シチュエーション
女を抱く。それは当たり前の事だった。 いつもなら激しく攻め立てているであろう相手に、今夜は何故かちっともそんな気になれなかった。 仕官先を探す旅の途中に、ふらりと立ち寄った村の娼館。 白粉臭いにおいだって、他の部屋の嬌声だって、安っぽい酒のにおいだって、全て今まで当然だったはずなのに。 なのに、ちっともそんな気になれない。 女は、客商売であるのにちっとも笑顔を見せなかった。 顔立ちは悪くないのに、暗い表情のせいで陰気臭い印象だった。 懐具合と相談して決めた女。 年と外見の割には、いやに安かった女。 病気持ちなのかと店主に訊いたが、それは無いと言った。 今はただ、暗い女と暗い部屋に二人きり。 「お前は娼婦だろう? そんな顔では客もつかんだろう」 そう問うてみても、女は愛想笑いの一つもせずに、無言で服を脱ぎ始める。 「少し明るくしてもいいか? これではお前を買った意味がなくなる」 愛想が無いなら身体でどうにかするしかないだろう。 そう思った矢先、随分強い力で、女に褥へと引き込まれた。 「これがお前の芸風か?」 やはり女は何も言わない。 何も言わぬまま、女のほうから唇を合わせてきた。 愛想もなく辛気臭いと言っても、やはり女の匂い。 しばらく女っ気が無かった事もあり、自分の身体が正直に欲望を湧き出させる。 相手が『女』だと思うと、急にこの女が愛しくなった。 一晩だけとはいえ、情を交わすのだ。 可愛がっても損は無い。 シーツの中で絡み合っているうちに、どうにも我慢が出来なくなった。 女のほうも準備は整っているらしい。 そのまま女の中に押し入ると、女は小さく悲鳴を上げた。 女の奥を突き上げるたびに、甘い声で女が泣く。 先ほど無愛想であったのが嘘のように、女が胸に縋りつく。 ああ、と声を漏らす女の腰を掴み、その最奥へ精を放った。 気だるい身体をシーツに預け、熱が醒めていくのを待つ。 ふと女の方に目をやると、こちらに背を向け、髪を梳っていた。 雲が切れ、月明かりが部屋に差し込む。 月明かりに照らされた女の青白い背には、醜い傷痕が一つ、大きく袈裟懸けについていた。 こんな場所にいる女だ。何があったのかは訊きはしない。 「お兄さん、傭兵だろう?」 初めて、女が口をきいた。 「どうしてわかった」 そう訊き返すと、女は小さく笑った。 「体つきに、手のたこに、傷痕。…血の臭い」 考えてみれば傭兵はわかりやすい職業かもしれない。 「傭兵は嫌いだよ」 背を向けたままの女の、小さな呟き。 「どれだけ好きになっても、戦に行っちまう。残された者の気持ちなんかわかりゃしない」 だから嫌いだよ、と言った女の声は、少し震えていた。 「明日が判らないから、生きてる証が欲しいんだ」 女を抱き寄せると、女は潤んだ目で見つめてきた。 潤んだ目が閉じられたのを合図に、また女に口付ける。 夜明けは、まだ遠い。 SS一覧に戻る メインページに戻る |