シーフクラフト〜怪盗トランプの栄光 四章『拷問』
シチュエーション


もうどれほどの時間が経ったのだろう。
ふわふわと地に足のついていない思考で、おぼろげな記憶を手繰り寄せる。
――寿新蔵の屋敷に侵入し、そこで捕まって手ひどい扱いを受けた。
そこまでを脳が再生しているうちに、徐々に胡乱だった意識が水面に顔を出し始めた。

「ッ……!」

にじむ視界にまず認識されたのは、高いコンクリート打ちっぱなしの天井だった。
配管や配電線が剥き出しのままの無骨な部屋で、今になってそんな部屋だったのかと気付く。
倦怠感に包まれた身体は相変わらず拘束されているらしいが、記憶の中のように脚を広げた恰好を取らされてはいない。
首を後ろへ回すと、手術台と思しき物に寝かされ、大の字で縛りつけられているようだ。
衣裳や仮面はまだ身に着いているが、汗で肌にまとわりついて気持ち悪い。
現状と回想が重なった瞬間、すでにそれが当たり前となったような刺激がトランプを射ぬいた。
身体を起こすことが出来ないので詳しくは分からないが、股の部分を破られたストッキングから下着を掻き分けて、トランプのあそこに異物が挿入されている。
トランプは涙で濡れた瞳を細め、唾液まみれとなった口で喚こうとしたが、喉から漏れたのはひゅうという空気だけだった。
(ああ……そうか)

あの後――新蔵の汚らわしい指によってイかされた後、自分はこのように拘束されて、機械を使って嬲られ続けたのだ。
最初に使われたローターとかいう振動する機械をはじめ、科学の授業で使うメスシリンダーや試験管を抽出された。
新蔵の指のような熱のない冷めきった道具をアソコに入れられた時の屈辱や恥辱は耐え難く、顔から火が出そうだったし、その火でもって新蔵や男を焼き殺したかった。
加えて抽出物の形を覚えさせるがごとく、奥まで入れずにゆっくりじっくりねっとりと穴から出ては入っていく様を、新蔵らは恍惚な表情で愉しんでいた。
トランプのアソコは入れられた物によって収縮しては、ぴったりと包み込むようにそれらを呑み込んでは吐き出した。
抵抗に抵抗を重ねたが、直前に果てたことによる気だるさによって力が出ず、かえって男どもを悦ばせるパフォーマンスにしかならなかった。

嫌、厭、いや、イヤ。

それらを身体の内部に入れられるたびに、比類のない恐怖心がトランプの肌を震わせた。
徹底的にアソコをほぐされ、濡らされ、見世物にされたのち、トランプを底の見えない地獄に引きずり込んだ物を紹介された。

「これが何だか解るかね?」

餌を前にした獣の面持ちで、寿新蔵がトランプの眼前にそれを突きつけた。
実物を見たことはなくとも、それが何だかはいみじくも知っていた。
口には当然出さなかったが、新蔵が掲げているのは男性器を模した物だった。
禍々しく、とても直視は出来ないそれを使って新蔵が何をするのかは論をまたなかった。
トランプが涙目になって行為を阻止しようとするも、がっちりと磔にされているため無駄な抵抗だった。
新蔵は充分に濡れそぼったアソコにそれの先端を宛がうと、躊躇いもせずに一気に奥まで押し込んだ。

得も言われない感覚が、トランプのつま先から頭頂部を奔った。
ローターや試験管などとは違い、少しの柔らかさと芯の硬さを持ったそれは、今までにない太さと武骨さだ。

「――――――――――っッッァア!」

ぐぐぐと奥の奥を突こうと膣壁を押し拡げて入ってくると、軽く絶頂を迎えてしまった。
身体中の酸素を持っていかれそうなくらい、濃い息の塊が口から吐き出される。
脳震盪にでも起こしたように、頭がぐわんぐわんと熱を伴って揺れ、脳が蕩けてしまいそうな感覚に包まれる。

「なかなかどうして、欲を掻き立てられる表情を見せるのう。そんなにバイブが良かったのか、ん?」

挑発するように新蔵がバイブを引き抜き、ぐりぐりと回しながら抽出する。

「あぐっ……! っや、やめ、てえっッ」

バイブの表面に出来たデコボコが肉の壁を擦りながら拡げると、自分の中で一つ一つ、開けてはいけない扉が開かれたような心許なさが去来した。

(これ以上は――もう、無理…………)

膣を皮切りに、全身がぶるぶると痙攣すると、いよいよ新蔵が好い気前となってにたりと笑む。

「ほれ、ならこれはどうじゃ――」

かすかにカチッという音が聞こえたかと思うと、突如として中の物が暴れ出した。

「ッはああああああああ!?」

先のローターとは比べ物にならない振動、さらにはバイブ自体がうねうねと回転している。
ピストン、バイブレーション――そして指で膣を掻きまわされているような感覚が一挙にトランプを襲った。

「ンはッ――! ウうっ、ンああっ?! ま、待ってッ、これ、コレはむっ無理――ッ!!!」

これまで一つの動作でさえ耐えうることにいっぱいいっぱいだったのに、それが翕然と一つの機械で実現してしまえば、トランプに忍耐の余地は微塵もなかった。
それを嚆矢に、トランプは十数回、強制的に絶頂を迎えさせられた。
横にずらされた下着からお尻の方まで粘着性のある液体が肌を伝い、水たまりを作っているのが感じられた。
丸く綺麗に破られたストッキングも、溢れ出る液体でその黒さを深くしている。
トランプは歯を食いしばりながら、痛いほど目を瞑ってそれらの衝撃に耐えた。
ときおり届く感覚にどうしようもなく恥ずかしい声が漏れ、耐えても耐えても脚が、身体が、背筋が痺れてイってしまう。
ちかちかと視界が明滅したころ、新蔵は疲れたのか手の動きを止めて大きく息を吐いた。
これで少し休める。
そう思ったのも束の間、部下らしき男がチェーンソーの持ち手の様な機械を、トランプの股の前にどさりと下ろした。

「ッはあ、はあ……?」

トランプにはそれが何だか分からず、ただただ霞む意識の中で疑問符を浮かべるばかり。

「さてワシはそろそろ休憩するが――淫乱な怪盗に休息などはないからの」

呵々と哄笑するや、トランプの液体で濡れたバイブを、その機械に装着した。
わけがわからず、しかしどうすることもできない怪盗少女は、事の行く先に身を任せるほかなかった。
男がぐ、と機械を押し進めると、根元まで深くバイブが呑み込まれた。
空気が震える音がするや、ドドドドド、と大仰な音を反響させながら、機械がバイブを抽出し始めた。

「ヒああああアッ!?!?!?!?!」

人間ではあり得ない速度と力でバイブが膣壁を擦る。
その間にもバイブは振動と回転を止めることはなく、自動的にトランプは機械に犯され続けた。

いつからか何も感じなくなり、
瞳からは大粒の涙が流れるもやがては枯れ、
口からは泡を吹いて、
顎が下がってだらしなく大口を開けて、
太ももはガクガクともビクビクともつかず、異常なほどに痙攣した。

そして現在――
一度底に落ちた意識が、再び浮上した次第だ。

(ああ、私、機械に延々とイかされて気を失ってたのか)

ぴりぴりとする痛みが膣にある。
機械は止まっているようだが、入ったまま振動は続けている。
それすらもお馴染みの感覚の様で、もはや何も感じなくなっていた。

(――私、機械に、)

無機物に、
自動的に、
強制的に、
犯され続けたのか。

これ以上と無い辱めであるはずなのに、トランプはどこか飄然とした心境だった。
茫洋とした野原をそよがせる薫風の様に、どこか気持ちが凪いでいた。

(もう――何でも、いいや)


新蔵はトランプのイき狂う様を、モニターでじっくりと鑑賞していた。
時には絶叫を上げ、時にはあえぎ声を響かせる、まだ高校生ほどの怪盗少女に、股間の一物を屹立させていた。
今までこの屋敷に入った怪盗は数知れないが、ここまで毅然と反抗し耐え抜いた怪盗は彼女くらいだった。
しかし――何者であろうと性別の壁は越えられないらしい。
モニターに映る少女は先ほど目を覚ましたが、空ろな瞳をするだけで暴れる様子が感じられない。

「ふん、女は所詮、女ということか」

抵抗虚しく果て続け、行きついた先は諦観。

「畢竟、快楽の前で人は獣――正直になるものだな」

ミニハットはずれ、髪は汗で額は首に張り付いている。
上下するふくよかな胸が、レースであしらわれたゴスロリファッションを押し上げる。
逐一トランプの状態を確認する新蔵は、しかし得心がいかない表情だ。
眉間に深く刻まれたしわが、物足りなさを表している。

「ふ、ではより怪盗にとって屈辱的なことをしてみせようではないか」

その行為で彼女がどれほどの反抗心を取り戻してくれるのか、楽しみでしょうがないといった様子で、新蔵は嗤った。
そして高まりに高まった反抗心を粉々に崩し、
ただの雌奴隷に調教してやろう。

呆然と天井を見続けていると、重く錆ついた音が耳を聾した。
随分久しぶりに聞く、自分と機械以外の音で、奇妙な安堵を覚えてしまった。
トランプから見える位置に顔を出した新蔵は、濁りきった瞳を弓なりにして微笑んだ。

「気分はどうかな、怪盗さん」

未だに震え続けるバイブの振動に身をまかせながら、

(これ、止めて。私が悪かったから、もう、許して)

そう言おうとするも、嗄れた喉からはひゅうひゅうとした息しか漏れず、新蔵から見れば金魚のようにパクパクと口を動かしているだけだ。

「喉が嗄れたのか、まああれだけ叫び散らせば、それも道理か」

一緒に連れてきた男に命じると、新蔵は手にしたペットボトルをトランプの口の上で逆様にした。

「――ッっげぉほっうぶ」

びちゃびちゃと口に入る水は、両頬を伝って床に落ち、コンクリートにしみを拡げていく。
喘ぐように水を飲み込む。
しかし息が出来ずに、まるで陸上でおぼれているような息苦しさに見舞われる。
飲み込んでも飲みこんでも降ってくる水が逆流して、トランプの鼻からもつーっと垂れる。
その醜さに満足したのか、新蔵は傾けたペットボトルの口を天井に向けた。

「げほっおえっうっごほっっ」

盛大に噎せるトランプに、加虐心を刺激され、新蔵は鼻の穴を膨らませた。

「改めまして、気分はどうかね?」
「……お願い、これっ、もう止めて、わた、私が、悪かったから、も、ゆる、して…………」

蚊の鳴くような小さな声が、泣き声交じりに部屋に虚しく響く。
新蔵が男に目配せすると、男はトランプを縛っていた革のベルトを四つ、手と足についていたものを外していった。
暴れたために、手首や足首はひどく擦れて腫れていた。
しかしその痛みはどこかトランプには、鏡の向こうのようにしか感じられない。
拘束を解かれたにも関わらず、怪盗少女は台の上で状態を起こすこともままならないほどに疲弊していたのだ。

「もう抵抗はしないのか」

新蔵がトランプに声を投げかける。
それはタグクエスチョンで、言葉の裏には「もっと抵抗して見せろ」という意図が込められている。
全身で息をするトランプは、呆然とした顔つきをするだけで質問に応答しようとはしなかった。
否、出来なかった。
新蔵は初めの様に、トランプを観察できる位置にある椅子に腰を降ろすと、傍らに佇立する男から数枚の紙を受け取った。

「ふむ、怪盗トランプ――まだ十件しか盗みに入っていない新米の怪盗か」

どうやら、少女についての資料らしい。

「他の怪盗と徒党を組むでもなく、あくまでも一人で怪盗を遂行しているようだな」

パラパラと資料をめくる音と、新蔵の威厳のある声、そしてトランプの喘ぐような呼吸の音が部屋にこもる。

「とまあ、この街ではそれなりに有名らしいのう、貴様は」

新蔵は目を通し終えた資料を男に戻すと、脚を組んで、嘲り笑うようにトランプに声をかけた。

「して――貴様の両親はどうしておるのかの」

彼の言い草に、トランプの思考の霞がさっと引き、清澄な回路を繋いだ。
呻き声を上げながら上体を起こそうとする少女の姿を見るや、新蔵ますます醜悪な笑みに面持ちを歪めた。

「貴様の調べはついておるよ――なぜグループに手を下しているのかもな」

トランプは怫然となって半身を起した。

「あんた、私を」

みなまで言う前に、新蔵が遮るようにトランプの名を告げた。

「神沢揚羽」

自分の名前を憎き男の口から聞くと、沸々とした感情が腹の底から湧きあがって来た。

「神沢とはずいぶん、懐かしい響きだな」

過去を思い浮かべるような言い方に、しかし懐かしむ感情など微塵も感じられなかった。

「貴様が奴の娘とはな」
「――あんたのせいで、あんたのせいで、私はっ!!」

トランプは蹶然とその場で立ち上がろうとした。
けれど疲弊した下半身はまるで立てた紙の様で、気勢を削がれた形となってへなへなとその場で尻もちをつく。

「私は、父さんは、あんたのせいで……ッ!」

冷然とした表情の奥には、名状しがたい黒い感情が一緒くたとなって渦を巻いていた。
深く暗い憎悪の念が、新蔵に向けて放たれている。
新蔵は平然とそれを躱し、苦笑いの形に顔を歪めた。

「ワシのせいとは言いがかりも甚だしいな……あれは貴様の父親が悪かったのだよ」

腐りきった狸は何でもないことのように言いのけた。

「あんたが……あんたが、父さんに罪を着せたんでしょうがッ!!!」

トランプの父は、寿の会社がまだ黎明期を迎える以前に、新蔵の下で働いていた。
当時、寿の会社は経営難のただ中で、利益を上げるために新蔵は無茶な要求を社員につきつけていたらしい。
もちろん法律に抵触する行為にも手を染めていて、父はそれを改めるように新蔵に直談判した。
新蔵は執拗に誠実さを説く父に心を洗われたふりをし、経営の責任者として父を抜擢。
そして、父は会社を前進させるために奔放し、クリーンな経営を求めて勇躍した。
その過程で、新蔵が裏から手を引いて、父を詐欺の加害者に仕立て上げたのだ。

「あんたと契約会社が手を組んで――父を罠に嵌めたから、父は、父は」

詐欺事件が表に出ることはなかった。
なぜなら、当事者の父が言われのない罪だったが耐えきることが出来ずに自殺したからだ。

「父は自殺した――そう、自殺に見せかけて、あんたらみたいな汚い奴に殺された」

遺書もあり、状況的には疑われる余地のない、完璧な自殺として処理された。

「あんたは誠実な皮を被った狸だった。残された一人娘のために、莫大なお金を投じたことで、あんたの世間的な評価は上がったわ」

忌々しい記憶の奔流に、トランプは自らを律することが出来なかった。

「父はあんたに殺された……あんたに、だから私は、あんたらに復讐するために――」

父の自殺の真相を知ったのは、すぐだった。
偽造された遺書とは別に、父が遺した物があった。
それが、天秤の図柄を持ったトランプだった。
父が残した物は多かった。
今でこそ憎いが、保険金は多く、その財産によって学校にも通えている。
服や写真、まるで昨日までそこにいたと思わせてしまえるくらい、父の匂いがついたものはたくさん残っている。
その中でも、トランプは父娘にとって大切な絆の一つだった。
父は仕事に忙しかったが、娘との時間は大切にした。
マジックが得意だった父は、娘に得意げにカードマジックを披露しては娘を楽しませた。
日を跨いで、何日にもわたってカードゲームもした。
そんな思いが、トランプには詰まっている。
トランプをシャッフルしながら父に想いを馳せていると、予備札が混じっている事に気が付いた。
そして、そこに父が殴り書きした真実が、書かれていたのだ。

「あんたに復讐するためだけに、私は怪盗になった」

殺そうとは思わなかった。
こんな奴と同じ人間になることを良しとはしたくなかった。
それでも私は、この汚れた狸に一矢報いるためだけに今日までを生きてきた。
怒りに震える手が、今にも暴れ出しそうだったのに、苦痛に痙攣する足腰のせいで立ち上がることさえままならない。
目の前に、真実を知っていながらそれを善しとしている諸悪の根源が居座っているというのに。
これ以上の拷問が、屈辱が、この世にあるというのだろうか。

トランプの長広舌に、新蔵はろくろく取り合おうとはせずに、ただ風に吹かれる柳の様に自然体で構えていた。

「罪を認めろッ――!」

なけなしの力を振り絞って、トランプが声を張り上げた。
その言葉にどれほどの想いが、過去が詰まっているのかは彼女以外に推し測ることは困難だろう。
彼女はそれだけの物を背負って、幼いころから今日に至るまでを費やしてきた。
言うなれば、今日この日のためだけの人生だったとさえ言える。

「罪、か」

罪、罪、と反芻するようにその言葉を重ねる新蔵が、ぐふっとガマガエルのような不気味な声音で笑みをこぼした。

「何がおかしいッ」
「いや――罪も何も、ワシはむしろ被害者なんだぞ?」
「な――!?」

世間的に有名な事件ではない。
一人の社員が利益欲しさに詐欺をしかけたというだけの、どこにもでもありそうな事件。
そしてそれを金によってもみ消したこの男の、どの口がそんなことをほざくのだろう。

「むしろ感謝してほしいくらいだ。貴様が学校に通えているのも、ワシのおかげだというのに」
「貴、様……」

ぎりり、とトランプは仮面の奥の瞳を険しくして、力強く歯と歯をかみあわせた。
憤怒の炎で身が焼かれてしまいそうだった。
どこにそんな力が残されていたのか、跳ねるようにしてトランプが新蔵に向って跳びついた。
敢然と新蔵の顔を張りこくろうとするも、振り上げた手を冷静に男に掴まれた。

「離せッ……離せえッッ!!」

男を投げ飛ばさん勢いで暴れるも、その力は微々たるもので、男は労せずしてトランプの腕を捻りあげた。

「あぐッ」

膝裏をつま先で疲れると、がくん、と新蔵の前で跪くような姿勢になる。
こんな男に見下ろされることが、たまらなくトランプの憎悪を掻き立てた。

「その眼!」

新蔵が目を瞠った。

「まだそんな眼が出来ようとは……たかだか怪盗のくせに」

新蔵のしわの寄った手が、トランプの細っこい首を掴む。
そのまま力を込めると、怪盗少女が呻吟する。
手を離すと、少女が噎せる。

「貴様の怪盗としての矜持、意地は素晴らしい」

ではそれを一つ一つ壊していこう。
新蔵はそう言うと、トランプの仮面に手をかけた。

「ッ!」

少女は身を捩って抵抗する。
仮面は文字通り最後の砦だった。
怪盗の怪盗たるアイデンティティ。
父に貰った名前を模したデザインの仮面は、彼女の意志そのものと言ってさえよかった。

いつでもそばにあったもの。
いつでも自分を守っていたもの。

「さて、お顔を拝見させてもらおうかね」
「イヤッ! ヤメロッ!」

それが、野蛮な男の手によって、取り払われた。
白磁の様な滑らかな肌には、涙の線がはっきりと見て取れた。
意志の強そうな瞳は、きっと険しく新蔵を睨み上げていて、加虐心を刺激される。
つぶらな瞳は深く、それ相応の歴史を持っている事が窺いしれた。

「はじめまして、神沢揚羽≠ソゃん」

侮蔑をたっぷりと含んだ声音で本名を告げられると、いっそうトランプの――揚羽の怒りに薪がくべられる。
新蔵はその名を告げたことを呼び水に、怪盗トランプという仮面を壊すことを次のステップとした。






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