勇者と魔王
シチュエーション

光の剣を抜きし者よ、予言を与えてやろう。
お前はこれから各地の魔物を討ち果たし、魔王の城へと辿り着く。
お前は勇者と呼ばれるだろう。



宿屋の一室で、一人の少女が剣を磨いていた。
短い黒髪から覗く顔はあどけないものだが、均整の取れたしなやかな体つきは、
彼女がただの無力な少女ではないことを示している。
勇者ミア、それが彼女の名前だ。
いまだ力は未熟だが、各地の魔族を打ち倒し、人々の希望となっている存在だった。
ミアはふと剣を磨く手を止め、かじかんだ指先にはあっと息を吐く。
幾度もの戦いをくぐり抜けているにもかかわらず、その刀身は曇ることがない。
勇者の証でもある聖剣は、神殿の聖女から受け取った時のままに、白く輝いていた。
なので、ミアとしては

「手入れはしなくても良いんじゃないかなあ」

とも思ったのだが、同行の女戦士に大目玉を食らってからは毎晩布で磨き、
傷や曇りがないかをチェックしていた。

「やっぱ不思議だな〜」

ミアは剣を握り直し、刀身をついとなぞってみる。
滑らかで、歪みの一つもない刃。

「一体どうやって作ったんだろ?こういうのをオリハルコンって言うのかな?」

ランプにかざしてしげしげと眺めていると、どこからか鈴の音が聞こえてきた。

りいん

音自体は小さく、聞き逃してしまってもおかしくないような密やかな音。
けれど、その音を耳にした途端、ミアの手から聖剣がするりと落ちた。
床に落ちた剣が派手な音を立てたが、ミアは拾い上げもせずに中空を見つめていた。

りいん、りいん

二度、三度と鈴が鳴る。
鈴の音が重なるほどに、快活だったミアの表情がすっぽりと抜け落ちていく。
だらりと両手を下ろし、壊れた人形のように佇むミアは、どう見ても異様だった。

りん、りん、りん、りん、りん

鈴の音が段々激しくなっていく。
ミアは空洞のようになった瞳を大きく見開いて、大きく痙攣した。

「あああああっ!!」

どさり、と寝台に倒れ込む。
そうして、

りりいん

一際高く鳴り響いた鈴の音を最後に鈴が止んだ。

忙しなく胸を上下させていたミアが、鈴の音が途切れるとぴたりと動きを止める。

「あ……う……」

みるみるうちに顔に生気が戻っていく。
そうしてゆっくり身を起こすと、自分の側に立っている人間に気が付いた。

「ラーガイル!来てたんだね」

ミアはぱっと顔を輝かせると、突然現れた男に何の躊躇いもなく抱きついた。

「来てくれて嬉しい。ラーガイルが来てくれなかったらどうしようって思ってたんだ」

そう言って、目の前の男の腕に顔を埋める。
ラーガイル、と呼ばれた男は唇にうすい笑いを浮かべて、勇者の体を抱きしめた。

「遅くなって済まない」

短く切りそろえたミアの髪を撫でながら詫びると、ミアはしまったと言う顔をして
ブンブンと手を振った。

「違うの、責めてるんじゃなくて!この地方の魔族も倒して行き来しやすくなったし、
そろそろ来てくれるんじゃないかなーって思ったりしてたけど、でも、ラーガイルは
忙しいんだもんね、うん!べっ、別に寂しいとかそういうワガママ言って困らせる
つもり、全然無いからっ……」

ここまで言って、またしまった、と言う顔をする。

「すまん」
「うっ………うう〜、違うの、全然違うんだよっ……」

じたばたと暴れながらうーうーと唸るミアの唇を、ラーガイルの手が軽く塞いだ。

「あまり暴れるな。周りに迷惑だぞ」

低い声でそう告げると、ミアはたちまち真っ赤になって、恥ずかしそうに身を縮めた。

「……うう、ごめんね」

ラーガイルはしおしおとうなだれるミアの頭を軽く撫で、そっと抱き寄せた。

闇が辺りを蝕んでいる。
ランプの灯りもなく、星あかりすら届かない部屋の中で、ミアの声だけが響いていた。

「あっ、あう……」

漆黒の闇が蠢いている。
ベッドの上で仰向けになっているミアの上でうぞうぞと蠢く闇が、ミアに何事か囁いた。
すると、ミアはこくりと頷いて、口を開く。
開いた口に、闇がするりと滑り込んだ。

「……ん、んう」

ミアの唇から入り込んだ闇は、ミアの口から何かを吸い出していた。
聖剣の発する光にも似た、何か。
闇の中で白く光る何かが、唇を媒介として、ミアの体から闇の中へと移ってゆく。
ごくり、ごくり、と光を闇が飲み干すほどに闇は膨れ上がり、ミアの体をひたひたと
覆い尽くしていった。

「んん…………あうぅ!!」

闇がざわりと膨れ上がる度に、ミアは感極まった叫びを上げてきゅ、と闇にしがみついた。

「あ、おっき……ふぁ、やぁあ……」

闇は、時折人の形のように見えることもある。
けれど、その実体はどこまでも深い闇だった。
闇はその性質のままに少女の体に蓄えられている光を喰らい、塗り替えてゆく。

「ラーガ、イ…ル………っ、やっ、ぁあああんっ!!」

魔性の力を帯びているとしか思えない歪な闇に、ミアは何の疑問も持たずに犯されていた。
どころか、自ら喜んでそれを求め、受け入れている。
その動きに闇はぶわりと膨れ上り、ぐぐぐ、と空気が軋むような音を立てて笑った。
身の毛もよだつようなその音も、今のミアには恋人の睦言にしか聞こえない。
耳元で闇が何事かを囁くと、初めは恥ずかしそうに首を振って躊躇っていたが、
より深く受け入れられるようにと闇に足を絡み付かせた。

「あはぁっ……ひぁっ!」

最奥まで侵入してくる闇に体を貫かれながら、壊れるほどに腰を振る。
闇の輪郭をぴちゃぴちゃと舐め、最奥までも浸食してくる闇を歓喜でもって受け入れた。

「あっ、ひあああぁぁああ!」

女性の体の最も無防備な部分へと侵入した闇は、ミアの内部でぶわりと大きくなり、
内部からずぶずぶとミアの体を浸食していった。

「んっ、んっ………はぁぁ…」

体内へと流し込まれた魔性の力を、ミアは嬉しそうに全身で味わっていた。
魔性の力は、人の体を、心を蝕んでいく。
聖剣を持つ勇者ですら、その力に抵抗することは困難だった。
ましてや定期的に、直に体に流し込まれている状態で太刀打ちするなど不可能に近い。

「ラーガイル……ラーガイル、だいすきぃ……」

かくして勇者は、魔王の力に為す術もなく屈服する。
嫌悪の色など微塵も浮かべず自ら口づけを求め、闇と戯れる姿は、勇者と呼ぶには淫乱すぎた。
闇に溺れた淫猥な雌犬は、ぴちゃぴちゃと嬉しそうに闇を啜っていた。

そして、同じ宿屋の違う部屋で。

「あはぁっ、ひぃっ……。はっ、入ってくるぅ……」

獅子の頭に、人間の体。
どう見ても魔物としか見えない異形に体を貫かれながら、女僧侶は腰を振っていた。
四つんばいになり、後から貫かれてひいひいと喘いでいる姿は、普段の彼女を知る
人間から見たら信じられないものだったろう。

「ああっ……もっと、下さい……」

神に純潔を捧げたはずの身で、獣さながらの行為に陶酔しきった女に、獅子の頭を
持つ男はくぐもった笑いをこぼした。

その隣の部屋では蛇の舌を持つ男に、女戦士が組み敷かれていた。

「ひうっ……はぁぁぁっはああああっ」

男の指が蛇のように、肉付きの良い体をうねうねと這い回る。

「ぐうっ、ああっ、うああああぁぁ……」

ぬらりと黒光りする指に嬲られ歓びの声を上げる姿からは、剣一本をたよりとし、
自らの命を晒して戦う者の凛々しさなど微塵も感じられなかった。


そうして三者三様の夜が明ける。
魔族の力をたっぷりと注ぎ込まれ、指一本も動かせないほどに消耗した三人は、
遠ざかる鈴の音を聞きながら眠りに落ちた。



光の剣を抜きし者よ、予言を与えてやろう。
お前はこれから各地の魔物を討ち果たし、魔王の城へと辿り着く。
魔物を倒すほどにお前の力は強くなるが、その旅の終わりに
お前はその力を魔王の元へと差し出すだろう。






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