シチュエーション
「辺境地域統括司令部長官などと聞こえはいいが単なる厄介払いではないか」 憮然として語る上官をイリスは声を低く窘める。 「そのようなことを申されますな、閣下。誰の耳に入るとも知れません」 「ふん。聞かれたところでかまうものか」 「よいではありませぬか。これもまた閣下に課せられた試練と思いますれば」 「よいものか。向こう三年は王都を離れねばならんのだぞ」 ユリシスは右手に握られた鞭で落ち着きなく軽く左手を打つ。 うろうろと室内を歩き回るユリシスの姿をイリスは微動だにせず眺めている。 「しかし、閣下。元を辿ればあなたの素行の悪さが原因ではありませぬか」 ぴたりとユリシスの動きが止まり、整った顔を歪めてイリスを睨みつける。 「閣下は悪ふざけがすぎます。遊ぶならば相手をお選びくださいませ」 「男なら誰でも通る道だ。そうだろう?」 「自分は女ですので同意しかねます」 ユリシスは手にした鞭をイリスに向かって振り下ろす。 顔に触れる少し手前で鞭はぴたりと止まった。 「まったく、お前は本当につまらん奴だ」 眉一つ動かさぬイリスにユリシスは舌打ちをする。 「イリス」 イリスの傍らに置かれた椅子にユリシスは腰掛けた。 流れるような黒髪、育ちの良さを感じさせるきめ細やかな肌、神経質そうな眉。 醸し出す雰囲気が冷酷さを感じさせるがそれを差し引いてもあまりあるほどにユリシスは美しかった。 母譲りの美貌をもったユリシスはその気になればいくらでも冷酷さを押し隠して人好きのする雰囲気を作り出すことが可能だ。 専らそれは女性相手に活用されるわけだが。 「辺境の地にも美人はいるものか?」 「実際に見たわけではありませんので断言はできかねますが王都とはまた違う趣の美女ならばあるいは」 「洗練された美しさはなくとも素朴な美しさがあるかも知れないということか」 一人で納得し、ユリシスはにやりと笑う。 他人が見れば判別はつかないだろうが、イリスはほんの僅かに呆れたように眉を寄せた。 イリスは一見すると男性と見間違うような外見をしていた。 短く切り揃えられた髪は陽の色に似ており、肌は褐色に近く、軍服をきっちりと着込んでいる。 ユリシスはイリスを見上げて、くつくつと笑う。 「呆れたか?」 「少し。懲りないお方ですね」 「諦めろ。男の性だ」 ぐいっとイリスの腕を引き、ユリシスは彼女を抱き寄せる。 バランスを崩したイリスはユリシスに覆い被さるようにして彼の上に倒れ込んだ。 「閣下!」 「望む女が手に入らぬのだ。他で間に合わせるしかあるまい」 至近距離で見つめ合えばユリシスの美しさにイリスは目を奪われる。 「閣下が手にできぬ女などおりますまい」 「ふん。そうならば楽なんだがな」 ユリシスの指がイリスの唇をなぞる。 「私の愛する女は私を嫌っているのだ」 イリスは困惑に瞳を揺らす。 「お前が動揺するところを初めて見たぞ」 「このような戯れはおやめください」 腕を掴むユリシスの手が離れるや否やイリスは立ち上がって呼吸を整える。 「今度の恋のお相手がどこのどなたかは存じませぬが相手にされないからといって自分に八つ当たりをするのはやめてください」 イリスがきっぱり言い切ればユリシスは声を上げて笑い出す。 「何がおかしいのですか」 「いや、我ながら難儀な女に惚れたものだと思ってな」 訝しげに眉を寄せるイリスを横目に、ユリシスは笑いすぎて目尻に浮かんだ涙を指で拭った。 「まあいいさ。いずれにせよ、私の側からは離れられんのだからな」 髪をかきあげ、ユリシスは嫣然と笑んだ。 SS一覧に戻る メインページに戻る |