シチュエーション
【さくら保育園 連絡帳】 6月○日 ゆかりせんせいえ たいおん 35ど6ぶ げんきです きょおわ まなみわ あさからぷうるをたのしみにしてました けがおしないよおに みててください 6月○日 お母さんへ 今日の愛美クンはプールがとっても楽しみだったらしく、とてもはしゃいでいました。 最近はちょっとおとなしかったのですが、 ようやく子供たちのリーダー的存在の元気な愛美クンが戻ってきて、保育士一同安心しております。 ただ、ちょっと元気すぎて、着替えのときに女の子たちの前で裸になって踊ったのにはどうしようかと思いました。 ほかの男の子も真似しはじめて、孝之ちゃんなど泣き出す女の子も出てしまいました。 お母さんのほうから、そういうことをしないよう注意をお願いします。 次のプールは来週の○日です。水着を持たせることを忘れないようにしてください。 30人分の連絡帳を半分ほど書き上げたところで、疲れを吹き飛ばすように大きく伸びをする。 お昼寝の時間、薄暗い保育室。子供たちのかわいらしい寝息だけが響いている。 タオルケットに包まって昼寝を楽しんでいる子供たちを見ていると、 最近の子供たちは発育がいい子が多いんだなぁ、と思い知らされる。 愛美くんや澪くん、それに孝之ちゃんや光一ちゃんなんて、 大人と間違えてしまうぐらい体が大きい。 大人と? 同じ? なにかがひっかかる。でも、なにがおかしいのかちょっとわからない。 ちょっとした『違和感』があるけど、きっと気のせい。 だってみんなかわいい園児たちだもの。 「……せんせー、おしっこー」 タオルケットを右手に握りながら、光一ちゃんがトイレを訴えてきた。 この子はなかなかお昼寝しないでぐずったり、すぐにトイレに起きてきたりと、 なにかと手間がかかる子だ。 「はいはい、トイレ行こうねー」 光一ちゃんの手を引きながら、寝ている子を起こさないよう、そっと保育室を抜け出す。 光一ちゃんは1人で保育園のトイレに入るのが怖いのか、 ドアを開けて手を握っていないとなかなかおしっこができない。 スカートを下ろしてあげると、便器にちょこんと座り子供らしい大きな手で私の手を強く握り締めてくる。 しばらくすると光一ちゃんはぷるぷると震え、じょぼじょぼ……と水音がトイレに響く。 「せんせー、ふいてー」 「ちゃんと自分で拭かないとダメよー」 「……はーい」 本当は拭いてあげてもいいんだけど、ちゃんと1人でトイレに入れるようになってもらうため、 光一ちゃん自身でおしっこの後始末をしてもらう。 おしっこをしたばっかりでまだ先っぽが濡れている股間を、トイレットペーパーで拭う光一ちゃん。 その股間にぶら下がっているものは、とても4歳の女の子とは思えないほど立派なものだった。 股間に? ぶら下がってる? やっぱりなにかがひっかかる。絶対になにかがおかしい。 でも、光一ちゃんは女の子だし、ペニスがあって当然だもんね。 うん、なにもおかしいところはない。 そう自分に言い聞かせて、光一ちゃんにプリキュアがプリントされたパンツを履かせ、 スカートを着せる。 丸襟のブラウスの胸にチューリップの形をした赤い名札。 チェックのスカートに淵が赤くなってイチゴのワンポイントがついたソックス。 どこからどうみても保育園に通う女の子だ。 なんで「この子、実は大人の男性なんじゃないか?」と思ってしまったんだろうか。 もしかして疲れてるのかな? 「せんせー、だっこして」 いつものように、トイレのあとは私に甘えるように抱っこをねだってくる。 「仕方ないわね……」といいながら、光一ちゃんをよいしょと抱きかかえる。 重い。 まるで70kgぐらいあるとしか思えないほど重い。 でも、数日前の健康診断では14kgだったから、きっと気のせい。 絶対疲れてるせい。 一歩一歩、光一ちゃんの重さに耐えながら、保育室へと戻ると、 抱っこされている当の光一ちゃんはまた夢の中。 そっとおろしてタオルケットをかけてあげる。 こうやって寝てる姿は他の園児とまったく変わらない、あどけない寝顔。 やっぱり子供はかわいいな、と思いながら、私は残った連絡帳書きの作業に戻るのだった。 「うりゃ!」 「お前もめくっちゃうぞー」 「やめてー」 帰りの会も終え、お迎えが来るまでの戦場のような午後の自由遊びの時間。 ワルガキ――本当はこんな言い方はNGなんだけど――のリーダー格の愛美くんを中心に、 なぜか女の子のスカートめくりが横行していた。 古典的だけれども、女の子にとってとっても恥ずかしいいたずらに、 泣き虫の光一ちゃんは泣き出しちゃうし、気の強い裕子ちゃんは澪くんにつかみかかるしと、 今日はいつも以上にしっちゃかめっちゃかな自由遊びの時間だった。 「向井愛美を迎えにきましたー」 子供たちの対応に追われていると、保護者が愛美くんを迎えにきた。 今日はお母さんじゃなくて、お姉ちゃんの雅弘ちゃんがやってきた。 小学校2年生になる彼女も、数年前まではこの保育園の園児で、 愛らしい笑顔で園児たちのアイドルみたいな子だったのをよく覚えている。 「あ、先生。こんにちは」 私よりも高いところにある頭がペコリと下がり、三つ編みがかわいらしくゆれる。 「あら雅弘ちゃん、学校は楽しい?」 「はい! とっても楽しいです!」 元気よく返事を返す雅弘ちゃんの笑顔は、保育園時代とまったく変わっていなかった。 当時と違うところは、いつのまにか160cmの私よりもあたま1つぶんぐらい大きくなってしまったことと、 有名私立女子高の付属小学校の制服を着ていることぐらいか。 保護者にも人気が高い紺色のセーラー服風ワンピースに身を包んでいる雅弘ちゃんはすっかり小学生っぽくなって、 もう保育園児だったころの面影はまったくない。 「もう、服がぐしゃぐしゃじゃない」 文句を言いながら、はみ出たブラウスのすそを半ズボンの中に入れてあげたり、 ゴムひもを持って振り回している通園帽をちゃんとかぶせたりと、 雅弘ちゃんは本当に『いいお姉ちゃん』っぷりが板についている。 「はい、じゃ、ちゃんと挨拶して」 「せんせーさよーなら」 「それでは先生、さようなら」 「さようなら、また明日ね」 やんちゃな愛美くんもお姉ちゃんの前では形無しなのか、 雅弘ちゃんに手を引かれて帰っていった。 迎えに来る他の保護者の身長と同じぐらいしかない小さなかわいい姉弟を見送りながら、 「子供の成長を見守る」という保育士の仕事の楽しさを、改めてかみ締めていた。 SS一覧に戻る メインページに戻る |