シチュエーション
![]() 「警視! どうして何もしようとしないんですか!?」 「……」 じっと腕を組み、目を閉じたままの涼人に、シャルルは涼人の胸倉を掴まんばかりの勢いで詰め寄る。 日本に来てから1週間、涼人は一美から事情を聞く以外の事は何もしていなかった。 「はい、そこまでだよ、シャルルん」 「マリアンヌ先輩!?」 すると、そんなシャルルを後ろからマリアンヌが抱き付くように引き離す。 そして、怒りに満ちた顔色で振り向いたシャルルに向かって口を開いた。 「焦るのは分かるよ? 人質を取った後は何の連絡も無い。 これじゃあ、人質の安否は全然分からないもんね」 「先輩も分かっていらっしゃるのでしたら……っ!」 そのマリアンヌの言葉にさらに激昂するシャルル。 そんなシャルルに、マリアンヌはゆっくりと言い聞かせるように口を開いた。 「シャルルん、落ち着いて、よーく考えて? りょーとが焦ってないと思ってるの? ……自分の娘を人質に取られて、りょーとが焦ってないって、本当に思ってるの?」 「っ!?」 そう言われて、シャルルは我に返ると、慌てて涼人の方を振り向く。 良く見れば、涼人の拳は痛い程に握り締められていて。 「……今は、待つしかない、それしかないよ、シャルル君。 大山のおじさんがアジトを探してくれている。それが見つかるか、向こうが動くまでは、ね」 そう涼人に言われて、シャルルは何も言えなくなる。 涼人の声色が、まるで血を吐きそうな程悲痛なそれであると気付いたから。 「……動く……必ず動くはずなんだ。僕は今まで向こうの狙い通り特に何もしていない。 それなら、向こうは必ず動く。そうすれば、必ず尻尾を出すはずなんだ……!」 そう、呟くように言われて、シャルルは今度こそ反論する気を無くす。 すると、そんな涼人の元へと大山が走り寄り、口を開いた。 「涼人! ……やったぞ! 見付けた、奴らのアジトを!」 「っ!」 そう言われ、涼人は閉じていた目を見開いた。 「涼人。……どうする?」 「……決まってるでしょう? すぐにでも突っ込んで人質を奪還し、『組織』を今度こそ殲滅します」 そう大山から声をかけられ、涼人は一瞬も迷う事無くそう言い返す。 その言葉ににやり、と笑って頷いた大山に、涼人は聞いた。 「……それで? 『組織』のアジトって、何処にあるんですか?」 「ああ、それはな……、ここだ」 そう涼人が大山に聞くと、大山は地図をテーブルの上に広げ、ある一点を指す。 その場所を覗き込んで、涼人は1つ頷いた。 「……成る程、灯台下暗しって、奴ですか」 「ああ。てっきり全く別の場所にアジトを構えていると思い込んでいたよ」 そう言って頷き合う涼人と大山に、シャルルとマリアンヌは首を傾げる。 すると、涼人がそんな2人に向き直って、口を開いた。 「奴らがアジトにしてるこの場所はね、以前『組織』の首魁だった高橋父娘……。 その2人の家だったんだ。まさか、単純にそのままそこをアジトにするとは思わなかったけどね」 呆れた風にそう言う涼人に、シャルルとマリアンヌは思わず顔を見合わせる。 そして、揃って涼人の方を見直すと、口を開いた。 「一刻も早く行きましょう、警視!」 「急いで、りょーとの娘さん助けよー?」 そうシャルルとマリアンヌに言われ、涼人はこくり、と1つ頷く。 そして、今までとはまるで違う、力強さに満ち溢れた声で口を開いた。 「……大山のおじさん、出来るだけ最速で捜査礼状を貰って来てください」 「ああ、分かっている。今部下に取らせてる所だから、明日の朝一番には手に入るはずだ」 その涼人の言葉に、大山は真剣な表情を浮かべたままでそう答える。 そんな大山の答えを聞いて、涼人は軽く頷くと、鋭い目付きで部屋にいる刑事達を見回した。 「明日、それが『組織』の最後の日です。みなさんの奮闘を期待します!」 『了解!』 そして、そう涼人が叫ぶと、刑事達は一斉にそう叫んで敬礼した。 その後、涼人は捜査本部を抜け出すと、人気の無い場所まで行き、里緒に電話をかける。 『明日……動くんだね?』 「うん、だから……」 そう、電話の向こうの里緒に聞かれ、涼人は頷いて何かを言おうとする。 そんな涼人を制すように、里緒は口を開いた。 『分かってる。私が渚緒を助け出すチャンスは、今日の夜しかないんだね?』 「うん。……里緒、僕はもう止めない。でも、気を付けてね?」 そう言った涼人の声色には、明らかに里緒を心配する色があって。 そんな涼人に、里緒はくすっ、と笑って、殊更明るく口を開いた。 『大丈夫だよ、涼人。私は、『レインボーキャット』。いくらずっと現場から離れてたからって、そう簡単に捕まる訳が無いでしょ?』 「……そう、だね……」 その里緒の言葉に、涼人もやっと微かに微笑みを声色に滲ませる。 そんな涼人の言葉を聞いて、里緒は囁きかけるように言った。 『……じゃ、行って来るね』 「……うん、頑張って」 そう言って里緒は電話を切り、涼人は電話を手に持ったまま少しの間固まる。 そして、手にした電話を握り潰さんばかりに手に力を込めると、そのまま膝に手を叩き付けた。 「……くそっ……! 何で、こんな時に僕は里緒を助けに行けないんだ……!」 そう呟くように言う涼人。その顔には、焦りと、憤りが入り混じっていて。 「急がなきゃ、急がなきゃいけないのに、何で明日にならないと踏み込めないんだよ!」 涼人は吠えるようにそう叫ぶと、いらいらと頭を掻き毟る。 そんな涼人の肩を、急に誰かの手が叩いた。 「〜っ!?」 急に肩を叩かれ、涼人は慌てて後ろを振り向く。 すると、そこには大山が心配そうな表情を浮かべて立っていた。 「……大山のおじさん……」 「……大丈夫か? 涼人」 肩を叩いたのが大山である事に気付き、涼人は安堵と驚きが入り混じったような表情を浮かべる。 そんな涼人に、大山は心配そうに声をかけると、続けて口を開いた。 「里緒ちゃんが、どうかしたのか? 助けに行くとかどうとか……」 「っ……!」 そう大山に聞かれ、涼人は思わず何も言えなくなって口篭る。 そんな涼人を見て、大山ははぁ、と大きく溜息を吐くと、口を開いた。 「……まあ、全く予想してなかったかとなると嘘になるな。娘を攫われて、助けに行こうとしない親はいない。 ……『レインボーキャット』が復活する。そう言う事だろう?」 「……」 そう大山に言われて、涼人は俯いて押し黙る。 そして、しばらくして涼人は諦めたような表情を浮かべて顔を上げ、口を開いた。 「……大山のおじさんには敵いませんね……」 「……止めなかったのか?」 明らかな苦笑を浮かべてそう大山に言う涼人。 そんな涼人に大山が聞くと、涼人はさらに苦笑の色を濃くした。 「止めようとしましたよ? いろいろと、ここじゃ言えない手を使って。 ……でも、駄目でした。絶対に渚緒を助け出す、そう里緒は心に誓ってたんです。止めようがありませんでした」 「……どんな手を使ったのかは聞かないでおいてやる」 そう言った涼人に、涼人がどんな手を使ったのかを察した大山は、微かに冷汗を流しながらそう言う。 そして、1つ溜息を吐くと、口を開いた。 「お前がぶち切れるぐらいだ、あの子もぶち切れる。そう考えていたのは正しかった、と言う事か……」 「……ええ。里緒は、僕なんです。性格は、性別は違っていても、考え方は変わらない。 だから、僕は里緒に惹かれたし、里緒も僕の事を好きになってくれたんです」 その大山の言葉に、涼人は軽く微笑んでそう言う。 そのまま軽く惚気出した涼人に、大山は大きく溜息を吐くと、口を開いた。 「……で、涼人。これからどうする気だ?」 「どうする、ですか……」 そう大山に聞かれ、涼人は軽く唇に人差し指を当てて考える仕草をする。 そして、大山に向かって微笑みかけると、口を開いた。 「……とりあえず、捜査本部のメンバー全員に法律違反をさせてみようかなと思います」 「……は?」 その涼人の言葉に、大山は思わず呆気に取られる。 そんな大山を見ているのか見ていないのか、くすくすと笑いながら涼人は続けた。 「……なので、もう一度捜査本部のみなさんを呼び戻してくれませんか?」 「いや、待て待て待て!」 そう涼人から言われ、大山はようやく我に返って叫ぶ。 そして、涼人の胸倉を掴むと、怒鳴り付けた。 「涼人! 何を考えている! 全員だと!? 全員に、一体何をさせる気だ!」 「……落ち着いてください、大山のおじさん。僕は別にみなさんにこれから強盗をしてもらおうとか、そんな事を言っている訳じゃありません」 「当たり前だ!」 激昂する大山を宥めるように涼人が言うが、それでも大山は怒りを納めない。 そんな大山に胸倉をつかまれたまま、涼人は口を開いた。 「……今すぐに、高橋邸に踏み込みます」 「……何?」 その涼人の言葉に、大山は呆気に取られ、涼人の胸倉を掴んでいた手を離す。 そして、軽く服装を正しながら、涼人は続けた。 「今すぐに高橋邸に向かい、『組織』を一網打尽にし、渚緒を助け出します」 「い、今すぐに……だと?」 そう涼人が言うと、大山は驚愕を顔に貼り付けたままで聞き返す。 その大山の言葉に、涼人はこくり、と1つ大きく頷いた。 「ええ。今すぐに、です。だから、法律違反なんですよ」 「礼状も取らずに踏み込むと言うのか……!」 そう続けた涼人に、大山は目を見開く。 礼状も取らずに踏み込めば、それは確かに不法侵入と同義なのだから。 「……責任は、全部僕が持ちます。ですから、お願いします、大山のおじさん」 そんな大山に、涼人はそう言って頭を下げた。 「……はぁ」 その涼人の行動を見て、大山は一度盛大に溜息を吐く。 そして、涼人の脳天に何の手加減も無く拳を落とした。 「〜っ!?」 「馬鹿か、お前は」 急に殴られ、涼人は頭を抱え、涙目になってぷるぷる震える。 そんな涼人に、心底呆れたような表情を浮かべながら大山は口を開いた。 「お前が馬鹿だから言っているんだ。俺は今までずっと独身で、当然だが子供もいない。 でもな、親が何としてでもわが子を助け出したいと願う気持ちぐらいは理解出来るつもりだ。 ……そして、『組織』は俺の後輩で、親友を殺した相手だぞ? ……手伝わせろよ」 「……大山の、おじさん……」 その大山の言葉に、涼人は呆気に取られて大山の名を呟く。 そんな涼人の頭に手を乗せて、大山は口を開いた。 「……責任は、全部俺が持つ。好きなだけ、やって来い!」 「え……? で、でも、それじゃあ大山のおじさんが!」 そう言った大山に、涼人は一瞬だけ呆然とし、すぐに大山に向かって叫ぶ。 それは、全ての罪を大山がかぶると言う事、大山が警察を退職覚悟であると言う事。 それを理解して叫んだ涼人に、大山はくすり、と軽く笑って、口を開いた。 「……涼人、俺はな、恭一と亜紀君が死んでから今まで、ずっと涼人の親代わりをやって来たと思っている。 ……もし、同じ事になっていたら、亜紀君はこうしていたさ、それが親と言う物だ。 さあ、行け。子供は、親の好意には素直に甘える物だぞ?」 そう大山に言われて、涼人は一瞬その場に立ち尽くす。 しかし、すぐに気を取り直すと、大山に向かって満面の笑みを浮かべた。 「……ありがとう、大山のおじさん」 そう言うと、涼人は車椅子を回転させ、捜査本部へ戻った。 「……ありがとう、父さん!」 ……去り際に、大山にそう叫んで。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |