くの一の誘惑 第二話
シチュエーション


皆が寝静まり、静寂のおりた屋敷に、男の呻きが洩れる。
黒崎屋与兵衛の屋敷。城下一の豪商にして土倉に相応しい屋敷は、敷地だけでも並の武将のものより豪壮な
ものだった。
数年前に隠居した先代から家業を継いだ与兵衛だが、商いは順調で、父の起こしたこの家をより大きくして
いくものだろうと思われる。
呻きは、母屋から一本の渡り廊下でつながった離れから、聴こえていた。
隠居、黒崎屋吉郎は御歳六十二。
貧農から身を起こし、この戦乱の世を追い風に、わずか一代で黒崎屋を築き上げた傑物である。
出来の良い息子に跡を継がせ、自らは茶やら書やらを楽しみながら悠々の老後を過ごしていた。とはいえ、
城下における影響力は些かも衰えず、「黒崎屋のご隠居」といえば町人だけでなく武士たちからも一目おかれ
る存在である。

「………………ふふっ…………」

男の呻きに、艶っぽい水音と、夜気に浸みこむような甘ったるい女のささやきが混じった。
この離れが、「ご隠居」吉郎の居室なのである。
離れといっても流行りの書院造を意識した立派なものであり、茶室まで副えつけられている。
使用人は身の周りの世話をするため廊下を渡って来るだけで、客人の他、この離れで寝起きするのは吉郎ひ
とりである。
しかし、最近、身目麗しい女子が出入りするようになったという。

「吉郎殿もまだまだ壮健じゃな」

父娘、いや、祖父と孫ほどにも歳の違う男女を見て、町人たちは噂し合った。彼らは、吉郎が気に入りの娘
を妾にでもしたのだと思ったのだ。
息子の与兵衛にしても、彼女の正体は知れなかった。
それとなく訊いてもなんやかやとはぐらかされてしまう。怪しいは怪しいが、それでも、内助の功で創業を
支えてきた母が二年前に亡くなって以来、なんとなく気の抜けたようだった父が元気を取り戻してくれたのは
嬉しかった。

「ふふっ……ご隠居さま、赤ちゃんみたい」

女の揶揄もかまわず、吉郎はその乳房にしゃぶりつく。
たわわな肉塊が指先で弾み、老人の唾液でぬらぬらと光る。
障子を通して差し込む月明かりに照らされて、女の身体はこの世のものとは思えない美しさに輝いていた。
その肌の白さは、高麗の白磁に劣らず。
夜具の上に投げ出された黒髪は、絹のように艶やかで、手に触れれば砕けてしまいそうなほどにしなやかで
あった。

「……ふぅ、ふう…………ふぅ……」

興奮のあまり荒い呼吸を繰り返していると、上目遣いの瞳と目が合った。
整ったまつ毛の下の、切れ長の眸。
吉郎は息を呑む。傾国の美女とはこのような女をいうのだろう。
創業を助けてくれた妻を想ってこれまで妾は持たないできたが、吉郎は決して弱い方ではない。旅先で土地
の女の抱くのは習慣のようなものだった。その彼にして、これほどの女は見たことがなかった。
ただ、美しいというのとは違う。
女のまとう、淫らな空気が、男の心をつかんで放さない。

「もう、満足ですか?もっともっと、おしゃぶりしていただいてよろしいのですよ……」

桜色の唇が弧を描く。
気のきいた遊女なら、もっとおしとやかに笑うものだ。男は大概、おしとやかな娘を好むのだから。

「んっ、ふふふ…………お爺ちゃんったら、」

けれど、彼女は違う。
男の獣欲を煽りたてるような、淫らで蠱惑的な笑顔を浮かべてみせる。

「お疲れかしら?ふふっ、そんなことないですわよねぇ…………だって、コッチは……」
「!!……うっ、お、おおぅ…………」
「こぉんなに、ビンビン♪」

ムッチリとした太ももが吉郎の男根を撫でていた。
ほどよく脂肪ののった太もも。着物の裾からわずかに覗くだけで情欲を掻き立てずにはすまない。
充血し、真っ赤に腫れあがった亀頭が、白い太ももを舐めるように滑っている。いや、滑らされている。

「うおおっ!お、おおおぉ…………」

亀頭が滑る毎に、鈴口から滴がこぼれ、太ももを濡らす。
そして、すさまじい快感が老身を満たした。

「ああ、あああっ!う、うおおお……」

意味のとれない呻きをあげながら、吉郎は下腹に伝わる悦楽に酔いしれた。自ら腰を動かし、男根を女の太
ももに擦りつける。

「うふふっ…………」

女が笑う。
涎が垂れるほど表情を歪め、膝をがくがく震わせて快楽を貪る老人の姿を嘲笑っているのだ。
最初は、この笑いが気に入らなかった。
自分の美しさを鼻にかけた、傲慢な笑いだと思った。所詮は、容姿だけではないか。すぐに屈服させ、泣き
喚かせてやると、吉郎は心中にほくそ笑んだはずだった。
一代で成り上がった男としての、自負であった。

「ふふっ…………」

しかし、今は、どうだ。
女に嘲られ、揶揄されることがたまらなく心地いい。
自分の方が覆いかぶさっているはずなのに、実際には見下され、いいように弄ばれている。
こんな快楽は初めてだった。

「ご隠居さまぁ、そろそろ、イッちゃいそうですかぁ?」

太ももがくねる。白い大蛇がうねるように。吉郎の肉棒に絡みつく。

「おっ!のおお、おおお!!…………あっ、くうぅっ」

女の脚などにこづかれてイッてしまう。その屈辱、恥辱がさらに吉郎の男根を張り詰めさせる。
そっと、冷たい手のひらが吉郎の頬にそえられた。
目の前には、悶絶する吉郎と対照的に涼しげな、若い娘の笑顔があった。

「私に見つめられながら、イキなさい♪」
「おおっ、おおおっ、い、イク、イグゥッ……ア、アマネ……」

言葉とは裏腹に、天音はゆっくりと、じらすような仕草で脚を動かしていく。
イケそうでイケない。あと一息というところでイカせない。少女らしい悪戯心が老人を苦しめている。極上
の太ももでいたぶりながら、決してトドメをさしてはやらない生殺し。
忍びの者がよくつかう、拷問の手段である。

「…………く、ぐッ、ぐおおおっ……あっ、……んああっ」

吉郎の顔はもはや真っ赤だ。眼球も充血し、半ば開いた口からは意味のとれない呻きが洩れるばかり。
それでも、天音は優しげとさえ見える笑顔で見つめている。
また、つうう、と太ももが亀頭を擦った。

「〜〜〜〜〜〜…………」

吉郎の喘ぎは声にもならない。
寸前で、白い美脚は肉棒から離れてしまう。口惜しそうに、恨めしそうに、鈴口から滴が垂れた。御馳走を
前にしてオアズケを繰り返されての涎のようである。
このような仕打ちを受けてさえ、吉郎はこの女から逃げられない。
頬にそえられた手にはさほどの力もこめられてはいなかった。

「凄いお顔♪あんまり興奮なさると、お身体に障りますわよ?」

天音を囲って数日。彼女の手管がもたらす快楽は確実に老体を蝕んでいた。それでいて、決して手放せない
ほどに、心をとらえ、絡みついてしまっているのだった。
この白い女体を前にすると、吉郎の身体は吉郎のものではなくなってしまうのだ。

「……ひっ、ひい、ひぃ……あまね……た、たのむぅ…………」
「な・に・が?」
「イ、いがぜでぐれえええぇぇっ!!」

断末魔のような絶叫を聴いて、天音は切れ長の眸を細めて、太ももをより淫らにくねらせた。

天音に会ったのが老いてからで良かったと、黒崎屋吉郎は心から安堵する。
いかに壮健と見えても若い頃のようにはいかない。二十代、三十代では、それこそ精力満ち溢れ、一晩中も
女を抱いてさえ疲れることがなかった。仲間内では性豪の名を恣にしたものである。
それに比べると今は、一度や二度で萎えてしまうのだった。
もちろん、男としては、これほどの美女をもっと元気なうちに抱いてみたかったと悔しく思わなくもない。
今のように情けなく喘がされるばかりではないかもしれない。
だが、吉郎はやはり、若い頃に天音と出会わなくて良かったと思うのである。
この女は妖女の類だ。
どんなに若く元気でも、決して勝てない。そんな気がする。
精力絶倫であれば、もっと、もっと、とこの素晴らしい女体を求めるだろう。天音の身体を白濁で汚しつく
すことくらいはできるかもしれない。しかし、その挙句、それこそ尻子玉まで抜かれて骨抜きにされてしまう
に違いない。
そして、性欲の赴くまま、財も命も彼女に捧げてしまったことだろう。
老いた今だからこそ、こうして自らを振り返る余裕ができたのだ。
そうとまで考えると、吉郎は背筋がぞくりと震えた。
もし、万が一、性に目覚めたばかりのような純朴な少年が、この女の毒牙にかかったら。

「ご隠居さま、お身体をお拭きいたしますね」

水を汲んだ手桶と手拭いを持って、天音が戻ってきた。
着物は整えられ、あの妖しい色香は跡形もない。むしろ、生娘のような初々しさを漂わせているところにこ
そ、かえって恐ろしい。
甲斐甲斐しく吉郎の萎えた男根を拭う姿など、よくできた孫娘である。ついさっきまで愉しむように老人を
いたぶり苦しめていた妖女と同じ少女であるとはまるで信じられない。
一体、彼女はいくつの顔をもっているのだろう。

「ご隠居さま」
「………………っん?んん、ど、どうした?」

ぼんやりしていたようだ。天音の言葉を聴き逃してしまった。

「お願いがございます」
「ほう?なんなりと言うてみよ」

ここで金や着物をねだるようなら可愛いものだ。若い頃なら家を傾けるほど貢いでしまったかもしれないが、
今の吉郎は色香に迷うといっても限度がある。

「一昨日、ご隠居さまのもとに参られたお侍さま……狩野三河守さま、とおっしゃいましたか」

話が意外な方に跳んだ。
確かに、一昨日、狩野三河守の訪問を受けた。狩野はこの国の家老である。歳も近く、武士ながら文芸にも
関心の厚い人物で、個人的に親しくしているのだった。そして、一昨日の訪問の用件というのが……。

「若君さまの腰元の人数が足りないのですとか。……ご隠居さまぁ……ふふふ……」

一瞬にして、天音は妖女の顔になっていた。
いや、これは「妖女」どころではない。……あやかしだ。
爛、と輝く眸の光から、吉郎は目が離せない。全身にじんわりと汗がにじみ出す。

「私をお城に登らせていただけません?ご隠居さまのお力なら、できますでしょう?」

桜色の唇が淫らな笑みを浮かべる。
そうだ。
もし、年若く経験もない少年がこの女の獲物になったとしたら…………どうなってしまうのだろう。






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