シチュエーション
魔王様は相変わらず暇だった。と始まるこの物語も今回ばかりは違うようだ。 ―――――何かがいる。俺の張った結界の前に背を向けて。 そう、魔王が感じたのは、勇者の持て成し方を飽きて考察し終わった後だった。 本当は、辺りが薄暗くなる頃から気配があったはずなのだが、あまりに魔力が小さいせいか、読書や考察をしていたせいか、 はたまた魔王が間抜けなだけか、気づくのが遅れ、今に至る。 どうして?なんの目的で?どうやって入った?等を考える前に、魔王は結界を解いて、小さき者へと声をかけた。 電話派?メール派?と聞かれたら、直接会う派だな、と漢らしく答えそうなこの魔王の行動のおかげで、 「きゃあああああああああああああ!食べないで!呑まないで!連れて行かないで!」 と悲鳴を上げる事になる。 ぺたりと、寝所の隅で腰を下ろす少女を不思議そうに見つめる魔王。一度、上から下までじっくり見たが、なかなかの気品のある顔だちを している。さすがに町娘ではあるまいと声をかけた所、ぺたんと座ってしまったのだ。 長年生きてきた魔王もこればっかりは、どういう意味を持った行動なのか最初分からなかったが、今日の俺は冴えてる! といわんばかりに、ベッドに腰をかける。座って話しをしたかったのだな、と。 思えば、客人をいつまでも立たせて置くのは、魔王の威厳としてどーなのか。むぅぅ…やはり城くらいは持っておくべきだったかと 途方もない勘違いをしていると、前方から綺麗なソプラノに、震えでビブラートがかかった声が響く。 「あの…貴方は誰なのですか?ここは一体どこなのですか?」 もっともすぎる質問に、しまった、先に名を聞かれ礼を欠いてしまった。と思っているのはきっとこの魔王だけ。 「名はブレヌ・ミィ・マリギュラ。長いし、マリギュラでも、ブレミィでも好きに呼んだらいいぞ。 どこかと言われれば、森だ。 俺の寝所でもあるが、ここだけだしな。 ところで、そういうお前は誰なんだ?。」 周りを見渡しながらそう答える魔王。なんてことはないただの森に、結界を張ってベッドを置いただけの、魔王の巣。 「わ…私は、オルガノの城の王宮で、侍女をしております。ステラ・シェル・オールドダッドと申します。 お初にお眼にかかります、マリギュラ様。」 混乱と緊張の渦に巻かれているはずの、少女の口がすらすらと動いていく。舞踏会などでの礼節と長年王宮に勤めてきた証を物語る。 「その丁寧な挨拶。町娘にはない気品。そして艶のある栗色髪。やはり宮廷の者だったのか。俺の眼も捨てたものではないな。」 その心が分かるのか、うんうんと、腕を組みながら頷く魔王。それを見ながら少女はあっけに取られる。 喰われるでもなく、殺されるでもなく、普通に会話しているこの状況。最初は死を覚悟していたはずの少女だが、 何故だか今はそれがない。混乱はしているが、恐怖というものが会話するたびにそぎ落ちていく。 姿は薄暗くて見えないが、人語を喋れるというのが、決め手だったのだろう。 恐怖は薄れ、冷や汗は引き、心には余裕が生まれ、そして頭には疑問が浮かぶ。 「あの、マリギュラ様。失礼を承知で申し上げるのですが、名はお聞きしました。ですが貴方様は何者なのでしょう?。」 名は名乗ってもらった。だが、何者なのか?についてはまだ聞いていない。そう思っていたら不思議と口に出てしまったのだろう。 返ってくる言葉を知っていたなら、質問などしなかっただろうか? その言葉が、「魔王だ。」と知っていたなら。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |