シチュエーション
相変わらず楽しそうに話す二人を月は祝福し、穏やかな風が頬を撫で、悠久の心地よさを育む。 その心地良さからか、ついにステラは胸に秘めていた想いの棘を外へと抜き捨ててしまう。 オルガノ前王の悪政に始まり、王宮での様子、溜まっていた全ての想いをぶちまけてしまった。 「私の国は、もう滅んでしまうかもしれないのです、何がいけなかったのでしょうか」 と。 ぽつぽつと語り始める、ステラの話を体に染み込ませる為、眼を瞑り聴くマリギュラ。 ステラの真剣な姿勢に答えるように、緩んでいた頬をきっと締め、ベッドに倒れていた体も起こした。 「王…か。我々魔王にも理がある。魔王とは、知を持って、力を持って、魔を持って王とし、誇りをかかげ、轟然と立つと。 どんな魔王にもこれが当てはまらぬことはない。逆に当てはまらないのであれば、魔王になる資格なし、とな。 最初からその前王には国王の資格がなかったのだろう。」 慰めるようとも、悟らせるようにも取れる言葉に侍女は目頭が熱くなるのを覚えた。 「無論、理を全て備えている魔王の存在など稀だ。力無く膨大な魔を持つ魔王も存在する。 しかしその魔は理を、覆い尽くし、新たな理を作る。魔族の中でも無二の魔を持つ、稀なる存在と、な。 それを他が認め、賛美されるのならば、それもまた魔王となるに相応しい。」 マリギュラという一つの存在ではなく、魔王として奮う荘厳な雰囲気と言葉をステラは甘んじて飲み込む。 「膨大な財を持ち、口上に長け、その財を振るったとしても、多くがそれを認めなければ、ただの道化よ。」 ふっと笑いながら、ステラの頭に手をあてゆっくりと髪を梳く。 ステラはもう止められなかった。胸にささっていた棘は涙に変わり、頬を伝う。 相手が畏怖たる誇り高き魔王だというのも忘れ、胸板に飛びつき、胸のうちをすべてぶつけていた。 マリギュラは自分の子供をあやすかのように、静かに頭を撫で、思いついたように羽を広げ、ステラを包む。 まるで、邪魔する者も、見られる事もない。安心して鳴けばいいと言いたげなその行動にステラはまた火を灯され、 嗚咽としてその苦渋の残滓を吐き出す。ステラの震えが止まるまで、マリギュラは微動だにしなかった。 「落ち着いたか?。」 「あ…はい。申し訳ありませんでした。はしたなく泣き崩れてしまい、お恥ずかしいです。」 「魔王の前で泣きじゃくる人間というのも、珍しくていいな。こいつは貴重な体験をした。」 くくっと魔王らしくない含み笑いをするマリギュラに、ステラは顔を染めて、拗ねた声を出す。 「いじわるをなさらないでくださ…。私も女なのですから、その…羞恥も感じます…。」 そーかそーかと、お決まりの猫っぽい笑顔を作りながらくしゃくしゃと栗色の髪を撫でる。 ステラはそれだけでもう、どうしようもなくなってしまい、淑女、侍女としての振る舞いも忘れて それに夢中になり、身を委ねてしまう。その行為で、その心地よさで一度空になった胸の中に、新たな想いが募る。 もしもこの方が王になってくれたのならば、と。付き従う姫に罪悪を覚えながらも、もしも私がこの方の侍女となれたのなら、と。 そして、想いは誰にも止められず、ステラの胸の想いは、意思となり覚悟となり行動となり、マリギュラの前で示される。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |