まことまこと
シチュエーション


御剣誠は、ごく平凡な二流大学に通う19歳の青年。
背が低めで彼女がいないこと以外に、これといった不満はないが、同時にとくに熱中できるものもない、退屈な毎日を送っていた。
ある日の午後、大学から帰る途中、突然、目の前の四つ角から、疾走するバイクが飛び出してきた!

(あぶないッ!)

慌てて逃げようとした誠だったが、身体がすくんで動けない。
しかし、そのバイクは誠の寸前で車体を真横にスライドさて、鮮やかに停止した。

「大丈夫?」

バイクに乗っていた人が声をかけてくる。声からすると若い女性のようだ。

「スピード出てたけど、止まれてよかったよ。でも、キミも、ボーっとしてちゃ危ないよ?」

そう話しかけられても、当の誠はショックで声も出なかった。
しばらくして、ようやく冷静さを取り戻した誠は、無言のまま地面に散らばった本を拾い始めた。ヘミングウェイの「キリマンジャロの雪」だった。

「へぇ、難しそうな本、読んでんだね」

ライダーは屈託のない笑顔で言った。

「──そうかな?」

地面にしゃんがんだ誠が上目使いに女の子を見上げると、彼女もじっと誠の顔を見つめていた。

「な、何です?」

あまり女性と縁のない誠は、やや眩しそうに彼女を見返す。

「お……驚いた!」

一瞬の沈黙ののち、彼女はそう叫んでメットのストラップを外した。
怪訝な顔した誠だったが、その次の瞬間、今度は彼が叫ぶハメになった。

「あああぁぁぁぁっ!」

それは、奇妙な光景だった。
鏡もないのに同じ顔がふたつ並んで、互いを見つめあっている。
髪型こそ若干違うが、顔は瓜二つというレベルではない!
正に「同じ」顔なのだ。

「うっわぁー、世界によく似た顔の人が3人いるって言うけど、こりゃ、そっくりってレベルじゃないわね!同じ顔よ、どう見ても」

目を丸くして、彼女は誠の頬のあたりを二、三度撫でた。

「そ、そうだね」

慣れぬ女性との接触に、誠は赤面しながら後じざった。

「私、桜木真子(まこ)。名前はわりと女の子っぽいけど、ご覧のとおり、わりとお転婆ね。まぁ、自分で言うのもナンだけどさ。
キミは?」
「えっと、御剣誠……です。」

相次ぐショックに、小声で誠は答えた。

「マコト君かぁ。男らしい名前だけど、キミもどっちかって言うと、ちょっぴり名前負けしてるかもね」

初対面で、ずけずけとそんなことを口に出し、愉快そうに笑う真子に、誠は鏡の中の自分が笑っているような、奇妙な違和感を感じていた。

これも何かの縁だろうということで、すぐ近くにあった喫茶店で、ふたりは話すことになった。

「ふむふむ……」

と、真子が誠を頭のてっぺんから足のつま先まで、ジロジロと眺めまわす。

「な、なに?」
「ふふーーん、私ね、画期的なこと考えちゃったの」

悪戯を思いついたチェシャ猫のような笑みを浮かべる真子。

「ね、私たち、明日一日だけ入れ替わらない?」
「はぁっ?」

誠はすぐにはその言葉の意味が理解できず、目を自黒させた。

「だーかーらー、明日一日だけ、私が誠くんの格好して大学行って、誠くんが私の格好して会社に出社するの。どう、面白そうでしょ?」
「な、何言い出すんだよ、出来るわけないよ!」
「あら、どうしてよ?」

キョトンとした顔で、真子は聞き返してくる。
誠の方の生活は、適当に大学行って講義を受けるだけなので、あるいは可能かもしれない。しかし……。

「い、いくら顔は瓜二つだからって、声は違うし、それに真子さんの仕事なんて、いきなりやれるかどうか……」
「だーいじょうぶ、できるって!声の違いなんて、「風邪だ」とかでごまかしゃわからないレベルだし」

確かに誠の声は、とっくに声変わりを終えて久しいのに、いまだに電話などでは女性と間違われることもある。かと言って、やはり目の前の真子よりは若干低めだ。

「それに仕事ったって、ただのショッピングセンターの店員よ。営業スマイルで「いらっしゃいませぇ」って愛想ふりまいてりゃいいのよ」

真子の強引な理屈にタジタジになる誠。

真子は自分の思いつきにワクワクし、「断固実行!」とテーブルを叩きながら宣言する。
ついに誠は、不承不承入れ替わりを了解させられてしまった。

(マジ??……でも、こんな経験滅多にできるモンじゃないよね)

退屈な日常とは趣きの異なる世界を覗くことができると考えれば、これはこれで悪くないかもしれない。
しかも、男子には未知の世界である「若い女性の暮らし」の一端を垣間見ることができるのだ。

「そう考えると、女性の制服着て、女の子演じるのも悪くないかな」

つい、そんな本音がポロリと誠の口からこぼれたのを、真子は聞き逃さなかった。

「あら〜?なによ、誠くんも結構喜んでるじゃない」

おそらく、ふたりとも意外なハプニングに浮かれていたのだろう。
真子の圧倒的なテンションに流される形で、その奇妙な交代劇は始められたのだった。
幸い二人とも一人暮らしで、家族まで煙に巻く必要はないのが救いだ。

「いいのかなぁ……」

もらったメモに書かれた住所のマンションにたどり着き、預かったポーチから出した鍵で躊躇いがちにドアを開く。
真子の部屋に入るとき、いささか誠は緊張気昧だった。
男勝りな娘とは言え年頃の女性の部屋に入るのは生まれて初めてだったからだ。

「──なんだ、そんなに緊張するほど女々した部屋じゃないな。真子さんの部屋らしいや」

思ったより家具が少なく、キチンと掃除されたシンプルな部屋に、ホッと溜め息をつく。
壁紙はシンプルな白だし、ぬいぐるみだとか花だとかの女らしいアイテムが皆無なので、それほど違和感は感じずに済んだのだ。
誠だって、決して女嫌いというわけではない。ただ、女性に対して意気地がないのは自分でも認めざるを得ないだろう。

ともあれ、年頃の女性の部屋を無遠慮に漁るのはマナー違反だ。
誠は、今夜は早々に寝てしまおうと思った。
緊張の糸がゆるんでいた誠は不用意に真子のタンスを開けてしまう。

「!!」

飾り気のないパジャマと一緒に、女性らしく整頓された下着類が誠の目に飛び込んできた。

「あわわわ……」

思わず水色のパンツを手にとり、ひとり取り乱してしまう誠。
結局、気を取り直してパジャマに手を伸ばすまで、2〜3分かかった。
真子のパジャマに着替えると、ふと鏡を見て、そこに「若い娘の寝間着姿」を見つけてしまい、再び硬直してしまう。

(僕って……こうして見ると結構可愛いかも?)

一瞬妙な気持ちになりかけたが、首を振って妄想を追い払い、ベッドに横になった。
体を折り曲げ、枕を抱えるようにして眠るのが、誠のクセだった。
友達には「女々しい」と笑われる仕草だが、この真子の部屋で寝るには、むしろそれがシックリくるような気がした。

翌朝、真子に言われたより早めに家を出ると、誠は真子の職場のショッピングセンターへと向かった。
通勤時の服装は無難に紺のスラックスとハイネックのセーターにしておく。中性的な誠が着ると、男女どちらにも見える服装だ。
とは言え、さすがに靴はスニーカーと言うわけにはいかず、ヒールが低めのパンプスを履いているので、たいていの人には女性と判断されるだろう。
真子に教えられたとおり、従業員口を社員証を出してパスし、急いで女性従業員用の更衣室へと向かう。
ショッピングセンターの女性店員の制服は、クリーム色のブラウスにチェックのタイトスカート、その上に同じ柄のベストを着るようになっていた。

「はぁ……胸が落ち着かないなぁ」

更衣室から、他の女性店員とハチ合わせにならないように早めに着替えた誠が出てくる。
朝、出がけにブラジャーをつけ、パッドを押し込んできたのだが、どうにもその収まり具合が悪いようだ。
もっとも、逆にそちらのおかげで、スカートの頼りなさにあまり戸惑いを感じずにすんだのは、よかったんだかどうだか……。
「おっはよ、真子!」

誰かが声をかけてきた。

「お、おはよ、聡子」

名前がわかるのは、早朝に起きて真子の社員旅行のスナップ写真を見て、あらかじめ学習しておいた成果だ。

「ん?なんか声、変じゃない?」
「えっ?あぁ、ちょっと風邪気味でね……ケフッケフッ」

誠はわざとらしく咳こんだ。

「いやぁ、私も体調最悪よ、眠いし、腰は痛いし」

聡子は右手で腰をさすった。

「?慣れない運動でもしたの?」
「バカね、今日は昭彦君のアパートから直行よ、いてて……」

その後、聡子は誠が赤面するような際どい話をとくとくと話し始めた。

「!あ、いけない。開店時間よ、営業スマイル、営業スマイル」

しゃべりたいだけしゃべると、聡子は時計を見て足早に去っていった。

(うぅ……僕、女の子に幻想を持てなくなるかも)

頬の火照りがようやくおさまった誠も、男女のカルチャーギャップに打ちのめざれつつ、売場に向かった。

真子は、メンズ課の担当だった。開店後もしばらくは、客足も緩やかで、さほど忙しくはない。
おかげで、誠もひととおり教わっていた「真子」としての行動に慣れることができた。

と、そこへ、営業途中に立ち寄った風情の、中年の男が呼んでくる。
フィッティングルームに行くと、男はスラックスの丈直しを頼んできた。

「出来上がりは……ええと、明日の夕方になります」

そう言ってしやがみこんでスラックスの裾の折り返しにピンを打っていた誠だが、何となく視線を感じる。
ふと目縁を上げてみると男はわざとらしく目を逸らした。
どうやらブラウスの合わせ目から胸の谷間をのぞいていたらしい。
誠のそれはパッドで作った偽乳だが、それでも何となく嫌な気分になる。

「はき替えられましたらレジまでお持ち下さいッ!」

憤然と誠はカーテンを閉めた。

「まったく、スケベなオヤジめ!」

そう言いながらも、本当は男でありながら女の制服を着て、化粧までしている今の自分では、説得力に欠けるな、と誠はクスリと笑った。
今日は割合ヒマな日らしく、売場でボケッと商品整理をしていれば時間は過ぎていった。
昼近くに、エスカレーターで女の子が上がってきた。さっきの聡子だ。

「ちょっと聞いてよ、真子。この前の奴、また来たのよ」
「こ、この前の奴って??」

さすがにそこまでは誠には分からない。

「サービスカウンタでタバコ買ったあと、私に『綺麗ですね。今日仕事が終わったら隣の喫茶店で待ってますから来て下さい。』って言った、大ボケの奴よ!」

あまりのダサさに誠も言葉が出ない。

「『今日は絶対来て下さい、社員出目の前で車止めて待ってます。』とか気味の悪いことぬかすのよぉ」
「そ、それで、どうしたの?」

さすがに心配になってくる。

「掃除のおばちゃんに一喝してもらったら、やっと帰ってったわ」
「へぇ〜、大変だったわね」

聡子を慰めながらも、同性としては情けない限りだ。
一通り喋って落ち着いたのか、休憩しにいった聡子を見送って、誠は嘆息した。
誠はいささかげんなりしていた。始業から2時間足らずで男の情けなさを嫌と言うほど見せつけられた気分だ。

(こんなコトばっかり続くと、自分が男であることまで恥ずかしくなってくるよ)

「まったく男ってヤツは!」

悪態をつくと、いつの間にか横でシャツを見ていた客が目を丸くして誠を見ている。

「あっ!あの……いや、その、ごゆっくり!」

赤面して誠はレジの方へコソコソ退散した。

「おまたせ、桜木さん。交代よ、食事いってきて」

程なく、先に食事休憩に行っていた先輩社員が誠の肩をたたいた。

「はい。それじゃあ、行ってきますね」

ようやく一息つけると、誠は通用ロの方ヘと歩き出す。
この店には社員食堂が完備されていて、比較的安価に食事をとることができる。
また、食堂とつづきでティールームがあり、休憩時間はお茶が飲めるようになっているのだ。誠は空いている席に腰を下ろした

「やあ、真子ちゃん」

胸に「主任」と書いたバッチをつけた男がやってきて、誠の隣に座った。
レディース売場の加藤という男だ。
4人掛けのテーブルなのだから向かいに座ればいいのに、と誠は思ったが、相手は上司なので、文句は言わなかった。

「どう?調子は。」

加藤がタバコに火をつけながら訊いてくる。

「週明けですし、今日はあんまし売れませんね……ゴホゴホッ!」

咳は声色を隠すための演出だ。

「ふーーん。今日みたいに天気がいいと、どこか遊びに行きたいね」

「お前なんかとは何処にもいかないよ!」と思いつつ、誠は聞こえないフリをする。。

「それにしても、真子ちゃん、相変わらずいいスタイルだよね〜」

加藤はにじり寄って誠の二の腕あたりを遠慮に撫でてきた。

「おかげさまで。平均体重ですし!」

鳥肌が立つのを堪え、誠は軽くいなそうとした。

「あれ?いつもならすぐ手が出るのに……。そうか、やっと僕と付き合う気になってくれたの?」

好色そのものの笑いで、加藤が小声でささやいた。

「やだ……」

あまりの気色悪さと、おぞましさに、誠は涙が滲んできた。

「トイレに行ってきます!」

耐えきれずに誠は叫んで席を立った。

憤然とトイレに入ると、女子トイレはかなり混んでいた。
用の済んだ者も出ていかずに、お喋りに余念がない。

「あら、真子。あんた、また加藤の奴にやられてたでしょ?私も今日カウンターで整理してたらいきなり横から胸触られて激怒もんだったわよ!」
「私だって、あんなヤツに、足の指の先にだって触れて欧しくないわよ!」

誠も聡子に同意して加藤を罵る。

「でしょー!あのトッツアン、女子社員はホステスじゃないっつーの!」

聡子の罵声を皮切りに、トイレの中の女子社員は一斉に加藤の糾弾を始めた。
その勢いの凄さまじいこと。
女だけになるとこうも凄いのかと、最初はそのパワーに圧倒されていた誠だが、加藤への怒りを思い出すと、いつしかそれに混ざって完全に同調していた。
ようやく皆の怒りが収まったところで、誠はトイレの外へ出た。
色々な意味で、ついため息が出てしまった。

週明けは比較的暇とは言え、夕刻はそれなりに混雑する。
5人連続でレジにやってきた客をなんとかさばき、誠はひと息ついていた。
忙しくはあったが、バイトも未経験の誠にとって「初めてのお仕事」自体は何だかんだ言って新鮮で楽しい、体験だった。
漠然と大学で講義に出ているのより、数倍は充実感を感じられる。

(もしかして、僕って客商売に向いてる?)

などと、ちょっぴり思ってしまう誠だった。

閉店まであと1時間という頃、同期の宮下英里子が売場にやってきた。

「ねえ真子、今日終わった後、ごはん食べに行かない?」

誠は、真子との約束に遅れることを懸念し、一旦は断ったのだが、英里子は「お願い、どうしても」と食い下がった。

(真子さんと会うのは夜11時だし……まぁ、いいかな)

「いいよ、どこに行く?」
「EMMAはどう?」

EMMAは、誠も知っていた。比較的女の子受けする洒落た店だ。

「OK、じゃ、終わったらね」

午後7時半、誠は社員出□の前で待っていた。
5分ほど待つと、英里子がやってきて小声で耳打ちした。

「ゴメン、実は渡辺さんと一緒なの。協力して、ね?」
「……え?」

気が付くと、ガンメタのGTRがこちらに近づいてきている。
運転席にいるのが渡辺だろう。
察するところ、英里子は渡辺に好意を持っているが、「ふたりっきりで」とは言い出せず、「真子といっしょに」という点をダシにして誘ったものらしい。
おそらく、真子は前々から英里子の相談を受けていたのだろう。

「いいよ、協力するから頑張んなさい!」

誠は真子になりきって、親友の恋を応援してやる気になっていた。

「ごめんね、さっきはつい言いそびれちゃって……」
「ううん、気にしないで」

誠は気楽に応対したが、英里子は歯切れが悪い。

「でも、真子も渡辺さんのこと気に入ってるんでしょ?」
「えっ?」

寝耳に水な情報に驚く誠。

「だって、よくティールームで伸良さそうに喋ってるじゃない」

グッと言葉に詰まった。そこまでは聞いていない。

「それは、そのぉ……」
「どっちなの?」

やや苛立ちをこめて英里子が訊く。

「や、それはないわ、うん!」

冷や汗が出るのを隠して、陽気に断言する。

「本当?」
「ホントよ〜」

お気楽にそう言いながらも、心のどこかで「どんどん深みにはまっていっているな、僕」と考えてはいるのだが、今更止めるわけにもいかない。

「──よかった。じゃ、協力してくれるのよね」
「ええ、もちろんよ」

安堵の表情を見せる英里子の隣で、誠の心中は穏やかでなかった。
とっさに「協力する」と言ったが、本物の真子の気持ちはどうなのだろう。

その後、3人での食事は、主に英里子が話しかけて、渡辺が答え、誠が適度に相槌を打つという形で淡々と進んだ。
英里子には悪いが、この様子だと、渡辺は脈は薄いかもしれない。もっとも、さすがにそれを口に出す気にはなれなかったが。
食事が終わると、3人はGTRで帰途についた。

「あ、わたし、ここでいいわ。下ろして、渡辺さん」

途中でふたりと別れ、誠は真子との待ち合わせ場所へと向かった。

夜11時ピッタリに真子との待ち合わせの場所に着くと、ちょうど真子も誠のミニカを路上に横付けしたところだった。

「誠くん!」
「真子さん!」

誠はミニカに駆け寄り、助手席に座ると、すぐにミニカが発進する。

「ねぇ、どうだった、「桜木真子」の一日は?」

ステアリングホイールを巧みに操りながら、真子が、チラといたずらっぽい視線を投げかけてくる。

「うーん、別にこれと言って物珍しいことはなかったかなぁ。あ、でも女の子でいることが少しだけ、楽しくなってきたかも?」

少し恥ずかしかったものの、誠は正直な気持ちを伝える。

「そうなんだ。実は、私もせっかくの機会だしもうすこし「男」としての生活を楽しんでみたい気がするんだよねー」

路肩にクルマを止め、ふたりは顔を見合わせた。

「じゃあ、もう1日期限を伸ばそうか?」

ごく自然にそんな言葉が真の口から零れ出た。

「そうだね。せっかくバレなかったんだし、もうちょっと続けたいよね」

こちらも、当たり前のように了承する真子。

「よーし、明日も仕事がんばろうっと!」
「頑張るのはいいけど、ポカしないでよ、後で困るから」
「ええ、わかってるわよ。「誠」クンも、気をつけてね」

ちょっとだけ心配そうな真子に誠──いや、「真子」はウィンクしてみせる。

「ふふふ…じゃ、また明日な、「真子」サン!」
「ええ、またね」

「誠」は「真子」をマンションの前まで送ると、誠のアパートへと帰っていった。
「真子」も、「自分の部屋」へと向かいながら、「明日はワンピースを着てみようかな」と、ぼんやり考え始めていた。

──その後、ふたりは何だかんだとズルズルと元に戻るのを引き延ばし、丸一週間入れ替わったままで生活することになった。
翌週の月曜は誠のほうに、どうしても外せないテストがあったため、いったん元に戻ったものの、どちらからともなく言いだして火曜日からは再び入れ替わり生活を始めてしまう。
どうやら、誠は「真子」として、真子は「誠」としての生活にすっかりハマってしまったようだ。
結局、ふたりの入れ替わり生活は、誠が大学を卒業して、真子の働く会社に就職するまで続くのだった。

……いや、「就職するまで」ではない。
誠が20歳になったころから同棲生活を始めていたふたりは、就職してからも誠が「真子」、真子が「誠」として(売り場は違うが)同じ職場で働いている。
今では、外だけでなく家の中でも、誠は「真子」として甲斐甲斐しく誠(真子)の世話を焼いているのだ。無論、それは「夜の生活」でも同じで、「真子」は「誠」に組み敷かれ、荒々しく抱かれるのが大好きだった。
ちなみに、来年6月の結婚式で、どちらが花嫁衣装を着るか、それが目下のふたりの最大の懸案だった。

-fin-






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