シチュエーション
![]() 干した服に手を触れて見ると、すっかりとまではいかなくとも、驚くほど乾いている。 千夏と里美は身体を陰干しした後に、有希のハンカチを借りて身体を拭い(下着は濡れたままにするより他の仕方なかった)、服を着た。 やはりきちんと衣類を身につけているという安堵感はあったが、同時にわずかだが閉塞感のようなものも感じられた。 大して布の多い服でもないというのに。 「なー、ウチ全部濡れちゃったんだけど」 全身から水を滴らせてあずさが呟く。 「乾くまで待ってて……とか」 「無理」 ホットパンツを絞りながら、有希が一蹴する。(ショーツは上と同じ水玉だった) 「裸で帰ればいいよ。ホラ、来る時そう言ってたじゃない」 「えー殺生だし」 正午をまわる頃、四人は参道を戻っていた。 「楽しっけの」 「でも疲れちゃった」 「そんなんじゃ駄目だよ、明日は無い気力振り絞らないといけないんだから」 そんな会話をしながら四人が帰路を辿り、ちょうど緒志摩神社の側まで来た時だった。 「ね、なんか聞こえない?」 「何かって何」 「……これヒナの声でねぇか?」 千夏もよくよく耳を澄まして聞いてみると、確かにそれは先ほど聞いた樋菜子の声に間違いないようだった。 (同時に、ほんの少ししか聞いたことの無いはずの彼女の声をあっさり聴き分けられたことに少し驚いた) しかし、その声質は先ほどとはうって変わって、か細く、頼りなさ気な調子だった。 そして、樋菜子の声を遮るように別の声が響く。これはこちらにもはっきりと聞こえた。 自分達と同年代の男の声だ。 「あれって――」 「シッ!」 誰の声、と聞こうとした千夏を有希が遮る。直後に少年は捨て台詞を吐き、神社を飛び出していった。 階段の脇に隠れていた四人が顔を出すと、彼の走っていく後姿が見えた。 「あれって……野球のユニフォーム?」 「ああ、やっぱりか」 有希が額に手をやった。千夏以外の三人は分かっている様子で、あずさと里美は少年の姿が見えなくなると すぐに樋菜子のもとへと駆け出した。千夏がそれに続くべきか迷っていると、有希がそれを引き止めた。 「今行ったら、多分居心地悪くなると思うし。やめとけ」 「……ね、さっきの男の子って」 「彼氏。ヒナの」 「ヒナ!」 「樋菜子ちゃん!」 「あ……」 向かってくるあずさと里美を見て、樋菜子がバツの悪そうな顔をする。 「あれ俊也だよな……」 「……うん」 「もしかして、ケンカとかしちゃった?」 「ケンカっていうか……」 樋菜子は視線を落し、何か思案している様子だった。 「大丈夫?」 「う、ん……ちょっとね。でも大したことじゃないから」 「それは絶対「大したことじゃない」って顔じゃねえけど」 「……」 「なぁヒナ……!」 あずさが樋菜子に詰め寄ろうとし、里美が制止する。 「あずさちゃん」 「けんど!ヒナがそんな顔してるのに、ウチ黙ってられねぇよ」 視線を逸らしていても無視できないような視線をあずさが送り、 里美も控えめながらに、「頼ってほしい」という顔をする。 とうとう樋菜子が「わかった、わかった」という素振りで、出来るだけ軽い調子を装いながら 話始めた。 「俊也、私に裸参り出るの止めろって言ってきたの。 でも、今さら止めるなんて言えないし。だから無理って言ったの。それだけ」 「それだけって……」 「だからそんな深刻にならなくっても――」 「バカ!そんなの軽く流せるわけねぇだろが!」 「そうだよ!それじゃ樋菜子ちゃんと俊也君、終わっちゃうかもしれないじゃない!」 「そんな簡単に終わったりなんか……それに、私が出ないわけにいかないの分かってるでしょ?」 「ねぇ有希ちゃん。どうして樋菜子ちゃん、あんなにムキになってるの?」 「ヒナは祭事を取り行う神社の神主の子だからね。出ないわけにはって感じ。 それに、去年は体調崩しちゃって出られなかったから……あの時、オイ達にすごく申し訳なさそうな顔してたもん」 「そうなんだ……」 樋菜子は問題無い、あいつのことは気にしなくて良いの一点張りでどうにか凌ごうとしたが、あずさと里美は引き下がらない。 「ヒナだって俊也以外の人に見られたくないだろ?」 「……」 「ね?だったら無理してでなくってもいいじゃない。中止になったらなったで、まぁ、助かるし」 「んだよ、恥ずかしいさげ……」 嘘。言ってたじゃない、皆勤賞になるって。 三人の様子を窺っているうちに、千夏はなぜかどうにもやりきれないような気持になってきていた。 嫌な気持ちだ。ちょうど、授業で答えが分かっているはずなのに、あと一歩確信が持てずに手をあげられないような じれったい感じ。 「……やっぱりいいわ。私のせいで中止になんかできない。お父さんも困るだろうし、俊也だってきっと分かってくれると思うし……」 「ダメだよ」 千夏が発した一言で皆の視線が一気に集中したが、構わなかった。 このまま黙って見過ごす方が確実に後悔すると思ったからだった。 階段をのぼって、三人の傍までズンズンと歩いていく。 「樋菜子ちゃん、私よくわかんないけど、でも樋菜子ちゃんは出ちゃダメだって思う。 私が樋菜子ちゃんと同じ立場だったら、好きな人以外の男の人にハダカ見られるなんて死んでもイヤ。 それに、彼氏だって我慢できないだろうし」 そう言ってしっかりと樋菜子の瞳を見据える。 最初に見た時の大人びた雰囲気は消え失せ、なんとかしてその場をしのごうと焦っている少女の内心が、 はっきりと感じられた。 「ね、無理しなくたっていいよ」 「……でも、私が出ないと中止に……」 樋菜子が何より気にしているのはその点のようだった。 あくまで恋愛より全体を優先して考えようとするあたりに、精神的な年長者の片鱗がいくらかうかがえる。 「なら樋菜子ちゃんの代わりに出る人がいればいいんだよね」 「だけんど、今年はもう出てくれそうな子はいねぇと思うんだ」 あずさが口を挟む。千夏は一瞬考えると、後ろから付いてきた有希の方を振り返った。 「六人いればいいんだよね」 「うん」 「村の人じゃなくてもいいんだよね」 「う、ん……?」 どういうことか考えた皆が、度肝を抜かれたような顔つきになると同時に、千夏はハッキリと言った。 「私が樋菜子ちゃんの代わりに裸参りに出る」 遊び疲れていたため気分は夕方にでもなったようだったが、時計は正午になったくらいだった。 おかげで村の人に事情を話す時間は十分に取ることが出来た。 千夏が顔を出すと、村長も役員の人もずいぶんおおげさに彼女を歓迎した。 千夏が裸参りの事を切り出すと、樋菜子ちゃんから話は聞いているから、の一言で終わってしまい、 後は「他所様なのに、すまねぇなぁ」と何度も謝罪を受けてそのまま帰された。 樋菜子と話したときはどんな様子だったのだろう、と千夏は考える。 樋菜子に対して千夏は、役場へ一緒に行こうと言ったが、それでは周りからの視線が痛いから勘弁して、 と一人で先に行ってしまったのだった。 役員の人達の済まなそうな顔を思い浮かべると、樋菜子がどんなことを言われたかはおおよそ想像がつく。 いくら千夏の方から言い出したとはいえ、形としては樋菜子が千夏に厄介事を押し付けるような具合になってしまっているのだ。 「やっぱ落ち込んでるかな、樋菜子ちゃん」 そう考えてはみたものの、あのまま樋菜子が裸参りに参加していれば、今以上に面白くない結果となるのは明らかだろう。 少なくともそうなるよりはマシな選択をした、と思い込むことにした。 そう思わなければ明日は乗り切れないだろう、とも思った。 夜、民宿の風呂に入ろうと服を脱いでしまって、ふと気付いた。 (明日は、この格好で人前に出るんだ……) 脱衣所にある鏡へ、千夏は吸い寄せられるようにフラフラと近づいていった。 首の上から眺めるのでは、どうにもイメージが湧かなかった。 鏡の中に現れる何も着ていない同性の身体。その身体が自分の顔をしているのを見ると、何とも言えない気持ちになる。 千夏の身体は、同性代の平均からしても、かなり細かった。 華奢ではあるが、貧相ではない。いつだったか友人から「マッチ棒みたいな足」と評されたが、 それが褒められているのか貶されているのかは杳として知れなかった。 もっと細かな部分に目をやってみる。その時には、より人目を惹くだろう部分。 (胸……無い) 手で触れて見ても、少しばかりの膨らみがあるばかり。 足やお腹に脂肪がつかないのは助かるが、どうして必要な場所にまでついてくれないのか。 (男の人は、どんな風に思うんだろう……やっぱり、馬鹿にされちゃう、かな……) どうなるか分かっているくせに、そのまま飛び跳ねてみる。 鏡に映った虚しい結果といい、そうやって試みた女の無様さといい、自分が嫌になった。 胸のことを忘れようとして、今度は後姿を映して見る。 長い髪がフワリと舞って白い背中に収まると、自分でも思ってもみなかったような色香を感じ、心臓が跳びはねた。 そのまま視線を降ろしていくと、可愛らしいお尻に辿りつく。 他の部位同様、無駄な脂肪の無いヒップはキュっと引き締まっており、 愛らしい印象の反面、胴体から続く女のラインをしっかりと魅せていた。 思わず、少しだけ足をクロスさせ、ポーズのようなものをとってみる。 直後に恥ずかしくなって、慌ててそのまま風呂へと駆け込んだ。 最も肝心な部分が気がかりだったが、そこを見られる様子を想像すると悶絶してしまいそうだったので、 千夏は出来るだけそこを意識しないようにして、風呂に入った。 夜中の十二時半過ぎ。扉を叩く音がして、有希は布団から這い出る。 眠ってはいなかった。 「来ると思った」 「うん……」 有希は布団の上に座り、向かい側をポンポンと叩いて千夏にも腰を下ろすよう促した。 言うとおりにぺたんと座ると、当然有希と真正面から向き合う形になる。 どうにも顔をあわせ辛く、視線が泳いでしまう。 有希はそれをどうということなく、適当に千夏の方を見ながらボソリと言った。 「やっぱり、出る気?」 「うん」 視線は泳いだままだったが、返事だけはしっかりとする。 「お父さん、反対したでしょ?」 「まぁ、そりゃあね……」 父は結局、その筋の者としての自身を裏切れなかった。 聞いてすぐは、部外者としての立場や年頃の女としての慎みといった点から どうにか娘を思いとどまらせようとしたが、長年伝統文化の保存を主張してきた人間が そんな一瞬で変われるわけもなかったのだ。 お父さんだって、ここまで来て見れませんでした、じゃあ困るでしょ? と言われた父は、苦虫をかみつぶしたような顔で頷くより他に無かった。 「良識ある親で良かったよ。あっさり許しちゃうようじゃ問題アリだし」 「……そうまでして出たいの……?」 有希の視線が次第にしっかりと千夏の目を見始めた。 「……ハダカ、に……なるんだよ……?」 「……うん」 「外で……全部脱いで……パンツも脱がなきゃいけないんだよ……?」 「……うん」 「男の人も来るんだよ……みんな見られちゃうんだよ……?」 「有希ちゃん。それは有希ちゃんだって同じでしょ」 静かに言い返すと有希は少しのあいだ黙って、そして続けた。 「昨日も言ったけど、オイたちは小さい頃からまわりがやってるところを見てきたし、 女の子は裸参りをするものだって、それが普通ってなかで暮らしてるから構わないんだけど…… そういうなかに千夏ちゃん一人放り込まれて、すごく心配っていうか……」 「じゃあ、あのまま樋菜子ちゃんが出た方が良かったって思う?」 有希は瞳を閉じ、眉間に皺を寄せたが、すぐに頭を振った。 「ダメ。やっぱりヒナは出させられない」 「でしょ?私だってそう思ったくらいだもん。少なくとも樋菜子ちゃんが出て、 彼との仲終わりにするくらいだったら、私がやるよ。そっちのほうが、まだ後味は悪くなさそうだし」 「比較の話?」 千夏としても、裸になるということを全面的に受け入れられたわけではない。 それでもこう言いきれたのは、樋菜子と相手との「恋愛」という概念だけが 千夏にも素直に受け入れられるものだったからだ。だからこそ、守ってあげたい。 「ごめんね……やっぱりまだ、納得みたいにはいかないっていうか……」 「ううん、それが普通だって。だからこそオイも周りも無理スンナって言ってるわけだし」 「でも……もう決めたことだし。うん。私はやるよ。 「樋菜子ちゃんと彼氏のために、この千夏様が一肌脱いであげるのじゃ」 「一肌っていうか、全部だけどね」 有希がそう返すと二人はお互いの顔を見合わせて吹き出し、それから場の雰囲気も幾分和やかになった。 「ね、初めて出た時ってどんな気持ちだったの?不安だった?」 千夏の質問に、有希は傍のぬいぐるみを抱きよせながら、んーと考える。 「不安、ではあったなぁ、やっぱり。でも、そんげではなかったかも」 「だったら、どう思ってたの?」 「……期待、してたかも。けっこう」 「それって……どんな……?」 若干引いたような顔の千夏を見ると、有希は若干ニヤニヤして続けた。 「千夏ちゃん。昨日、オイこの祭りのこと『嫌ではない』って言ったけんど、ホント言うとオイ、この祭りけっこう好きなんだ」 「な、なんで……?」 「……女の子のハダカ見れるから」 その一言に千夏が思い切り青ざめたのを見ると、有希は布団に転がって腹から笑い転げた。 「ヤッダー、どんな意味だと思ってんだべ」 「意味って……じゃ、じゃあどうだっていうのっ!」 からかわれたことに気付いた千夏が怒ると、有希はそれほど悪びれた様子は無く続けた。 「オイが初めて裸参りを見た時――見た時ね。確か小四だったと思うんだけど――に、オイによくしてくれた近所のお姉ちゃんが出てたんだ。 オイはおばあちゃん――二年前に死んじゃった――に連れられて、緒志摩池のほうで待ってて。それでしばらくして、なんか誰かが大きな声だしてるなって思ったら 周りも騒がしくなって、おばあちゃんが「ホラ来たよ」って指差したほうから来たんだ。スッポンポンのお姉ちゃんたちが。 「もう、なんていうか、衝撃?もちろんやってることは知ってたけんど、見ると聞くじゃ全然ちげくって。 普段はセーラー服着てすましてるお姉ちゃん達が、ホントに、おっぱいもチンチンも見えちゃってて…… すごくエッチだって恥ずかしぐなって、それから裸の人がみんなギャ−ギャ−騒ぎながら走るからウルセって思って…… 「けんど、禊をして柏手を打つ時にフッと静かになって…… 「それが終わって池からあがってくるお姉ちゃんを見た時、胸が、こう、ドキッてして、それからムズムズして、思ったの。 『すごくキレイ』って。 「スッポンポンのフルチンで、大切なところみんな見せちゃってるのに、ただ無性に「キレイだな」って。 そのお姉ちゃんだけじゃねぐって、普段あんまり可愛いって思わない人まで、なんかキラキラしてる感じがしたの。 「それを見てから、禊の時以外も違って見えて……顔真っ赤にして頑張ってるところとか、恥ずかしがってチンチン隠してる姿とか、 名前呼ばれてわざとはしゃいでみせたりとか……みんな魅かれる、可愛いっていっちゃっていいがの? とにかく、全部が受け入れてもいいように思えたの。『こんな風に見てもらえるなら、ハダカになってもいいって』、けっこう本気で」 ヌード写真を見てもいやらしいと思わない感覚ならば、千夏としても分からなくはない。 けれども、話に聞く裸参りの状況で、それも裸になる側としてそんな気持ちでいられるとは正直考えにくかった。 「それで、出た時は……最初に社務所から出るまでが一番緊張して――ホラ、注射とか刺される痛さより前の不安とか緊張の方が大きいっちゃや?―― で、先輩にくっついて飛び出して……最初は、うわーやっちゃったーって感じで、でも意外と頭は冷えてて、だから自分がどんな状況になってるのか 見えてくると、もうとにかく恥ずかしくて。胸とチンチン隠しながら、こう、縮こまって」 実演してみせる有希の姿は少々滑稽だったが、明日には自分が似たような具合になっていると考えるとどうにも笑えない。 「けんど、しばらくするとこれが意外と慣れてくるんだべ。少なくとも一人じゃねえし、 真っ暗な中で走ってるからそんなにじっくりと見られてるわけでもないし……それに、隠しながらだと動き辛いからの」 「そんな簡単にいくものかな?」 「ま、オイは比較的あっさりいったほうだったとは思うかの……そんで、池について、禊をして…… そうなると、なんかこう心も体も引き締まって……お風呂とは違うけど、綺麗になった気がするんだべ。 周りを見ると、さっきまで一緒に騒いでたみんなもなんか違って見えて。初めてお姉ちゃん方を見たときとは違かったけど、 それでもやっぱりいつも見てるみんなじゃないっていうか。オイも今、そういう風に見えてるのかなって思ったら、 なんか誇らしいっていうか。いやらしい意味でねぐ、もっと見てもらいたい、って思った…… 「なんかゴメンな。上手く言えねぐって」 「ううん、全然いいよ。今のうちに、ちょっとでもイメージ掴んでおきたいし」 千夏がそう言うと、有希は「イメージなぁ」と首をひねる。 「想像してってのはあんまり意味無いかもしれねぇな、千夏ちゃんは特に。オイも、去年やるまで何べんも想像してみたけんど、 結局、本当にハダカさなってみた時の感覚なんて分かんねっけもん」 そう言いながら、有希は立ち上がると、昨晩と同様本棚から裸参りの写真を取り出して見せた。 一度は見たものだが、それでも改めて見ればドキッとするし、自分もこんな風に見られるのかと思うと、どうにかなってしまいそうだった。 「オイが初めて見たのは小四の時……つまりこん時なんだべ」 「あ、そういえばそうだね」 「ホレ、写真だけ見っても、別にオイが言ったみたいなキレイさとか伝わんねぇべ?」 確かに、写っている少女達は相変わらず楽しげに見えるが、有希の言ったようなキレイさというものは感じられなかった。 「その、さっき言ってたお姉ちゃんって、写ってる?」 「いんや、これには写ってねぇんだ。でも、その方が良かったと思うよ。写真で見ると興ざめかもしんねし。それに、あれは忘れられないと思うし……」 それからしばらくして、千夏は客室に戻ったが、頭の中は裸参りのことでいっぱいだった。 しかし、裸参りのことといっても、千夏がより意識していたのは、自分が裸にならねばならないことよりも、有希の言っていた「お姉ちゃん」のことだった。 進んで裸参りに出たい、だなんて有希に思わせるほど、その人は綺麗だったのだろうか。そんな姿をなんども考えていると、だんだんその裸の女性が自分に見えてきて 千夏は布団の中で何度も悶絶しながら、とうとう次の日を迎えた。 朝からあまり人と会う気がしなかったので、食事を自分の部屋でとれるのはありがたかった。 目が覚めてから――いちおう睡眠はとれた――ずっと気が落ち着かなかったし、落ち着かないどころか妙な興奮すら覚えてしまいそうだった。 良質な朝食を終えて満腹になると、少しは気分も落ち着いたが、何をすればいいのか見当もつかなかったので、部屋でぼうっとしていると、「スイマセーン」と 襖の向こうから声がし、女将が顔を出した。 「飯島さん、裸参りに出るってことですけど……」 「え?は、はい」 「じゃあ、下の方の処理とか大丈夫ですか?自分で出来ます?」 意図が分からずキョトンとすると、女将は「あの娘っ」と言って部屋を後にし、二、三何か怒鳴って有希を引っぱってきた。 「ちゃんと飯島さんさ、伝えとかねばダメだろがっ」 「ごめんなさい……」 「?有希ちゃん、何」 「あのね、裸参りに出る子は……剃るの。下の毛」 聞いてすぐに感じたことは“なんで”だった。 ただでさえ人前で全裸を晒さねばならないのに、どうしてそんなことまでしなくてはならないのか。 裸になることや、その格好で人前に出なくてはいけないことは知った上での参加だったので それなりに覚悟は出来ていたが、今さら伝えられた新しい事実へは打たれ弱かった。 「何それ、私聞いてないよ」 「ごめん、言い忘れてたの……」 「……なんで、剃らなきゃいけないの……?」 「えっと、確か前に聞いたんだけど……お母さん、分かる?」 うーん、と首を捻る女将を見て、千夏は少なからず苛立った。 仮にも人に恥ずかしい所業を求めるというのに、そんな適当なことでいいのか。 「それって、絶対に剃らなきゃいけないの?」 「いんや、絶対ってわけでもないみたいなんだけど……でも、出る子はみんな剃ってるし」 「そうそう。生やしたまんまだと、たぶん目立ってしまいますよ?」 目立つ、の一言で千夏の心はなお混乱した。 剃毛という行為を受け、無毛の股間を露わにするか。 それとも、素のままの状態で周囲の注目を惹くか…… 「……分かりました。剃ります」 「うん、その方がいいよ」 「でも、私自分で剃ったこと無いんだけど」 「それなら私がやりますよ。ウチの子のもこれから剃るところでしたし」 千夏自身気は進まなかったが、慣れない手で自身の最も敏感な部分に剃刀を当てるよりは 経験者にやってもらうほうがいいだろうと諦めた。 先に有希が済ませることになり、親子は風呂場へ向かい、再び千夏は部屋に一人残された。 (これから女将さんの前で足を開いて、アソコの毛を剃られるんだ) 実際に今剃毛を受けている有希の姿を想像すると、恥ずかしいというか、なんとも言い難い後ろめたさのようなものがあった。 有希と女将さんは親子なのだ。もしこれから千夏に剃毛を施すのが母親だとしたらどんな気持ちだろう。 そのうちに千夏の意識は剃毛という行為そのものに移っていく。 湧き毛やすね毛の脱毛は経験があるが、陰毛の手入れを行ったことは一度もない。 以前にすね毛を剃った時は数日後にどうしようもないほどの痒みが襲ってきて非常に難儀だった。 あの痒みを性器に受けると思うと、全身が重くなったように感じた。 気を紛らわそうとテレビを付けても集中できず、少ないチャンネルを何周もしたのち、高校野球の中継を流したままぼうっと横になった。 そうしておよそ二十分ほどの後、有希が再び顔出す。千夏の番だ。 昨日、一昨日と入った脱衣所に足を踏み入れると、風呂場の磨りガラスの扉の向こうに女将の姿が透けて見える。 空間的に区切られているとはいえ、これほど近くで服を脱ぐのはどうにも気恥ずかしいものがあった。 自分の姿も向こうから見えていることは明らかなので、見えない視線が――女将が何も言ってこないぶん、尚更――気になってしまう。 そうはいっても黙っているわけにはいかないので、ゴソゴソと服を脱ぎだすが、衣ずれの音が狭い空間に響きで意識は高まっていく。 この程度で参っているようではこれからのことなど到底こなせないでしょう、などと自分に言い聞かせて服を脱いでいく。 下着姿になったところで順番的にブラジャーのホックに手をかけたが、そこではたと気づいた。 (ブラまで脱ぐ必要って……ないのかな) 確かに風呂に入るわけではないし、あくまで剃るのは下の毛だけであるとすれば上半身まで裸になる必要はない。 今晩には全裸で人前に出なくてはいけないとはいえ、自分から進んで披露する気にはなれず、千夏は、ブラをつけたままパンツを脱いだ。 その格好を鏡に映して見ると、なんだか滑稽な、それでいて妙にいやらしい感じがした。女として肝心な部分は晒しているというのに胸は覆われたまま。 目にすることで体感も強く意識してしまう。上に僅かではあれ安心感がある分、余計に下半身の心細さを感じる。 今からでも剃毛を止めてもらおうかと一瞬考えたが、理性を総動員してその考えを打ち消す。 話を聞く限りでは、剃ってもらった方が良いには違いないはずだ。有希も女将さんも決して千夏に恥をかかせようなどと思っているわけではあるまいに。 そう考えなおし、千夏は右手で股間を押さえながら反対の手で扉を開けた。 ガラガラと風呂場特有の音が響く。 「いいですか、飯島さん?じゃ、どうぞ」 千夏がいるのを分かっていただろう女将は、お待ちしておりましたという具合で微笑み、手で床を示した。 床にはブルーシートが敷かれており、尻を直接タイルに付けなくて済むようになっていた。 千夏は女将の暖かな視線がどうにも恥ずかしく、急いで扉を閉めるとすぐに左手を股間の上の右手に重ねる。 そうすると、右手に絡みついてくる陰毛が意識された。部屋を出る頃には、もうこれは無いのだ。 その時、泳いでいた視線が、ふと隅のほうに置かれた風呂場用のゴミ箱に止まった。 そこには何枚かの濡れて泡のついたティッシュがあり、その泡の中に黒くてちぢれたものが包まれている。 (有希ちゃんの……だ) 千夏にはそれが異様に生々しく、上手くは説明できないがどこか突き放されたように感じるものがあった。 「さ、ここに座って」 女将がシートを示すので、慌てて千夏はシートの上へ体育座りに座った。手は両方とも前を覆ったままだ。 シートについていた水は冷たかったが、シート自体は生温かい。ここに有希ちゃんがお尻をつけていたんだ、などと思うと妙な気持がしたので 余計なことを考えないようにする。 「じゃあ、恥ずかしいかもしれませんけど、剃りますね」 蚊の泣くような声ではいと答え、主に首で返事をすると、女将は千夏に仰向けに寝転がるよう指示した。 言われた通りしながら、千夏は股間を覆う手を下の方へと持っていく。 (この格好じゃ、中まで見えちゃう………) 有希の体温の跡を背中でも感じながら、千夏は寝転ぶ。手は股間を覆ったまま、足はしっかりと閉じている。 女将が気を使って声をかけてきた。 「大丈夫ですよ、女同士ですし……」 そう言いながら女将の手が脛を掴み、身体が思わずビクッとする。 「ごめんなさいね。でも、これだと剃れませんから。ね」 生温かい女将の手は、決して強引に千夏の股を割ったりはしなかったが、確かな力が込められており、 放してくれそうにないことは明らかだった。無言のまま頷いて足の力を抜くと、女将は「じゃあ、失礼しますね」と 声をかけながら、千夏の足を左右に開いていった。彼女の秘所はまだ両手に覆われていたため、いきなり覗きこまれるということは無かったが それでも他人の面前で下半身を露わに足を開いているという状況は、彼女にとっては耐えがたい羞恥だった。 思わず「アァ……」とかすれるような声を漏らすと、女将から「大丈夫、大丈夫」と言われ、それが逆に恥ずかしさを掻き立てる。 次に何か言われる前に手もどけてしまおうと思ったが、最後の羞恥心というか自尊心が身体を強張らせる。 動かない身体に対して血流だけが以上に走り回り、夏の蒸し暑さではない熱が全身に広がる。 女将は困ったような笑みを浮かべて、「恥ずかしくありませんから」と声をかけた。 また言われてしまった。自分が手間をとらせる女と思われているのではないかと情けなくなる。 無用な自己嫌悪のはずだ。女将だって自分の娘を剃るのとは話が違うから、千夏が恥ずかしがることを決して責めたりはしないだろう。 しかし、だからといってここでいつまでもいやいやを繰り返すのは往生際が悪いように思われた。 ここでまた女将の手で股間を露わにされるよりは、自分で決断した方がまだ良いはずだとなんとか自分に言い聞かせ、 千夏は両手をそっと引いていく。 指先の方から風呂場の湿った空気が千夏の股間を撫でていく。 完全に手が離れ、とうとう秘所が露わとなる。千夏は思わずその部分を眺め、そのまま女将の視線を確認する。 女将は特別に表情を変えることなく千夏の股間を眺め、そしてすぐににっこりとして頷いた。 「うん、これくらいならすぐに終わるわね」 そのまま女将は傍らにあったはさみを持つと、千夏の陰毛をつまみあげた。 痛みは無かったが、恥丘がクイと引っぱられる感覚に背中がゾワッとなる。 女将はその人つまみを根元より少し上で切ってしまい、同じようにしていく。 実際に始まるまでは千夏に気を使ってくれた女将だったが、一度作業に入ると、もういちいち構ってくれる雰囲気ではなかった。 何か話しながら作業が遅々と進まないよりは、さっさと終わらせてしまったほうが彼女のためと思ったのかもしれない。 千夏としてもそのほうがありがたかったが、こうして陰毛を切られるという生まれて初めての経験に、何の反応も受け付けてくれないのは あまり嬉しくはなかった。千夏は股間をあまり見ないようにしながら、風呂場に響くヘアカットの音を聞くほかなかった。 あっというまに千夏の陰毛はきついショートになった。女将はこんなものね、と言うと後ろからシャワーを手に取り、 千夏の股間を湿らせた。心地よい暖かさのぬるま湯、どことなく落ち着いた気持ちが湧いたが、すぐに女将が剃毛用のクリームを手に取った ことで、気持ちはすぐに冷え込んだ。 「じゃあ、クリームつけますね」 手に出した液を両手で軽くこねくりまわすと、それをそっと千夏の股間に当てる。 切ったばかりで鋭角になった陰毛と、その下にあるスリットに直に他人の指が触れる。 思わず怖気立ち、顔が引きつる。女将の指先は優しく千夏の恥丘を撫でまわし、その指使いが連想させる行為に羞恥心が悲鳴をあげる。 それが実際に快感を生む前に陰部が泡立ち、女将の手が離れ、千夏は一応ほっとする。 「じゃあ剃りますから。じっとして、動かないでくださいね」 性器にカミソリを当てられる、と考えると今さらながらゾッとした。 下腹部の辺りに、鋭くて硬いものが触れる。それに再び総毛立つが、女将は慣れた手つきでそれを下へと降ろしていく。 (あぁ……剃られてる……私のアソコ……) 直視しない分、ジョリ、ジョリ、という鈍い音が――身体を通じて――異様に強調されて聞こえる。 同様に、恥丘を撫でるカミソリの無機質な肌触りが、先ほどの指とは違う刺激を与える。 同情の欠片も無いその感覚は怖くもあり、指よりも千夏を刺激する。 その刺激が刺激以上のものとならないようなんとか気を紛らわそうとしていると、ふと女将から声をかけられた。 「ちょっと触りますね。上手く剃れませんので」 そういって再び千夏の秘所に女将の手が触れる。先ほどクリームを付けた時のように優しく触るのではなく、 ぐっと押さえるように。 「や……!」 思わず大き目の声をあげると、すぐに女将の手とカミソリが引っ込んだ。 もう顔から火が出る思いの千夏に女将は、痛かった?と不安気に尋ねる。 無言で首を横に振ると、女将は、痛かったらすぐ言ってくださいねと、今度はもっとゆっくり千夏の股間に触れる。 女将の柔らかくも押し付けてくる指と、鋭く皮膚の上を滑るカミソリの二つの刺激に、少しずつ股間がうずいているのを 感じ、千夏は焦った。 他人に自身の最も恥ずかしい部分の毛を剃られ、しかもそれで妙な気を起し始めているなどと―― (私……変態……) 自己嫌悪の気持で塞いでいるうちに、女将が、だいたいこんなものねと手を引いた。 (あ、終わった……) 女将がシャワーで残ったクリームを流し、タオルで少し粗っぽく千夏の股間を拭い、カミソリの刺激を打ち消していく。 もうタオルの当たる感覚からして異なっていた。その感触を味わっていたのはほんの数年前のはずだが、あまり思い出せない。 「はい、終わりましたよ」 体制を起こし、拭き終わった股間を恐る恐る見てみる。 「うわぁ……」 毛が生えたのは小学五年生の時だったから、つい三年前はこの状態だった。 しかし、こうして発毛した後に見てみると、それからは様々な感情が湧く。 すっかり陰毛を剃り落とされた自身の股間。 ぷっくりとした二つの丘に深いスリットが挟まれている。 それは確かにエッチであり、けれども陰毛の生えているそれが醸し出す、時としてグロテスクないやらしさはみじんもない。 それはやわらかそうで、妙に愛らしくて、すごく、可愛い。 それが自分のものだと思うと、無性に恥ずかしくて、どうにも頼りなくて、けれどもなんだか清々したような気持になる。 それと、あと、エッチだ。 「ん、剃り残しも無いみたいですね」 そう言われて、千夏は女将の目には自分が見えていない部分まで見えていることを思い出した。 慌てて両手で前を隠すと、ここへ入る時とは違う肌触りがする。 (ほんとに、ツルツルにされちゃった……) 片手で前を押さえたまま恥ずかしそうに立ち上がると、後始末をする女将に軽く礼を言い、千夏はそそくさと風呂場を後にした。 剃り終えた股間とパンツのこそばゆい感覚にもじもじしながら部屋へ戻ろうとすると、有希が声をかけてきた。 「終わった?」 「うん……」 「……ごめんなさい。私が先にちゃんと言っておけばよかったのに……」 「ううん、気にしてないよ」 「本当?怒ってない?」 「平気だってば」 そう答えると、有希は心底ほっとしたような顔になった。 「でも、ホントになんで剃るのかな?」 「前にどっかで聞いたんだけど……今日、公民館に言った時にでも誰かさ聞いとくよ」 「アイス食べる?」と有希が尋ねたので、それに甘えてお茶の間に案内された。 有希は自分用のアイスを一本咥えながら片手のもう一本千夏に渡す。 アイスを口に入れて舐めまわすと、次第にまったりとしたバニラの味が口の中に広がり、心が落ち着いた。 「そういえば、何時くらいに始まるんだっけ」 「公民館の方に行くのは夜の九時ぐらい。その前に晴れ着に着替えるけんど、まぁ晩御飯の後になるね」 「それまでは?」 「ヒマ。青年団の人なんかは仕事あるけど」 「そっか……じゃあどうしよっかな」 「ならゲームでもしようよ。外に出ても何も無い村だし」 そう言ってテレビの脇に置いてあったゲーム機を指し示す。 「あ、うちにもあるよこれ。ソフトは?」 「うん、こんなんとか……」 そうして二人でゲームに熱中し、結局千夏は有希にこてんぱんに負かされた。 (千夏は少しは客に接待をしろと文句を言ったが、有希から友達に遠慮はいらないと返された) けれど、そうして握りなれたコントローラーを握っていると、なんだか自宅か近所の友人の家にでもいるような気がして なんだか妙な気分だった。 昼食を終えて部屋に戻り、千夏はなんとなく畳に寝転がる。 股間の違和感もだいぶ慣れてきた。寝転んだまま時計を見ると、あと十分ほどで午後一時になるところだった。 (あと……八時間?ううん、ほとんど半日か) あと半日すれば、自分は外にいる。素っ裸で。 そのことに対して緊張はあったが、剃毛という行為を経た今でも現実感だけは湧かなかった。 実際、裸で外に出ると言うのはいったいどんな感じなのだろうか、と千夏は考える。 昨日池で遊んだときは濡れた下着が身体にぴっちりと張り付いていたため、身体の大部分の肌を露出していたが 裸に近い感覚とは程遠かったと思う。 やはり重要なのは、普段決して見せない部分を露出させるということ。 (ブラとパンツまで脱いで……胸とアソコを……しかも毛まで……) 部屋はうだるような暑さだった。暑い空気は上になどという空気の性質も吹っ飛んだようだった。 そんな中で窓も開けずに千夏はごろごろと畳を転がる。転がりながら悶々とした。 びっしりと汗を掻き、その多くは衣類へと吸収される。 千夏は汗かきなほうだった。 (だいぶ汗かいたな……) 服が肌に張り付く閉塞感。面白くない。 そんな気持ちで裸になることを想像すると、とてもすがすがしい姿に見えた。 「……何考えてるのよ、私」 千夏は身体を起こすと、窓を開けた。脱衣以外にだって涼しくなる方法はいくらでもあるではないか。 そのまま窓の外を見ると、男性が何人も大きい袋を持って歩いているのが見えた。 畑や田んぼに行くには方向が違うはずだ。青年団にはやることがあると有希が言っていたのを思い出す。 「今日……なんだよね」 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |