巨大な天秤7
-2-
シチュエーション


なんだこれは。一体、どうして私がこのようなことになっている?私はあの女の子を殺した。ああ殺した。だ
が、誰とて生きるために殺しているではないか!何故、私がこんな目に遭わねばならない?何故、私でなけれ
ばならない?あの、リザとかいうクソ生意気な偽善者のせいでこんなことになっている。何故だ?何故にこう
なった?もう分からない。何も分からない。


などという考えをしていたフィロだが、唐突に引き抜かれる触手の感覚と、引っぱられる髪の感覚に、現実逃避
すら中断された。
腹部の傷は、じんじんと彼女に強烈な熱を与えている。だが、気絶するほどではない。しかし、髪を引っぱられ
れば、そちらの方に頭が行き、同時に身じろぎもすることになる。すなわち、傷口が、広がる。

「痛い痛い!いだい゛ぃぃぃっ!?やめてぇぇぇぇぇっ!?」
「うわ、三人寄らなくても女ってかしましいんだな」
「なんだその格言。……ほれ」
「むぶう゛ぅぅぅぅっ!?」

四肢を拘束され、傷口を広げられたフィロは、髪を引っぱられているせいか、丁度おじぎをするような体勢でい
る。そんな彼女の口に、男たちのうちのひとりが、勃起したピナスを突っ込んだ。へそに届こうかというほどに怒
張したピナスは、やすやすとフィロの小さな口の中に収まる。
そのまま、上下運動。二メートル近い男のピナスは、身長に比例するかのように長い。生まれて初めて体感する
イラマチオの感覚に、フィロの脳はかき回されつつあった。獣の濃密なにおいが口腔内を蹂躙するうえ、のどの奥
に鋭い痛みが断続的に走り、おまけとばかりに呼吸すら困難になるのである。

リザの暴力とはまたベクトルの違った暴力に、フィロは折れそうになっていた。涙をこぼし、嗚咽を漏らそうと
するも、圧倒的な質量の肉棒に精神と肉体を蹂躙される。


畜生、畜生!そんな思いがフィロの心の中を埋め尽くす。もしもリザにやられていなければ、万全の状態であ
れば、こんな厄介な杭などなければ、こいつらを消し炭にすることなど造作もないのに。そんな、悔しさと怒りの
混じった思いが、かろうじてフィロの精神を支えていた。

やがて、強制口腔奉仕は終わりを告げる。男の腰が震え、オルガスムスの奔流が、フィロの喉に叩きつけられる。
いがいがするような感触が走ると同時、強烈な生臭さに、フィロはえづく以外の選択を取れない。

「げほぉぉっ!?がはっ、かひ、ぶはぁっ……!?」
「あーあー、吐き出されちゃってんじゃねぇか」
「ご主人が処女って言ったけど、信憑性高そうだなあ」
「というより、俺もう、会ったばかりなのにご主人に勝てる気しねぇ」
「言えてる。というより、あれは本気で怖い」

息苦しさと屈辱と怒りに震えるフィロを尻目に、冥界の男たちは揃って勝手な言葉を並べ立てる。フィロは、目
から涙をぼろぼろとこぼし、ただ間の抜けた呼吸音を漏らすだけ。イラマチオ一回で、気力も何も、根こそぎ吸わ
れたような感触を、彼女は味わっていた。

だが、敗北者に休む暇などはない。男たちの太い腕が伸びる。ひとつは右の乳房に、ひとつは左の乳房に、ひと
つは秘所に。初めて男性に触られるという感触に、フィロはおぞましさを覚え、身じろぎするも、またも口に男根
が突き入れられ、言葉すら発することままならぬ状態。
胸を揉まれ、股間をいじられ、奉仕を強要され、フィロはあまりの感覚に暴れようとするも、腹部の傷がそれを
許さない。巨木に背を預けるかたちで、フィロは思うがままに蹂躙されていた。媚薬で昂ぶったその女体は、すで
に男を受け入れる段階にまで来てしまっている。

「ん゛んーっ!?ん、んむ、んむぅぅぅぅ!?」

いっそのことピナスを噛み切ってやろうかとフィロは考えるも、そうすればリザに拷問されかねない。鉋で自分
の敏感な部分を削り節にされる図を予想し、フィロは恐怖で身を縛られる。
ドレスが破られる。勃起したニプルをいじられる。皮のかぶったクリトリスを指で押しつぶされる。的確な性感
帯の攻めを受け、フィロはくぐもった声でひたすらあえぐ、あえぐ。どう抵抗しようとも、快楽に流される未来予
想図しか、彼女の脳には浮かばない。それがまた、絶望感を深くさせる。

痩身のフィロの姿は、今や、男性ならば正視できぬほどに艶やかだった。粘液まみれの四肢は、細く長く、引き
締まり。その折れそうな腰に反して、乳房は豊かで、幼児体型のリザとはもはや違う生物のよう。涙と血液にまみ
れた腹部は、杭が刺さり、桃色の肉がはみ出ているが、それも妙な嗜虐心を湧き立たせる。
並の男性ならば、直視した瞬間に射精してもおかしくはなかろう。屈辱と怒りに震える彼女のかんばせは、妖艶
ですらあった。

森の中、腹部に杭を打たれたまま、男たちに輪姦される。フィロがそんな未来を予想していなかったのは仕方が
ない話なのかもしれない。だが、彼女は気付くべきだった。誰かを殺した際、その知り合いの恨みを受ける可能性
があるということを。その知り合いが、自分を絶望のふちに叩き落とす存在となり得るかもしれない、ということ
を。しかしもう、それは詮無い話であった。

おぼろな意識で、フィロは顔を上げる。その先に見えるは、木を壁にして、輪姦劇の一切合切を観察するリザの
姿がある。そう、観察している。リザは、フィロが犯されるという事実にすら、作業の一工程に組み込んでしまっ
ている。それは、色のない彼女の瞳を見れば、即座に分かるであろうことだ。
おまけに、リザは諸手に翡翠色の光をまとい、いつでも迎撃体勢に移れるように準備している。恐らく、この場
で彼女を襲おうとした者がいるのならば、次の瞬間には不恰好なミートローフにされているに違いない。

その『臆病者』の姿を視認しつつ、フィロは内心で歯噛みする。

今は陵辱を甘んじて受けているが、隙をつけばどうにかなると彼女は考えていた。だが、その希望は今や霧散し
ていた。今のリザの警戒度合いは、フィロと邂逅した際のそれよりも、はるかに上だからである。怯えて、怖がり、
しかし隙を見せず。


木陰に隠れるリザの姿は、誰がどう見ても、格好悪い以外の何物でもなかった。だが、そのようにあおられたと
しても、リザは眉ひとつ動かさないであろう。死ぬよりましだ、と彼女は言うだろう。どんなに格好をつけたとし
ても、死ねばその時点で全てがなくなる。
それを知っているからこその臆病度合い。フィロは、脱出経路が完全に封鎖されたことを悟った。

「うぐっ……!?」

いきなり口からピナスを抜かれ、フィロは目を白黒させる。あらんかぎりの罵倒をぶつけてやろうかと彼女は思
うも、リザの脅しが効いているせいか、それも出来ない。ただ、悔しさと怒りに涙し、それでも駆け上ってくる快
楽の波を甘受することしか出来ない。
どうして口からモノを抜いたのか、と問おうかとした瞬間、みぢみぢと彼女の股間に痛みが走る。

もしかして。

そう思い、彼女が自らの秘部を見ると、そこには硬く、赤黒い男根が光っており。唾液と粘液にまみれたそれが、
濡れに濡れたラビアに接触したかという瞬間。


「う……ぁぁああぁぁぁあぁぁあああっ!?」


矜持をへし折られた悪魔は、この陵辱劇が始まってから、かつてないほどの大声を上げた。
苦痛と怨嗟の叫び声であった。

暴力的ですらあるサイズのピナスは、フィロの華奢で小さな身を貫いていた。それは、さながら串刺しのごとく。
腹には白木の杭、膣には赤黒い男根。図らずとも苦痛の二本挿しの体で蹂躙される彼女の瞳は、腰を一振りされる
たびに、目からその灯火の規模を小さくさせつつあった。
気持ち悪い、気持ち悪い、痛い、痛い、気持ち悪い、なのに何故全身は快楽を訴えるのか?などという思いに
彼女がとらわれていれば、

「ふぁっ……!」

あえぎ声。甘く、空を指で撫ぜるようなそれが発せられるは、彼女の口元から。

「違う……!ちがうぅ……!ゃ、私、かんじ、てなんかああぁぁぁっ!?」

貫かれた場所を高速で抜き差しされ、秘部からどろどろと粘性の高い液体を、彼女は流す。膣が鳴いている。流
れる液体、血液はもはやほとんど流れず、ピナスが上下にうごめくたびに、きゅうきゅうと彼女の性器はぜん動を
くり返す。
彼女自身が意図せずとも、子宮はうずき、膣はリズミカルに挿入された棒を締め上げ、徹底的にしごき上げる。
全身を走る甘い痺れに、彼女が翻弄されるのはいたしかたない話だったのかもしれない。三大欲求は、悪魔の驕慢
すら忘却せしめる。

「んぁぁっ!?やあぁあぁぁぁ熱い、あついぃぃぃっ!?」

貫かれる。精を膣の奥に叩き込まれる。ピナスが抜かれる。また新しいピナスが入れられる。同時始まるピスト
ン運動。的確に膣奥をごりごりと攻められ、まるで小娘のごとくひいひいと鳴く。


犯され続けるフィロ。その時、彼女はリザと目が合った。時間にしてみれば本当にわずかな間かもしれないが、
それでも、フィロはとらえてしまった。リザの唇が動き、声なき声が伝わってしまった。


「淫豚」


その言葉の意味を理解した瞬間、フィロは――堕ちた。

「あふぁぁぁぁぁっ!?そんなとこ突かないで、突かないでぇぇぇっ!?」
「いや……イく、またイくぅぅぅぅっ!?」
「やだ、やめ、今入れられぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?ぴぃ゛ぃっ!?」
「や゛あぁぁぁぁぁッ!?」


一体、どれだけの時間が経過したのだろうか。挿され、口内奉仕を強要され、白い精を胎内や体内のみならず、
その美しい肢体にもぶちまけられ。腹部の傷もどこ吹く風、と言わんばかりに、金髪の悪魔は快楽に流される。心
がこばもうとも、流され続ける。

空が夕闇に支配されそうになったその瞬間、ぜいぜいと荒い息をくり返し、がくりとフィロが脱力する。それが、
明確な終了の合図だった。今の彼女は、様々な液体で無事なところはなく、いたる場所にすり傷をこしらえ、精液
によって全身を白く染められている。
粘液と血液は腹部を中心として広がり、その膣からはぼたぼたと大量の白濁液が流れ、木の根や茂みを醜く汚し
ていった。

哀れ。そんな一言が似合う敗北者の姿を一瞥、男たちはきびすを返し、リザの方へ視線をよこす。

「いい仕事でした。今、還します。しばしお待ちを」

木陰から出もせず、白銀の髪の悪魔はそう言い、右手から濃霧を発生させる。それが森を包むまでにかかる時間、
しばし。そんなわずかな時間のなか、リザは表情も変えず、態度も変えず、木に身を隠したまま言う。


「意外でした。途中で裏切って、私もろとも彼女を犯すと思っていたんですが」


とんでもない言を受けて、男たちは苦笑する。この依頼主は、最初から最後まで全く変わらないな、とでも言い
たげな表情だった。

「アンタ、絶対に油断しないだろ?俺らだって無駄なことするのはごめんだからな」
「ぐげげ、そう言われると何も言えませんね、こちとら」
「まあ、アンタ自体は嫌いじゃなかったぜ。暇ならまた呼んでくれや」
「絶対に嫌です。いつか不意打ちで襲われそうな気がします」
「つれねぇなあ。本当、隙のない悪魔様だ。じゃあな」

やたら友好的に言葉を交わしたのち、男たちは、リザの発生させた霧の中に紛れ、消えていった。正確には、も
ともといた場所に、還ったのである。術の成り行きを見守り、しばし様子を見たのち、リザはやっとのことで木か
ら離れ、その身を躍らせた。

そのままつかつかと歩き、白濁液に全身を染めた、あわれな敗残者のもとまでリザは近付く。全身をびくんびく
んと振るわせた美女は、うつろな瞳でリザをねめつけた。理性の光は、消えていなかった。

「リ……ザ……!」
「あら、はじめて名前で呼んでくれましたね。嬉しすぎて、いやらしい液体がいっぱい出そうです」
「こ、の……クソ、ガキ……!」
「いや、この局面で憎まれ口を叩ける時点ですげぇですよ、あなた。そこら辺は尊敬します」

もはや、ことここに至っては、フィロの気丈な姿もみじめさを増す結果にしかならなかった。先程まで快楽にあ
えいでいた、という引け目もあるのだろう。いくら強気でいても、フィロはもう、折れていた。
そんな哀れな彼女の姿を見て、リザもそろそろ拷問をやめる、などということには全くならない。

彼女は、やると決めたからにはとことんやるのだ。

「長らく私に付き合ってもらい、ありがとうございました。それでは、最終段階に入ります」
「え?」
「拷問は趣味ではないのですが。過去の悪友に、ちょっとやり方を聞きまして」
「まさ、か」

そのまさかである、などと答える間もなく、リザはこぶしを前方へと突き出した。同時、めぎょり、と肉が曲が
り、ひしゃげ、たわむ音が聞こえる。リザのこぶしはフィロに届いていない。だが。
フィロの頬には、赤黒いあざが刻まれていた。

「ぐぅっ……!?」
「どんどんいきますよ」

拳打を放つと同時、その衝撃をピンポイントで離れた相手に与える攻撃。リザが用いたのはそれである。これも
児戯に他ならぬであろうが、こういった拷問をやる際には、威力的にも範囲的にも丁度良い。
打つ、打つ、打つ、打つ。手加減しているとはいえ、悪魔の膂力で放たれた衝撃波は、成人男性の蹴足に勝ると
も劣らない。一発ごとにフィロの頬に、腹に、腕に、あざが刻まれ、肌に付着した体液が舞う。何度も何度も何度
も、単純な暴力によって、フィロは痛めつけられた。
吐瀉物は口から垂れ流しになり。股間からは精液のみならず小便すら漏らし。嘔吐、失禁、という屈辱を味わわ
されながら、単純な暴力でめちゃくちゃにされる。

「がぎぃっ!?げばァ!?」
「最後です。アストの分、どうぞ」

数十発放たれた拳打よりも、やや力を強めた一撃が、フィロの腹部の傷を正確に狙って放たれる。命中と同時に、
彼女は口から血を吐き出し、絶叫した。
もはや金髪の悪魔の美貌は、欠片ほども残っていなかった。顔は、どこぞの岩壁のようなありさまとなり、はた
から見るだけでは顔面であるかどうかすら判断に困るほど。全身も無事なところはほとんどなく、吐き出したもの
の臭気も相まって、そこはさながら地獄絵図である。

しかし、それでもリザは鉄面皮を崩さない。作業だからである。目的を完遂するための工程に、一喜一憂しては、
手間がかかって困るからだ。

「さて、大詰めですね」

ぱちり、と音を立てて、リザが刃物を取り出した。刃渡り十数センチメートルの、どこにでもあるようなナイフ
である。エプロンドレスから取り出されたそれは、どこの家庭にあってもおかしくないであろうものだが、この局
面においては、フィロの心を恐れさせるだけ。

「ひっ……!」
「いやですね、そんな目に見えて怯えないでください。悪魔でしょう?悪魔なのでしょう?私たちは、こんな
ナイフよりもより殺傷力の高い攻撃手段を、いくつも持ちえているでしょう?」

にじり寄る。鉄面皮のリザから発せられる気味の悪さは、ここに来て頂点へと到着した。悪鬼羅刹のごときその
姿は、フィロの股をゆるめ、再度の失禁をさせるには十二分だった。

「悪魔は……、本当の悪魔は、あなたよ!」

だが、それでもフィロは叫ぶ。それは彼女に残された、最後の矜持の残滓だったのかもしれない。
しかし、それすら。


「そんなに褒めないでください、照れちゃいます」


リザは切り捨てる。
瞬間、銀光が舞い、鮮血が飛び散った。

小さなナイフを手にもって、片手で放ったリザの梨割りは、しかし、頭部を切り裂きはしなかった。縦一文字の
銀閃は、愚直に、ただ愚直に地へと走り、その過程として破壊の爪跡をフィロの身に残す。
リザの放った一閃は、フィロのひたいを、左目を、左の乳房を、わき腹を、太ももを、一気に裂いた。


「びゃ゛ォ゛げゃ゛あ゛あ゛ぁア゛アァァァァァァァぁぁぁぁ゛ッ!!?」


大絶叫。左半分の視界と光を奪われた、哀れきわまりない敗残者は、喉から血が出るまで絶叫した。
血が噴き出る。どろどろと命の水がこぼれ落ちる。白いものが桃色の肉の隙間から垣間見える。ぬべり、と粘着
質な音が空気を震わせる。ナイフの先端に、帯がひっつくようにして、なびく薄黄色のゼラチン質。
白濁液にまみれた乳房にぱかりと切れ目が入り、腹部からは脂肪と内臓がわずかながら垣間見える。割れたもも
の隙間からは、血液にまみれた薄桃色が、綺麗に飛び出てぷるぷると震える。

凄絶、と称して良い様相であった。だが、しかし、リザは、それでも動じない。

悪魔である。鮮血と精液の付着したナイフを一振りし、それでも氷のつらを崩さないリザは、悪魔そのものであ
る。まとうエプロンドレスの泥臭さが、逆にその恐ろしさを助長させる。

ナイフを握る手がまた動く。今度は、刺突の体勢。そのまま、フィロの肋骨付近へ、ゆっくりとナイフを刺して
いく。ゆっくり、ゆっくり、上下に『うっかり』大きく動かしてしまいながら。

「ぎぃぃぃぃぃっ!?いいい、いいい、い゛い゛い゛い゛っ!?」
「私、刃物はあまり使ったことないんですよね。だから打撃専門なんですよ」
「抜い゛で抜い゛でぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
「あ、秘密言っちゃいました。べ、べつにあなたのためじゃないんだからねっ」

超絶的な棒読みでそう語るリザの前には、鮮血を流しながら、もはや何の生物かと判断すら出来ない顔で、泣き
叫び、絶叫するフィロの姿がある。ふたりのその姿は、恐ろしいほどに醜悪で、おぞましいほどに美しい。
が、そんな第三者的事情は、フィロにしてみれば知ったことではなかろう。今まで受けてきた傷は、その全てが
打撲だった。だが、刃物による痛みは違う。それは、内側からにじみ出るような痛みとは違い、瞬間的でありなが
ら、強烈な、雷光のごとき性質の痛みなのである。

リザはナイフを抜くと、また新しい場所にナイフをゆっくり突き入れる。そのままかき混ぜ、また違う場所をも。
常人ならばとっくに死んでいるだろうが、拷問を受ける側は悪魔である。なまじ生命力が強いだけに、拷問時間を
延ばす結果となったのは、皮肉としか言いようがない。

ナイフを動かす手を止める。血まみれのフィロがリザの眼前で息を漏らす。ひゅうひゅう、と。

「……おね゛、がい、でずがら……やめ、て」
「敬意のない敬語を聞いて、初志を変更する気にはなりません。寸毫微塵たりとも」

鋭く切り捨て、また刺突。また絶叫。いつ終わるとも知れない、地獄の宴。

しばし続き、またもリザが手を止める。その瞬間、フィロの口がわずかに動いた。



「ころ、して」



耐えられなかったのである。このまま死ねたらどんなに楽か、という拷問に、フィロは耐えられなかった。それ
はそうかもしれない、と冷えた心の奥でリザは思う。自分とて、このようなまねをされたら、すぐに根を上げてい
るだろうから。
死が救済となることとはごまんとある。長らく与えられる苦痛より、一瞬の苦痛で終わらせる方が、どれだけ楽
か。それぐらいはリザも察している。

「殺して欲しいんですか?」
「はい……!はい゛っ……!」

一も二もなくうなずくその悪魔の姿には、もはや思いあがりだの驕慢だの、そういった言葉とは一切合切関係が
なくなってしまっている。哀れも哀れ、その姿は、誰の目にも憐憫をもよおすものであったろう。



だから、リザは大きくナイフを握った手を振りかぶり。



思い切り。



肩を動かして。






「お断りだ、ぼーけ」






『うっかり』フィロの右乳房に突き立てた。



絶叫が、夜の森を支配した。


数刻後。


巨木にはりつけにされた肉のかたまりが、どろどろと赤黒い液体を流している。もう、それは未来永劫動くこと
はなかろう。
虫たちの声と、鳥たちの声が戻っている。木々のざわめきと、柔らかな風が、肉塊から伸びる金髪を優しく撫で
た。こんな時でも、自然は、皆に優しい。


ぱたぱたと音がする。

白銀の髪を流した女性が、右手に竹筒を持って肉塊に近付いた。左手で、肉から白木の杭を抜き、それに竹筒の
中身をぶちまける。それは、ただの水だった。
洗浄を終え、女性は、木によりかかる肉に右手を向けた。


ぱん、と音がして、肉塊から脳髄がえぐり出される。
次の瞬間、それは赤い赤い炎に包まれ、やがて消えていった。



悪魔が、ひとり、死んだ。


悪魔が、ひとり、殺した。




柔らかな風が、悪魔の頬を撫で、木々を撫でた。


その小さなざわめきは、まるで、夜空が発した慟哭のようだった。






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