横川由香里
シチュエーション


「おーい、小島ー! 早く部活いこうぜー!」
「う、うん。ちょっと待って」

なんでこんなことになったのだろう。
横川由香里。23歳。短大卒業のOL3年生……だったのは先週まで。
名前も体もそのままなのに――いや、苗字は小島になったんだっけ――
とにかく、いまの私は中学校に通う男子中学生『小島由香里』ということになっている。
男子中学生なのに『由香里』というのもヘンな話だけど、
クラスメイトも両親(といっても、本当のではないけど)も
まったく違和感を覚えていないというのも不思議な話だ。
誰に聞いても、生まれたときからずっと
自分は『小島由香里』として育ってきたことになっているのだ。
そして今は着慣れない学ランを着て、
やはり数日前まで顔も名前も知らなかった「親友」の高橋くんと一緒に
部活へ向かおうとしている。
たぶん今頃、数日前まで男子中学生だった小島昭義――彼もいまや『横川昭義』と名を変えているはずだが――
も、OLとして慣れない生活を強いられているはず。
男子中学生がお化粧して、紺色のベストとタイトスカートを着て、
黒いストッキングにパンプスでコピーやお茶汲み、
郵便局へのお使いや資料整理などをしている姿を想像するとほほえましく思うけど、
きっと彼にとっても笑い事じゃないはず。

高橋くんと「クラスの○○がかわいい」とか「今週のジャンプがどうの」とか
男子中学生らしい他愛のない話をしながら廊下を歩き続けると、
大した時間もかからずに部室へとたどり着いてしまった。

水泳部

立派な屋内プールの横にある小さなクラブハウスのドアの横に
堂々とした文字でそう書いてある。

「さっさと着替えちまおうぜ」
「う、うん」
「なーんか最近元気ないなぁ? AVでも貸してやろうか?」

高橋くんの無駄な気遣いが逆に悲しい。
ため息ついていても躊躇していても仕方ないので、
半ば諦めながら水着へと着替え始める。
靴下を、ズボンを、そしてトランクスを脱ぎ捨て、
女性用水着の下とは異なるフィット感に戸惑いつつもサポーターと競泳パンツを履く。
ここまではいい。
ここまでは百歩譲って女性用水着と同じ。
でも、ここからは違う。
ここからは「男子の領域」なのだ。
周りは一切自分の着替えを気にすることはないにもかかわらず、
なんだか嘗め回されるように視姦されているような気がして、
学ランのボタンをはずす指先ががくがく震える。

「なにやってんだよー、部長とかもうカンカンだぞ!」
「あ、え、うん。ボーっとしてた」

せかされながら、無骨な学ランのボタンを1つずつはずしてロッカーにかける。
続いて、ゴワゴワしたワイシャツを脱いで同じくハンガーへ。
そして可愛さの欠片もないTシャツを脱ぎ捨てると、
鏡に映る私は、格好だけはどこからどうみても男子水泳部員だった。
しかし、OLのときは自慢だった形のいいDカップのバストだけが、
場違いのようにぷるんと揺れているのが、
逆になんともいえないエロチシズムをかもし出している。

あわててプールサイドへと駆けつけると、
すでに他の部員は柔軟体操などのウォーミングアップをはじめていた。

「すいません、遅れてしまいました」
「小島!高橋!遅いぞ! 罰として腕立て100回!」

遅刻した私たちに体育会系独特の罰を申し付ける部長と、
それを見てクスクス笑う部員たち。
どうも私たちは遅刻の常連として部内では有名らしく、
「また罰を受けている」ぐらいに受け止められているようだ。
言いつけどおりに罰の腕立てをしていると、
同じく罰を受けている高橋くんが小さな声でささやいてくる。

「見ろよ、斉藤の胸。でけーよなー」

ウォーミングアップを終えていよいよプールに入ろうとしている女子部員をあごで示す高橋くん。
確かに中学生としては大きな胸だけれども、
横で一緒に腕立てをしている私だって、
グラビアアイドル顔負けのスタイルを誇っている。
なのに私なんか目もくれず、目の前の乳だけでかいような小娘に注目するなんて。
とてもくやしいけれども、男子中学生が男子中学生のスタイルを気にするはずもない。
当然といえば当然なのかも。

「まーた小島と高橋がいやらしい目で見てるわよ」
「本当、あいつらはホントスケベなんだから」

そんなことない! と反論したいけれども、
彼女たちにとって私は「スケベな男子中学生」なのだろう。
絶望とくやしさがまぜこぜになった感情のまま、
私は高橋くんとともに、さらに100本追加された腕立て伏せをこなすのだった。


家族も寝静まった夜中、勉強している振りをしながら高橋に借りたDVDのパッケージを眺めては
袋にしまいなおす行為を何度も繰り返す。
悩んでは袋から出し、また悩んで袋にしまう。

「……なにやってるんだか」

深く、大きくため息を吐く。
高橋から借りたDVDのパッケージには『女子校生ごっくんスペシャル Vol7 あかり裕香』とあり、
本物の女子高生にしてはちょっとだけケバい女の子が、制服に身を包んで微笑んでいる。
裏側はDVDの内容だろうか、さまざまな格好で複数の男とエッチをしている女の子が映っていた。

『ほら、これ。斎藤にすげー似てるだろ? 本人だって想像してオナると最高だぞ』

高橋の言うとおり、パッケージの女の子は、同じ水泳部の斎藤さんによく似てる。
成績優秀、スタイル抜群。さらに学校でも有数の美人で、
ファンクラブまであるという彼女がこれでもかとエロいことをしてくれる。
確かに、男だったら誰しも夢に見たシチュエーションだろう。
だけど、自分は今でこそ男子中学生をやってるけれども、数ヶ月前まではOLをしていた女性なのだ。
こんな、性欲をもてあました男向けのアダルトビデオなんて、まったく興味はない。
だが、しかし……。
あの中学生離れしたおっぱいとハートを締め付けるようなかわいらしい笑顔が、
DVDのパッケージにオーバーラップして頭から離れない。

「きょ、興味ないけど、高橋に感想言わないといけないからな……」

誰も聞いていない言い訳をしながら、DVDも見られるゲーム機にAVを入れる。
音量でばれないように、イヤホンをするのも忘れない。
一連の「親に隠れてエッチなビデオを見る男子中学生」っぷりに、
思った以上に自分が環境に馴染んできちゃってるんだな、と苦笑いしながら、再生ボタンを押す。

コントのようなちゃちな教室セットの中で繰り広げられる、斎藤さんに似た女の子の痴態。
口をすぼめて凄い音を音を立てながら男性器をしゃぶったり、
後ろから胸をもまれたり、おっぱいを使って男性器をもんだり……。
その行為1つ1つが、今日、一緒にプールで練習していた斎藤さんの肢体に重なり、
脳がしびれるほど興奮してくる。
自分は女のはずなのに、なんで。どうして。
もうそんなこともわからないぐらい、目の前の『斎藤さんのエッチな姿』がたまらなく性欲を掻き立てる。
気がつくとパジャマのズボンを下ろし、下半身を触っている自分がいた。
自分の女性自身をこするように、AVを見ながらのオナニー。
でも、違う。なにかが違う。
これは女の行為で、『男のオナニー』じゃない!
どうする?と悩んでいると、ある1つの冴えたアイデアが脳裏にひらめく。
自分の女性器にあるクリトリスを皮ごとつまみ、上下にしごきはじめる。

そう! これ! これだったんだ!

AVを見ていて湧き上がった肉欲を開放する、唯一の手段。
ずっとこすっていると、何かがこみ上げるような感覚が襲ってきて、
体をのけぞらせるようにして絶頂を全身で味わう。
これが高橋が言っていた「シコる」ってことだったのか。
一度やるともうやめられない。
何度も何度も、空がうっすらと明るくなるまで、私はシコり続けるのだった。

「おはよー」

明け方までオナっていたため、びっくりするほど寝不足のまま登校せざるを得なかった。

「お、小島。どうだった、あれ……って、顔を見りゃナニしてたか丸わかりだな」

教室に入るなり、高橋が意味ありげに微笑む。

「ああ、最高だったな、これ」

高橋に紙袋に入れたAVを投げ返し、親指を立ててにやりと笑う。

「手に入れるのに苦労した甲斐があったってもんだ」
「ところで、他のを貸してくれないか?」
「お、最近はおとなしかったけど、ようやくエロエンジンに火がついたか?」
「そんなとこかな?」
「じゃあ、こんなのはどうだ?」

高橋がこっそり見せるAVコレクションのジャケットコピーを眺めながら、
次に借りるのをどれにしようか考える。
もう、女子がエロ小島呼ばわりするのも気にならない。

指定されたホテルのカフェはすでに満席だったが、
ウェイターに名前を告げるとすんなり席へと案内された。
テーブルには緩やかなウェーブがかったロングヘアの女性が先に座っていて、
俺の姿を見ると静かに微笑んだ。

「横川昭義……さんですね」
「はじめまして……で、いいのかな」

目の前の女性……横川昭義さんはちょっとだけ困ったような顔をする。

「ちゃんと会うのは初めてですからね、『はじめまして』でかまわないでしょ」

俺は椅子に座りながら、横川さんを軽く観察してみた。
ウェーブがかったロングヘアに、ナチュラルなメイク。
淡いピンクに染まったくちびるがやけに色っぽい。
服装はどちらかといえばおとなしめなスーツだが、
爪は綺麗に整えられてキラキラしたネイルアートが施されていた。
そしてその左手の薬指には、一粒キラリと光る宝石があしらわれた銀色の指輪が。

「これ? 今度ね、結婚するの」

すごい幸せそうに微笑む横川さん。

「おめでとうございます」
「ありがとう」

そして急に黙り込む2人。
周囲のおしゃべりだけがやけに耳につく。
しかし、まさか横川さんが結婚するとは。
だって目の前の女性は、生物学的には完全に男性なのだから。

確かあれは3年前、駅で階段から落ちたとき、そばにいた中学生を巻き込んでしまった。
天地がひっくり返るほどの衝撃から目覚めたとき、
巻き込んでしまった中学生と俺、お互いの立場が入れ替わってしまったのだ。
立場を交換した相手の名は小島昭義。今は横川昭義としてOLをしているはず。
そして俺は小島由香里として高校生活を謳歌しているのだ。
事故が起きた日以来、一度として会うことなく新しい人生を生き抜き、
今では俺がOLをやっていたなんて自分でも信じられないほど「男としての人生」を楽しんでいる。
たぶん、横川さんも「女の人生」を受け入れて、その結果が婚約ということなのだろう。
その婚約を果たした幸せいっぱいの彼女は、目の前にあるティーカップを手持ち無沙汰にかき混ぜ続けている。

「お母さんは元気?」

視線をティーカップに落としながら、横川さんは唐突につぶやいた。

「ああ、おふくろは元気も元気、毎日勉強しろってガミガミうるさいぐらいだよ」
「ふふっ……相変わらずなのね」

深く、ひとつため息をついてから、ふいに視線をあげて、困ったような笑顔を作る。

「ホントはね、あなたに会ったらお母さんのこととかお父さんのこととか、
部活は楽しい?とか、勉強は難しい?とか、会ったらいろいろ話そうと思ってたのに、
だめね……なにも出てこないなんて」

なにか遠くのものを見るかのような、懐かしいものを見るかのような、
不思議な目をする横川さん。
その目は、もう帰ってこない『小島昭義としての日々』を見つめているのだろうか。

「今でも……戻りたいんですか?」
「ううん、もういいの。3年っていう時間は、もう戻れないほど私を変えちゃったから。
それにほら、もう、新しい幸せもつかんだわけだし」

そっと右手の指で左手の薬指に光る幸せの証をなでる。

「いまさら男子高校生をやれっていわれても、たぶん無理。
何を話していいかわからないし、授業もついていけないし」
「そっか……。
ま、俺もいまさら戻れって言われても、OLとか主婦とか勘弁だしなぁ」
「あら、OLも主婦もいいものよ?」
「無理無理。絶対無理。期末テストのほうが断然マシ」

顔を見合わせ、ひとしきり笑いあったあと、ふいに横川さんが立ち上がった。

「さて、とりあえず出ましょ? 会うだけが目的だったわけじゃないし」
「え、どこに行くんですか?」
「上に部屋を取ってあるの」

案内されたホテルの一室は見るからに高そうな部屋で、ちょっと驚いてしまった。
男女2人がホテル……って言ったら、普通、いろいろ期待してしまうものだが、
こんな豪華な部屋ではそんな気分も一瞬にして吹き飛んでしまう。

「気楽にして」
「う、うん……」

どうしていいのかわからず手近なソファーに腰をかけると、クッションが予想以上に沈んで思わず声を出してしまった。

「で、例のものはこの紙袋の中?」

俺がうなずくと、横川さんはうれしそうに紙袋の中身をベッドの上にぶちまけた。
ベッドの上に広がる黒い布の塊――俺が学校で着ている学ランだ。

「へー、こんなの着てるんだぁ」

驚きと感激とうらやましさと、いろいろ混じった声をあげる横川さん。

「じゃ、早速着替えさせてもらうわね」

するすると、着ていたスーツを脱ぎ始める。
上着を、タイトスカートを、ブラウスを、丁寧にしわにならないよう、
1つずつハンガーにかけていく。
その仕草は本当に『女性らしい』色っぽいもので、見ているだけで興奮してきてしまう。
黒いブラジャーに黒いパンティ、それに黒いガーターベルトと、
まるで昨日の夜中にオカズに使ったエロ本のAV女優のような格好が目の前にある。
その事実だけで、股間が熱くなってくる。

「ん? 女の子のハダカ見るのははじめて?」
「そ、そんなんじゃねぇよ」

肉体的には女である俺に対して、『女の裸ははじめて?』って何の冗談なのだか。
ただ、自分の体には興奮したことないのは事実で、
やっぱりある意味『女の裸』を見るのは初めてなのかもしれない。

「あ、男物ってボタンのあわせが逆なんだっけ」

ワイシャツのボタンをぎこちない手で留めながら、やけに嬉しそうに笑う彼女。
ズボンを履いて、上着を着て、襟を一番上まで止めると、
横川さんはクローゼットの裏に備え付けてある鏡に向かっていろいろポーズをつけ、
自分の学ラン姿を楽しんでいた。
ポーズをつけるたびに揺れる淡い色のロングヘアと学ランの組み合わせは、
どことなくマンガ雑誌のグラビア企画のような雰囲気を漂わせ、
それがまた俺の興奮を加速させていく。

「ん、やっぱ女の子に学ランは似合わないわね」

自嘲気味に微笑むと彼女は学ランを脱ぎ始めた。
上着を脱ぎ捨てるときの仕草が、そしてワイシャツからはらりと袖を抜くときの姿が、
あまりにも色っぽくてたまらなくなり、気がつくと俺は彼女を後ろから抱きしめてた。

「……もう、がっつかないの。もしかして、まだ経験ないの?」

無言で頷く俺。もしかしたら、耳だけじゃなくて顔まで真っ赤になっているかもしれない。

「か、彼女はいるんだよ!」

必死で取り繕おうとしても、彼女は大人の余裕で軽く聞き流す。

「続きはベッドで、ね?」

ゆっくり、優しく俺の腕を振り払い、彼女はベッドに腰掛けた。

「女の子はデリケートなんだから、優しくね?」

かつてはずっとつけていたはずのブラジャーの金具の構造がやけにもどかしく、
力任せに外そうとしたところをたしなめられてしまった。
緊張でかすかに震える指先で、慎重に金具をいじくっていると、
ようやくカチリと小さな音が鳴ってブラジャーが外れてくれ、
俺の目の前に生の『女性の胸』が出現した。

「小さいから、あまりじっくり見ないでね」

そういう彼女の胸は柔らかな曲線を描いていて、ピンク色の乳首が恥ずかしそうに自己主張していた。
その乳首を軽く口に含むと、横川さんの唇から吐息が漏れる。
しばらく胸を愛撫していると、彼女の顔は快楽で染まり瞳がうるんできた。
確か本で見たときは……と、続いて彼女の履くパンティに手を掛ける。
レースで彩られた黒いパンティの股間は興奮で膨らんでおり、
その頂点付近にはじわりと染みが広がっていた。
恐る恐るパンティをずり下ろすと、彼女の股間で力強く自己主張する肉棒が現れた。
血管を浮かび上がらせヒクヒクと脈打ちながら、先のほうからねっとりとした愛液がにじみ出ていた。
咥えようかどうしようか悩んでいると彼女は半身を起こし、俺の頬を引き寄せた。

「じらさないの。攻守交替ね」

ふいに唇に柔らかい感触。そして舌を口の粘膜を、じっくりと陵辱されてしまう。

「さ、今度は私の番ね」

横川さんは俺のベルトを手際よく外し、ズボンを下ろした。
そしてトランクスだけになった下半身さわりと撫でると、引っぺがすようにトランクスを奪い去った。
まるで獲物を狙う蛇のような目つきで丸裸になった下半身をまじまじと見つめた横川さんは
自分の顔にかかる髪を軽くかきあげると、そのまま俺の股間にある肉芽を口に含んだ。
同時に、股間から全身に電気が走る。
快楽にあえぐ俺に対して、上目遣いで微笑んだ。

「フェラチオ、気持ちいい?」

これがフェラチオ。エロ本とかでしか読んだことない知識が、また1つ体に刻まれていく。静かな部屋に、ピチャピチャと俺の肉芽を舐める音だけが響き渡る。
突然、俺の中でなにかがはじけるような衝撃が走り、ひざに力が入らなくなった。
ふと見ると横川さんの顔は俺の体液で濡れており、それで初めて「イッた」ということに気がついた。

「やっぱり童貞クンは早いのね。お口だけでも簡単にイッちゃうなんて」

妖艶な笑みを浮かべながら、俺を見つめる。
何度も経験している、大人の女性の貌だ。

「よ、横川さん……」
「ダメ、『昭義』って呼んで」
「昭義さん……」
「さ、来て♪」
「あ、ちょっと待って」

俺はこの日のために準備していた『俺のペニス』を、かばんの中から取り出した。
本当の男ではない俺にとって、今後分身として活躍してくれるはずの大事なもの。
それを股間に装着すると、俺は昭義さんに飛び掛るように抱きついていた。


初体験っていうのはみんなそういうものなんだろうか。
それから先は必死に腰を振り続けて、昭義さんにたしなめられたことぐらいしか覚えていない。
一通りの行為が終わると、昭義さんは俺に自分が着てきた女性物のスーツを着るように促した。
普段来ているものとは違う合わせのシャツのボタンを留め、
タイトスカートを身にまとい、ジャケットを羽織る。
3年ぶりに身に着ける女性物の服はなんだか落ち着かず、今すぐ脱ぎ捨てたい衝動に駆られた。

「ふふ、なんか女装してるみたいね」

鏡の向こうに映る俺の姿は、男が無理をして女装しているようにしか見えなかった。
その姿はあまりにも情けなく、『俺はもう男なんだな』と痛感させられた一瞬だった。

「由香里ー! はやくー」
「そんなに急がなくても間に合うって!」

昭義さんとの初体験から2週間。
あれで俺の人生がなにか変わったということはなく、いつもどおりの日常が流れていくだけ。
ただ1つ変わったところは、「今度のデートで恋人と絶対ヤッてやろう」という決意をしたことぐらいか。
そんな決意も知らず、かわいい彼女は話題の単館上映の恋愛映画に胸をときめかせてながら、
繁華街から少し外れた路地を楽しそうに歩いている。

「あ、結婚式だ!」

ふと足を止める彼女の視線の先には、
いまチャペルから出てきたばかりの新郎新婦が参列者に祝福されていた。
この世の幸せをすべて独り占めしているかのような笑顔を見せる花嫁は、
他でもない昭義さんだった。
そうか、今日が結婚式だったのか。
3年前までは男子中学生だったとは思えないほど綺麗な花嫁は、
白いウェディングドレスをなびかせながらキラキラと輝いていた。
ふいに花嫁は手にしたブーケを高々と掲げると、満面の笑みで天へと投げた。
それを手にした人は次の花嫁になるといわれるそれは、放物線を描き、そして……。






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