シチュエーション
「武内ちはや」が初潮を、「武内馨」が精通(なぜかアソコから出た液体なのに白っぽかった)を迎えたことによる影響は、本人達は元より周囲にも幾つもの波紋を投げかけた。 まず、週末に予定されていた田川邸での撮影会はちはやの体調を考慮して延期となった。 「ごめんね、ククルちゃん。せっかくセッティングしてくれてた、おばさまにも謝っておいてもらえるかな」 「いいんですよ。それよりちはやさんのお身体の方が大事ですもの。初めての時は長引くものですし」 申し訳なさそうなちはやの言葉に、お嬢様育ちなククルはおっとり答える。 「まぁまぁ、「アレ」なら仕方ないよ。それにしても、ちはやちゃんに「来て」なかったのは、ちょっと意外かな」 秋枝の言葉に真っ赤になるちはや。 「えっと……う、うん。あの、ふたりは、もう?」 「ええ、わたしは昨年の秋ごろだったでしょうか」 「あたしは、今年の春先からかな〜。わかんないコトがあったら何でも聞いてね!」 ちょっと得意げに「女の子の日の先輩」として胸を叩く秋枝の様子が微笑ましい。 「あはは。うん、そうだね。何か困ったことがあったら教えて」 そして担任の天迫星乃は、これまで以上にちはやのことを気にかけてくれるようになった。 「あの……ありがたいですけど、どうして?」 先生がえこひいきしたら、マズいですよね?と首を傾げるちはやに、星乃は苦笑する。 「ええ、確かにそうなんだけどね。ま、先生も身に覚えがあるから……」 「?」 「前に言ったでしょ。先生、元男だったって。でも、高校時代に女の子に「なって」る時に生理が来て、男に戻れなくなっちゃったのよ」 ある事情から特殊な生体スキンスーツで女子に変装していたところ、それが皮膚と一体化し、細胞レベルで浸食されてしまったらしい。 「え、えーと、ぼくはすぐに元の立場にもどるつもりなんですけど……」 そもそも体自体は変わってないはずですし、と付け加えるちはやに、意味深な視線を投げる星乃。 「そうね。戻れるといいわね」 「は?」 「先生も、当初は別に女の子になるつもりは毛頭無かったんだけど……世の中にはハプニングとかアクシデントってものがあるからね〜」 「ふ、不安になるようなコト言わないでくださいぃ!」 「あら、ゴメンなさい」 うるうると涙目になるちはやを尻目に、星乃はコロコロと楽しそうに笑う。 「大丈夫。女の子もね、慣れると楽しいものよ」 「──それは、まぁ、わかりますけど」 両肩に手を置いて優しく諭す星乃の言葉に、ちはやも、ついポロリと本音を漏らしてしまう。 (あらあら……コレは、もしかしたらもしかするかもしれないわね) 無論、それをあえて指摘しないのが、「大人の優しさ」というヤツであった。 武内家に関して言うなら、母親がそれまで以上にちはやに家事の手伝いをさせようとするようになった。 以前の「かおる」はそんな母の言葉を柳に風と受け流していたのだが、そこまで要領の良くないちはやの場合は、なんやかんやで結局手伝わされるケースが多かった。 しかし、災い転じて福と言うべきか。 「それでね、ボウルはよく洗ってから、乾いたふきんでよく拭いておくの」 「なんでー?」 「余分な油分や水分があると、ちゃんと固まったメレンゲにならないからね」 「へぇ〜」 「それで、卵白を泡立てるときは、泡立て器だけを動かすのじゃなくて、空いている手でボールも動かしてみてね。空気を含ませるの」 「こ、こう、かな、お母さん?」 「ええ、そんな感じ。上手よ、ちはやちゃん。ここまで来たら、まずはお砂糖を半分入れて、さらに泡だててみて」 「はーい」 「そうそう、いい感じ。そこまできたら残りの砂糖と、レモン汁も入れて、さらに混ぜ合わせて……」 「んしょ、んしょ……」 「はい、そこまで!うん、上出来よ。ほら、ちはやちゃん」 母親が指先でひとすくいしたメレンゲをちはやの前に差し出す。「彼女」は躊躇いなくそれを口にした。 「あ、美味し」 シンプルながらまろやかな甘みとほのかなレモンの酸味のおかげで優しい味がした。 「ふふふ、このままでも十分食べられるけど、せっかくだからオープンで焼いてクッキーにしましょ。搾り袋に入れて、オーブンの天板にちょこっとずつ並べてみて……そうそう。あとはこれをオーブンで焼けば完成よ」 「わーい、早く焼けないかなぁ(ワクワク!)」 本来の千剣破は「貴方作る人、僕食べる人」を地でいくグータラだったが、母親に褒められおだてられつつ励む内に、「ちはや」としては少なくともお菓子作りに関してはそれなりの興味を示すようになったようだ。 逆に父親の方は、以前にも増して娘に甘くなった。「ちはやもレディ予備軍として、おしゃれにも気を使わないといけないだろうから」と、いきなりお小遣いを3000円アップしてくれたくらいだ。 「──だからって、そのアップ分をおやつにして食べちゃうのはナシだぞ?」 「ぶぅ〜、お父さんヒドい!ぼく、そんなことしないもん!!」 おやつは自家製で賄うようになったので、まぁ確かに買い食いはしてないワケだが。 一方、バレー部幽霊部員で半帰宅部のため、「妹」に比べて劇的な変化には乏しかった馨のスクールライフも、とある破天荒な先輩との出会いから新たな色彩が加わろうとしていた。 「"バードマン研究所"?なんです、ソレ?」 「HAHAHA!武内くん、キミは鳥人間コンテストというのを聞いたことはないかい?」 「えぇーっと、確か某テレビが主催している人力飛行機の大会でしたっけ。 ──ああ、なるほど、だから「バードマン」なのか。察するに人力飛行機を作ろうとしている同好会ってトコですか?」 「うむッ!察しが良くて助かる」 「はぁ、それで日輪先輩……でしたか。その同好会の方が僕に何か?」 「無論、スカウッツだ!武内くん、キミはまさに我が研究所が求める理想の人材なのだよ」 最初はふんふんと聞き流していた馨だが、人力飛行機の操縦者としては「小柄で軽量だが、運動能力はべら棒に高い人間が最適」と説明され、熱心に勧誘されるにつれて、少しずつ心を動かされる。 バードマン研究所(バー研)は、さながら某春風高校の如くフリーダムな部活の多い都蘭栖高校においても、トップクラスに変人の集うサークルであったが、それは同時に「退屈とは無縁な毎日」をも意味する。 気がつけば馨は、意外にメカ好きな友成やフリーダムさなら負けていない龍司ら悪友とともに、いつの間にか放課後、バー研に顔を出すようになっていた。 「──当分は、助っ人ってことで、お手伝いさせていただきます」 さすがに、本来この場にいるべき妹(正しくは兄)の千剣破の意志を無視して入部したりはしなかったものの、どうやら馨もまた「高校生らしい(?)青春」に邁進するようになったようだ。 *** さて、そんな幾つかの変化が発生しつつも、表面的にはしごく平穏に「兄妹」ふたりの日常は流れている。 翌週の月曜にはちはやの生理も終わり復調していたが、残念ながら雨のため、体育はプールではなく体育館で行われた。 跳び箱やマット、平均台といった器械体操の基礎だが、柔軟性と敏捷性、そして体のバネに優れたちはやは大活躍。クラスの女子の憧憬と、男子の約半数の羨望と興味を集める(ちなみに、残り半分は素直に認められない意地っ張り達だ)。 6-Bにおける「武内ちはや」の株は、もはやストップ高だ。 水曜日のプールの授業で、無事に25メートル泳ぎきったことで、ナミからの「課題」もクリアーできた。 もっとも、先週から延期されたククルの家での「撮影会」が土曜にあるうえ、翌週月曜からトラ高の期末試験があるため、結局ふたりが元の立場に戻るのは、桜庭小が夏休みに入る7月下旬まで持ち越されることとなった。 「はぁ……やっぱり。こうなるんじゃないかと思ったんだよね」 水曜日の夜、ちはやから「課題達成」の報告と一緒に撮影会の件も聞かされた馨は、あきらめたような呆れたような溜め息をつく。 「うぅ……ごめんなさい、馨兄さん」 縮こまるちはや。 客観的に見れば、初潮を迎えたこと自体には「彼女」に非はない。 そもそも、いくら「立場交換」したからと言って、(他人から見える姿はともかく)身体そのものは元のまま、れっきとした男のコなのだ。それなのに、まさかその状態で月経が始まるとは、術をかけたナミにとっても想定外だったのだから。 しかし、ククルの家でククルママの押しに負けて撮影会に同意した件は、完全にちはやの責任だろう。 無論、初対面の大人の女性の強引な勧誘を断りきれないのは無理もないとも言えるかもしれないが、その反面、「可愛い格好してモデルをすること」に対して、ちはやがまるで興味がなかったと言えば嘘になる。その分、拒絶の言葉に真剣味が足りなかったのも事実だ。 よりによって学生にとって一番憂鬱な行事である定期試験を、「兄(本来は妹)」に押し付けてしまったことに、ちはやは強い罪悪感を覚えていた。 「まぁ、いいさ。僕としても、自分の今の学力がどれほどのものか知りたい気持ちはあるからね」 その結果自体では、今後の身の振り方も考えないといけないし……という言葉は、馨はあえて口にしなかった。 『話はまとまったかえ?』 「あ」「ナミちゃん」 兄妹の会話が一段落したと見て、小さな守り神様も姿を見せる。 『まずは、チハヤ、我の課した課題を達成したことは褒めてつかわそう。これで汝らが元の立場に戻るための条件は満たされたことになる』 「えっとね、ナミちゃん。そのことなんだけど……」 『よいよい、先刻の話は聞いておった』 鷹揚に頷いたのち、ふとナミは首を傾げる。 『それにしても……チハヤよ。汝が本来は「兄」であることは、きちんと自覚しておるのか?』 この三者が顔を合わせれば、本来の立場の自覚が促されるよう、以前条件付けしたはず(だからこそ、ナミはあれからちはやの前に現れなかった)だが、「彼女」の様子は「普段」と変わりなく見える。 「へ?あ、うん。そりゃ、もちろんわかってるよ。さっきも元に戻る時期の事、馨兄さんと相談してたんだから」 ちはやの答えは理にかなっているようで、どこかズレていた。 (我は、知識ではなく「意識」の問題として問うたのじゃが……まぁ、よい) ココで下手なことを指摘して狼狽させても、せっかくうまくいっている日常を壊すだけだろう……と、ナミはあえて指摘しなかった。 あとになって考えると、その判断がその後の流れを確定させたのだが……「神」とは言え、しょせんは一家系の守り神でしかない須久那御守にその事を予見しろというのは無茶かもしれない。 いや、あるいは「そう」することこそが、この「兄妹」の幸せに繋がると、守護者としての本能で予感していたのかもしれないが。 *** 「ウフフ〜、ようやく、ちはやちゃんがモデルになることを了解してくれて、おばさん、うれしいわ♪」 アパレルメーカーのオーナーと言うより、むしろそのブランドの専属モデルと言ったほうがしっくりくるような美女(ククルの母)に、笑顔で手を握られて苦笑いするちはや。 「えーと、お手柔らかにお願いします……タハハ」 困ったように親友ふたりに視線を向けるが、ふたりともニコニコと無邪気(を装った人の悪いそう)な笑みを浮かべるばかりだった。 土曜日の午後、学校が終わると同時にククルの迎えに来たキャデラックに、ちはやと秋枝も同乗して、田川邸に来ていた。 軽くサンドイッチを摘まんだのち、ちはや達は撮影を行う部屋に案内される。 ちはやとしては「身内だけの気楽な撮影会」という話だったので、てっきりククルの母が用意した何着かの服に3人が着替えて、和気あいあいとおしゃべりしつつ、その様子を適当に写真に撮られるだけだと思っていたのだが……。 確かに、そこは田川邸の一角であり、同席しているのは「彼女」と秋枝を除けばこの屋敷に住む者・働く者ばかりだ。それは認める。 しかし……まさか自宅の地下に撮影スタジオがあって、さらに執事がプロカメラマン顔負けの撮影の腕を持ち、そのまま十分TV局のスタイリストやメイクさんが務まる技量を持つメイドさんまでいるとは思わなかったのだ! 職業柄、確かにスタジオくらいはあってもおかしくないが、それ向きの人材まで揃えているとは……おそるべし! まぁ、ここまで来たらグダグダ言ってても仕方ないので、ククルのママ──シャミー女史の指示に、ちはやは大人しく従うことにした。 「まずは、ちはやちゃんのいつものイメージに近いカッコからいきましょう」 そう言って渡されたのは、半袖の部分が分離して肩がむき出しの若草色のワンピース。スカートの部分が思い切り短いが、下にドロワーズっぽいオリーブグリーンのかぼちゃパンツを合わせているので、飛び跳ねても問題ない。 素足にシンプルなレザーのロングブーツを履き、エクステを付けて髪型をサイドポニーに仕上げているので、活発そうではあるが普段のちはやとは少し印象が異なる。 「今度は、ちょっと可愛らしい方向ね」 ピンクのノースリーブにミディ丈の萌黄色のスカートというローティーンの女の子としてはやや地味めな服装だが、その上に七分袖の白いジャケットを羽織るととたんに途端に華やいだ雰囲気になる。 足元は白タイツとオーキッシュブラウンのレディスモカシン。襟にかかる髪の裾を内巻き気味にブローして、頭には薄桃色のボンネットを被ると、どこかヨーロッパの民族衣装を着た娘さんにも見える装いに仕上がった。 「せっかく背が高いんだし、もう少しオトナっぽくしてみましょうか」 白を主体にベージュとモスグリーンを配したふんわりした長袖のワンピース。スカートの裾はくるぶし近くまであり、パッと見は「ハチクロ」のはぐちゃん風。 薄手の黒いハーフストッキングとカーキ色のローファーを履き、エクステでロングにした髪を、黄色いアイリスの花を模した髪飾りふたつでツインテールにまとめると、鏡の中から一見15歳くらいの美少女がちはやを見つめ返している。 「うんうん、イイ感じ。じゃあ、今度はちょっと小悪魔路線に変更ね」 小学生にはちょっと早過ぎると思われる黒のストラップレスのミニドレスも、ちはやの背丈と顔立ちなら、さほど無理なく着こなせるようだ。 ほとんど剥き出しの肩と背中は、真紅のハーフコートとショールで隠し、足元は、いかにもゴスロリ衣装に合いそうな黒の厚底靴。 ダークブラウンのロングウィッグを、あえて奔放に背中までなびかせたまま、額に宝玉のハマったサークレットを付け、どこから見つけてきたのか乗馬用の鞭を手にポーズをとると、さながら「魔王のひとり娘」といった趣きだ。 「いいわいいわ〜、じゃあ、せっかくだから真逆のスタイルも試さないとね」 白のフリルをふんだんにあしらったライトパープルのクラシカルなコルセット付きドレスを着せられる。スカート部はパニエのおかげでフワリと広がりつつ、裾は鈴蘭のようにややすぼまり気味のデザインに仕上げられていた。 僅かに見える足にはチェリーレッドのハイヒールを履いて、鮮やかなブロンドのカツラを三つ編みにしてからアップにし、銀のティアラを載せると、まるでお伽噺から飛び出して来たプリンセスそのものだった。 各衣装に合わせて、メイク係のメイドさんがお化粧やアクセもアレンジしてくれる点など、アイドルの写真集の撮影さながらだ。 スタジオの壁の1面がまるごとスクリーンになっていて、背景も草原風、浜辺風、古城の一室風など自在に変更できるとあっては、もはや笑うしかない。 「ふわぁ〜、ステキですわ、ちはやさん」 「ちはやちゃん、カワイイよー」 ちはやとしても、親友ふたりの称賛が嬉しくないわけではなかったが……。 「最後のコレって、むしろコスプレじゃないかなぁ?」 お姫様風ドレス姿のちはやの呟きを聞きつけたシャミーが反論する。 「あら、でも、ちはやちゃん、実際にそういうドレスを着て出掛けるパーティーもあるのよ?ねぇ、ククル」 「ええ、わたくしも、少しデザインは違いますけど、似たようなドレスは持ってますわ」 「ねぇ〜♪」と母娘が揃って頷き合う様子に、「うわ、ぶるじょあだ」とコテコテの庶民であるちはやと秋枝は苦笑いする。 もっとも、ちはや自身、鏡に映る姿を見ていると、そこにいるレディがほかならぬ自分だとはとても思えないのだが……。 ふと気づくと、シャミーの元にククルと秋枝が集まって何やら内緒話をしている。 「──おもしろそうね♪いいわ、すぐに用意してらっしゃい」 いつもニコやかなシャミーが、より一層の笑みを浮かべて娘とその友人に向かって頷きかけ、ちはやにいったん休憩を告げる。 スツールに腰掛け、メイドさんから渡された冷たいレモネネードのグラスに口をつけながら、「何だろ?」と首を傾げるちはやだったが、その疑問はすぐに氷塊した。 いったん姿を消していた秋枝とククルが戻って来たからだ──しかも、片や秋枝は田川邸の使用人服とは異なるクラシカルな深緑色のメイドさん姿、片やククルは「ベルバラ」あたりで出てきそうな華麗な剣士の衣装に着替えて。 「も、もしかして……」 チラリと視線を向けても、この場を仕切るシャミーはニッコリ微笑むばかり。 ──もちろん、ちはやが「宮廷ドラマ風アドリブ寸劇」に付き合わされたことは言うまでもない。 その後も、ロリータ色の強いピンクのネグリジェや丈が思い切り短く随所をレースで飾られたアレンジ浴衣など、何種類もの衣装を着せ替えられ、写真をしこたま撮られたのち、ようやく「第一回ちはやちゃん撮影会」はお開きとなった。 「だ、第一回って、またつぎがあるの!?」 「わたしたちとしては、あると嬉しいわ。ね、ククル、秋枝ちゃん?」 「……勘弁してください」 大きく頷く親友達を見て、orzな姿勢でガックリうなだれるちはや。 「安心して。ちはやちゃんの写真は、勝手に雑誌やwebに掲載したりしないわ。仮に載せるときも、ちゃんと事前に許可はとるから。ね?」 一般公開される恐れがないのは確かに朗報だが、それ以前の問題だ。ここで下手なコトを言うと、絶対馨に怒られるだろう。 「でも、なんだかんだ言って、ちはやちゃんも結構ノってたじゃん」 「そ、それは……」 確かに、周囲の雰囲気にアテられて、いつの間にかノリノリでポーズとったりファインダーに微笑みかけたりといった真似をしていたので、ちはやとしても強く秋枝に反論できなかった。 元の私服に戻って遅めの午後のお茶と談笑を楽しんだのち、今回の訪問はお開きとなった。 帰る間際にククルの母からふたりに「今日つきあってもらったお礼」と言うことで、駅前のホテルに併設されたレジャー施設の無料利用券を多めに貰ったので、 早速明日の日曜に3人で行ってみることにする。 「小学生だけだと心配」ということで、ククル付きメイドの睦月さんが付き添ってくれることになった。 家に帰って、ちはやは家族にそのことを告げた。両親は理解してくれたものの、「兄」の馨から「人が私試験勉強で苦しんでる時に!モゲロ!!」という視線が飛んで来たのは無理もなかろう。 結局、「夏休みに千剣破が友人達と海に行く際、かおるたちも同行させる」という条件で、何とか機嫌を直してもらった。 『ふむ。水遊びか……しかし、チハヤよ。汝に水難の相が出ておるぞ?』 「えぇ〜、ヤダなぁ。もしかしてプールでおぼれたりするの?」 せっかく泳げるようになったのにィ……と、しおれるちはや。 その様子は、まるっきり、元気印な小六の女の子そのものだ──このコ、自分が本当は16歳の男子だという自覚は残っているのだろうか? 『よし、チハヤよ。我もつきあってやろう』 「え?ナミってウチの家から離れられるの?」 『我は家そのものではなく武内家の血筋にくくられているのだ。汝やカオルの行く場所に同行するなら、なんら問題ない』 「……で、本音は?」 『たまには我も水辺でのんびり羽を伸ばしたい……って、こりゃ、何わ言わせるか、カオル!』 「ははは、ごめんごめん。でも、まぁ、ナミには色々お世話になってるし、そのくらいはいいと思うけど」 「うん、そーだよ!」 「あいにく、僕は試験勉強で同行できないから、ちぃちゃんの面倒見るのを、お願いしていいかな?」 『ふ、ふんッ!カオルがそこまでに言うなら、一緒に行ってやらぬでもない』 と、ツンデレ風味なナミの言葉で、その場はうまくまとまったのだった。 そして、翌朝早くに「誰か」に起こされたちはやは、眠い目をこすりながらベッドの上に起き上がり、起こしに来た人物を見て硬直する。 「もしかして……な、ナミぃ!?」 「うむ、言うまでもなかろう」 いや、ちゃんと答えてほしかった。なぜなら、目の前のいる今のナミは、ちはやより心持ち背が高く、18歳前後のごく普通の少女に見える姿をしていたからだ。 「ナミって人間の姿にもなれたんだ……」 「この程度、お茶の子さいさいよ。姿を隠して見守ることも考えたが、それではとっさの対処に遅れる可能性があるからの」 「え、でもお父さん達は……」 「案ずるな。認識を歪めて、我は「夏休みだからこの家に遊びに来ている親戚の娘」ということにしてある。コレで堂々と付き添いができるであろう?」 その後のナミの対応は鮮やかなものだった。 武内家の両親とごく自然に会話をこなすのはもちろん、リムジンで迎えに来た田川家の使用人たちにも礼儀正しく「ちはやの年上のイトコ・御久那美果」として対応し、信用を得る。とくに、ククルからは「美果お姉さま」と懐かれたようだ。 秋枝はすでにクルマに乗っていたので、リムジンは一路ホテルへと向かった。 ホテル・バビロンの、プールを中心とするレジャー施設は、おおむね満足のいくものであったと言ってもよいだろう。 プール自体が広く新しいうえ、高級ホテルに属する場所だけあって人の数はさほど多くなく、また周囲にはデッキチェアなどの休息場所も多めに設けられている。 「まぁ、ちはやさん、大人っぽいですね〜」 「いやいや、ぼくなんか全然。ククルちゃんこそセクシーだよ」 ちはやはヘソ出しキャミソール風のトップとデニムのホットパンツ風ボトムを組み合わせたタンキニ、ククルの方は、かなり布面積を冒険した紫色のビキニだ。 「ぼくは全然胸ないからビキニは無理なんだよね。羨ましいなぁ」 そう言って、ククルの12歳とは思えぬ豊かな胸の膨らみに羨望の視線を向けるちはやからは、もはや自分が本当は男であるという自覚はカケラも見られない──いろいろと手遅れかも。 「ゴメーン、遅くなったぁ」 やや遅れて更衣室から出て来た秋枝を見たふたりは異口同音に呟く。 「「あら、かわいい」」 秋枝の水着は、ピンクの地に白の水玉の入ったワンピース(スカート付き)という子どもっぽい……もとい、誠に小学生らしい可愛らしい代物だった。 「あたしがフツーなの!12歳なのにモデル体型とか、ぷち巨乳とかの方が、規格外なんだから〜!」 プリプリ怒りながら地の文にツッコむ秋枝を、まぁまぁとふたりがなだめる。 シンプルな黒のワンピース水着の睦月はともかく、ナミ……じゃなくて美果が、場違いな格好(海女さん姿とか潜水服とか)で来ないか密かに心配していたちはやだが、ごく普通の白のビキニ(パレオ付き)だったため、ひと安心。 (心配するな。伊達に毎日神棚からてれびは見ておらん!) 小声で囁く美果(ナミ)に、それもそうかと、ちはやも納得する──が、神様がそんなに俗っぽくていいのだろうか? 3人娘たちは、水のかけっこをしたり、無事泳げるようになったちはやの腕前を見るべく25メートル競泳したり、浮輪やエアマットで水に浮かんでのんびりしたりと、夏の休日を思い切り堪能した。 ナミが言及していた「水難」も、「更衣室に向かう途中で、プールサイドを通る時に起きた地震で足を滑らせてプールに落ちる」という、笑い話レベルで済んだ。 当然びしょびしょになったが、足がつって溺れたりケガしたりすることを思えば安い代償だ。 午後3時過ぎ。着替えてリムジンに乗……ろうとしたところで、不意に美果の顔が青ざめ、小声でちはやに囁きかける。 (すまぬ。どうやら、我はしくじったらしい) 「え?」と聞き返す前に、美果は「買う物があるから」と駅前商店街へと消えて行った。 狐につままれたような思いのまま、それでもリムジンで自宅まで送ってもらったちはやだったが、家の前に赤いクルマ──消防車が止まっていることにギョッとする。 慌てて家に掛け込むちはや。 家にいた両親の説明によれば、どうやら小さなボヤが起こったらしい。幸い発見が早かったため、すぐに消し止められたのでたいした被害はなかったのだが……。 「エッ、神棚が?」 「そうなのよ。どうも買い物に行く前、ロウソクを消し忘れていたのが出火の原因みたいで……」 SS一覧に戻る メインページに戻る |