シーフイントラップ 第一話中編
シチュエーション


「こ、これは……」

つい先程まで影すらなかった通路の外に溢れる人、人、人。
年齢も職業も異なる、だがたったひとつ性別が男という共通点を持つ者達が透明壁の外にひしめいていた。
左右に陣取る男達は前を争うように立ち、あるいはしゃがみこみ。
天井裏に足を乗せている男達は己のポジションの不運さに嘆いているのか、少しでも眼下を覗き込もうと顔を床にこすり付け。
通路の地下に身を潜めている男達は皆一様に首を後ろに逸らして天井を見つめている。
それはまるで、一匹の蝶が長方形の虫かごに閉じ込められて観察されているかのようだった。

「この男達は……一体なんのつもりなの!?」
『見ての通り希望を叶えたつもりだが? 君は観客が多いほうが燃えるのだろう?』
「なんて、悪趣味……!」

親切心からやったことだと言わんばかりの屋敷の主の声に、ツインテール少女は唇を噛む。
確かに目立つのは好きだし、観客が多いほうがやる気も出る。
だが、それはあくまで自分の主導で注目されるのが好きなのであって、このようなただの見世物になりたいのではない。
第一、彼らは観客にしては位置が近すぎる。
壁で隔たれているために同じ空気を吸うことこそないものの、競技ならばマナー違反間違いなしの距離だ。
しかし、退路は断たれ、身を潜める場所もない以上、逃げることも隠れることもできない。
それでも、この程度のことに怯む姿を見せるのはプライドが許さない。

(上等よ。やってやろうじゃない……後でこいつら、全員叩きのめしてやるんだから!)

敵意の篭った鋭い視線を四方に向けた後、目を閉じて深呼吸をする。
想定外の事態ではあるが、よくよく考えれば別に問題はない。
見られることは慣れているし、全員カボチャとでも思えばなんということもない。
それに制限時間が減ったわけでもコースの難易度があがったわけでもないのだ。
ここで動揺することこそが敵の思う壺。
大きく息を吸い込んだ怪盗少女は、ゆっくりと瞳を開き、後半の障害へと歩を進めていく。

(残り時間はまだまだある。ここは冷静に、そして確実に行かなきゃ)

光の迷路へと足を踏み入れたミルキーキャットは、まずは足元に引かれたレーザーを跨ぐ。
すぐさま胸元に次の光線が迫るが、十分な余裕を持って身を屈め、これもクリア。
どうやら序盤は前半と同じく単純な構成になっているようだった。
基本的に跨ぐか身を屈めることでクリアできるパターンばかりで、少しばかり拍子抜けの気分でもある。

(……ん? これは、話し声?)

と、そんな余裕が集中を切らしたのか、光線を跨ぎつつあった少女の耳に雑音が入ってくる。
それは、壁越しに聞こえてくる男達の声だった。

「へえ、意外にも白かぁ。もっと派手な色かと思ってたのに」
「いや、こういうタイプに限って中身は純情だったりするんだぜ。白なのはその表れなのさ」
「もっと足を広げてくれないかなぁ。そうしたら食い込みがよく見えるのに」

(えっ……?)

その会話の意味を怪盗少女が理解したのは後ろ足がレーザーを越えかけていた時だった。
声が聞こえてくるのは下から。
それはつまり、スカートの中が覗かれているということで。

「きゃっ!?」

咄嗟にスカートを抑えかけるミルキーキャット。
しかしそれは明らかな失策だった。
右足は既に地面を踏んでいるが、もう片方の足は空中に浮いている状態だったのだから。
ジュッ!
何かが蒸発するような音と、布が焦げる匂い。
と同時に少女怪盗の左足の脛のあたりを焼かれるような熱さが襲った。

(くぅっ……)

視線を落とせば、そこには脛の辺りが焼き切れているニーソックスがあった。
破損した部分から覗く肌は軽くピンク色に染まっているが、幸いにも火傷などの様子はない。
どうやら、配置されているレーザーは高熱タイプらしい。
鈍い痛みに顔を顰めながら、ツインテール怪盗は自身の失敗に舌打ちする。

(あたしとしたことが、こんなつまらないミスをするなんて……!)

短いスカートを履いているのだから、ちょっとしたことで中身が見えてしまうのは当たり前のことだ。
そしてそれはこのコスチュームを選んだ時からわかっていたこと。
なのに、不覚にも動揺を露わにしてしまった。
見せると見られるは似ているようで、心理的には大きく違う。
しかし、「だから仕方ない」とするには優理の自尊心は高すぎた。

「おやおやぁ? こんなところでもうミスかな?」
「大丈夫か? まだ十メートルも進んでないぞ」
「パンツ見られて恥ずかしかったのかな〜?」

外野の野次が屈辱の少女怪盗の耳へ聞こえてくる。
瞬間、湧き上がる怒りがミニスカートの裾を押さえようとして動きかけた手を止めた。

(……み、見たいなら、見せてあげるわよ!)

股の下から感じる視線を意識的に無視して仁王立ち。
下着を見られるのは乙女としてはハッキリ言ってとても恥ずかしい。
だが、羞恥心を上回る怪盗としての自尊心が、観客の男達に弱みを見せることを拒否したのだ。
勿論、完全にパンツ丸見えの現状を受け入れることができたわけではなかった。
スケベな男達に下着を見せ続けるなど業腹ものだし、できればこの状況から逃れたいことにも変わりはない。
となると解決策はひとつ。
すなわち、早くゴールしてしまうことだった。

「……ふんだっ」

僅かに朱に染まった頬を誤魔化すように下方に「べー」とあっかんべをするミニスカ怪盗少女。
見られているといっても四方の一方だけ。
見えない男のほうが多いのだから気にする必要はない。
そう理論武装し、再び前へと進み始め、そして少女はハッと気がつく。
このトラップに隠されたいやらしい狙いに。

(そうか、このレーザーはあたしを捕まえるためのものじゃなくて、この男達の前で見世物にするための……!)

今思えば、レーザーの性質が甘すぎる。
確かに熱くはあったが、それほどの熱量は感じなかった。
やろうと思えば肌どころか骨まで一瞬で焼ききるようにもできただろうにも関わらず、だ。
そもそも、今の時代レーザーのタイプは多種多様。
触れた者が凍り付いてしまう冷凍タイプや、細菌を流し込むようなタイプのものもある。
わざわざ殺傷性の低いレーザーを屋敷の警備装置に使う必要はない。
にもかかわらず、わざわざ侵入者を嬲るような設定にしてあることに設置者の意思が透けて見えた。

(なら、その邪な思惑を裏切ってあげようじゃない!)

最速最短でゴールへと辿りつく。
それこそがこの状況の唯一の打開策であり、少女に出来る反抗方法だった。
しかし言うは易く行なうは難しだった。
一度羞恥心を認識してしまうと、今まで容易にこなせていたはずのことが急に難しくなってくる。
足を持ち上げ、光線を跨げば大股開きの恥部を。
膝を折り、身を屈ませれば突き出したお尻を。
それぞれ、恥ずかしい格好を男達に見せ付けるような格好になってしまっているのだとどうしても意識してしまうのだ。

(平常心、平常心……あいつらはカボチャ!)

それでも黙々と、ミルキーキャットはなるべく下を見ないようにしながら障害を越えていく。

だが、籠の中の獲物を辱めるための罠はこれが全てではなかった。
それを少女怪盗が知ったのは、ようやく六十メートル地点を越えた頃のことであった。
―――さわさわっ

「ひゃう!?」

それは完全に予想外の奇襲だった。
レーザーの間を潜るために前屈気味になっていたところに突如感じたのは、スカートに包まれたお尻を撫でられる感触。
ありえないはずの他者の手の感覚に、ツインテール怪盗は思わずピクッと反応してしまう。

「あくっ!」

ジュッ! ジュジュッ!
跳ねた背中が光線に触れ、インナーが大きく焼き切られる。
真っ白な肌と微かにブラ紐がその中から覗き、ワッと場が湧き上がった。

「い、今のはっ……ええっ!?」

驚きと痛みに振り向いたミルキーキャットは信じられないものを見た。
なんと、右の壁から最前列にいた一人の観客の手が突き抜けてきていたのである。

「ど、どういうこと……あ、ちょ、ちょっと!」

突然の状況に混乱する怪盗少女に、しかし迫る魔の手は躊躇しない。
右の壁に続いて、左の壁からも手が伸びてきた。
つんつん、つにゅっ。
不躾な手は、人差し指で丸みを帯びたヒップを突っついてくる。
動揺に揺れる柔尻は指を押し返そうと若さ溢れる弾力を見せ、抗議の意を示す。

「こらっ、や、やめ……やめなさい!」

なんとかセクハラな手を振り払おうとするも、レーザーと体勢が邪魔をして手が届かない。
そうなると後は男達の独壇場だった。
次々と左右の壁から男達の手が伸びてきて、無防備に突き出されている下半身が好き勝手に触られていく。
プリーツスカートの下にスラリと伸びた、瑞々しい太ももが汗ばんだ手によって撫で回され。
汚れを知らない桃尻がスカート越しにムニムニと揉みしだかれてしまう。

「この、いい加減に……ひゃんっ!」

少女が怒声を上げようとした瞬間。
ぺろり、とお尻を撫でられながらついでとばかりに背中側へスカートがまくられた。

防壁がなくなり、薄布一枚で守られた少女怪盗の下半身が晒された。
フリルに飾られた純白のパンティが、羞恥からうっすらと桜色に染まったヒップを包んでいる。
何度も足を開いてはしゃがんでいたためか、よく見れば布地はハイレグ気味に割れ目に食い込んでいた。
見え隠れする密着した股間部分のクロッチには柔らかく閉じられた姫筋が浮いている。
それはあまりに扇情的な光景で、それを目にした男達は思わずゴクリと唾を飲んでしまう。

「どっ、どこ見てるのよ! エッチ!」

自分に向けられる淫視線に、ツインテール少女は耐え切れず叫んでしまっていた。
反射的に背後へ蹴り上げられた右足が、不埒な手の群れを文字通り一気に蹴散らす。
だが、その代償は大きかった。
ただでさえ不安定な姿勢だったというのに、その状態で足を思い切り動かしてしまったのだ。
当然保たれていたバランスは崩れ、身体は前に傾いてしまう。

「きゃああっ!」

ジュジュジュッ!
背中を大きくレーザーで擦らせながら前方へ倒れこんでいくミルキーキャット。
しかし、レーザーは上だけではなく下にもあった。
上半身が通過し終われば、残された下半身も直撃コースとなり、一気に大ダメージの危機が迫ってくる。

「こ、このぉっ!」

しかし、少女とて怪盗を名乗る者としてここで終わることなどできなかった。
残った左足で地面を蹴ると、強引に腰を捻りながら自身の柔軟性を如何なく発揮し光線の上へと身体を持っていく。
そのバランス感覚と身体の柔らかさは、正に新体操で名を馳せた優理ならではの動きだった。
半回転しながら身体を仰向けにしつつ、背面跳び気味にレーザーの上を通り抜けていくしなやかな肢体。

(これならギリギリで……)

危機回避を確信しつつあった少女怪盗の身にアクシデントが起こったのは次の瞬間のことだった。
ジュッ!
それは回転時に一瞬だけ腰の一部がレーザーに触れた音で。
焼けたのは止め具の僅かに下、スカート本体には何の影響もないその部分。
だがその下にはもう一枚の布があった。

ビリッ!

ほんの数センチ。
布面積でいえば、数パーセントにも満たない部分が切れただけのこと。

だが、それはミルキーキャットの穿いていた下着の左腰部を失わせるには十分だった。
次の刹那、右足を流れるようにするすると純白のフリルパンティが脱げていく。

(う、嘘っ!?)

股間が急に涼しくなったことに気がついたツインテール怪盗は焦りに目を走らせるが、既に手遅れだった。
スカートの中から出てきたお気に入りのショーツは、手を伸ばす暇もなく爪先から離れて宙に投げ出されてしまう。

「や、やだあああッ!?」

ヒラリと翻るスカートの裾からチラリと足の付け根が覗く。
咄嗟に股間を押さえつけながら、お尻から床に着地する怪盗少女。
その甲斐あってか、かろうじて周囲の男達に一番大事な部分のご開帳をすることだけは避けられたが
股の間を通るヒンヤリとした空気が下着の消失を伝えてくる。
慌てて宙をヒラヒラと儚げに舞うショーツへと手を伸ばすが、それよりも早く伸びる幾多の影があった。

「俺のだ!」
「離せ! 俺がもらう!」

それらは我先にと餓鬼のように群がる男達の手だった。
あっという間に十を超える手で掴まれた小さな布キレは、左右に引っ張られて紐状に伸びていく。
だが、そんな儚い抵抗も数秒と持つはずもなく。

「やめっ……そんな乱暴に、あッ!?」

ビッ、ビリビリッ!
未だ少女の体温の残る純白の下着は、持ち主の手に戻ることなくバラバラの切れ端となって男達に奪い取られてしまう。
こうなってはもう元のように穿くことなど不可能だ。

(ど、どうしよう……これじゃあたし、ノーパンで……!)

床に尻餅をついたまま、オロオロと視線をさまよわせるミルキーキャット。
既にインナーはボロボロで、その下には球の肌とブラジャーが見え隠れしている。
スカートはほぼ無傷だが、肝心の下着は失われてしまった。
そのため、押さえている手を離せば下の観客達にははいてない下半身が丸見えになってしまうという危機的状態。
順調に進んでいたはずなのに、どうしてこうなってしまったのか。
混乱する思考の中、しかしかろうじて怪盗少女は立ち上がった。
しかしその両脚はガクガクと緊張と羞恥に震え、まるで生まれたての小鹿のようだった。

(うう……パンツがないだけで、こんなに心細いなんて……)

「オラオラ、その手を離してアソコを見せてくれよ!」
「ギブアップかー!」
「上も脱げー!」

スースーする頼りない足の付け根に異性の目が集まるのを感じる。
視線をブロックするように限りなく内股気味に、手で股にスカートを挟み込むような格好。
そんな普段とは違い、恥じらいを見せるミルキーキャットに、好き勝手な野次が飛ぶ。

「う、うるさいわね! 大体あんたたちこそ手を伸ばしてくるなんて……!」

唯一の救いは、恥ずかしさから萎えかけていた闘志が怒りによって戻ってきたことか。
無様な格好を晒しながらも、少女怪盗は弱気を見せまいと声を大に叫ぶ。

「手を伸ばしてはいけない、なんてルールはないぜ?」
「それに俺達は別に妨害はしてないじゃないか? 突き飛ばしたりはしてないしな」
「ちょっと触られたくらいでビクつくお前が大げさなんだよ!」
「相当な敏感肌なんだな。それとも発情しちゃってるのかな? ハハハ!」
「なっ……こ、このぉ……ッ」

無勢に多勢。
ひとつ言い返せば束になって返ってくる嘲りの言葉にツインテール少女は震えるほかない。
よく見れば、左右の壁にはいくつかの穴が開いていた。
先程の手は、それらから突き出されていたのだ。
更に言えば、男達は腕全体に肌の色が見えるほどの薄手の手袋を身に着けていた。
恐らくはレーザーを無効化する素材で出来ているのだろう。
そして手を出すための穴は、これから先にも大量に用意されている。
上側は手が届かず、下側には足場を悪くするためかどうやら穴はないようだったが、それは慰めにもならなかった。
レーザーのジャングルを突破するためには他に気を取られるわけにはいかない。
つまり、ここからは数え切れないほどの男達の手で、ほぼ無抵抗なまま身体を触られながら進まなければならなくなってしまったのだ。

(迂闊だった……よく観察してれば気がついたことだったのに!)

気がついたところで後の祭だった。
まだ四十メートル近く距離は残っているというのに、コスチュームは半壊状態。
しかも、この先は伸びてくる男達の手まで警戒しなければならない。
が、それでも怪盗少女には進むしか選択肢はなかった。
こうしている間にも時間は過ぎていくのだから。
残り時間は十三分。
近いはずの距離は遠く、十分に余裕のあるはずのカウントダウンは、刻々と時を刻んでいた。






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