中華風 春節
シチュエーション


年末。だからといって変わった事はない。朝議も嫌いでないが、長々と
続くのは性に会わない。年納めは決め事も多いのだ。休憩で外に出ても
今日は雪が降るほどに寒い。雪も面倒に思う。戦の時には支障をきたし、
顎鬚にもかかる。詠い愛でるほどの才も無いのは重々承知しているつも
りだ。肩に乗った白いのを梢統は払い落とした。
円王朝の世も陰は見えず、過去の王朝と比べるに今が勢力増加の末期な
のだろう。おそらくはこの治世も長く続いて三百年。もともとは円も前
王朝を倒してきた。

「軍費を五部削ぐべし、とはたまったものではないのでないか?」
「!・・・宰相殿。ここは冷えますよ」

重い足取りと鍋のような胸から下腹までよく肥えた初老。男は温託、字
を伯擁と言った。梢統の親友、温安の叔父で政界の中枢に居座る大人物
だが、子に恵まれなかったため温安や、梢統も小さい頃から可愛がって
もらってきた。本人は今年で齢は四八になる。多分に神に白いものが混
ざっているのは雪ではないだろう。

「私は軍費よりも減らすものがあるとは思うがね」

温託は袖の内をぱたぱたと叩いてみせた。賄賂は少なからずあるものだ。
戯れを。と笑って返すと梢統は一つ息をついて、むずがゆそうに眼帯の
下を掻いた。

「この大陸は、平和になりました」
「だからといって五部は急だろう。そのまま給料になったら嫁に土産も
買えぬぞ?」

温託はしたたかに笑う。五日に一度の市で、妻の手を取り歩いていたの
が、直属の将校らに見つかった。それが一度や二度でなく、官吏の間で
有名な話になっている。

「宰相殿!私は真面目に・・・!」
「ははは!うむ。奇獣(モンスター)どもとの小競り合いはあるだろうが
人同士は、当分ないだろうね」
「奇獣を討つのは、私は狩りとなんら変わりないかと存じます。戦とは人
の行いです」
「武官ならば歩の武玄王・梢統始め、水軍の旋応鬼・趙典、騎馬の凌天馬
・夏候鈴。錬丹術の公孫禅。言葉を武器とし、幾万と道を探しつづけた索
貴、李法、胡嬰、我が甥とする文官たち。その士を信じ遅疑することなく
命を賭した兵。そして誰よりも治世を飢え望んだ民。良くやったが、私は
まだ誉めん。ようやく円の始まりであるである」

負けん気の旋応鬼に怒ることを知らない凌天馬。いずれも若年から戦って
きた親友である。が、公孫禅は、死んだ。再入雲などと称された奇術師の
は雨のような矢で酷い死に体を晒した。公孫禅だけでなく何人もの友の死
を見てきた。

「・・・戦は消えますね?」
「世が必要とせぬならばな。私はそうなる事を願わねばならぬ身。なんだ
ろうな」

温託がぱんと手を打った。

「さぁ、最後まで血生臭ことはよそう、よそう。おぅ冷えてきおったわ。
年寄りはふぐりもすぐ縮んじまうわ」

時に無頼の徒のように騒ぐ浅眠虎・温託。虎は穏やかに眠っているようだ。
二人はそそくさと緩くなりきった気の席に走った。

流石に帝都、街一つが大きな塞になるような広大さ。数里出ても都の明かり
は野から見えた。
家は都より西に駿馬で五刻。成木という奇獣との要衝の都市の太守をしてい
る。
今日ぐらいは泊まってもいいかもしれないが、任地から離れるのは好きでは
なかったし、都の宿と言えば妓館の隠語のような風潮がある。まともな宿で
も都は夜通しでうるさく、決して良い環境でもなかった。

「戦がなくなったら、お前も必要なくなっちまうのか?」

手綱がなくとも意志は伝わる。共に返り血を浴び、共に死にかけもした。
愛馬は一度息を吐いてから、黙ってと闇を蹴った。
大きいが飾りのない部屋だった。大きく変わった事と言えば、都市を預かる
身分上、住んでいるのは城内になった。
物欲が薄いのは親譲りのもので直しよう無い。馬蹄が聞こえたのか梢家に明
かりが点いた。玄関が自然に開く。

「お帰りなさいませ」

古式の作法に準拠できてはいないが、咎めようとは思わない。彼女が迎え
てくれるのが、何より安心する。下げた頭に手を置いて撫でる。

「ただいま」

嬉しさを越え、少しばかり申し訳ない気がしながら、沓を脱いだ。

「今年最後の御仕事お疲れ様でした」
「あぁ。なに、疲れるほどでもない。梗は?」
「まだ齢も十と数えません。もう寝ておりますよ」

明花との第一子は五年前の秋に生まれた。名を梗、字を秋鉄と決めた。
始めてみた時は猿のようにしわくちゃなで人のようでなかった、中々に涼し
げな風貌を年を重ねるごとに表している。
梢統が武芸の斜陽を感じ始めたのも、梢梗が戦に出るのかと考え始めたから
だった。戦場での心臓が浮いたような非現実的な感覚を、誰しもが楽しめる
わけでないのを、梢統は知っていた。

「じゃぁ夕飯を」
「今、お持ちいたします」

身ごもった時は皆無だったが、明花は酒を飲む時に付き合う。もしかしたら
好きでないのかもしれない。静かに二杯程度を、時をかけて干すだけであっ
た。止めはしないのは、酔いでほのかに頬が紅潮した顔が好きだったから。
梢統も今日は酔いが回るのが早い。普段見て楽しむだけの明花の顔がえらく
扇情的に見えた。その切れ長な眼で、家の中を横目で見るときの表情や、酒
を飲んで息をつく際の喉や唇の動き。今日は一段と際立っていた。

「・・・明花?」
「はい?」
「もう一人・・・」
「・・・・はぁ・・?」
「もう一人・・・子が・・・。いや。部屋に来てくれか?」

二人の顔にどっと顔に血が上る。沈黙で自分の心音がうるさい。先に破った
のは明花だった。

「分かり・・ました。では、・・・お待ちしております」

ゆっくり食べた。望んだわけでなく、自然とおそく羹をすすった。

(俺も、小心者だ)

空になった椀は下人に渡した。人を遣うのは好きでないが、役職が有るのだ
から仕方がない。
定刻通りに下人を家に帰すと、城で活動するのはいよいよ二人だけになった。
梢統は変わっていると、よく言われる。溺愛だとも言われている。明花以外
の女は知らないが、必要ないと思っていた。何十人もの『美女』を囲むとか、
略奪で無差別に犯すなどは、そこまで考えた事もない上、結婚以来は頭を掠
めたこともない。
梢統の女性ついての愛情は一に明花だった。

「失礼致します」

明花は既に着替え、その栗色の髪にはささやかな飾りをさしている。明花の
挙動一つ一つが、不意に記憶の門を撞いた

「くく、懐かしいな。憶えているか?」
「?・・・申し訳ありません。何のことだが」
「いやな。初めての夜も同じように呼んだのを、思い出していた」

二人が初夜を迎えたのはまだ梢統が十六の頃だったはずだ。明花は今年二十
五になる。
あの頃と比べると明花は一層しなやかな雰囲気を持っている。昔見せていた
悲壮感のようなものも、今はまるでない。穏やかに佇む海のような印象を漂
わせている。
扉の前に立ったままの明花を抱きしめた。あまりに無粋だったがそれ以外に
術を知らない。
思うが侭に唇を吸った。梢統のほうが背が高く、見下ろす形で唾液を流した。
明花は応えるように一滴もこぼさず、砂金を扱うように大切に飲み込んだ。

「んふぅ・・・くふ・・!」

くすぐるような甘えた声が漏れ出す。
舌で口内を心ゆくまで蹂躙した。絡ませ、歯の裏を端から端へと撫でる。力
が抜け落ち、やがて立っているのも億劫になり、二人はようやく寝台に移っ
た。木の台なので、強打せぬよう押し倒した時に体は支える。
薄い青の服の襟に手をかけ、一気に引き剥がす。多少強引に裸の背に手を回
し、明花をしっかりと腕の中に収めた。

「梗も苦労したであろうな。ん?」

恥ずかしそうに明花が梢統の片目を塞いだ。梢統は何も見えなくなった。

「む、胸が小さい事は、厘族の血でございます」
「たははは。それよりそろそろ手を・・・」
「なりません。お疲れであります梢様には寝てもらいます」

上手く重心を利用され、視界がひらけると梢統は下に寝かされていた。

「どうすると言うのだ?明花!?怒っておるのか・・・・?」

有無を言わせず、明花の手が梢統の頬に添えられる。温い。そう思った。

「傷を、お見せください」

するりと眼帯が落ちた。右目の傷はもう六年も前のもので、今は昔からなか
ったかのように、肌が張り付いている。

「いとおしい・・・」

明花とは出会って十年になろうとしているが、こんな顔を見たのは初めてで
はあるまいか。傷をさする明花を見て思った。

「私にだけ・・・」
「ん?」
「私にだけお見せください。誰でもなく私にだけ・・・・」
「・・・どうして?」

明花はかするほどの近さでふっと息をつくと、小さく口を開いた。

「隠しているということは、その傷は梢様の弱さでございます」

どこかで儒家の友でも作ったのか、言葉で遊ぶそのの語り口は「らしく」な
かった。

「誰にも語れない弱さを天地に、私にだけお教えして頂きたいのです。出来
るのならば、支えていられる。それが嫁いだ私の望みであり、幸せなのです」

指は滑らかに傷跡を撫で、不思議と安心した。ゆっくりと子を慰めるような
安心感。唇に触れるかすかな吐息がなまめかしい。
舐めた。子猫のように小さく舌を出し、傷を這う。芯のある柔らかな舌は意
外にも快い。彼女が精一杯舐めまわしているとき、上下する喉が見え、梢統
は思わず名を呼んだ。

「申し訳ございません。・・・不浄な真似を」
「いや、良かった。続けてくれてもいいが?」

ちょっとした意地悪。明花は頬を染めると寝台から降りた。

「お、お・・・お座りください・・・」

促されるまま、梢統は身を起こし寝台に座った。

「で・・では」

自身の着物を糺すと、梢統の藍の帯に手をかけ男のものを取り出した。

「明・・・!?」

さらに驚いたのは普段控えめな明花がそれに口付けをしだしたのだった。
それだけで終わらず、口は先端のふくらみを咥えこんだ。口内は湿潤で精
を促進させるような快感が迫る。
徐々に咥える範囲は広がり、中では舌が暴れている。
根本まで行かない時点で、明花は一気に口を離した。梢統も束の間の夢か
ら醒めたように唖然とする。沈黙のなか、見詰め合った。

「謝」

最初に出てきたのは、労いにも似た言葉だった。
彼女が何処からか聞いてきた中で、羞恥心と奉仕を天秤にかけ、極点にあ
った行為。惜しむらくは精を放つ前に終わったが。
極限まで熱し、冷やされた男根は、餌欲しさに餓える獣のように禍々しい
姿で天を指している。

「では、明花に。馬に乗ったことは有るか?」
「?。いえ・・・」
「ふむ。では・・そう跨げ」

寝そべる梢統の腰の上。明花は交合の寸前で膝立ちにさせられた。

「これはッ・・・!」
「乗馬の感覚とはこういうのもだ」

梢統は桃の小枝のようなか細い腕を掴み、ぐいと明花を下に落とした。

「はッッ!〜〜!」

口を抑える、手をほどいた。

「鳴いてよい」

鳥の音のような、交合の際の明花の声が好きだった。勝鬨に槍を掲げるよ
うに、明花の女陰を突き上げた。快感に耐えかね、明花の膝が折れだす。

「たぁあ!!んんま!」

乱暴に擦られるほど性は興奮した。被虐による快感。確かに明花にあった。

「鳴け。もっとその声を聞かせてくれ」
「ひゅぁあ!もう、いけませ・・・ん!!」

腰をがっちり掴み弄ぶ梢統の表情は、悪童のように純粋な興味と潜在的な
加虐性的興奮の気に由来する。梢統の脊髄を渡って全身に回る快感は、次
々に虐げる発想を生み出した。あえて、動きを止めた。

「ふぅ、疲れたな。よし・・・明花。動いてくれ」
「えっ!?私が・・・」

考えるだけでも、それはあまりに浅ましい姿だった。だが、こういうとき
の梢統は決して退くことはない。生唾を飲むと意を固めた。

「ん!・・・ぁ!」
「そう、自ら動いて恍惚とする面。まったく・・・」

まったく。その後に続くのは明花への嘲笑か、偏屈な自身の性癖への叱咤
か。どちらにしろ語りはしない。自分の上で踊る明花を見ると言葉を失っ
た。

(俺の伴侶は天女の仲間か)

悶える明花に本気でそうとさえ思った。淫らな舞は二人。演目の終は近い。

「出すぞ」
「ひゃ・・ふぁい!はい!ぃあああぁ!!」

びくりと跳ね、劇は幕を下ろした。

「戦争が、なくなる」
「はぁ・・・?」

疲れてはいるが、不思議と眠気が遠く二人は並んで窓から星を眺めた。

「俺のような文に疎いものは、乱世の遺物として邪魔になるだろう」

全員がそうではないが武官は、基本として自尊心が高い。生の戦場で戦
ってきたという思いが強いのだ。梢統にも少なからずある。
しかし同時に、自分には武しかないのだと頭ごなしに決め付けてもいた。
商いがどのように利を生むのか。どのように耕し、どのような土で作物
はなるのか。関心は有ったが、聞いたところで全く理解が及ばない。

「武官の方々が疎まれるかはわかりませぬが、それ以上に戦争がなくな
るのは純粋に良いことなのではないでしょうか?」

(もっともだな。では俺はこれからどうする?)

奇獣の狩りも愉しいが、兵を率いる戦場の愉悦感とは根本から方向性が
違う。
全く違うもので心惹かれたのは史書ないし伝記であった。時に愚者をあ
ざ笑い、ときに歴戦の勇士の貌や声音を想像し自らと競った。
史書。そう考えると、どんどん興味が湧いてきた。遺す。自らの名を。
梢統としてだけ。それでいい。それがいい。こうして呆けて星を数えた。
些細な事でいい。脳に途方もない絵が浮かぶ。
次第に夢と現が重なりだした。

「楓」

浅い眠りにつこうとしていたとき、梢統がこぼした。

「二人目は、楓。字は秋応・・・」
「はい。・・・私は幸せ者です」

梢統は史書について空想していたが、今はこの幸せに溺れようと考えた。
ゆっくりと笑みを浮かべ次第に柔らかな闇の中、二人は目を閉じた。






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