シチュエーション
とあるお屋敷のとある一画にある浴室脱衣所。 そこでは3人の娘達が湯上がりに、火照った身体を涼ませていた。 「少しのぼせちゃいましたね〜」 愛され系な白い水着を着ている少女が頬を桃色に染め満足気に呟く。 「これ位が心地いいのさ。実に楽しい入浴だったよ」 こちらは裸の少女。 口調や仕種が何故か演劇で男性を演じている様だ。 「二人とも悪乗りし過ぎだよ。これじゃ全然汗を流した気がしない」 スクール水着にメイドカチューシャを付けた子は湯あたりでもしたのか、ぐったりとしていた。 「雛子先輩だらしがないですよぉ」 「雛子はまだまだメイドのスキルが足りないな」 「ああ言うのは違うと思う」 「今度やり方教えてあげますよぉ、手とり足とり」 「それは良いな。ぜひ習っておくと良い」 「丁重にお断り致します」 「や〜ん、雛子先輩つれないですぅ」 年の近い娘達が和気あいあいとしている様は実に微笑ましい。 だがその光景は実は見たままな訳ではないのだ。 雛子と呼ばれているスクール水着にメイドカチューシャの娘、実は娘ではない。 歴っとした男である。 しかもこのお屋敷の子息であったりする。 事の起こりは省かせてもらうが、本当の名前は遥人と言い雛子と言うのは男性の様な口調をしている娘の名前なのだ。 雛子は遥人の幼馴染でお傍付きのメイドをしているのだが、この光景ではとてもそうは見えない。 ではなぜこうなっているのかと説明すれば、それは二人が『立場交換』をして主従を入れ替えているからなのである。 しかも、ただ主従が入れ替わるのではなく遥人は雛子として雛子は遥人として振る舞うと言うもので、 名前から装飾に至るまで全て交換をしている状態だ。 そんな事態が繰り広げられているのが今の現状と言う訳である。 「さて雛子、着替えのメイド服だけど要望を聞き入れ新しいのを用意したぞ」 「はーい、こちらでーす」 もう一人の少女、雛子の後輩メイドにあたる真由が取り出したそれはミニ丈のメイド服だった。 デザイン的には真由が入浴前に着ていたメイド服とほぼ同じなのだが、 色が違い涼しげなアイスブルーで明るく華やかな感じがする。 ただ大きな違いがある。 それはスカートの丈が真由のものより更に短い事と、胸元がバストを強調する様な立体的な作りになっている事だった。 「このメイド服って」 「雛子の夏用のメイド服だが」 「お傍付きのメイド服は水色なんです。しかも少し製法が豪華ですぅ」 「でも雛子が着ているのをみた事無いけど?」 「素に戻ってますよ。雛子先輩はあなたですぅ」 「あ、ごめん」 雛子としてメイドの立ち振る舞いを一応してはいるが、所々素に戻ったりするのはご愛敬だ。 一貫はしているものの徹底はしていないのは、遊びの様なものだから仕方が無い。 「雛子先輩は大好きな紗雪(さゆき)さんの真似をして夏でも長袖なんですよ」 「ああ、紗雪さんか」 「真由、あまり余計な事は言うものでないぞ」 紗雪は遥人の母親のお傍付きのメイドで、 遥人にとっては生まれた時から知っている叔母の様なものでもある。 しかしながら外見はクールビューティーを絵に描いた様な容貌で、 仕事に関しても群を抜いて優秀と実質このお屋敷で一番のメイドと言っても過言ではない。 普段表には出さないが雛子はその存在を意識して密かな憧れを抱いていると言うのは公然の秘密である。 「紗雪さん、寒暖に関係なくあの服装だし表情にまったく出ないもんな」 「私には無理ですねぇ」 「ほら雛子、無駄話はしないで早く着替えるんだ」 「いや、でもスカート短すぎ」 「私で平気なんだから大丈夫よ。遥人は私と背が変わらないし、足の長さなら私の方が長いんだから」 雛子も度々こうして素に戻る。 背の高さに関しては実は雛子の方が3センチほど高いのだが、細かく触れると遥人が気にしているのであえて触れない。 特筆するほど小柄ではないが、男性としては平均を下回る遥人はその事を気にしており、 もとからの童顔と合わさって年相応に見られないのがコンプレックスでもある。 ここ半年身長が止まっている遥人に対して「もう、それ以上背は伸びない」は禁句だ。 「でも階段とかでスカートの中が見えるってこれ」 「ギリギリで大丈夫な長さだから。激しい動きでもしない限りね」 「可愛いですよぉ」 「まあ、見えたら見えたでそれは眼福って事で」 「やっぱりそう言う魂胆なのか」 雛子の思惑がそこにあるなら、これ以上の抵抗は無駄だろう。 遥人は諦めてスクール水着を脱ぐと身体を拭き、そのメイド服を着る事にする。 入浴前に着ていた雛子の匂いが強くするメイド服を再び着るよりは良い。 気になって変な気分になるからだ。 「なんかこの下着ずいぶん子供っぽいな」 用意されていた下着を手に取り遥人は呟く。 そのデザインは子供っぽいと言うか、コットンの股上が深いタイプのものだ。 青のストライプで俗に言う所の縞パンである。 「(これも雛子の使用済みとかなんだろうな)」 新品には見えないそのショーツを履きながらそんな事を思う。 着ける必要は無いのだが用意されているのでブラジャーも付ける。 これもいささか子供っぽいノンワイヤーのハーフトップだ。 ホックも無いのでかぶるだけで遥人でも楽に付けることが出来る。 ただ今回は大きめの胸パッドが別に用意されており、言われる前にブラの中に入れると立派な胸のふくらみが完成した。 ソックスは前と変わらず白いオーバーニーでこちらも簡単に履けた。 下に着るものを身に付けた所で、次はメイド服を着るのにその背を開けて足を入れて引き上げ袖を通す。 サイズに難が無いと言うかピッタリなのは雛子と遥人の体格差がほぼ無いのを顕著に表しており、 体格を気にする遥人には少々引っかかるものがある。、 だが、傍から見る分には返ってそれが似合っており本当にメイドの少女にしか見えない。 「背中のファスナー上げてあげますね」 遥人が背中のファスナーを上げるのに手間取っていると真由が手伝ってくれた。 ファスナーが閉まるといよいよもってメイド服は体にフィットし、胸の膨らみもばっちりになる。 エプロンをして紐を結べば、もう完璧にどこに出ても大丈夫なメイドさんの出来上がりだ。 「うん、完璧ね」 「雛子先輩かわいいですぅ」 「やっぱりスカート短い様な」 「だから大丈夫だって。ニーソックスとスカートの間の絶対領域がなにより物語ってるわ」 「絶対領域って」 絶対領域とは萌え用語としては一般的に浸透している言葉で今更説明を要するものではない。 その中でも、スカートの丈:絶対領域:膝上ソックス=4:1:2.5が、"絶対領域の黄金比"とされているらしく、 こだわりのある人には重要な意味をもつらしい。 もちろん雛子はこだわりのある人だ。 「あと、靴もメイド服に合わせて編み上げブーツにしておいたからね」 いろいろと抜かりは無い様子。 「さて雛子、急な入浴で遅くなったがお昼にして来て良いぞ。あとの事は真由に引き受けてもらうからな」 「はい、真由にお任せ下さい。雛子先輩はお昼をごゆっくりどうぞ」 「お昼ですか?」 「そうだ、使用人用の食堂で食べてくると良い」 「今日のメニューはエビとホタテのペスカトーレでしたよ」 「えーっ、みんないる所に行かないと駄目なの?」 「もうお屋敷中みんな知ってますから大丈夫ですぅ」 「そう言う事、さあ、行った行った」 使用人用の食堂に行くことに難色を示す遥人だったが、 結局雛子と真由に脱衣所の外に押し出され行く事を余儀なくされてしまった。 仕方なく遥人は使用人用の食堂へ足を運んでいた。 先程着替えたメイド服は夏用との事だったが、長袖の時のものと比べると確かにかなり涼しい。 だがスカートがミニ丈なので今度は歩くと直に外気を感じてしまい、 その事を意識すると恥ずかしさがこみ上げる。 逆に編み上げのブーツは足のすね下を覆い熱がこもる為に体熱感がアンバランスだ。 「もうお昼も過ぎているし、みんな居ないよな」 使用人用食堂のドアの前で少々ためらいながらもドアを開けてみた。 すると中の人物が一斉にドアの方を振り返る。 「おやまあ」 「本当にメイド服着てる」 「違和感無いわね」 中に居たは3人の人物は口ぐちに遥人の姿に感想を漏らす。 それぞれベテランメイドの美智恵(みちえ)と20代後半の和美(かずみ)、若手の菜々子(ななこ)だ。 遥人との接点は多くは無いがそれでも顔と名前は知っている。 「遥人様お昼ですか?こちらでご一緒いましょう」 そのうちの菜々子が遥人に声を掛けてきた。 その言葉にすかさず和美が注意を促す。 「菜々子、今遥人様は雛子になっているって話だったでしょ?ちゃんと雛子として声かけないと」 「あ、そうでしたね」 「しっかりやらないと、奥様にも言われている事なんだから」 「まあ、遊び見たいなものだって言ってたしそこまで頑なにするものでもないよ」 「でもその遊びにのるのが楽しいんじゃないですか、やるからには楽しんで徹底しないと」 「まったくこの娘は」 遥人には全部まる聞こえなのだが、雛子として振る舞わなければならないのは事実なのでどうしょうもない。 取り合えず変態を見る様な目線で見られていないだけ良しとしたい所だ。 「ささ、雛子ちゃんこっちにいらっしゃいな。コックさん、ランチもう一人分お願いします」 明らかに楽しんでいる様子の和美が遥人を招き、隣接している厨房へ声を掛ける。 招かれるまま遥人は席に赴き、少し居心地のわるそうなそわそわとした態度で座って見せる。 「本当どう見ても女の子だねこりゃ、今の若い人は違うねぇ」 「遥人様が特別なんですよ」 「まさに美少年だもんね。少し気弱そうなのが玉にキズだけど」 「そうですか?優しさが良いと思うんですけど」 「今時の子だね」 当の本人を前にして好き勝手言う3人、 これも今日は遥人を主人と見なくても大丈夫との御触れが出ているからこその無礼講だ。 これでも控えめに話している方だ、実際に本音トークなんてした時には遥人はその場に居られないだろう。 特に和美と菜々子の大人女子の会話なんて遥人には聞かせられない。 「ところで雛子ちゃん、お仕事どうだった?」 和美は唐突に話しを遥人へと向けた。 尋ねられれば答えなければならないが、 ここで雛子として振る舞って雛子の口調で答えた方が良いか素で答えようかと少し迷う。 結果、顔を赤くしてうつむくと言う内気な少女の様な行動をとってしまった。 「なんだか今日の雛子は恥ずかしがり屋みたいですね」 「何時もの明るい雛子ちゃんがどうしたのかしら」 「いや、それは、あの」 雛子が居なくてもやはり女性にはおもちゃにされる遥人である。 戸惑う様な反応を見せればそれこそ相手の好奇の反応を煽ると言うものだ。 「今日はどんなお仕事したの?」 「ええと、ベッドメイキングと温室のお手入れ、そこで母上、じゃなくて奥様のお茶の給仕を」 流石にお風呂の事は言えないのでその事は伏せた様だ。 「お茶の給仕なんてさすが雛子ちゃんね」 「お茶の給仕のお仕事って私も一度やって見たいわ」 「あんたにゃ10年早いよ」 お茶の給仕はメイドの仕事ではかなりの名誉な事なのだ。 ましてや当主や奥方が携わる公式なお茶会を給仕するともなれば、一介のメイドが出来るものではない。 実は雛子にしてもお茶会の給仕はまだ任される事はほぼ無く、現在修行中の身である。 「あ、もしかして朝にリネン出しにリネン室に来たでしょ?」 「はい?確かに行ったけど」 「やっぱりか」 「和美さん何がやっぱりなんです?」 「いやね、クリーニング屋の人がさ、ドアを開けてくれた可愛い娘の名前を教えてくれないかって聞いてきたもんだからね」 「あ、それって」 「そう、あの時間リネン室に誰も居なかったはずなのよ。だけど勝手口を開けた娘が居たみたいで、 クリーニング屋の人どうやらその娘の事気にいっちゃった様なのよ」 「一目惚れですか?すごい」 「おやまあ、惚れさせるとは隅に置けないね。本当に今の子は違うね」 「雛子ちゃんはモテオーラがあるのかしら?羨ましい限りだわ」 男に一目惚れされて嬉しい訳が無い遥人にして見ればいい迷惑だ。 この事はいずれ雛子の耳にも入り、このネタでまたからかわられると思うと今は愛想笑いを浮かべるしかない。 「あいよ、4人分出来たよ」 厨房のカウンターからコックが声を掛けてきた。 普段表に出る事が無いので遥人もよく知らないのだが、 ここのコックは女性で結構な大柄な体格をしている。 下ごしらえや食器の洗浄手入れなどをメイド職の中から手伝ってもらう事はあるが、 ほぼ一人で厨房を切り盛りしている隠れた有能者だ。 厨房は他にもお抱えのシェフが居るのだが、お屋敷の専属ではなく通いで来ている。 ちなみに名前は香華(シャンファ)と言うのだが名前で呼ばれるのを好まない様で、 みんなコックさんと呼んでいるのである。 「ありがとうございます」 居心地の悪い遥人が出来上がったランチを受け取りに直ぐに席を立つ。 真由が行っていた通り、ランチはエビとホタテのペスカトーレでトマトを使ったソースがとても美味しそうだ。 付け合わせのコールスローサラダとグリーンピースープもありちょっとしたお店のものの様に見える。 「おや、新人さんかい?よろしくね」 「え、いや」 香華はランチを取りに来た遥人の姿を見て完全にメイドと見て疑っていない様だ。 人好きそうな笑みを浮かべて挨拶をして来る。 「やだコックさん、そのメイドは遥人様ですよ」 「え?そうなのかい?どう見ても可愛いメイドさんだけどねぇ」 「美智恵さんと同じような感想言ってる、同意するけど」 「そうさ、男の子には見えやしないよ」 菜々子が直ぐに訂正するが、やはり反応は同じ様なものだ。 今度は香華も加えてメイド遥人の話に花を咲かせる。 「男でもメイド修行をさせられるとは士族様の子息ともなれば大変だね」 「それ違うわよ。奥様のお遊びで遥人様と雛子が今日一日立場を入れ替えて過ごしているの」 「だから今の遥人様の事は雛子って呼ばないといけない見たいですよ」 「そうなのかい?まったく士族の奥様の遊びとは我々には考えが及ばないよ」 「奥様は不思議な人だからねぇ」 「ところでコックさん、士族って言ってますけど華族の間違いじゃないんですか?」 「あ、悪い悪い我々のところでは貴族と言えば士族だからね」 「菜々子あんた良く知ってるね。どっちにしろ今はそんなもん関係ないさ、 貴族制度なんてとっくの昔の廃止されてしまってるしね」 貴族の話しは遥人も帝王学の一環で習って来ている。 帝王学と聞くと物凄い尊大に聞えがちだが、要は伝統ある家系や家柄などの特別な地位の跡継ぎに対する 幼少時から家督を継承するまでの特別教育のことで、その家々で過程は様々だ。 帝王学を修めたからと言って性格が偉そうな人物になると言うのはただの先入観である。 現に遥人はこんなのであるのだから。 「しかしながら当家が貴族の流れを組む家系で、形だけとは言え諸国から爵位を享け賜わっている事も事実」 「うわっ!紗雪さん何時の間に!?」 家の事に話しが差掛ったその時、遥人の背中の方から紗雪が現れ突然に感じた遥人が驚く。 遥人には全く気配が感じられなかった。 たまにあるのだが、その度にいちいち驚いてしまうのが遥人である。 それが面白く案外ワザと驚かしているのかもしれないのだが、 クールビューティーな無表情では真意の程は見てとれない。 「何言ってるんだい。最初から紗雪さんは向こうのテーブルに座っていたよ」 「本物の雛子なら絶対気が付いて一緒に食事摂ろうとするのに、雛子ちゃんだとそうはいかないか」 「え?私気が付きませんでしたよ?」 菜々子も気付かなかったらしい。 自分だけじゃないと思うと遥人は少し安心した。 この部屋は使用人用の食堂となっているが休憩室も兼ねており広さもそれなりだが、 死角など無く、ましてやテーブルに着いていたなら気が付かない訳はないのだが不思議だ。 他の人は認識していたらしく、さして気に留めず香華は紗雪へ話し掛ける。 「うまかったかい?」 「何時もながらの流石の腕前です。黒コショウを替えたのが功を成していました」 「良く判ったもんだ、何時もながらはあんたの方だね」 「恐れ入ります」 舌が確かなら旨味や塩加減が判るのはあるだろうが、ペスカトーレで黒コショウの味の違い判るのは只者ではない。 後で遥人も食べて意識してみたが全然判らなかった。 ますますもって紗雪は底が知れない。 「雛子、遥人様より言付けです。昼食が済んだら南館の小ダンスホールに行く様にと」 紗雪に雛子と呼ばれ、一瞬自分の事と気が付かず返事を忘れる遥人。 この油断の多さが日頃なにかといじられる原因でもあるだが、 この場で真剣に雛子になりきるのも後々の使用人からの遥人のイメージに影響が出るので何とも言えない。 「確かに伝えましたよ」 紗雪はそう言い残すと食堂を後にして行った。 遥人はしばらくしてから理解したのだが、 今度は先にこの場に居た紗雪がなぜ雛子からの伝言を受けていたのか不思議になった。 食堂に来る前まで雛子は自分と一緒に居たはずなのに。 やはり紗雪は謎が多いと思っていたのだが、それは食事中に和美が答えてくれた一言であっさり解決した。 「ん?それってただ単にメールでじゃない?」 何事も深読みはよくない。 そう言えば業務連絡はメールですることが多いと雛子が言っていた様な気がする。 少し間抜けな遥人の発言に笑いが起こる中、女性陣にからかわれつつ遥人は昼食を過ごしたのだった。 SS一覧に戻る メインページに戻る |