シチュエーション
「どうした?。」 と声をかける暇がなかった。それほどにその動きは洗練され、 見入ってしまっていた。仮にも魔王たるこのブレヌ・ミィ・マリギュラが、だ。 隣にいたステラが真正面へ移動しドレスの裾を広げ、屈するように座り、胸に手を沿え、祈るように眼を瞑り、 「ブレヌ・ミィ・マリギュラ様。どうかお聞き届け下さい。オルガノの王として君臨してはいただけませんか?。」 という口上を述べるその行為に。 見入ったのも確かだが、困ったのも確かだ。魔王が人間の王になるなんて話、1300年ほど生きているが、聞いたことがない。 正気か?ぐーたらな俺だから良いものの、気性の荒い魔王だったら首跳ねられてるぞ。 ステラは俺の言葉をじっと待つかのように、微動だにしない。どうするんだこの状況。 落ち着け。真意を問いただすのだマリギュラよ。人間の言葉は幾重にも意味が重なっていることがあると爺から聞いた。 「本気でいっているのか?魔王だぞ。魔王。お前たち人間が畏怖する象徴であり、なんだっけか…えーと7代まで祭られるんだぞ?。」 何喋ってるのか良く分からなくなってきた。格好良く魔王らしさを見せて、悩みを聞き、持て成した所までは良かったはずだ! 「マリギュラ様はそんな方ではないと、自分でも仰られたではないですか。」 真剣な眼で俺の眼を見てステラがそう言う。そんな眼で見るなよ…ああ。言った、言ったさ。確かにそんな事を言ったような気がする。 「しかし、我には魔王としての矜持があり、人間に傅く事などできぬ。そもそも何の義理があって人間に力を貸さねばならない? 贄も、利も、俺に届けぬ人間の、願いを聞くことは理に背く!」 決まった!これは決まったな。魔王らしい言葉遣いと威厳に乗っけて よくこんな口からでまかせが出たもんだ。やればできる子だという爺の感は正しかったぞ。 理に背くとか笑っちゃうね、マジで。どこの三流キザ魔王だよ。そんなことを考えながらステラを見る。 やべぇ。なんか震えだしたぞ。この女。 眼を潤ませてこっちを見てるし、ちょっと顔も赤い。人間の女も捨てたもんじゃないな。庇護欲ってやつをそそるって言うのか。 これはフォローが大事だな。サキュバスやインキュバスが、アメとムチが共存に達する道だと言っていた。 「ま、まぁ。膨大な力を持つ魔王が、少しの力も分け与えぬのも、理に反するのかもしれ…「私が贄では…いけ…ませんか?。」 待て。今なんつった侍女。ステラを見るとドレスの胸元を手でぎゅっと握り 何かを決意したような涙目でこちらを見ている。これは正直そそる、エロい。いやいやいや。落ち着け。 基本に戻るんだ。魔王の礼節は威厳、尊重、誇りに満ち溢れていなくてはならない。 「今なんと申した?。」 「私が生贄では、不足なのでしょうか?覚悟は決めております。」 生贄の意味が分かって言ってるのか?命とか、体とか、一生を捧げちまう事だぞ?生贄ってのは。 まだ19だろ?これからこう、ああ、王子様なんて素敵なのかしら…?とか言って、私を愛してくださいましとかそういうのが やってくる年頃だろ!?誰だよこいつの父親は!どういう教育してんだ。出て来いブッ殺してやる! 「不足〜とか、覚悟〜とかどうでもいいとして、 お前、意味分かって言ってる?生贄っつーのはだな、そのなんだ。命を捧げたり、体を捧げたり、生涯を賭したりして あと戻りとかできねー事いうんだぞ?。」 とりあえずゆっくりと考えさせる。どうも、この女、暴走すぎなのは確かだ。なんでこうなったかは良く分からないが 落ち着いて考えさせれば多分大丈夫だ。ちょっと怖気づいたような様子を見ても、もう馬鹿な事も言わないだろ。 「マリギュラ様!ステラは足も震えて!体も震えてしまっております!ですから逃げ出さないうちに、 私を奪ってください! お捧げ致します。身も心もマリギュラ様の為、国の為、お捧げ致します…。」 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |