結婚式を今日に控えた女性
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シチュエーション


ケーキ入刀の次は乾杯と歓談タイム。
上司の音頭で乾杯が行われると、出席者のテーブルには料理が運ばれる。
この後、しばらく主役であるはずの私たちは半分蚊帳の外となって、
テーブル単位で物事が進んでいく。
ある意味、朝からいままで休みなく結婚式を行ってきた2人にとって、
唯一といっていい休息時間なのかもしれない。
たまに紗智子のところに同僚が酒を持って訪れたり、
会ったこともない大学時代の同級生と記念撮影したりするけど、
基本的にはなにもすることがない。
本当ならば挨拶に来てくれた子たちと、もっと学生時代のこととかで盛り上がりたいのに、
その記憶がないから相槌を打つぐらいしかできないのがつまらない。
どうせならば記憶ごと交換されちゃえばよかったのに、とさえ思ってしまう。
そんなつまらなくも大事な時間も、式場のスタッフによって終わりを告げられる。
いわゆる『お色直し』の時間だ。
次はどんなドレスを着られるのかとドキドキしながら支度部屋に入ると、
用意されていたのはワインのように深い赤がまぶしいカラードレス。
やはり紗智子の趣味で選ばれていたせいか、
ノースリーブどころか胸元と背中が大きく露出したもので、
コルセットみたいに背中の部分を編み上げてドレスそのものの締めつけで保持するタイプのもののようだ。
スカート部分は三段に折り重なるようになっていて、一番最後の段がウェディングドレスっぽく長くなっている。
そしてちょっとだけ寂しげな胸元はキラキラと宝石が輝くネックレスで飾られ、
髪型もロングのかつらをうなじが綺麗に見えるように纏め上げられたあとコサージュが盛りつけられた。
今まではどちらかといえば清楚なイメージだった自分のドレス姿だったけれども、
一転してゴージャス感あふれる大人の女性へと変貌を遂げてしまった。
衣装と化粧を変えるだけでここまで変身できるなんて、
女性はなんて楽しいことをナイショにしていたんだと怒りすら覚えてくる。
こうなってくると『女性的なこと』が出来なかった今までの分を埋め合わせる意味でも、
ドレスだけじゃなくてたとえば振袖やスーツなんかも着てみたくなってきた。
さっき映像で流れていた、紗智子の高校時代の制服なんかもいいな。
今度、紗智子が仕事行っているときに、こっそり着てみよう。


お色直しを終えて再び式場に入場するときのイベントといえば、そう、キャンドルサービスだ。
披露宴の余興は歌ったり酒をイッキしたり手品をしたりと、
どちらかといえばやってる人間だけが楽しい独りよがりなものが多いけれども、
これだけは祝福を持って受け入れられる珍しいイベントだ。
確かに新郎新婦がトーチを持ってテーブル1つ1つ回ることに対してつまらないと思う人間だったら、
そもそも披露宴になんか出席していないはず。
そんな鉄板余興をやるため、1本のトーチを2人で握って寄り添い歩く私と紗智子。
ぴったりとくっつくため、私の腰に回された紗智子の手から伝わるぬくもりがなんとなくうれしい。
慣例に従って上座にいる上司のテーブルから1本1本灯して回ると、
そのたびに様々な祝福の言葉を投げかけられる。
今日みたいな日に受ける言葉は、どんなものでもうれしいのだけれども、
なかでも「今日は綺麗だよ」とか「本当に美人になって」とかドレス姿をほめられると、
そのたびに体の奥のほうからなんとも言えない喜びがじんわりと湧き出てきて、笑顔がとまらなくなる。
上司、同僚、学生時代の友人……とキャンドルサービスを進め、いよいよ残すは私たちの両親だけとなった。
まずは新郎である紗智子の両親の前にあるキャンドルに火を灯すと、
『彼』の両親は私には一瞥をくれる程度で、『息子』の晴れ姿ばかり誇らしげに眺めていた。
続いて、私の両親。
父と母の間を割って入るように近づき、目の前に飾られているキャンドルにトーチを近づける。
ボッと小さく火がつく音がして、柔らかく暖かな光が両親の姿を浮かび上がらせる。
その光の中で微笑む笑顔がやけに小さく年老いて見えてしまい、
なぜか胸が締めつけられる思いに襲われてしまった。

祝電の紹介やスピーチ、さらにつまらない余興も終わり食事も一段落すると、
いよいよ式もフィナーレに向けて加速していき、
ある意味クライマックスとも言える花束贈呈にステージは進んでいく。
スタッフから渡された花束を持って両親のところへ行き、
花束を渡すとともに新婦が両親への手紙を読む。
たったそれだけ。
たったそれだけなのに、式の中で一番印象に残ると言っても過言ではないイベントなのは、
ここで花嫁の両親や花嫁が涙を流してしまうことが多いからだろう。
しかし、自分は今日の朝に新郎から新婦になることが決まったにわか花嫁。
涙なんか流すはずがない。
そう高をくくってた。
両親に花束を渡し、あらかじめ紗智子が書いた手紙を読み始めた。

「お父さん、お母さん、今まで育てていただいてありがとうございます……」

読み始めると、なぜだか脳裏にいままで家族で過ごした記憶――
一緒に行った海水浴のこと
早起きしてカブトムシを捕りに行ったときのこと
赤いランドセルを背負ったまま抱きかかえられたこと
中学の入学式で詰襟を着た姿での記念撮影
女子高に合格したときの両親の涙
成人式の振袖姿
そして婚約者である紗智子を両親に引き合わせた日
――本来歩んできたはずの『俺』の人生と、摩り替わった『私』の思い出が頭の中でぐるぐると渦巻いて

「あ、あれ?」

いつのまに流したのだろう、目から溢れ出た涙がぽつりぽつりと零れて
手紙はあっという間にインクがにじんで読めなくなってしまった。

「ほら、花嫁さんがそんな顔しちゃダメよ」

私の目元をハンカチでぬぐいながら、顔を涙でいっぱいにするおふくろ。
一方の親父は、本人は堪えているつもりなのか歯を食いしばりながらボロボロと号泣している。
もう続きなんて読めるはずもない。
私は両親に両肩を抱かれるようにして、人目もはばからず思いっきり泣いた。

「ふぅ」

飲んだり騒いだりビンゴで盛り上がったりの2次会を終えてホテルに戻ったら、
時計の針は0時を回ろうとしていた。
ダブルサイズのベッドに腰掛けると、お酒の酔いだけではない疲労感が一気に押し寄せてきた。
身に纏っているカクテルドレスはウェディングドレスよりは軽いけれども、
布地をたくさん使っているせいかずっしりとした重さがあり、
これが疲れを増加させているような気がしてきた。

「健一、先にシャワー浴びてきなよ」

傍から見ても疲労が蓄積しているのがわかったのか、
普段ならば絶対に先にシャワーを浴びたがる紗智子が私にシャワーを勧めてきた。

「いいの? じゃ、ささっと入ってくるね」

さっとシャワーを浴びてこようと思ったのはいいけど、準備の段階でちょっと悩んでしまう。
バス用品はホテルのアメニティグッズを使うからいいとして、
替えのパジャマや下着はどうしようか考えてしまうところだ。
結局、何も考えずにパジャマと自分のカバンに入っていた下着

――もちろん女性物――にすることにした。
ここで気がつく。
ドレスを締めつけるコルセットの紐は背中にあるので、1人では上げ下げできない。

「ねぇさっちゃん、コルセットほどいて?」

わかったとうなずいた紗智子が背中に回って紐をほどくと、
拘束具のように体を締めつける感覚が一瞬にして薄れる。

とさり……。

支えを失ったドレスがかすかな衣擦れの音を立てて床に落ち、私は下着だけの姿になってしまう。
補正力を重視している下着を着ているせいか、ドレスのときよりも色気がない姿を紗智子に晒すのがやけに恥ずかしくて、
慌ててバスルームへと駆け込もうとしてしまう。
そんな私を、彼は背中からぎゅっと抱きしめた。

どくん。
心臓が高鳴る。

「健一……愛してるよ」

彼の柔らかな甘い声が耳元を優しく撫でていく。
本能的に『求められている』のだと理解し、体の芯が燃えるように熱くなる。

「……シャワー浴びてからにして」
「大丈夫、気にしないさ」
「ダメ、私が気にするの」
「聞き分けのない子には……こうだ!」

次の瞬間、2人は倒れこむようにベッドの上に体を弾ませた。
体をひねるようにして天井のほうを向くと、私に覆いかぶさる紗智子と目が合った。

「さっちゃん、強引だね」
「……いつの間にか、呼び方が逆になっちゃったね」

言われてみれば、私が彼を呼び捨て、彼が私のことを『ちゃん』づけで呼んでいたはずなのに、
これも気がついたら逆転していた。

「でも……このほうが『らしい』でしょ?」
「だね」

紗智子の顔がゆっくり近づいてくる。
今日、何度目かわからないキス。

「電気、消して」
「ダメ。健一の顔が見たい」
「……バカ」

この夜、私は本当の意味で紗智子の花嫁になった。

めくるめく夢のような結婚式から2週間、新婚旅行も終わって2人とも日常に戻りつつあった。
もちろん、まだ新婚ホヤホヤ独特の浮ついた空気は残っているものの、
それでもしっかりと日々の生活を刻み始めている。
今日から職場に復帰する彼は、まだ慣れないスーツ姿にネクタイを締めて
朝早くから出勤してしまった。
特に予定が決まっていない専業主婦の私はというと、
『かわいらしい奥さん』になれるよう朝から掃除に洗濯、買い物に料理と一生懸命がんばっている。
あの人の好きなシーフードパスタの準備を終え、ふとリビングボードの上に視線を移すと、
デジタルフォトフレームが結婚式や新婚旅行の思い出を数分ごとにパラパラと切り替えていく。
写真が変わるたび、まぶたの裏によみがえるあの日の思い出。
祭壇での誓い。
フラワーシャワーとお姫様だっこ。
披露宴での涙。
そして、まだ記憶に新しい沖縄の海。
日焼け止めだって言ってたのにサンオイルを塗られて、くっきりと水着の跡が肌に刻みこまれてしまった。

「……これ、なかなか消えないよね」

ラフなTシャツの胸元から覗き込むように肌を見ると、
白いビキニを着ているかのような日焼けた素肌が見える。
これが薄れる頃には、私ももっと主婦らしくなっているだろうか。

ぴんぽーん

玄関のチャイムが鳴る。
あの人の帰宅だ。
ぱたぱたとスリッパを鳴らしながら玄関に向かうと、

「ただいま。やっぱ久しぶりの仕事は疲れるね」

こんがりと日焼けした笑顔も、どことなしか色あせて見えるほど疲れているみたいだ。

「おかえりなさい。いま、料理の仕上げしちゃうわね」
「ああ、お願い。もうおなかぺこぺこなんだ」

スーツの上着を私に手渡し、ネクタイを緩めながら彼がおどける。
そんな横顔が愛おしくてたまらなくなり、つい頬にキスをしてしまう。

「さっちゃん、愛してる」
「健一……俺もだよ」

紗智子は私のほうに向き直ると、あごを軽く持ち上げた。
自然と伏せられるまぶた。
やがて柔らかなくちびるの感触。
その後に訪れることに期待して、私はスーツの上着を取り落とした。






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