シチュエーション
「どっこいしょ」 電車の椅子に座るとき、思わず口をついてしまった。 ちょっと前までは「おっさん」くさいと笑っていたのに、すっかり馴染んでしまった。 残業続きで溜まった疲労を吹き飛ばすように、大きく息を吐いて首を鳴らす。 仲澤佑香。17歳。職業、女子高生……だったのは半年ぐらい前までだっけ? 今は海野商事の営業課長として、毎日残業に追われる日々。 お父さんが直属の部下だから、家に帰ったとき気まずいのが今の悩みかな。 つーか、お父さん、あんなに使えないとは思わなかった! あれだったら、一般職の佐藤さんを変わりにスーツ着せたほうがよっぽどマシかも。 「ふふっ」 お父さんがOL制服を着て、お茶を配ったりコピーをとったりする姿を想像して、ちょっと噴きだす。 「うわー、あのオヤジ、なんかニヤけてるーキモい」 「あれ、うちらのこと絶対見てるよ!」 ドアのそばにたむろっている女子高生の一団が、私のほうを見て陰口を叩く。 ブリーチ決めてクロームアッシュに染めウルフっぽいロングにしてる子や、カエラっぽいショートにしてる子、 さらにはゴージャスにミルクティーブラウンのエクステつけてキャバ嬢っぽくロングウェーブにしてる子など。 どの子も日サロで焼いた肌に、つけまつげやアイラインでパッチリした目と グロスが輝いてるぷっくりした唇が印象的だ。 ついこの間まで、自分もあっち側だったんだなぁ……と懐かしく思ってたら、それもそのはず。 よく見ると女子高生たちはユッコやアキ、はーちゃんとか、いつもつるんで遊んでいた子たちだった。 そして、自分がいたポジションには、どう見ても40過ぎのオッサンが無理して女子高生メイク決めて収まっていた。 どっからどうみてもヘンタイにしか見えないんだけど、 周りの人どころか一緒にいるユッコたちも「自分の仲間」として受け入れて 車内の迷惑を顧みず大声で騒いで笑ってる。 あのヘンタイオッサン、どっかで見たことあると思ったら、 こんなことになる数日前、ストレス解消にみんなで痴漢に仕立て上げたしょぼくれオヤジだ。 ワタシが痴漢されたことにして、慰謝料をふんだくろうとしたら財布の中に1000円しか入ってなかった、あのビンボーオヤジ。 ワタシたちに対して、泣いて土下座して、靴までなめた、あのヘタレ。 それが、いまや、ワタシの変わりに女子高生になって、こんな時間までみんなと遊びまわっている。 何をどうやったのか知らないけれども、これがアイツの「復讐」だったんだろう。 その証拠かわからないけど、アイツはワタシに気づいて、にやりと寒気のするような笑顔を見せた。 「ただいまー」 「おかえりなさい、遅かったわね」 家に帰ると、お母さんが出迎えてくれた。 正真正銘、ワタシのお母さん。 女子高生という立場は奪われちゃったけど、家族までは奪われなかったのは不幸中の幸いか。 「今日も残業だったからね」 「お父さんは早いのにねー」 「仕事がない部下は早めに帰しちゃったから」 鞄を渡し、背広を脱ぎ捨てて、ランニングとトランクス姿でテーブルに座ると、 お母さんがすかさず冷えたコップにビールを注いでくれた。 本当は17歳だけど、課長だもんね。このぐらいは役得として許して。 ゴクゴクとビールを飲み干すと、父が見ていた時代劇のチャンネルを問答無用で変えてしまう。 父は「見てるのに!」と憤慨するけど、 「ワタシのほうが稼いでるでしょ! 悔しかったら契約取ってきなよ!」 とヘコませる。 そう、いまやこの家で一番権力持ってるのは、このワタシ。 お父さんの倍以上の給与もらってるんだから当然だよね。 ビールと枝豆で晩酌しながら、明日の予定に胸をときめかせる。 やっぱり、たまの休日には女装サロンで全力で女子高生するのがイチバン。 ロングのカツラをかぶって、あこがれの超お嬢様学校の制服に身を包んで、何枚も写真とってやるんだ! そうだ、今度野外撮影会に参加してみよう。 やっぱり女子高生するなら屋外だよね、といろいろな妄想を膨らませながら、冷奴に箸を伸ばすのだった。 SS一覧に戻る メインページに戻る |