シチュエーション
☆あくと・せぶん『はりー・ばっく』 「なに〜っ!?」 女子トイレの個室から悠二の驚愕した大声が響く。 「え?なになに?」 「何かあったの?」 当然ながら周りの女の子たちは何事かと驚きざわめいた。 「結愛ちゃん大丈夫?どうしたの?」 連れ立ってトイレに来ていた耶智香(やちか)が心配そうに声を掛けてくる。 ここで何でもないと返事をすれば良いものを、焦る悠二にはそんな余裕は無かった 結愛の一大事と急ぎペルペルを問い詰める。 「おい!それはどう言う事だ!?結愛ちゃんに何があった?」 『待つきゅん、落ち着くだきゅん』 「待てるか!」 ペルペルの声は聞こえずとも、悠二の声はトイレ内にまる聞こえだ。 周りが何かの異常事態と思うのは当然である。 「ねえ、本当にどうしたの?先生呼んで来ようか?」 ますます心配そうにする耶智香。 しかし悠二にはその声が耳に入っておらず、そのままペルペルを問い詰めるのをやめない。 「説明しろよ!」 トイレの個室から聞えてくる友達の怒鳴り声に耶智香はおろおろするばかりだ。 「あたし、先生呼んでくる」 「あ、わたしも行く」 見かねた他の女子児童が、とうとう先生を呼びに行ってしまった。 個室の外でそんな事態になっているとも全く気にとめない悠二ではあったが、 逆にペルペルの方がこの事態に危機を感じていた。 『(まずいきゅん、先生に見つかったらぬいぐるみのふりをしても、 没収されて身動きが取りづらくなるきゅん。まったくこの変態馬鹿は思慮が足りないきゅん)』 ペルペルはたれた耳を使って悠二の口を塞ぐ。 「うぐっぐ」 『結愛ちゃんが心配ならここで騒ぐなきゅん。まずは人気のない所へ移動だきゅん』 それで少し落ち着きを見せた悠二は頷くと、 言葉に従いショーツを引き上げたくし上げたワンピースのスカートを戻す。 「どわっ!どこに入ってるんだお前は!?」 『うるさいきゅん!他に隠れる所が無いきゅん。こんな屈辱的かつ劣悪な場所なんて本当は死んでも嫌な所だきゅん』 なんとペルペルは悠二のスカートの中に入り込んだのだ。 女装男のスカートの中など想像するにおぞましい。 「どっちが変態だ」 兎にも角にも悠二は個室から出ると、周囲には目もくれず急いでトイレを去る。 「あ、結愛ちゃん」 心配していた耶智香は出てきた悠二を見て何ともない様なので安心するが、 直ぐに何処かへ行ってしまったのを見てまた不安になり、 後を追おうと廊下に出るがすでにその姿は見えなくなっていた。 「結愛ちゃんどこ行っちゃったの?」 後には耶智香が心配そうに呟く姿が残されていた。 「で?どう言う事なんだよ」 悠二はペルペルに言われた通り人気のない場所へ来ていた。 卒業生なので学校の見取りは勝手知ったるものだ。 三方を壁に囲まれた日当たりの悪い図工室外は、 お化けが出るとも噂され休み時間でも児童が近づく事はあまり無い。 おまけに柳の木があるものだから尚更気味悪がられれるのだ。 しかしその柳の木のお蔭で校舎からは死角になるのはこの際は幸いだ。 『実は結愛ちゃんが新たに魔法使いを呼び出してしまったんだきゅん』 「お前みたいのが他にも居たのか」 『それは居るだきゅん、問題は呼び出した相手だきゅん。 よりにもよってあいつが出てくるなんて』 言うペルペルの表情が苦いものに代わる。 「どんな奴なんだそれは?」 『…何れ判るきゅん』 珍しく口ごもるペルペルの姿に事態の深刻さを悠二は感じた。 『それよりも、ピンチなのは結愛ちゃんだきゅん。 結愛ちゃんはそいつにプリキュアになる事を願ったんだきゅん』 「それって出来ないんじゃなかったか?」 存在のエネルギーを扱うペルペルの魔法では実在しない力は与えられないと確か言っていたはずである。 『それがそいつは出来てしまうんだきゅん。 そいつは存在の置き換えで本と言う形をとってそのお話しの中に人間を閉じ込めてしまうんだきゅん』 「つまりそれはどう言う事なんだ?」 『本の中では現実の世界の存在に縛られる事無く、その人間の願いが叶うのだきゅん』 「おまえの半端な願いの叶え方より余程良い様な気がするが」 悠二の感想にペルペルは呆れた表情を浮かべ、 可愛らしさも欠片もない侮蔑の表情を浮かべた。 『だからお前はアホで馬鹿で変態でロリコンなんだきゅん』 「アホで馬鹿で変態とはなんだ」 ロリコンだけは否定しないのが悠二らしい。 ペルペルは短い腕で肩をすくめると言葉を続ける。 『そんな便利な魔法に大きな代価が必要無い訳が無いきゅん。 本の中で願いを叶える度にその人間の存在自体が無くなっていくんだきゅん』 「なに!?それはつまり、ずっと本の中に居ると消えてしまうって事か?」 『そう言う事だきゅん。後にその人間のお話しが書かれた本が残るだけだきゅん』 「そんな事をして何になるんだよ?」 悠二は憤りを焦りの表情に変えつつも、疑問を述べる。 『魔王への献上品だきゅん。 魔法使いはそうした願痕(デオマイ・シーマ)を献上した数だけ格が上がるんだきゅん』 「なんだよ魔王とかそんな仕組み。 じゃあその魔王が全ての元凶で結愛ちゃんはそのせいで消えてなくなりそうだって言うのかよ」 『魔王と言ってもきっとお前が想像しているのとはきっと違うきゅん。ただの管理職だきゅん』 「管理職だ?それじゃ本は賄賂品か?そんな事の為に結愛ちゃんが消えてしまうと」 意外と熱くなりやすいのか、はたまた心底結愛を思っているのか悠二の言葉に怒気が含まれていた。 対するペルペルはその雰囲気を感じているはずだが、至って緊張の素振りを見せる事無く会話を続ける。 『賄賂とかそんな下らないものじゃないきゅん、 「願い」と「存在」はボク達の世界の理だから仕方が無いきゅん』 「仕方なくねえよ!こうしいてる間にも結愛ちゃんが消えかけているだろうが! とにかく俺は結愛ちゃんの所に行くぞ」 とうとう焦りと怒りの気持ちが関を切り、言うが早くも悠二は駈け出した。 その表情は鬼気迫るものがある。 『あ、待つんだきゅん。肝心の話しが終わっていないだきゅん』 慌ててペルペルも後を飛んで追い掛けるが、 思ったよりも悠二のスピードが速く追い付けない様だ。 長めの休み時間なので児童が校舎の外に居てもさほど目立つ事は無いが、 流石に校門より出るとなると教師の目にも止まるはず。 しかし、そこも勝手知ったる所で悠二は体育館横の雑木林を抜けて、そのまま道路へ出る。 「結愛ちゃん、いま行くからなぁっ!」 悠二はただひたすらに走った。 ワンピースを翻し必死の形相で走る姿は目を引くはずだが、 幸いにも人通りもなく驚きの速度で道を走り進む。 「はぁ、はぁ、結愛ちゃん、いま行くから」 だが、ひとつ失念している事があった。 それは結愛と交換され、体力が8歳の女子児童になっていると言う事である。 学校から悠二の家までの距離は3キロメートルほどのなのだが、 それを8歳児の体力で火事場の馬鹿力的な全力疾走などすれば当然もつはずがない。 「結愛ちゃん…、い、ま…」 案の定、息も絶え絶えの状態に陥る。 「はぁはぁはぁ(…結愛ちゃんが大変なんだ、急がないと……)」 それでも根性をだして無理すればその後に訪れるのは、限界による意識のフェードアウトだ。 ゆっくりと膝を曲げ両手を地面に付くと、そのままうつ伏せに倒れ込んでしまう。 「(…結愛ちゃん……)」 ……… …… … 悠二は呼吸困難と身体への過負荷によってそのまま気を失ってしまったのだ。 ☆あくと・えいと『ぺどふぃりあ・しょっく』 道端で意識を失い倒れた悠二が目を覚ましたのは、 昼間だと言うのに遮光された暗い空間に蛍光灯の明りが灯る部屋だった。 そこに湿気った様な重たい布団の中に悠二は寝かされていたのだ。 「なんだこの臭い?」 まず目を覚まして感じた事は、異様な臭いだった。 たぶん生活臭と言うものなのだろうが、 むんとする様な男臭さに食べ物が腐った様な饐えた臭いと埃っぽい臭いが組み合わさった様な不快なものだ。 悠二もけっして綺麗好きと言う訳ではなく、 自分の部屋の手入れもサボりがちだし、たまにシャワーをしなかったりとだらしがない所があるのだが、 今は結愛になって身綺麗にしているせいで尚更だった。 「ふふぅ、気がついたかい、ひひひぃ」 そこに声を掛けてきたのは、取り立てて特徴もない男。 中肉中背でメガネを掛けており髪型も短髪なのが少し伸びた様な感じで天然で無造作の様だ。 だがその目つきが何だかいやらしいものを感じ、 息遣いや動作が怪しい為に好感を得るようなものでは到底なかった。 その事に警戒しつつも悠二は質問をして見る。 「ここは?」 「ふふぅ、お嬢ちゃんは、道で倒れてたんだ。僕が助けてあげたんだよ、ひはは」 興奮気味なのか照れ笑いなのか解らない笑い声の様な発音が少し気持ち悪いが、 少なくても倒れた悠二を介抱してくれたのは間違いない様だ。 「それはどうもありがとうございます」 悠二は常識的にお礼を述べる。 「ほははは、お穣ちゃん礼儀正しいね。そう言う子好きだな。ふひひひ」 男の照れて悶える姿が、少々不気味だ。 悠二も普段結愛に対して似た様に相好を崩しているのだが、 そこは自分の事は棚の上と言うもので自覚する事は無い。 ただ、同じ穴のムジナと言うか同類の鼻と言う奴がこの男はロリコンであると瞬時に悠二は見抜く。 「(この反応、こいつもしかしては同志なのか?だがもう少しアプローチの仕方何とかしないと駄目だな。 はっきり言って気持ち悪がられるだけだぞ)」 あえて言うつもりもないが、心の中だけでダメ出しをする。 「(それよりも結愛ちゃんだ。早く行かないと)」 状況が少し整理された所で、悠二は本来の目的を果たすべく立ち上がる。 周りを見渡してみるがペルペルの姿は見当たらない。 どうやら置いて来てしまったようだ。 それにしても、壁に余すところなく貼られているアニメやゲームのポスター、 フィギュアに抱き枕など全て幼女ものと言うすごい部屋だ。 さすがの悠二も感嘆を通り越して、圧倒されるほどだ。 「もえたん好きなの?」 思わず近くにあった抱き枕を指して訪ねてしまう。 すると男はまた興奮した様で鼻息を荒くし迫ってきた。 「おほっ、もえたん知ってるの?ぼ、僕はいんくたんが大好きなんだよ。むほほほ」 異様な高ぶり方を見せる男の姿に、余計な事を言ってしまったと少し後悔しつつ 及び腰になりながらも悠二は男の気分を害さない様に引きつりつつも笑顔を浮かべ声かける。 「可愛いし」 「むふふ、そうだよ。可愛いんだよ。いんくちゃんはボクの嫁なんだ。他にも沢山いるんだよ一夫多妻制の僕の国」 その短い答えに余程気を良くしたのか、興奮気味に男話し出す。 部屋を見れば一目瞭然なのだが余程好きらしい。 他にも多様なグッヅがあり、中には悠二も知らない様な幼女のキャラクターもあった。 同志には敬意を払わないといけないと思う一方、 結愛の事が気掛かりな悠二は早くこの場を去りたいとも思う。 「(この部屋本当に凄いな。こんな事態じゃなければ交友を深めたい所だが…)」 だが、やはり気になるのは結愛の事だ。 「ごめんなさい。少し急ぐ用事があるので帰ります」 思いきってここは一気に立ち去るべきと結論し、 お礼を述べて外へ出ようとしたのだが、そこで男に行く手を遮られた。 「まって、も、もう少しゆっくりして行ってよ」 「すいません。急ぐので」 「ほ、ほら、お菓子あげるよ。ジュースもあるよ」 「いいえ、結構ですので」 「なんで?ぼ、僕は君に居て欲しいんだよ。そうだ、いんくたんのフィギュアあげるよ。可愛いだろ?」 男は女児らしからぬ悠二の言動に動揺しつつも、引き留めようとしつこく食い下がってくる。 どうしても帰してくれる気は無いらしい。 悠二は焦る気持ちで周りを見渡す。 「(くそ、邪魔するなよ。窓から逃げるか?でもここが1階じゃなかったら無理だしな…。ん?あれは)」 目にとまったのはシスタープリンセスと言う古い作品のグッズだ。 悠二も実際にアニメを見た事は無いが、オタクの間で妹萌えがとても流行ったらしい事は 知っており、そこである一つの考えが浮かんだ。 ロリコンの心を知るのはロリコンである。 もしそこに妹萌え属性が加わるならば、 いま悠二は結愛になっていると言う事を最大限に利用して取れる手立てがあった。 「お願いお兄ちゃん、結愛とっても急いでいるの。だから一生のお願い、結愛を行かせて。ね?」 お兄ちゃんお願いコンボだ。 悠二も結愛にお願いをされると断れないのでよく解かる。 この男は見る限り実際の女の子に対して免疫も全くなさそうなので、 お兄ちゃん呼ばわりされるだけでもかなり効くはずと目算した結果だ。 「お、おおお、お兄ちゃん!も、もももう一回言ってくれるかな?」 案の定クリーンヒットだったらしい。 取り乱した様に興奮して悶える姿がなにより雄弁に語っている。 それを見て楽勝とばかりに悠二は続ける。 「お兄ちゃん♪」 「うほぉぉ」 「おにいたん♪」 「うひょひょ」 「にぃに♪」 「あひょぁ〜」 なんてアホな光景か…。 悠二が呼びかける毎におかしな奇声を上げ悶える男の図などアホ以外のなにものでもない。 だがそんな事は気にせず、悠二は効果ありとここぞとばかりに止めの一撃を放つ。 「お兄ちゃん大好き♪」 「・・・・。」 その一言に急に黙り込む男。 「(萌え果てたか?)」 予想とは違う反応に戸惑いはあるが、ここは好機とみて悠二は男の横をすり抜け玄関のドアへと向かう。 「じゃあ、急ぐからまたねお兄ちゃん」 靴を履くと元気に手を振って見せる。 最後のサービスも忘れないのは悠二なりの手向けと言うものだ。 「(これで結愛ちゃんのもとへ行ける)」 そう思った時だ。 「えっ!?」 男が急に迫ってきたかと思うと、悠二の身体を抱きかかえあっという間に布団に押し倒したのだ。 「な、何しやがる!」 「き、君がいけないんだよ。あ、あんなこと言われたらもう我慢で、できない」 男は今まで以上に興奮した状態で完全に冷静ではない。 呼吸、鼻息、全てが荒く、その表情は貪欲な卑下た劣情に満ちていた。 その欲望のままに布団に押し倒した悠二に対し、顔を近づけキスを迫る。 「やめろ変態!」 「ダメだよ、君は僕のお嫁さんだ。だから良いんだ」 必死に抵抗し両手で男の顔を押し返すが、結愛の力になっている悠二では分が悪すぎる。 完全な見込み違いだった。 こいつはロリコンじゃない。 ――ペドフィリア=小児性愛―― 幼児に対し性的欲求を覚える者の事だ。 そしてこいつはその欲求も抑えられず、欲望に走っている最低な男だ。 それはロリコンは愛情の表れであり、純真たる友愛でなくてはならないと言う悠二の信念に反するものだ。 そんな奴に負けてたまるかと、全力以上の力で抵抗するがやはり限界はある。 「僕のお嫁さん〜!」 「うわぁ〜っ!」 悠二はとうとう力負けし男の顔の接近を許す。 辛うじて顔を背け口にされなかったのは良いが、それでも男から頬にキスなどされれば身の毛がよだつ。 更に身体を寄せ合おうとする男に対し、なりふり構わず手足を振り回し殴る蹴るの抵抗を行うも、 殆ど相手にダメージを与える事は出来ない。 「聞き分けのない子は嫌いだよ」 バシンッ! 派手な音と共に悠二の頭から朝に真依からつけてもらったカチューシャが吹き飛ばされる。 暴れる悠二に対し男は平手打ちをしたのだ。 頬に走る痛みと身に降りかかる暴力の恐怖に涙がにじむ。 たった一撃の平手打ちで身体が強張り動く事が出来なくなってしまう。 「うひひ、そうさ。大人しくしないと。さあ、生まれた姿に戻ろうね、ハァハァ」 男は舌なめずりをすると、今度は悠二の着ている服を乱暴に脱がしにかかる。 今朝ママが用意してくれた素敵な服が…。 自分は何も出来ない。 そんな気持ちがとても悲しく、ただ涙がとめどなく溢れる。 「…ママぁ、助けて……」 最早悠二の意識は正気を失いかける寸前だ。 「なにこれ?どうやっていいの?」 男はボレロは何とか脱がす事が出来た様だが、 シフォンワンピースは脱がせ方が解らない様で手間取っている。 「もうめんどくさいな」 言って男が取り出したのはハサミだ。 それを見た途端、正気を失いかけた悠二にさらなる恐怖が襲った。 たとえそれが衣服を切り裂くのが目的だとしても、この状況での刃物は命の危機を覚えるものだ。 感情が一気に堰を切った。 「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」 有らん限りの叫び声が木霊する。 さすがにこの大声に男も怯みハサミを落とし耳塞いだ。 「うるさいっ!」 だが、それも悲鳴が収まるまでの事。 直ぐに持ち直すと今度は苛立ちをあらわにしだす。 その向けられた視線にまた暴力を振るわれると思った悠二は、 力が入らず立てない状態で必死に後退りをした。 「ああぁ、あぁ、ああぁ」 まさに死に直面したかの様な恐怖だ。 とうとう壁にぶつかりそれ以上後退りできなくなる。 「本当に悪い子だ。僕のお嫁さんなのに、言う事聞かないと」 男は再び悠二に迫る。 「だって、そんな大きな声、ダメなんだよ。可愛くしてよ」 のっそりと近づく様は余計不気味でさらなる恐怖を掻きたてる。 悠二はその恐怖に今度は手近なものを手当たり次第に男に向って投げ始めた。 「あーっ!あ!あ!あ!」 「ぐぁ、こら、やめ」 投げたものはペットボトルの空いたものや空箱と言った物で、 さしたるダメージを与える事は出来ず余計に男の怒りを買ってしまった様だ。 投げた箱がロリコンゲームのパッケージだったのがいけなかったのかも知れない。 悶える表情ではなく、明らかに怒りの色を見せる男の気迫の恐怖に、 悠二は大きく息を吸い込みまた大きな声を出そうとしたのだが、今度はそれは適わなかった。 「怒ったぞ、本当に言う事聞かない奴はこうだ!」 「ぐっ、あっ……」 男は一気に間合いを詰めると、今度は叩く等ではなく、両手で悠二の首を締めあげ始めたのだ。 今の悠二ではその手を解くのは無理であった。 もはや絶体絶命だ。 「(…ああ、俺死ぬんだ、結愛ちゃん助けに行けなくてゴメン……)」 死を覚悟した瞬間、薄れゆく意識の中で悠二は正気を取り戻し結愛に詫びた。 駆け巡る走馬燈もない。ただ結愛の顔だけが思い浮かんだ。 だが、運命は見放してはいなかった。 「うちの生徒何をしているっ!!」 突然ドアが開き、何者かが飛び込んできたのだ。 それは結愛のクラスの先生だった。 先生は男につかみ掛かると悠二を男から引き離し、男を抑えこむ。 「ごほっ、ごほっごほっ、はぁはぁ」 解放された悠二は、咳き込みながらも呼吸を取り戻す事が出来た。 涙で滲んで辺りが見えないが声は聞える。 「な、なんだおまえ、離して。その子は僕のお嫁さんなんだぁ」 「なにを言ってるんだ貴様は!もうじき警察も来る観念しろ」 「ぼ、僕は悪くない」 先生は完全に男を組敷くと抑え込んでいる様で情けない声でのたまっている。 悠二は自分が助かった事は解ったが、まだ状況が理解出来ないでいた。 「結愛ちゃーん!大丈夫っ!?助けに来たよ」 今度はそこに耶智香がやってきた。 ますます状況が解らないが、その腕にペルペルを抱えているのを見つけてようやく理解出来る。 ペルペルが助けを呼んでくれたと。 「こら冬坂、危ないから来ちゃ駄目だ。直ぐに車に戻りなさい」 「やめて、痛いから離して」 先生に注意されるが耶智香はそのまま悠二のもとへ駆け寄った。 悠二の乱れた服装を見て、大人しそうな可愛い顔に心配そうな表情を浮かべている。 「大丈夫だよ、やっちん」 正直まだ恐怖感が残っていたが、 耶智香の顔を見ると心配させたくない気持ちの方が強くなり何とか答える事ができる。 「ホントに?よかったぁ〜」 その返事に耶智香も安堵の表情を見せた。 「清水も大丈夫なのか?歩けるんだったら冬坂と一緒に車まで行ってるんだ」 「はい、真田先生。結愛ちゃん立てる?」 「うん、大丈夫」 悠二は耶智香に手を引いてもらうと立ち上がり一緒に玄関から出た。 足が震えるが、強く握り返してくれる耶智香の手のお蔭で歩く事が出来る。 「あ、行ったらダメだよ。僕のお嫁さん〜」 「黙るんだ変質者め!」 後ろで先生に抑え込まれている男がたわ言を喚くが、気にはしないでおいた。 緊張しながらも歩みは止めずにその場を離れる。 そして車のもとへ辿りつくと、途端に身体の力が抜けた。 「た、助かったぁ〜」 「結愛ちゃんこわかったよ〜」 悠二は座りこんでしまい腰砕けとなる。 耶智香も実は緊張していた様で悠二と一緒にその場に座り込んでしまった。 お互いに顔見合わせどちらともなく照れ笑いを浮かべる。 『まったく、お前が馬鹿だからいけないんだきゅん』 そこに水を差したのはペルペルだ。 耶智香の前なので小声で悠二は反論する。 「な、ペルペル、そう言うがかなり危なかったんだぞ」 『身から出たサビだきゅん。お前もあいつとたいして変わらないきゅん』 「ロリとペドは違う!」 小声のはずが思わず大きな声で反論してしまい耶智香を驚かせてしまう。 「結愛ちゃんペルペルとケンカしたら嫌だよ」 『ケンカなんてしないきゅん』 「ん〜、だったら良いよ〜」 「あれ?やっちんペルペルの声聞えてる?」 「なんで?聞えるよ?だってペルペルが結愛ちゃんがさらわれたって、わたしに教えてくれたんだよ?」 『感謝するんだきゅん』 胸を張るペルペルだが、今回ばかりは確かに感謝すべきだと悠二は思った。 ちなみに耶智香の腕の中で胸を張る仕種が妙にファンシーで、 幼女とぬいぐるみの組み合わせは心が癒される等とも思ったりしていたのだがそれは心中に留めておいた。 それから経緯を説明されたが、話の内容を要約すると、 無茶をして意識を失い倒れた悠二があの男にお持ち帰りされている現場をペルペルは目撃し、 運ばれた先を確認した後に耶智香に助けを頼んだようだ。 耶智香はすぐに先生に言い、結愛が連れ去られた事を伝えたところ 警察に連絡すると同時に先生は道案内に耶智香を連れ駆け付けたと言う事らしい。 「ねえペルペル、魔法で何とかならなかったのかな?」 『急に結愛ちゃんの真似で話しかけるなきゅん。気持悪いきゅん。 魔法が万能じゃないのはわかってる筈だきゅん』 たしかにそう感じるのかもしれないが、 耶智香の前であまり男言葉で話すのは結愛のイメージを悪くするのだから仕方がない。 解かっていながらペルペルは悠二にだけ聞える声で答えたのだ。 「あ、結愛ちゃんお巡りさん来てくれたよ」 耶智香が指を差した先にパトカーがやって来ていた。 それと救急車も一緒にやって来て、自然と野次馬なども集まり始め辺り一帯が騒然となる。 あの男は直ぐに取り押さえられ逮捕された様だが、 悠二も直ぐに開放とはならず救急車に乗せられ病院へと連れて行かれることになってしまった。 「清水結愛ちゃんだね?どこか痛い所は無いかい?頬っぺた腫れてるけど大丈夫かい?」 救急車の中で隊員が状態を聞いてくるが、それよりも悠二は結愛の事が心配で気が気ではなかった。 大ごとの当事者になっている今、救急車をおりて自分の部屋に行く訳にもいかない。 おそらく結愛の両親にも連絡がいっていて真依は病院で待ち構えている事だろう。 どうあっても、抜け出す事は無理そうだ。 急ぐ気持ちとは裏腹にどうにもならない現状に悠二は黙ってうつむくしか無かった。 返事も返さずうつむくその様子は救急隊員には心に傷を負った女の子しか見えず、痛々しく映る。 「なんとか、何とかしないと…」 搬送される救急車の中で、ぬいぐるみのふりをするペルペルを抱え悠二は必死に考えを続けるのだった。 〜とぅびーこんてにゅーど〜 SS一覧に戻る メインページに戻る |