて思っても見なかったしなァ」

この状況のお膳立てを整えてくれた雇い主に感謝しつつ、火野は寝室へと向かう。
ベッドの上には相変わらず五人の裸の女性が転がっていた。
視界内に、怪盗少女の姿はない。

「うん? どこに隠れた……成程、浴室か」

ポツンと離れた熱反応は寝室の奥のシャワー室にあった。
狭く、正真正銘逃げ場のない場所だが、この状況における隠れ場所としては最適な場所とも言える。
怪盗少女が見つからないことに業を煮やした自分がベッドの上の女たちに注意を向ければ、その隙に飛び出せる位置なのだから。

(だがそれは俺が気づいていなければ、の話だ)

フレイヤの能力を知らない以上無理もない話だが、あまりにも稚拙な策としか言いようがなかった。
まあ、シティに名を轟かせる女怪盗といっても追い詰められればこんなものか。
そう思いながらも、火野は息を潜めているであろうアクアメロディに最後のトドメをさすべく口を開く。

「おい、浴室に隠れているのはわかっているんだぜ?」

浴室から音はしなかった。

「最後だからいいことを教えてやる。俺はお前の位置がわかる、熱反応って奴だ。つまりお嬢ちゃんがどこに隠れようとも無駄なんだよ」

嬲るように、耳元で囁きかけるようにネタバラシをする火野。
今頃少女は浴室の中でショックに呆然としているに違いない。
絶望が思考を覆い、へたり込んでいる可能性すらある。
その姿を想像するだけで、放火魔は愉悦が湧き上がってくるのを感じていた。

「返事はねェか。それとも、さっきみたいに一人ではじめちまってるのかァ?」

時間的に考えれば、先程のように性欲を抑えきれず自慰に勤しんでいてもおかしくはない。
それならそれでよいが、快楽のあまり自我をなくしている可能性もある。
それは流石に面白くない。
自分の手で堕とさねば、勝利の快感は得られないのだから。

「おい、聞いてるのかァ……?」

念のため不意打ちを警戒しつつ火野は浴室の扉を開けた。
ドサリ。
途端に扉に寄りかかっていたらしい半裸姿の仮面少女が火野の足元に倒れこんでいく。

「なんだよ、もうトんじまってたのかよ……エ?」

刹那、火野は間の抜けた声を上げる。
自分を覆うように大きな影が床に見えたのだ。
そして振り返った瞬間、放火魔の視界は暗闇に覆われてしまっていた。

「な……んだこりゃァ!?」

恐らくはシーツか何かだろう。
突然頭上にかぶせられた布を火野はフレイヤの力で焼き尽くした。
しかし、一瞬奪われた視界は驕れる男に致命的な隙を生み出す。
ゴッ!
後頭部に衝撃、次の瞬間火野の朦朧とする目に映ったのは迫り来る床のカーペットだった。

「ガ……グゲッ!?」

ゴスッ!
崩れ落ちた男に対し、念の為とばかりに駄目押しの一撃を加える全裸の少女。
火野を襲った犯人、それは浴室にいるはずの美音だった。

「ふう……う、うまくいったぁ……」

精根尽き果てたといった様子で座り込む美音。
彼女がとった策は入れ替わりによる奇襲だった。
気絶した女性たちの中に自分と似た少女がいたことを利用したのである。
身に着けていた下着と仮面を気絶した少女に移し、浴室へ。
そして自分は少女の代わりにベッドで気絶したフリをしていたのだ。
後は前述の通り、獲物を勘違いした火野の隙を突いて置物で後頭部へ一撃というわけだ。

「引っかかってくれてよかった……」

火野のサーチ能力を熱探知だと推理して立てた策だっただけに、推理が外れていたらと思うとゾッとする―――と美音は身体を震わせた。
個人を探知できる能力であった場合、今頃敗北の憂き目にあっていたのは自分のほうだったのだから。

「そうだ、フレイヤを……」

気絶している火野のポケットから真紅の宝石を取り出す怪盗少女。
男の身体から離れた途端、力を失ったように宝石は輝きを失っていく。
それに伴い、火照りに火照っていた身体の熱が収まっていくのを美音は感じていた。

「今度こそ本物。本当、ギリギリだったわ」

もう少し火野が来るのが遅れていたら。
策を思いつくのがもう少し遅ければ。
フレイヤによって発情させられていた女怪盗の身体は、火野を攻撃する余裕すらなく快楽に屈していたに違いなかった。
策を実行する前に冷水を浴びておかなければそれすらも難しかっただろう。
現に、ベッドにうつ伏せになっていた時は、身体中を弄り回したい衝動に耐えるのに美音は必死だったのだから。

「……それにしても、後始末が大変ね」

ようやく一息つけるくらいに治まってきた身体を立たせ、全裸少女は動き始めた。
火野を拘束し、下着と仮面を再度身につけ、アクアメロディとしての体裁を整える美音。
この状況をどう始末するべきか。
女性たちは解放しなければならないし、火野には聞きたいことが山ほどある。
とはいえ、グズグズしてはいられない。
貸しきり状態とはいえ、フレイヤの力が消えた以上いつ人がやってくるかわからないのだから。

「この状態じゃあこの人を連れて行くのは無理だし……」

体力を消耗している今、火野をつれてこの場を去るのは難しい。
無論このまま放置して去るわけにはいかない以上、警察に連絡するしかないわけで。
しかしそうなれば彼から情報を聞き出すことはできなくなってしまう。

「この場で聞き出すしかない、か」

フレイヤを取り返したといえども、まだ残りのエレメントジュエルの行方は依然として不明のままだ。
唯一その情報の鍵を握っているのは火野溶平のみ。
となると、アクアメロディに取れる手段は限られていた。

「火野、起きなさい! あなたには聞きたいことが……」

ゆさゆさと男の身体を揺すり、覚醒を促す怪盗少女。
ううん、と呻きながら火野の意識が目覚めていく。
しかし次の瞬間。

―――ジリリリリ!

「な……この音は、防犯ベル!?」

フロア全体に、いやホテル全体に鳴り響くその耳障りな音は異常事態を示す防犯ベルの音だった。
途端にホテル全フロアに光が灯り、宿泊客や従業員たちが騒ぎ始める。

(まずい……!)

防犯ベルが鳴ったとなれば、パニックは必死。
逃走には都合がいいが、これでは火野から情報を聞き出している時間はない。
逡巡は一瞬。
戦果であるフレイヤをグッと右手で握り締めながら、怪盗少女は逃走ルートのピックアップに入るのだった。

(でも、どうしてこのタイミングで防犯ベルが……)






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