シチュエーション
「…狩りに行くの?」 深夜、家の前から飛び立とうとしていた私は、またサラに見つかった。 今度はちゃんと、サラの問いに振り返り、できるだけ真摯にうなずいた。 なんだか、サラは様子が変だ。 思いつめたような、なにか言いた気な感じだった。 私と目を合わせてはすぐに逸らせて目を伏せて、それを何度か繰り返す。 当然だ。一緒に暮らす者が、今から他人を犯しに行こうというのだ。 何か思うことがあってもおかしくはない。 でも、私は前回ロクに吸わずに帰ったこともあり、とても空腹だ。 狩りに行くことやめたりはしない。 もう、隠す必要なんてないんだから。 そして、飛び立とうと翼を広げる。 「待って!」 …止められた。 「……。」 サラは無言で、でもまだ落ち着きがない。 「サラ、私は…」 私は止めたって行くよ、と言おうとした。 が、途中で遮られた。 「…わ、…私を食べて!!!」 サラは、叫ぶようにそう言った。 「……。…サラ?」 「お腹がすいているなら、私を食べればいいじゃない!!」 サラの拳は固く握り締められて、ふるふると震えていた。 よく見ると、目尻には涙がたまり始めている。 放っておいたら今にも泣き出してしまいそうだ。 私は思わず駆け寄って、サラの肩をつかんだ。 「ちょっと、サラ、落ち着いて…。」 「いやっ!私をっ…!私を…、…えぐっ…えぐっ…。」 ああ、やはり泣き出してしまった。 「わかった、わかったから、中で話そう。ね?」 背中をさすり、宥めながら家の中へ連れてゆく。 もう、狩りどころではなくなってしまった。 とりあえず、サラをベッドに座らせて、私は隣に座る。 サラは眼を伏せたまま、時折、ぐす、ぐす、と鼻をすする音が聞こえる。 「えっと…、どうしたの?」 無言だった。 私はサラの顔を見ることができず、震える小さな肩しか見えなかった。 しばらくして、やっと絞り出すように、一言。 「…私を、堕として…。」 それは、きっと、多分、懇願だった…。 …サラは堕として欲しいのか? 本気でそんなことを言っているのだろうか? サラは分かっていない。魔物の怖さを。 襲われる側の怖さを、襲う側の怖さを。 「サラ…、堕ちたって、いいことなんてないよ…? そんなことは言っちゃいけない。」 これは多分、私の本心だ。 私は魔物になって、できなかったことがいろいろとできるようになったけど、 それ以上に、いろいろと失って…、そして、難しくて苦しかった。 だから、サラまで堕とそうとは思っていない。…思ってはいけない。 再び、サラが口を開く。 俯いていた顔は向き直り、逸らされていたその瞳が、今度は私を捉えていた。 でも、それはわずかに揺れていて、私から逃げまいと必死だった。 「…私とお姉さんって何?家族、だよね…?」 …ああ、それだけ聞いて、なんだか見当が付いてしまった。 「…昨日、お姉さんは家族と暮らすことだって悪いことじゃないって言った。 知ってるでしょ?私に家族なんていない…。みんな死んじゃったんだから…!」 サラを助けた日の光景が思い出される。 サラの家の居間に転がっていた女の死体。 サラの、母だった、大切な人の遺体。 …そうか、サラには他に家族はいないんだ。 「私には、お姉さんしかいないの…。だから、私もお姉さんと一緒になりたい。 だから…、一緒にして…ほしい。」 そうだ、人間と魔物、いつまでも一緒にいることなんてできない。 だとすれば、魔物同士ならどうなのか。 サラは私の眷属になることができて、 真に家族になることができる。 「サラ…。」 「…お願い。」 ――ゾワリ…と、私の何かが目を覚ます。 サラの涙で濡れた瞳は、きっと真剣だったと思う。 きっと心の中は、私なんかが想像し得る以上に真剣だったのかもしれない。 サラに家族はいない。今は私しかいない。 もしもこの選択で、魔物の爪がサラの未来を抉り取るとしても、 サラは私を選んだのだ。 ――だから、私は、その願いを聞き届けてやろう、なんて、思ってしまった。 「…いいんだね?」 ―――私はきっとサラを想い、サラはきっとこんな私を慕った。 その結果がこれならば、私も確かに魔物だったのだろう。――― ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |