アネット 第二話:その日私に(非エロ)
シチュエーション

お母さんが泣いている。

「アネット…、アネット…。よかった…。」

私を抱きしめながら、泣いている。
ちょっと苦しいよ、お母さん。

よく見るとお父さんも泣いていた。

「お前って子は、本当に…心配かけさせて…。」

お父さんも泣いちゃうことがあるんだ。

お父さんも、お母さんも、泣いているところは初めて見た。

そして…、実は、私も泣いていた。
悲しくなんてなかったけど、二人の泣き顔を見ていると、どうしてか涙があふれてきた。
私は助かったのだ。

怪物がやっつけられた後、私は、後から来た自警団の人に診療所に連れて行かれた。
そして、診察室にお父さんとお母さんが駆けつけてきて、そしてこの有様。
みんなで泣いちゃった。

お医者さんが言うには、手と膝を擦り剥いた以外に怪我はなく、
そのまま家に帰ってよいとのこと。
お父さんがお医者さんに礼を告げて、診療所を後にする。
外はもう暗くなっていて、その日は、家族でお家に帰った。

…で、私は、入念に叱られた。
もう二度と、冒険なんて行くなって。
全面禁止は横暴だと思うけど、先ほどの、お母さんとお父さんの涙を思い出すと、
何も言い返せない。
しばらく冒険はキンシンらしいです。

でも…。
本当によかった。
助かってよかった。

次の日、お父さん、お母さんと一緒に、私を助けてくれた人にお礼を言いに行くことになった。
あのとき私を助けてくれたのは“きし”という人らしい。
その人には騎士団の砦というところに行けば会えるんだとか。

昨日の幻想的な光景が目に浮かぶ。
もう一度あの人に会える。
そう考えると私の胸は高鳴った。

でも、その日は“きし”さんには会えなかった。
お留守だったのだ。

代わりに、落ち着いた雰囲気のおじさんが出てきて、対応した。
お父さんが丁寧にお礼を言って、“きし”さんが戻るのを待つと伝えた。
それに対して、おじさんが答える。

「お子さんを助けた騎士は今、周辺の魔物掃討に出ています。
少なくとも日暮れ後までは戻ってきません。
あなたたちのお気持ちは、私が責任を持って本人に伝えましょう。」

それでもお父さんは加える。

「あなたがた騎士団がいなければ、娘の元気な姿を、二度と見られなかったかもしれない。
なんとお例を申し上げればいいか…。」

「そう言っていただけると、我々も仕事の甲斐があるというものです。
ですが、市民を魔物から守るのが私たちの仕事。彼女も当然のことをしたのです。
あまり大仰になさらないでください。」

砦のおじさんは優しく微笑み、続ける。

「あなたたちもご自分のお仕事がおありでしょう。
あなたたちのお気持ちは十分に伝わりました。
ここはもう充分ですから、どうかお戻りください。」

私たちは深々とおじぎをして、騎士団の砦を後にした。

もう一度あの人に会いたい。
そう思って、翌日、私は一人で砦へ向かった。
冒険と変わらないような気もするけど、どうしても会いたい。
“きしさん”に会いに行くんだし、昨日言えなかったお礼を言いに行くんだし…、…いいよね!

私の冒険謹慎期間はたった1日で終わりを告げたのだった。

だが、いざ騎士の砦に到着してみると、番兵さんが中に入れてくれない。

「こらこら、ここは子供が来るところじゃないよ。」

どこかで聞いたセリフ。
そう、これは、町の酒場に行ったときに聞いたものだ。
子供を追い払うときはみんなこう言うんだ。

「ご両親が心配する前に、お家に帰りなさい」

両親が心配する、と聞いて、私はひるんだ。
今それを言われると弱い。

でも、どうしても“きしさん”に会いたい。

「騎士さん?カレン様のことかい?今カレン様はお休み中だ。
カレン様は、魔物掃討から戻られたばかりでお疲れなんだ。あまり困らせないでくれよ。」

だめだ、どうしても通してくれないらしい。
困るのは私の方なのだよ、まったく…。

と、忘れもしない、あの声が聞こえた。

「どうしたんだい?」

私は眼を見開く。

奥から現われたのは予想通りの人物。
自信に満ちた面持ち。
なぜか心強さを感じさせる不思議な雰囲気。
彼女の周りだけ空気が違う。
鎧は着ていなかったが、間違いない。

私が会いたかった、“きしさん”――鎧の人だ。

「通してやりなよ。」
「カレン様…!しかし…。」
「いいって。市民との交流も立派なお仕事だよ。」

結局、番兵さんは、失礼のないようにな、なんて言いながら、しぶしぶ通してくれた。

鎧の人は、カレン様。
私は、何となく、その名を呼びかけてみた。

「カレン様…?」

きれいな人だった。
カレン様は、私に応えて、笑みを返してくれる。

その笑顔を向けられるだけで、私は体が熱くなるのを感じた。
初めての感覚。
強烈な憧れ。
胸の奥に、火が点いたみたいだ。
心の中はきゃーきゃー叫びながら、一方で、体はガチガチに緊張してゆく。
そんな感じ。

そんな私の気持ちを知ってか、知らずか、カレン様は私の心に追い打ちをかける。

「こんなかわいいお客さんは久々だ。立ち話もなんだし、私の部屋に案内するよ。」

お部屋に案内…、お部屋に案内…。
いきなり、お部屋にお呼ばれしちゃった…!
私は、こくこくと頷くことしかできない。

そうして、カレン様についていくけれど、
なんだか、変な所に力が入っちゃって、いつも通りに歩けない。
手と足が同時に出るなんて、冗談かと思っていたけど、そうでもないらしい。
私は、鼻血が出てもおかしくないほどうれしかった。
むしろ、出なかったのが不思議だ。

お部屋の中に案内された。
座りなよ、と言われ、ソファの一つに座った。

「君は一昨日の子だね?」

カレン様は私のことを覚えていてくれたようで、それも、やはりうれしかった。

「どうしたんだい?」

ええと、私は何しに来たんだっけ?
そうだ、お礼、お礼を言わなきゃ。
でも、なんて言っていいかわからない。
というか、声が出ない。

「あ、あの、お…、お…、お…、…!」



――後々になって考えても、このとき、なんでこんなこと言ったのか解らない。
きっと死ぬまで考えても分からないんじゃないかな。




「……お姉さまと呼ばせてください!!!」




…。

空気が凍りついた。
自分でも何を言ったのか分からない。

「………。」
「………。」


重苦しい空気が流れる。


「……。」
「…。」


「…ぷっ、…くくく、あっはっはっは…!!」

カレン様はお腹を抱えて笑い出してしまった。

あわわわわ…!
なんてことを言ってしまったんだ、私は!
恥ずかしい!というか、馬鹿だ!私馬鹿だ!
というか、撤回!いやいや、もう遅い!
出してしまった言葉を引っ込められるなら、そうしたい!

「あっはっは…、やばい、涙出てきたよ…。ぷっくく…。」

カレン様は、足をばたつかせながら、まだ笑っている。

きっと、私の顔は真っ赤になっていることだろう。
顔が猛烈に熱かった。

「けほ、けほ…。…いや、面白いこと言うね、君。」

ひぃひぃ言いながら、ひとしきり笑い尽くしたカレン様。

そして、ニヤニヤしながら…。

「くくくっ、いいよ、今から私は君の“お姉さま”だ!」

高らかに宣言した。

意外な言葉に今度は私がどう応えていいか分からない。

「次からは、私のことを“お姉さま”と呼びたまえ!」

そうしてまた“お姉さま”はゲラゲラ笑いだした。



―――その日、私に、姉ができました。―――






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