シチュエーション
子どもたちへのプレゼントをそりへ積み込み、ベルはほっと息をついた。 ベルに荷物の積み込みを命じたきり現れぬ主人のことを案じながら、ベルはそりにちょこんと腰掛けた。 ベルが動く度にチョーカーについた鈴がしゃらんと鳴る。 ベルがいるのは家の横に設けられたそりを収納する倉庫。 倉庫の回りは夕暮れ時から降り始めた雪が新たな層を作り出し、固くなり始めた雪を柔らかな雪が覆っていた。 ざくざくと雪の上を歩く音がし、ベルは立ち上がって開け放した倉庫の入り口へ駆け出した。 「お待たせ、ベル。遅くなってすまないね」 真っ赤な衣装に身を包み、笑顔で謝るのはベルの主人であるクロスだ。 彼はまだ若いが、一昨年サンタ試験に合格した立派なサンタクロースである。 今日は二人がペアを組んで三度目のクリスマス。 「君が寒くないようにこれをとってきたんだよ」 クロスが差し出したマフラーを首に巻いてもらい、ベルははにかむように微笑んだ。 「今日も頑張ろうね、ベル」 「はい、頑張ります!」 「頼もしいな。よろしく頼むよ」 ベルよりも頭二つ分ほど大きなクロスを見上げながら元気よく返事を返す。 優しい主人がベルは何よりも好きだった。 いそいそとそりへ近づき、ベルは小さく体を震わせる。 ゆっくりとベルの体が人型から獣へと変化を遂げる。 すっかり人の形態を外れたベルはトナカイへと変化した。 クロスはベルの背を愛おしげに撫で、そりへと繋いだ。 「さあ、行こうか。子どもたちが待ってる」 二人の仕事はこれから始まるのである。 * 二人が家に戻ったのは東の空が黒から紫へと色を変え始めた頃だった。 人型に戻ったベルはクロスの後について赤々と光る暖炉の側へ移動する。 クロス専用揺り椅子の足元に敷かれた絨毯に寝転び、ベルは小さくあくびをする。 キッチンにこもったクロスはコーヒーとホットミルクを用意している。 暖炉の火にあたり、ベルはうとうとと微睡み始める。 「ベル。僕から君にプレゼントがあるんだ」 キッチンから戻ったクロスの言葉にベルはがばっと起き上がる。 「よ、よいのですか?」 ホットミルクのカップを受け取り、ベルは頬を紅潮させてクロスを見上げる。 揺り椅子に腰掛け、クロスは傍らのテーブルにコーヒーのカップを置いた。 「ああ。今日はクリスマスだし、君にはいつも世話になってるし」 ごそごそとポケットから袋を取り出し、クロスはそれをベルへと放り投げた。 小さな袋を受け取ったベルは大切そうにそれを抱きしめる。 「あけてごらん」 クロスに促され、ベルは袋を開けた。 中に入っていたのは新しいチョーカーだった。 「それならいつもつけていられるだろう?」 大きく頷きベルはクロスへと近づく。 立ち上がったベルと座ったままのクロスの視線がかち合う。 「つ、つけてください」 クロスの手にチョーカーを握らせ、ベルはクロスに背を向ける。 短い髪の間から覗く耳が赤く染まっているのを見つけ、クロスは嬉しそうに笑った。 「もう少し近くにおいで」 ベルの腹に腕を回して引き寄せる。 クロスの膝に座らされ、ベルはぎゅっと目を閉じた。 首筋に息がかかる。 クロスがこういうことをしはじめるのは大概ベルを欲しがる前兆だ。 しゃらんと鈴が鳴り、古いチョーカーが外されて新しいものに変わる。 これはベルがクロスのものだという証に見えるとベルは思った。 「僕もほしいものがあるんだ」 再びクロスの手が腹に回り、優しく抱きしめられる。 「ベル」 耳朶を噛まれ、ベルは小さく啼いた。 「君がほしい」 クロスの手が胸を包み込み、首筋に唇が触れる。 どくどくと高鳴る心臓と飛んでいってしまいそうな意識を必死で抑え、ベルは上半身を捻ってクロスと視線を合わせる。 「あ、あの……クロスさんが大好きです」 「うん。僕も好きだよ、ベル」 優しく重ねられた唇が少しずつ熱を増していくのを感じながら、ベルはクロスへの愛おしさと幸せで胸をいっぱいにするのだった。 SS一覧に戻る メインページに戻る |