シーフイントラップ 第一話前編
シチュエーション


日本のとある都市部の一角。
打ち捨てられた廃ビルの一室に、その怪盗の基地はあった。
いや、基地というよりは戦果の管理庫といったほうが正しいだろうか。
数こそ両手に余るほどでしかないが、そのどれもが一流の宝石、あるいは工芸品とわかる物が無造作に置かれている。
その全てはこの部屋の主が盗み出した品々だ。

「ねえ、本当に行くの?」
「勿論よ。今更後に引くなんてできっこないじゃない」

心配と不安。
その両方を抱えた声に答える声は、相反するように明るいものだった。

「もう、椿ったら心配しすぎ」

親友である少女、山野椿を安堵させるように微笑みながら、声の主は服のボタンを外しにかかる。
ランプに灯された穏やかな光の中、浮かび上がっていくのは若々しい女性の裸身。
歳は高校生ほどだろうか。
少女は肩下に届くほどの黒髪を揺らしながら手馴れた様子で服を脱いでいく。
それを見つめる観客は親友たった一人。
同性とはいえ他人の目のある中でまるで躊躇せず脱衣していくその度胸は、むしろ見る側に恥ずかしさを与える。
パサリ、と床に脱ぎ落とされた服は英露女学院の学生が着るブレザー。
胸元のネームプレートには「二年 白峰」と記載されている。
英露女学院二年、白峰優理。
それが今、親友の目に下着姿を晒している少女の名前であった。

「でも……」
「まったく、本当に椿は心配性なんだから」

フリル付きの純白下着に隠された、均整の取れた肢体を苦笑で揺らしながら優理は着替えを手に取った。
脱ぐ時同様手馴れた様子で着衣していく少女に、しかし椿の表情は晴れない。
だがそうこうしているうちに優理の着替えは終了する。
学院の制服から代わった服は、丈がお腹の上までしかないタンクトップ風の白のノースリーブインナー。
そして下は真紅のプリーツミニスカートに、白のニーソックスだ。
セクシーに露出したおへそを筆頭に、見るからに露出度の高いそのコーディネートは、明らかに運動性を重視しているとわかる。
と同時にそれは自身に注目を集めようという意図も見えた。

「さっ! 最後の仕上げよ。いつもの髪型をお願いっ」

くるっとその場でターンして後姿を向ける親友に、椿は溜息をつく。

私の気も知らないで。
そうぼそっと呟きながらも椿の手は優理の望みを叶えるべく動いていく。
ストレートに伸ばされた黒髪をリボンを使い、頭の両脇で結び、ツインテールに結わえる。
最後に、カラースプレーで髪の色を金に染め、作業が終わる。
これが椿の仕事であり、優理にとっては「仕事」前のジンクス染みた定例行事であった。

「よっし、これで仕上げにこれをつけてっと」

蒼色のカラコンを両目に、白のオープンフィンガーグローブを両手に装着した少女はふふんっと胸を張る。
そこにいたのは、既に白峰優理ではなかった。
十件を越える盗みを成功させ、世間に名を売り始めた新進気鋭の女怪盗―――ミルキーキャット。
その姿がそこにはあった。

「今日の盗みは大物だからね。気合が入るわ!」

ワクワク、といった様子で拳を握る怪盗少女に椿は再びを溜息を吐く。
もうこうなったら彼女は止まりはしないとわかっていたからだ。
親友から秘密を打ち明けられたのはちょうど三ヶ月前くらいだっただろうか。
凄い話があるの。
その言葉を切欠に聞かされた話は、己の親友が世を騒がせる怪盗の一人であるということ。
当然その時は驚いた。
いつも仲良くしている友人が、いきなり自分は犯罪者ですと告白してきたのだから。
勿論彼女を警察に突き出すようなことはしなかったが、そんな事は即刻やめるように説得はした。
だが、瞳をキラキラさせて自分の武勇伝を語る親友の姿を見ているうちになんだかんだで丸め込まれてしまう。
長い付き合いゆえに、彼女を止めるのは不可能だと悟ってしまったのだ。
それに、優理が盗みを働いているのは一応評判の悪い金持ちばかり。
法律的にはともかく、心情的にはむしろ応援したいという気持ちも確かにあった。

「束前龍三。そして奇跡の宝石フォーチュン……今から胸が高鳴るわねっ」
「ねえ、今回ばかりは本当に止めておいたほうがいいと思う」
「ノリが悪いわねぇ。さっきも言ったけど、今更止めるなんて無理。それに椿だって束前のこと怒ってたじゃない」
「そ、そうだけど……」

親友の言葉に、椿は言葉を詰まらせる。
今回の件は、実のところ自分が発端のようなものだった。
ネットに流れる束前屋敷の女怪盗エロ動画を見つけ、それを優理に見せたのがターゲット決定の切欠となった以上
椿としても強く反対することはできない。
無論束前の行いは同じ女性として許しがたいものがあるし、親友に彼の鼻を明かして欲しい気持ちはある。

だが、それ以上に彼女の身が心配なのだ。
怪盗ミルキーキャットはいうまでもなく女性であり、束前屋敷への侵入条件は満たしている。
親友の技量は信じているし、きっと無事に帰還してくれるとも信じたかった。
しかし、相手が相手である。
もし捕まれば、優理が動画の女怪盗達と同じ目にあってしまう。
そう思うと、とてもではないが穏やかな気持ちでいることなどできるはずもない。

「大丈夫よ。フォーチュンを見事に盗んで、あのスケベジジイをギャフンと言わせてあげるんだから!」

自身ありげに微笑む親友の姿に、不安が縮んでいく。
だが、それでも完全に嫌な予感は消えない。

「じゃ、いってくるね。ミルキーキャット、出動します!」
「う、うん。いってらっしゃい……」

敬礼する優理、否―――ミルキーキャット。
軽やかに身を翻らせて闇夜に飛び出す姿に、椿は思わず手を伸ばす。
しかし、その手は空を切るばかりで何も掴めはしなかった。
親友の背が暗闇の中に溶け込み、見えなくなっていく。

「どうか、無事に帰ってきて……」

祈るように椿は両手を握り締める。
彼女の願いは届くのか。
それは淡く輝く月だけが知っていた。










そして数時間後、束前屋敷正門扉前。
さしたる障害もなく、ここまで辿りついた怪盗少女は目の前にそびえ立つ巨大な屋敷を見上げていた。

「噂通り、ここまではまるで妨害なし……か。舐められてるわね」

自分が普段通っている学校よりも大きく広い建物を一瞥し、ミルキーキャットは正面扉に手をかける。
すると、さして力を込めてもいないのに扉が開いていき、全開していく。

「歓迎されてるってわけね。上等じゃない!」

あからさまな誘いにやる気をだした怪盗少女は、胸を張って屋敷の中へと足を踏み入れる。
扉の向こうは広間になっており、金持ちの家によくある調度品や美術品の類は見当たらない。
あるのはただ、薄暗い空間と数十の扉、そして一台のテレビ。
バタン!
背後で扉が閉まる音が響く。
そしてほぼ同時に、広間中央に置かれていたテレビのスイッチが入った。

「ようこそ、我が屋敷へ。怪盗ミルキーキャット」

画面の向こうに映し出されたのは、屋敷の主人である束前龍三の姿だった。
初老に達しているはずのその男は、年齢にそぐわず三十代後半くらいに見える。
一見すると温和な中年男といった感じだが、纏っている威圧感は流石に世界でも有数の富豪に相応しいものだ。

「その様子じゃあたしの出した予告状は届いてたみたいね」
「うむ。正直その若さで怪盗の仁義を守っているのには感心したよ。
 最近の者どもは、ほとんどが無粋にも勝手に人の領域に忍び込んでくるからね」
「あんたなんかに感心されても嬉しくはないわね」

フン、と鼻を鳴らしながら画面を睨みつけるツインテールの美少女。

「おや、これは手厳しい。さて、もう少し君とは話してみたいところだが……」
「おあいにくさま。こっちに話すことなんてないわ。こっちはさっさとフォーチュンを頂きたいだけ」
「実にせっかちだな。だが、そこまで言うのならば仕方がない。
ではこの屋敷のことを説明しておこうか。このテレビの向こう側にある扉は見えるかね?」

男の言葉にミルキーキャットは頷く。
扉の数は合計で二十六、そのそれぞれのプレートにAからZまでのアルファベットが記載されていた。

「君にはこれらの扉のうちひとつを選んでもらう。
先に言っておくが、ハズレはない。どの扉も、最終的にはフォーチュンの元に至るようになっている」
「……素直にあたしがその言葉に従うとでも?」
「他の通路を見つけることが出来たなら、別に構わんよ。勿論、見つけられるならだが」

挑発的な屋敷の主の言葉に、金髪少女は広間をグルリと見回す。
しかし、扉以外に先に進めそうな場所はなかった。
一度外に出れば他の侵入路が見つかるかもしれないが、既に扉は閉じられている。
つまり、この状況では相手の提案に乗る他ない。

「わかったわ……乗ってやろうじゃない。Eの扉を選ぶわ!」
「即決だね。理由を聞いても?」
「EはEasyだからよ」
「ハッハハ! 成程、単純にして明快な理由だ」

愉快そうに画面の中で笑う男を不愉快そうに一瞥した少女怪盗はもうこの場に用はないとばかりに扉へと向かっていく。

「最後にひとつだけ聞いてもいいかね? 何故君はフォーチュンを狙う?」
「あんたが気に入らないからよ。あとは……そうね、名を上げて目立ちたいっていうのもあるかしら?」
「目立ちたい……か。そうか、ならばEの扉は君にはピッタリかもな」

意味深な言葉を背中に受けながらも、半ば無視するようにミルキーキャットはEの扉を開けた。
何が待ち構えているのか。
不安半分期待半分で扉の向こうを覗き込んだ怪盗少女は、しかしその感情を裏切られることとなる。

「何も、ない……?」

そこは無機質な灰色の壁で作られた一本道の通路だった。
横幅は広げた両手がそれぞれ左右の壁に届くほど、高さは四メートルほどだろうか。
やや手狭ではあるが、人一人が通るには十分なスペースの空間が百メートルほどの長さで続いている。
天井にはライトがついているため、明かりは十分だがそれ以外は特に何かがあるようには見えない。

『困惑しているようだね、ミルキーキャット』

いぶかしむツインテール怪盗の耳に、天井から先程別れたばかりの声が聞こえてくる。

『君は大変幸運だ。Eルートは最短にして最も容易な道、先にある扉を潜りさえすればフォーチュンに届くのだから』
「……ちょっと、あんたあたしを馬鹿にしてるの?」
『そんなつもりはまったくないとも。ただ、制限時間くらいはつけさせてもらうがね。
そうだな、十五分経っても扉に辿りつけなかったら君の負けということでどうかね?』
「やっぱり馬鹿にしてるじゃない! こんな距離、一分もかからず走破できるっての!」

少女の脚力ならば、十秒と少しのタイムで向こうの扉まで辿り着ける。
男の言うことが本当ならば、楽勝にもほどがある。

『無論、何も妨害がないわけではないよ……この通りね』

カチリ、と何かを押すような音が聞こえると共に少女の眼前の通路に変化が起きる。
突如、十メートルほど先に、膝ほどの高さの赤い光の壁が現れたのだ。
見れば、その更に先にも同じような壁が三つほど出現している。
ここからではよく見えないが、半分以降の地点からは赤い光線が縦横無尽に張り巡らされているようだ。

「レーザー障害の走り高飛びにジャングルジムってわけ? 随分と幼稚なのね」
『トラップというものは単純であればあるほど効果がある、というのが我が持論でね。
まあ、百見は一試に如かずと言う。この仕掛けを幼稚だと言うのならば、是非突破してくれたまえ」
「言われなくても、そうするわよっ」

ゴールである扉の上に電光掲示板が現れ、カウントダウンを始める。
だが、ミルキーキャットはそれに目もくれず地面を強く蹴って走り出す。
まず最初の壁ハードルの高さは膝ほどである。
跳躍するまでもなく、足を高く上げ、大股でそれを通り過ぎていく少女怪盗。
ミニスカートが軽くまくれ、すらりと伸びた白い太ももがライトを浴びる。
危うく、足の付け根が見えそうになるがギリギリのところで露出はしなかった。

「次っ」

簡単そうに進みながらも、ミルキーキャットは障害を越える際には細心の注意を払っていた。
触れればどうなるのかわからない以上、用心に越したことはない。
二番目のハードルの高さは少女の腰ほどだった。
流石にこれを跨いで通るのは難しい。
が、高さ的にはまだまだ余裕であるためミニスカ少女はハードル走の要領で飛び越える。
跳躍の瞬間、前後に百八十度近く開いた少女怪盗の両脚が軽々と障害物の上を通過。
またしてもヒラリとスカートがはためき、眩しさすら覚える少女のニーソックス上の柔肌が覗いた。

「簡単簡単っ。次っ」

三番目のハードルは胸元を超えるほどの高さだった。
ここまでくると、もはやハードルの高さではない。
だが、ツインテール怪盗はまるで怯む様子もなく走りのリズムを崩さない。

「やっ!」

タンッ!
右足で踏み切り、空中で両脚をピッタリとくっつけ、膝を身体で抱えるようにしながらの高い跳躍。

胸元に密着した両膝が、少女のバストをむにゅりっと歪ませる。
魅惑のミニスカートも、今度ばかりは空圧に大きくはためきその中身を露わにしてしまう。
正面は両脚を抱えている格好のため、かろうじて下着は見えない。
しかし、腰の上に大きくめくれ上がった後ろ側は丸見え。
ぷるりと可愛く揺れるヒップを包む、細やかなフリルのついた純白パンティがひんやりとした空気に触れる。
二度の開脚のせいか、少し肌に食い込んでいるのが実に艶かしい。

「よしっ」

後姿に迂闊な恥ずかしいサービス。
そんな茶目っ気を見せながらも、一メートルをゆうに超えるであろう壁を十分な余裕を持って越えた怪盗少女の声は明るい。
そして中間地点を前に、最後に控えるハードルは頭を軽く超える高さのものだった。
だが、それでもミルキーキャットは駆ける足を止めることはしなかった。

「これくらいっ……えいっ!」

勢いのまま、瞬間的に反転した怪盗少女は、障害に背を向けた体勢で足を踏み切った。
背面跳びの要領で頭から順にアーチを描きながらレーザーの壁を越えて行く華奢な肢体。
まるで天井に突き出すようにぐんっと張られた乳房がぷるるんっと上下に弾む。
Cカップの柔乳は大きさこそ圧倒的ではないが、その形の美しさは服の上からでも見て取れる。
躍動する女体はスカートの裾すら掠らせずに、難関の壁を突破した。

「よっ……と」

空中で身体を捻り、ミルキーキャットは余裕の着地を決める。
それはまるで彼女の名前のように、猫のようなアクションであった。

(これで半分。タイムは……十三秒か、上出来ね)

電光掲示板に表示された残りタイムにここでようやく目を向けた少女怪盗は満足そうに微笑む。
通路の約半分を一分とかからず走破、これは上々の滑り出しといってよいだろう。

(ま、これからが本番なんだけどね)

ハードル障害を越え、よく見えるようになった後半の障害がミルキーキャットの視界に入る。
レーザーのジャングルジムともいえる光景がそこには広がっていた。
先程までのように壁としてではなく、一筋の光線が様々な配置で行く手を遮っているのが見える。
これを突破するには、冷静な判断力は元より、身体の柔軟性も重要となってくるだろう。

(だ け ど……あたしならノープロブレム! 伊達に新体操部のエースを張ってないわよ!)

光線の迷路ともいえる光景を目にしながらも、若き怪盗は怯まない。
ミルキーキャットこと白峰優理は本人の言うように、新体操部のエースである。
その実力は全国でもトップクラスであり、特に身体の柔軟性は他者の追随を許さないほどだ。
そんな彼女にとってみれば、目の前のレーザー網など遊具に等しい。
多少時間はかかるかもしれないが、残り十四分もあれば十分。
そう考える少女怪盗だったが、彼女は大きな考え違いをしていた。
ここまであまりに順調に進みすぎたために、忘れていたのだ。
この屋敷の主がこのまま易々とトラップをクリアさせるような、そんな生易しい男だったかを。

『素晴らしい身体能力だ! 今まで見た中でもトップクラスかもしれないな』

さあ行こう、と足を踏み出しかけたミルキーキャットの耳朶に響く賛辞の言葉。
言うまでもなく、それは屋敷の主である束前龍三の声。

「……マナーがなってないわね。競技の最中は声を立ててはいけないってことを知らないの?」
『おっと、これは失礼。いやはや、それにしても見事なものだ。
道具を使わず、正に身体ひとつでここまでものを見せてもらえるとはね』
「言ったでしょ? あんたなんかに感心されても嬉しくなんかないって」

まるで取り合おうとしない小生意気な少女の態度に、しかし束前は機嫌を損ねたりはしない。
むしろ、獲物の生きの良さを楽しんでいるといった風情だった。

『気が強いことだ。だがまあ、それくらいのほうがこれから楽しめるというものだ』
「何を言ってるの? あんたが楽しむようなことなんて何も起きないわよ」
『起きるのではない、起こすのだよ』
「えっ?」

怪訝な表情のミルキーキャットは、次の瞬間―――カチリ、と響くスイッチの音を聞いた。
まず異変が起きたのは、突破したはずの背後の通路だった。
最後の障害だった赤い光の壁が、天井まで伸びていき怪盗少女の退路を断つ。
だが、変化はそれだけでは終わらない。
無機質なだけだった通路の四面の灰色が、まるで消えるように透けていく。
やがて、ゴゥン……と何かが止まるような音と共に、壁はその色の全てを失った。

『さあ、準備は完了した。希望通り、存分に目立ってくれたまえ』
「な……!」

ガラスのような透明な薄壁に姿を変えた通路の四面。
その向こう側に見えたのは、視界を埋め尽くさんばかりの人の群れ。
突如現れた観客を前に、ミルキーキャットは―――優理は呆然とするほかなかった。






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