シチュエーション
美しい山々に囲まれたエーレンシュタインは300年続く女帝国家である。 現女王であるアーデルハイネは、長く続いた隣国ディラストとの戦争を終結させ たことで、その名を知られた才女である。彼女の隣には常に夫であり宰相であるシュ ヴェールヴァールの姿があり、その仲睦まじさも有名だ。 そんな彼もまた、女王の円卓の騎士の一人である。 エーレンシュタインには、女王が優秀な騎士を率いて国を守ったという歴史があり、 今もそれに習い、彼女を補佐する6人の直属の部下を円卓の騎士と呼び崇めている。 「ねえねえ、シュヴァルベ大将軍って恋人が居ないって、本当なの?」 昼食時、食堂で毎度友人に聞かれる質問に、レオニーはうんざりした顔をした。 レオニーは亜麻色の長い髪を一つに束ね、大きな青い瞳が特徴的な今年で22歳にな る新米下士官だ。昨年、無事に士官学校を卒業し、念願叶って軍務に就いた。彼女の 職場は軍務を一手に取り仕切る大本営の、それを取り仕切る大将軍シュヴァルベの副 官だった。 彼もまた円卓の騎士の一人であり、その中でも未だ独身である事から、女性達の注 目の的である。隣国ディラストとの戦争で多大な功績を挙げた彼は、いかにも軍人と いう風貌で華やかな噂も無く、その硬派な態度が一部の女性達のハートと掴んでいる ようだ。とはいえレオニーからすれば、軍務一筋の何の面白みのない男、でしかない のだが。 こちらが呆れるぐらいにストイックな彼の生き方は、ある意味尊敬はするが、賞賛 はしない。仕事に関しては何の文句もない副官冥利に尽きる上官かもしれないが、仕 事を抜きにすると、彼と一体何を話せばいいのかレオニーは全く判らないのだ。 副官というものは、それでもなくとも上官と共にする時間が長い。だから円滑な関 係を結ぶためにも、それなりの信頼関係を作らなくてはならないとレオニーは考えて いた。 他愛も無い会話も、世間話も──それなりに必要だろうと、そう考えていた。 だが、シュヴァルベはそういった類の会話を一切しようとしない。意を決してレオ ニーからしたとしても「そうか」「分かった」などと短い言葉で済まされてしまう。 彼の方からすればレオニーとの関係は仕事のみであって、それ以上の関わりを求め ていないという事なのかもしれない。それはそれで楽かもしれないが、 (「ヴァール兄様なら、こんな風にはしないわ」) ヴァールとは、宰相であるシュヴェールヴァールのことである。彼は名門貴族リル ヴァン家の生まれで、レオニーはその分家の娘に当たり、二人は遠い親戚になる。幼 い頃、遊んでもらったことが何度かあり、レオニーが軍を仕官したのは、彼の影響が 多分にある。 優しく聡明なシュヴェールヴァールは、レオニーにとって憧れの存在だった。 だから、レオニーの第一志望は彼の下での勤務だった。士官学校を首席で卒業する と、宰相の下に配属されるという話を聞き、見事に主席を勝ち取った。だが実際の配 属先はシュヴァルベの下だった。 どちらもやりがいのある、国にとって重要な職場ではある。だが、レオニーにとっ ては雲泥の差だった。それを表に出すような真似はしないが、シュヴァルベに対する 彼女の評価が辛いのは、そういう理由もあるのだろう。 無駄なものが一つも無いシュヴァルベの執務室は、部屋の主の気質をそのまま現し ているようだった。 「将軍。例のハーシュベルでの一件、報告書が出来上がりました。ご確認をお願いし ます」 「分かった」 相手の顔を見ようともせず、シュヴァルベはレオニーからの書類を受け取った。レ オニーは一礼をすると側にある自分の机に戻る。 皆、こんな人の何処がいいのかしら──刈り込んだ短い髪に、厳つい身体、まさに 軍人のお手本のようなシュヴァルベの横顔を眺め、レオニーは小さく溜め息をついた。 副官に就いてから一年経つが、噂通り本当に浮いた話など一つも出てこない。歳を 考えれば、どこぞに愛人の一人や二人いてもおかしくないが、彼に女の影は一切無い といってもいい。宿舎と大本営を往復する毎日で、趣味らしい趣味もない。一体、休 みの日は何をしているか、見当もつかない。 こんな息苦しい生活が毎日続くのかと思うと、レオニーはそれだけでげんなりして くるのだが、皆はそう思わないのだろうか。 「体調でも悪いのか、レオニー」 「え?い、いいえ。そのようなこと、ありません」 「そうか。ならばいい」 まさかシュヴァルベからそのようなことを尋ねられると思ってもみなかったレオニー は一瞬面食らったように彼を見てしまった。慌てて軍人らしく背筋を伸ばし、はっき りとした口調で答えると、彼は顔色一つ変えず、また書類に目を落とした。 本当によく分からない人──レオニーにとってシュヴァルベは、上官でなければ関 わりたくない、苦手なタイプだった。 久々の休日、レオニーは街にいた。ずっと見たかった流行のブティック店を一回り し、戦利品も手にすることができた。そろそろカフェで一休みしようかとお気に入り の店に向っていると、その向かいの本屋から、一際体格の良い男性が出てきた。とり たておかしな光景では無かったのだが、出てきた人物をレオニーはよく知っていた。 「ハーシュベル将軍──!?」 その呼びかけに気付いたのか、相手は足を止めてしまった。マズイとレオニーが思っ た時には既に遅く、彼はこちらの存在に気付いてしまった。 後になれば一礼でもして、すたこら逃げてしまえば良かったのだが、その時のレオ ニーは馬鹿正直に彼がこちらに来るのを待ってしまっていた。 「レオニー。出来ればその呼び方はやめてくれると助かる。……周囲の者達に気を使 わせてしまうのは避けたい」 はたとそこでようやくレオニーは彼が私服姿である事に気付いた。 「……ええと、閣下。護衛の姿が見当たりませんが……」 「彼らを引き連れて此処には来れないだろう?ああ、安心しろ。護身用の銃は持っ ている」 さらりと口にした言葉にレオニーは眩暈がした。軍務を預かる大将軍が護衛もつけ ずに街をぶらりとしているなど聞いたことがない。 まあ、確かに軍服を脱いだハーシュベルの姿は、存在だけでディラスト兵を震え上 がらせたといわれる大将軍とは一致しない。そもそも、軍服姿のイメージが強いだけ に私服姿が似合わないのだ。レオニーが見つけられたのは、普段から傍にいることが 多いからであって、それがなければ判らなかったに違いない。 確かに今日はハーシュベルも休みであるるから、彼が何処にいようと不思議ではな いのだが、こんな風に外出するなどとは思ってもみなかったレオニーは、ただただ唖 然として彼を見上げてしまっていた。 その視線にハーシュベルも気付いたのだろう、困ったように視線を逸らし、 「そう珍しいものを見つけたような顔をしないでくれ」 「あ、ああ、申し訳ありません!そんなつもりでは……」 「そうか?今の君は、私が買い物をするなどと思いもしなかった顔をしているぞ?」 悪戯っぽく目を細めて笑うハーシュベルに、レオニーは更に驚いた。普段の冷厳、 厳格、威圧感漂う彼の姿からは、今の子供っぽい彼は想像も出来ない。 無意識にレオニーはまじまじとハーシュベルを見てしまった。すると彼の手に本が あることに気付いた。 「閣下は本を買われたのですか?やはり読まれる本というのは、軍務に関わりのあ る……」 それとも何かの資料なのだろうか、とレオニーは興味本位で尋ねてしまったのだが、 尋ねられた相手は心底困ったような顔をした。 「そんなご大層なものじゃあない。……気になるのか?」 「えっ?あっ、はい……閣下が読まれる本ならば、私にとっても役に立つのではな いかと……」 その言葉にハーシュベルは苦虫を噛み潰したような顔を作り、素っ気無く持ってい た本をレオニーに差し出した。 レオニーはそれを有り難く受け取ると、ぱらぱらと中身を確信した。 そこには、仕官学校時代に読み深けた兵法軍事関係の類の本でもなければ、高名な 作家の歴史書物でもなく──巷に溢れ出ている純文学と呼ばれる本だった。しかも、 どこにでもあるような男女の恋愛もので──そういえば、先日、人気作家が出した恋 愛小説が人気なのだと、同僚女性が騒いでいたような気がする。 「これは誰かに頼まれて、お買いになったのですか?」 「いや。自分のためだ。……言わなくても判っている。顔に似合わず、おかしなもの を読んでいると思っているのだろう?」 「そ、そんなことは!ただ、意外だなと思いまして……」 硬派で知られる彼の読む本が、流行の恋愛小説だなんて──誰が思うだろうか。本 を返されたハーシュベルはレオニーに世辞はいいと大きく首を横に振り、 「いや、いいんだ。自覚はしている」 慣れていると言いだけなハーシュベルは、きっと以前にこのことで、かわかられた ことがあるのだろう。だが、レオニーは笑うようなことはせず、 「お好きなんですか?」 そう一言だけ尋ねた。すると彼は一瞬、意外そうな顔で彼女を見下ろし、すぐに照 れくさそうに視線を外してしまった。 「ああ、昔からな。出来れば物書きになりなかったんだが、そういう才能には恵まれ なかった」 言い終えてから、らしくないとハーシュベルは苦笑をすると、レオニーに向き直っ た。そこには普段通りの上官の顔があった。 その切り替わりの早さが何故かレオニーにとっては残念だった。仕事が恋人と揶揄 されるような大本営での大将軍よりも、好きな小説を楽しそうに語っている彼の方が、 レオニーは好きだった。 え、今、自分は何を──ハーシュベルのことが好き──?そこまでしてレオニー は、はっと顔を上げ、彼と見合ってしまった。 「どうかしたのか?レオニー。顔が赤いようだが……」 「い、いいえ、何でもありません!お休みのところを邪魔をしてしまい、申し訳あ りませんでした。失礼します!!」 手荷物を大きく揺らして、レオニーは一目散にハーシュベルの下から去った。 ハーシュベルが彼女に避けられていると気付くのに、そう時間はかからなかった。 目を合わせることを避け、二人で居ることも極力避けられているような気がする。 とはいえ、彼女は有能な副官であるから、任務に支障はきたすことはなかったが、そ れでも以前の彼女からは想像も出来ない態度だ。 原因は──多分、自分にあることはハーシュベルも気付いている。 そもそも、彼女が自分の下に来ることを望んでいなかったことは知っている。旧友 であるシュヴェールヴァールから彼女のことは聞いていた。そして彼女が旧友を敬愛 していることも気付いていた。ならば、正反対である自分の下で働くなど苦痛に近い ことだろう。もしかすると、今までやってこれたのは奇跡なのかもしれない。 今まで彼女はよくやってくれた。これからは彼女の望む場所でその才能を開花させ た方がいいのかもしれない──ハーシュベルは旧友の執務室に向うことにした。 それから数日後、ハーシュベルは誰よりも早く執務室に入り政務をしていると、け たたましい足音が聞こえてきた。一体何事かと顔を上げるのと同時に、扉が開いた。 「私に何か不手際でもあったのですか!教えて下さらなければ納得できません、ハ ーシュベル将軍!!」 そこには、蜂蜜色をした長い髪を一つに束ねたレオニーが仁王立ちしていた。彼女 が怒る姿など見たことのなかったハーシュベルはそちらに気を取られてしまい、返事 をすることを忘れてしまった。それをレオニーははぐらかされたと思ったのだろう、 ずかずかと大股でハーシュベルの机まで歩み寄ると、 「私の移動を願い出たとお聞きしました」 「ああ、シュヴェールヴァールに頼んだ」 「理由をお聞かせ下さい」 「君が私の副官でいることに耐えられなくなったと思ったからだ」 「え……?」 予想外のハーシュベルの言葉にレオニーは目を瞬かせた。 「君が以前からシュヴェールヴァールの下で働きたいと思っていたことは知っている。 だがあの時は丁度、私の副官が空席の状態で誰かいないかと彼に頼んでいたんだ。そ の彼の薦めが君だった。彼の言葉通り、君は優秀だった。こんな私の補佐をよくして くれた。しかし、やはり君は君の望む場所で働くべきだ。その方が良いはずだと、私 が判断した」 持っていた書類を机上に置くと、ハーシュベルは椅子から立ち上がった。 「君ならば、何処に行っても必要とされる人物になるだろう。自信を持ちたまえ」 ハーシュベルは自分の肩ほどもない背丈の彼女の向かいに立つと、目の前の光景に ぎょっとした。 「それは、将軍は……もう私を必要とされていないということなのですか」 俯いたレオニーの肩は小さく震え、それが泣いているからであることぐらい、ハー シュベルも気付いた。 「そうは言っていない」 「私の移動を願い出るということは、そういうことです!」 よかれと思い出た行動が、逆に彼女の自尊心を傷つけてしまったのかもしれない。 「私は君が必要だ。だが、君とってそれが苦痛であるなら、それは良くないことだと 言っているんだ」 「誰が嫌だなんて、言いましたか!」 涙目のまま、そう言い返したレオニーに、ハーシュベルは咄嗟に言葉が出なかった。 うっすらと涙を滲ませた彼女は儚げで、それでいて気丈なまでに凛としていた。 「しかし……だな。最近の君は私の傍にいることが辛いのではないのか?目も合わ ようとはせず、極力、話すことを避けているように私は思うのだが」 そう指摘され、レオニーは途端に顔を真っ赤にさせた。すると先ほどの勢いは何処 へ言ってしまったのから、しどろもどろになかってしまった。 「そ、それは……将軍の思っているようなことではなく、わ、私個人の……」 「レオニー?」 意味が判らないと言いだけなハーシュベルの問いかけに、レオニーは意を決して、 「仕方ないじゃありませんか!私もまさか将軍のことを、こんな好きになると思っ ていなかったんですから!!」 そう顔を真っ赤にして言い返してきた彼女に、ハーシュベルは面食らってしまった。 そしてわざとらしく咳をして、 「こんな時に、冗談など言うものではない」 「……だから言いたくなかったんです」 判りきったハーシュベルの態度にレオニーは力なく答えた。 偶然にも街で会ってしまった時、普段の厳めしい顔付きの彼とは全く違う一面に心 惹かれてしまった時から、彼が自分に本気になってくれない事は薄々分かっていた。 今まで副官として彼の傍にいたのだ、彼が特定の女性を作るつもりがないことぐらい 知っている。 それでも好きになってしまった気持ちはレオニーの中で勝手に大きく膨らんでしまっ ていた。まっすぐにこちらを見るハーシュベルの視線にレオニーは耐えられなかった。 任務の時はそれで割り切ることが出来るのだが、休憩時間、移動時間など、それから 少し離れてしまうと、以前とは別の意味で、彼といることが出来なくなってしまった。 それを隠し通すことが出来なかった事態が、副官失格と言われればそれまでなのだが。 「……将軍のお気持ちは分かりました。移動の件、了解しました」 深々と一礼をしたレオニーはくるりと身を翻し、部屋から出て行こうとした。だが、 その腕をハーシュベルは掴んだ。その咄嗟の行動にハーシュベル自身も驚いていた。 一体自分はどうしたいというのか──そんなことは分かりきっていたが、それを素直 に認めることが出来ないでいた。それも当然だろう、誰がこんな面白みのない男に、 歳若く、そして優秀な彼女が惚れると思うのだ。 「離して下さい、将軍。ハーシュベル──」 続けようとした言葉をレオニーは口にすることが出来なかった。いきなり腕を掴ま れたかと思ったら、更に強く引っ張られ、気付くと目の前が真っ暗闇だった。それが ハーシュベルの軍服だと気付いたのは、随分経った頃だった。そこでレオニーはよう やく自分がハーシュベルの抱きしめられているのだと知った。 「──本当に君は私のことが好きなのか?」 「将軍に嘘を付いて、どうするというんですか」 おかしなことを聞くと言いだけなレオニーに、それでもハーシュベルの言葉は煮え 切らない。 「だが、私のような軍人としてしか生きられないような男に、君のような魅力的な女 性が好意を寄せるとは到底──」 「私の言うことが嘘だと仰りたいのですか!?」 告白をした上に断られ、しかもそれに疑問を投げかけるなど追い討ちをかけるよう なものではないか。レオニーがそう詰め寄ると、ハーシュベルもまた覚悟を決めたよ うに彼女を見下ろした。 「そんなことは断じてない。──ただ、私は昔からこういうことに不得意でな……。 君を傷つけてしまったのなら謝る。本当に君のために良かれと思ったんだ。それだけ は信じてくれ。私は……君が必要だ。君以外の副官など、考えられない」 「それは将軍も私のことを好いてくださっているということですか?」 はぐらかして答えたというのに、単刀直入に聞いてくるレオニーに、ハーシュベル は一瞬戸惑いつつも、 「ああ、私も君のことが好きだ」 なんて生きた心地がしないのだろうかとハーシュベルは思った。これならば、戦場 で独り敵陣に突っ込む方が何倍も楽だろう。ならばレオニーは、今まで自分が戦った どの相手よりも手強いということになるのかもしれない。 自分よりも10以上も年下の異性の言動など、ハーシュベルが判るはずもない。だか ら次の瞬間、 「将軍、嬉しい──!」 心底嬉しそうに言い放ち、目一杯背伸びをして自分に口付けてくるなど、ハーシュ ベルが判るはずもなかった。 突然柔らかい感触を味わい、身体全身で喜びを表すレオニーに、ハーシュベルは戸 惑いつつも、愛しさを覚えてしまった。 自分の前では決して見せない、歳相応の彼女の言動は、ハーシュベルにとって眩し いものだった。同僚の女性と楽しそうに話している彼女を見た時、あれが彼女の本当 の姿なのだろうと思った。所詮、自分は望んでいない職場の戦うことしか才能のない つまらない上官でしかないことは気付いていた。それに話したところで、彼女を楽し ませるような話術も持っていない。どうせ彼女を失望させるぐらいならば、極力係わ り合いを持たない方が得策だろう。 そうやって今までやってきたのだ。それをいきなり変える事など、不器用なハーシュ ベルに出来るはずもない。 街中で彼女が自分を見つけてきた時は驚いたものだ。よくも自分を見つけられたも のだと、感心してしまった。だからうっかり話さなくていいことをペラペラと喋って しまったのだろう。あの日以来、彼女が自分と距離を作るようになってしまったこと には気付いていた。きっと、『顔に似合わず恋愛小説なんて読んで、変な人』だと感 じたのだろうと思っていた。そう思う方が自然だ。 こうやって彼女を抱きしめ、口付けている今でも実感が湧かないは、多分それが原 因なのだろう。 だが、鼻をくすぐるレオニーの甘い香りは酷く心地良かった。まるで上等な酒でも 飲んでいるかのようだった。 「──んっ、……将軍、」 「こんな時に、その呼び方は止めてくれ。……悪い上官が部下を誑かしている気になる」 そう告げるハーシュベルは心底困ったような顔をするので、レオニーはくすくすと 笑ってしまった。泣く子も黙る大将軍のこんな顔を見れるは、きっと自分だけなので はないだろうか。そんな優越感がレオニーには嬉しくて堪らない。 「じゃあ、将軍。執務室でこんなことをするのは悪いことじゃないんですか?」 「してきたのは君の方だろう」 「止めましょうか?」 「君は私に犬のようにおあずけをしろというのか」 少しだけ不貞腐れたようにハーシュベルは言い返すと、それ以上は会話を続けるつ もりはないのか、レオニーに口を塞いでしまった。歯列をなぞり、舌を絡め取るよう とに吸い上げられると、レオニーは堪らず身を震わせてしまった。 「性急、すぎます……将軍、」 「仕方なかろう。いつ君の気が変わってしまうかもしれないのだからな」 「そんなことっ、あ、んっ──」 レオニーの脚を付け根に這い上がるような手つきでハーシュベルはなぞり上げた。 驚くほど器用に彼は、ストッキングを止めていたガーターベルトを留め金を外し、 スカートを捲し上げてしまった。そしてショーツの隙間から指を這わせ、ぴったり と閉ざされたスリットをこじ開けてしまった。 「やっ、あっ、あっ、ハーシュベル将軍──!」 「その呼び方はしないでくれと言ったはずだ」 耳元でハーシュベルの低い声で囁かれると、それだけでレオニーは感じてしまう のか、むずがる子供ように首を横に振ってしまう。そんな姿がまた可愛くて、ハー シュベルは堪らないとばかりに、その額や頬、首筋に唇を落とした。 その度にレオニーは甘い声でハーシュベルを誘惑する。もっと乱れる彼女が見た いとばかりに、ハーシュベルは秘裂をなぞる手に力をこめてしまう。うっすらと指 に絡みつく愛液をそのままに、恥毛に隠れる花芽を包皮の上からやんわりと押して やるかと思えば、厚くなった花びらの内側をなぞり、もう一つの穴まで、ゆるゆる と何度も往復する。十分に密壷から愛液が溢れ出ると、ハーシュベルはようやく無 骨な指でその場所を蓋をした。 「──凄い締め付けだな。まるで処女のようだ」 たった一本の指だというのに、レオニーの膣はぎゅうぎゅうに締め付けてくる。 その言葉にレオニーは息を呑む。その反応にハーシュベルは、もしやと彼女に問い 質した。 「まさか、本当に処女なのか?」 その問い掛けにレオニーは顔を真っ赤にして顔をそむけるだけだったが、ハーシュ ベルはそれが肯定であると理解した。場慣れしているとばかり思っていた彼は、予 想もしていない展開に行為もそこそこに彼女を抱き上げしまった。 「ハーシュベル将軍!?」 「狭いが仮眠用のベットがある」 隣室は主に書庫として使っているが、宿舎に戻るのが面倒な時用などにはハーシュ ベルはそこで寝泊りをしている。 このまま行為を続けても、初めての彼女には負担が増すばかりだ。それを知らな いほどハーシュベルも無知ではない。お世辞にも綺麗な室内とは言えないが、ここ でするよりはマシだろう。 ずかずかと大股でレオニーを抱きかかえたまま、ハーシュベルは隣室に向い、粗 末なベットに彼女を寝かせた。そしてまるで天蓋のように彼女の上に覆い被さった。 そして未だにレオニーの胸元が着込んだままなことに気付いた。 「そういえば、まだこちらを拝んではいなかったな」 「将軍。その言い方、オヤジ臭い台詞ですよ?」 「君から見れば十分にオヤジだからな、仕方あるまい」 皮肉を皮肉で反論するハーシュベルは何故か得意げだ。普段の無口で無愛想な彼 が、これほど口が達者だとは思わないだろう。もう、と頬を赤くするレオニーに頬 に口付けながら、ハーシュベルは勝手知ったる軍服を意図も簡単に脱がしてしまった。 真っ白なシャツをはだかせ、淡い黄色をしたブラジャーを外すと、形の良い胸が ぶるりと揺れた。豊満とは程遠い大きさだが、形は良く、肌触りが格別だった。ま るでマシュマロでも触っているかのように柔らかく、それでいて弾力のある胸に、 ハーシュベルは誘われるように桜色の蕾を口に含んだ。そして舌先でちろちろと叩 き、吸い上げると、レオニーの背中は大きく弓なりに反れた。 初めて知る快楽に戸惑いつつも、少しずつ艶を見せる彼女の姿にハーシュベルは 目が放せない。レオニーのショーツを脱がし、口に含んでいた突起を解放してやる と、そのまま彼女の片足を持ち上げ、露になった秘部に顔を近づけた。 「や、そんなところ、汚い──」 「そんなことはない。とても魅惑的だ」 「そ、そこで喋らないで下さい、あっ、ああんっ!」 濡れた花びらをめいっぱいに広げられ、隠れていた花芽を探り出すと、ハーシュ ベルはそこに口付けた。 未開発の女性も感じる場所というだけに、それはレオニーにとっても同じことの ようだった。下腹部から伝わるむず痒いまでの痺れにレオニーは堪らず逃げようと するのだが、ハーシュベルの手ががっちりと腰を掴んでおり、それが出来ない。 一向に手を休めてくれないハーシュベルの行為に、レオニーは堪らず彼の髪を掴 んで抗議してしまう。だが、それでも行為は収まらず、更に包皮を剥かれ、新芽を 触れると、今までの痺れとは比べ物にならない痛みに似た衝撃が、レオニーの身体 を貫いた。 「──レオニー」 その呼びかけに答えることも出来ないほど、彼女は息を切らせていた。ふとハー シュベルの指が口元に置かれているのに気付き、彼を見上げると、 「これが君の味だ」 そこでようやく差し出された指に粘液が絡み付いていることにレオニーは気付い た。そして、それが自身のものであることも。かあっと羞恥から顔を真っ赤にさせ た彼女にハーシュベルは一度口付けてから、濡れた指先でレオニーの下唇をなぞった。 「んっ、……変な味……」 何の躊躇いもなく差し込まれた指を舐めるレオニーに、ハーシュベルは目を細め、 堪らないとばかりに彼女の耳元で囁いた。 「もうこれ以上、我慢が効きそうにない。……君が欲しい」 酷く熱っぽいハーシュベルの声に、レオニーもまた同じだと告げるように頷いた。 「あ、ああっ──!」 太い杭のようなものに身体を押し上げられているようだとレオニーは思った。熱く、 それでいて大きなハーシュベルの肉棒に、身体が切り裂かれてしまいそうだった。 「ハーシュベル、将軍……っ、」 「すまない、レオニー。もう少し辛抱してくれ」 詫びるように汗ばむ額にへばり付いた前髪を払い、そのこめかみにハーシュベル は口付る。 苦しいのは、ハーシュベルも同様だった。 男を知らぬ彼女の内部は、侵入者を受け入れるというよりは、拒絶に近かった。 狭い内部を強引に捻じ込み、広げるように奥に進む度に、獰猛なほど締め上げられ る。まるで喰いちぎらんばかりの締め付けに、ハーシュベルは眉間に一層のしわを 作った。 彼女の気を逸らすために唇を重ね、舌を絡めるように激しい口付けをすると、内 部が愛液に満たされていくのが判った。激しい行為よりも、今の彼女はこんな風に 口付けを交わすだけでも十分感じてしまうのだろう。内部の狭さは相変わらずだが、 それでも愛液の量が増えると、動き易くなったことは事実だった。 そしてゆっくりとハーシュベルはレオニーの狭い肉洞を動き始めた。彼女の感じ る場所を見つけるような、ゆるゆるとした動きに、苦しいだけだったレオニーの声 も少しずつ艶を帯び始める。すると、ある部分に当たる度に彼女が一際反応するこ とにハーシュベルは気付いた。確認するように、その場所を重点的に責めると、レ オニーは堪らず彼の背中に回していた腕に力をこめた。 ああ、ここが彼女の感じる場所なのか──初めて知る快楽に戸惑うレオニーに、 ハーシュベルは落ち着かせるように抱きしめてやる。 「やっ、ああっ、将軍!わ、私、変な気持ちに──、」 「……そのまま、私に身を委ねるんだ、レオニー。おかしなことなど、何一つない のだから」 「で、でも、ハーシュベル、将軍──んんっ!」 「名を呼んでくれ、レオニー。こんな時まで、その呼び名を口にしないでくれ」 強請るようにハーシュベルは彼女の耳元で囁き、震える胸を鷲掴みにした。既に 蕾の突起はピンと立っており、それをハーシュベルは指の腹で押しつぶすと、膣の 締め付けは一際きついものになった。 その締め付けを押しのけ、ハーシュベルは動くスピードを高めていく。少しずつ 結合部からは淫らな音が奏でられ、それにレオニーの嬌声が重なる。それがハーシュ ベルを酷く興奮させた。まるで縋るように抱きつくレオニーの姿にも欲情している ように、甘い声を上げるその唇を塞ぎ、舌を絡め、唾液すら啜り取る。 酷い男だと自覚しつつも、行為を緩めることも、止めることも出来なかった。 「将軍、ハーシュベル将軍、ハーシュベル──!あっ、あああ──っ!!」 一際甲高いレオニーの声と共に、肉洞は痙攣するかのように激しくハーシュベル の肉棒を締め付けた。彼女が達したことを確認すると、ハーシュベルは愛液に濡れ た自身を強引に抜き、乱暴にそれを扱いた。腰の付け根に溜まったものを吐き出す ように、先端から白濁液が飛び散り、レオニーのシャツやスカートを汚していった。 その後、二人は晴れて恋仲になった訳だが、あの日ことをレオニーはあまり思い 出したくない。 ハーシュベルの精液でべとへどになった軍服など着れるはずもなく、当たり前の ように執務室などに換えなどあるはずもなく、レオニーどうやって更衣室に戻るか 散々悩まされたのだ。 結局、『珈琲を服に零してしまった』などという、いかにも嘘臭い言い訳を考え、 ハーシュベルの上着を借りて更衣室まで戻った。だが、そこには運悪く同期の知人 がおり、ハーシュベルの上着を着ている理由を根掘り葉掘り聞かれた。それでも何 とか納得してもらうと、彼女がある事に気付いたのだ。 「あら、レオニー。虫にでも刺されたの?赤くなってるわ」 ほらここにと首筋にはっきりと残る赤い跡を指摘され、レオニーは恥かしいのを 通り越して、ハーシュベルに怒りを覚えた。 いい歳をして、ハーシュベルは何を考えているのだ。 服を汚したことも問題なのに、その上、こんな跡をつけて、もし周囲に気付かれ たりしたら何を言われるのか──考えただけでも堪ったものじゃないというのに──! だが、そこはレオニーも一端の軍人である。 しかも、かの大将軍の副官である。──ポーカーフェイスはお手の物だ。 さらりと珈琲を零した時に火傷をしてしまったのかもしれないと心配そうに鏡を 見入っていると、彼女は不信がるよりも、医務室に行った方が良いと薦めてくれた。 執務室に戻ってきたレオニーが見るからに怒っていることはハーシュベルも分かっ たのだが、己の犯した失態までは気付かず、数週間もの間、彼女が口を聞いてくれ なかったのは言うまでもないことだった。 SS一覧に戻る メインページに戻る |