王都騎士団【二年前の話・前編】(非エロ)
シチュエーション


ファムレイユが百人隊隊長に就任した時、デュラハムは黒旗隊副隊長を務めていた。
その頃一度だけ、ファムレイユはデュラハムに問うた事があった。
「何故、隊長の地位を望まないのか」と。
次期隊長候補と噂される程、当時のデュラハムには充分にその素質があった。
のみならず、先代黒旗隊隊長──つまりは騎士団団長であるミケロ・ハルバードの口癖は「早く隠居したい」と言う、何とも不謹慎極まりない物。デュラハムに対するミケロの信頼も確かで、何度か王家にデュラハムを団長にと願い出ていた事もある。
しかし、デュラハム自身が団長に就任したいと望んだ事は一度もない。
ミケロが病気で引退する事となり、デュラハムが騎士団団長を引き継ぐ形にはなったが、ファムレイユの問いにデュラハムはこう答えた。

「人の上に立つには、それなりの責任や重さがついてまわる。俺はその役目にゃあ向いてねぇ」

しかし、ミケロの目は確かだったようで、デュラハムは団長に就任すると、大掛りな人事移動を行った。

重装備兵を主体とする赤河隊からシルヴァリアを、弓兵を主体とする緑雨隊からヒューを引き抜き、それぞれを副隊長と隊長補佐に任命。騎馬兵を主体とする青岳隊からはレオン・ギュースタンを引き抜いて彼を百人隊隊長へと任命したのである。

基本的に──例外はあれど──一度所属した部隊を異動される事は有り得ない。
だが、デュラハムはそれを行った。
結果、それぞれの働きは申し分なく、最初は非難を浴びせていた多くの貴族は沈黙するしかなかった。

適材適所と言う言葉がある。
デュラハムにはそれを見抜く目と、無駄にしない手腕が備わっていたのである。

そして、デュラハムが団長に就任した年の事。
年中温暖な気候の続く王国のとある領内は、その年は珍しく気候が荒れた。
農業や林業で栄えた領内は、不作の影響で数多くの野盗がはびこり、王都にもその被害の様は報告された。
その討伐に黒旗隊が任命されたのは、恐らく臣下を務める貴族の意向だろう。
団長に就任したばかりのデュラハムの手腕を図る為、と言う何とも分かりやすい意図を持って告げられたにも関わらず、デュラハムは快く承諾した。

各々特徴を持つ他の隊とは違い、黒旗隊は規模は小さいながらも全てを兼ね備えた隊である。少数精鋭、と言えば分かりやすいだろうか。
重装備兵・騎馬兵・弓兵・衛生兵などなど。必要とされる部隊は全て揃っている。
その中でも短槍と弓の扱いに足けた軽装備兵を編成したデュラハムは、自分を指揮官とした上でファムレイユを副指揮官に任命した。

「隊長自ら出陣する必要はなかったと思うのですが」

思わずポロと溢した声は、独り言にしては大きすぎた。
慌てて口を閉じたが、狭い簡易テントの中、ファムレイユの言葉はしっかりとデュラハムに届いていた。
拠点となる領内の外れ。明日からの野盗討伐に向けて兵士達に指示を終え、一先ず解散となった矢先の事である。
デュラハムは平然とした様子でテーブルに広げてあった地図を覗き込みながら、ファムレイユの言葉に口許を緩めた。

「ゴードンス、お前さんは今の黒旗隊をどう思う」
「……と申されますと?」
「黒旗隊は騎士団でも有数の兵が揃っている。だが、個々の能力に偏りがある事は否めない」
「……はぁ」
「ヒューやシルヴァには徹底的に其奴らを鍛え上げて貰いたい。だから俺が指揮をとる。これ以上の理由が必要か?」

ファムレイユに視線を向ける事なく、きっぱりと言いきったデュラハムは、無精髭の残る顎を撫でた。

確かにデュラハムの言葉は一理ある。
だからと言って、別にデュラハムが指揮をとらなければならない理由にはならない。
何と無く居心地が悪くなったファムレイユは、小さな吐息を漏らしながら髪を掻き上げた。

「ならばギュースタン殿に指揮を任せてもよろしかったのでは?」

もう一つの百人隊隊長を務めるレオンの名前を持ち出すと、デュラハムはちらりとファムレイユを見た。

「残念だがそうはいかんね」
「何故です」

地図から顔を上げたデュラハムは、不敵にも見える笑みを浮かべるとテーブルに手を沿える。

「お貴族様は俺の手並を拝見したいと見える。黙らせるにゃ俺が直接指揮をとるのが一番だろ」
「だからと言って、隊長が王都を留守にするのは問題では──」
「その為の異動なんだよ。シルヴァは俺の知る限りじゃあ最高の教育者だ。ヒューやレオンも、それぞれの隊に所属していた年数は長いしな。実戦の回数だってその分ズバ抜けている」
「……」
「必要なのは知識じゃない、経験だ。あの二人は若いが十二分にそれが備わっている」

それはファムレイユも良く分かっていた。
隊は違えど実力を重視する騎士団では、功労者の名前をあちこちで耳にする機会も多い。ヒューは緑雨隊では副隊長補佐を務めていたし、レオンも一兵卒ながら多くの武勇伝を残す猛者である。ファムレイユも、二人の名前を耳にしたのは一度や二度ではない。

「王都に残した奴らは徹底的に鍛えて貰って、任務は俺が完璧にこなす。そうすりゃお貴族様方も、余計な口出しはするまいよ」
「……自信がおありなのですか」
「なけりゃあ、こんな暴挙には出んさ」

ニヤリと片口角を引き上げて笑うデュラハムに、ファムレイユは半ば諦め混じりの溜め息を溢した。
今更どうする事も出来ない。何を言っても無駄なのは、黒旗隊に入隊した時に分かっている。

「明日からは余計な事を考えてる暇ぁねぇぞ。早く休め」
「……失礼します」

話は終りだとでも言うように、デュラハムが指でテーブルを弾く。
ファムレイユは暫し眉を寄せてはいたが、素直に頭を下げるとテントを後にした。


翌日。
秋も半ばだと言うのに夏のような日差しが差す中、デュラハムを含めた百人程の部隊は、野盗の出没する山間部へと到着していた。

「北西部にて姿を見掛けたとの報告が。拠点もすぐ近くにあるようです。数は凡そ三十」

昨日のうちに放った斥候部隊からの報告を告げると、デュラハムは少し眉を持ち上げた。

「弓兵隊を三つに分けろ。三方向から威嚇射撃の後、短槍隊で出て来た奴らを一掃する」
「了解しました」

デュラハムの言葉に従ってファムレイユが指示を出す。
デュラハムが煙草を吸い終える頃には、弓兵達は各々持ち場へと向かい、残る短槍兵も命を待つように表情を引き締めていた。

「有能な部下で助かるよ、ゴードンス殿」
「出陣の号をお願いします」

軽い口調のデュラハムに表情一つ変えずにファムレイユは軽く睨み上げる。
無駄口を叩いている暇があるならば、早いところ野盗討伐を行って欲しい。内心暑いのは苦手なのだ。
有無を言わさぬ強い眼差しにデュラハムは苦笑したが、直ぐに「やれやれ」と肩を竦めると、腰に差していた剣を高々と掲げた。

「今より野盗討伐に入る!クレイオン国王の御名に於いて、勝利を得んとせよ!」

野盗とは言っても、その殆んどは隣国から流れてきた難民や仕事を失った傭兵で構成されていたせいか、勝敗は呆気なく決まった。
数の上でも士気でも、騎士団に敵う筈もない。双方に酷い怪我人が無かったのも、実力の差があっての事だ。
首領を含めた殆んどの野盗を捕縛し拠点に戻ると、騎士達は帰還に向けて思い思いの時間を過ごしていた。

そんなファムレイユの元をデュラハムが訪れたのは、陽も落ちきった時刻だった。

「すまんが人払いを頼めるか」

同じテントに泊まる見習い騎士マリアナ・グレッグをちらりと見る。
マリアナは物問いたげな視線を寄越したが、ファムレイユが頷くと火の番の様子を見て来ると言って、マントを羽織りテントを後にした。

「すまんな」
「いえ。どうかされたのですか?」

夜も更けたとあってデュラハムはシャツにズボン、マントのみの軽装で、それはファムレイユも大差ない。
ただ、討伐の折りに左腕に負傷を負ったので、シャツの袖は捲り上げている。首領を確保する際、抵抗する首領の剣によって傷付けられたのだが、傷自体は浅い。

神妙な面持ちを見せるデュラハムを不思議に思いながら問掛ける。
デュラハムは指先で顎の辺りを掻きながら、どう切り出そうかと迷っているようだった。

「何か飲まれますか」
「あぁ」

一向に用件を告げようとしないデュラハムにファムレイユがそう言うと、デュラハムは手近な椅子に腰を下ろした。
膝の間で両手を組み、お茶の用意をするファムレイユの背を見つめる。
その視線を受けながらも、ファムレイユは手際良くお茶を煎れると、カップを一つデュラハムに差し出した。

「お前さん……」

ファムレイユが向かい合う形で椅子に座ったのを見てデュラハムが口を開く。
カップに口を付けたままファムレイユがデュラハムを見ると、デュラハムは自分も一口お茶を飲んで続きを口にした。

「お前さん、どうして騎士になろうと思った」
「……」

思わぬ問掛けに、ファムレイユは眉を顰める。
実力のみを重視する騎士団だからこそ、女性は珍しい存在。
男尊女卑とまでは行かないが、腕力では女性は男性に敵わない。それ故に、女性が騎士になる事はかなりの覚悟と決意を必要とする事なのだ。

何度か同じ質問を他の人間からされた事はあるが、デュラハムまでも──と思わずにはいられない。
ファムレイユの表情にデュラハムは困ったように笑いながら、両手でカップを持ち直した。

「断っとくが、女だからどうのと言い掛かりを付けるつもりはない。純粋に、お前さんの普段の働きぶりを見て、思った事を口にしたまでだ。──何がお前さんをそうさせる」

穏やかな声音には、いつもの、人をはぐらかすような色はない。ファムレイユは目を伏せ手中のカップを見つめていたが、やがて顔を上げた。

「ニクサス、と言う村をご存じですか」
「……あぁ」
「では、十三年前に起こった事件の事も」
「知っている。人買いの組織がニクサスを拠点にして、子どもを売り飛ばしていた、ってヤツだろ」
「はい」

デュラハムにとって数少ない、苦い記憶。
静かに頷くファムレイユを見ながら、デュラハムは記憶の縁に残っていたその事件の事を思い出した。

帝国との国境に程近い北の外れ。ニクサスは、関所も近く越境者で栄えた村だった。
其処に目を付けたのが大掛りな人身売買の組織である。
村長を金で抱き込み、領主の目を盗んでは、近隣の街や村から商品とする幼い子どもや女性を拐い、古くから奴隷制度を設けている帝国に売り飛ばしていた。
人身売買は古くから口減らしの為に、ひっそりと行われていた行為ではあったが、事件性が増しては王国としても黙ってはいられない。幸い良好な関係を築いていた帝国側の協力もあり、騎士団の働きで組織は跡形もなく壊滅となった。

主に指揮をとっていたのは、斥侯や密偵を主力とする白印隊ではあったが、最終的に壊滅に追い遣ったのはミケロの指揮する黒旗隊であった。
当時から目を懸けられていたデュラハムは──その時はまだ十人隊隊長だったが──主戦力として現場に駆り出されていた。



「まさかお前さん──」

ふと思い当たった事にデュラハムが口を開いたが、ファムレイユは微かな笑みを浮かべると、首を左右に振った。

「いえ、隊長が思っておられるような事ではありません。確かに私は当時ニクサスに住んではいましたが、私自身は被害者ではありません」
「じゃあ」
「被害に遭ったのは、私の妹です。当時はまだ八歳でした」

忌まわしい記憶に変わりはないと言うのに、ファムレイユは笑み顔のまま言葉を続けた。

「妹が帰って来た日の事は、良く覚えています。兵の一人に抱きかかえられ、泣きじゃくっていた妹を、その方は優しい眼差しで見つめていました」
「……」
「そして、出迎えた私達家族にこう言ったんです──」
「──すまなかった、と」

淡々と話すファムレイユの言葉を遮ったのは、真っ直ぐにファムレイユを見つめるデュラハムだった。

ファムレイユは驚いた様子も見せず、笑みを深めるとお茶を飲み干してカップをテーブルへと戻す。
パシリと額を叩いたデュラハムは、そのままぐしゃぐしゃと前髪を掻いた。

「まさか……俺のせいだってのか?」

独り言のように呟くデュラハムだったが、ファムレイユは無言のまま。
思わず眉根を寄せたデュラハムは、何とも居心地が悪い気がして、ファムレイユから視線を外した。

助け出せた数は少なくない。それは充分に誉められる事だったが、当時二十三歳だったデュラハムは、己の無力感と不甲斐無さを感じていた。
助け出せた子どもや女性は、誰もがデュラハム達に感謝をしていたが、それで全てが元通りになる訳ではない。帰らぬ人が居た。その現実は、まだ若いデュラハムにとって酷く重かったのだ。
幾つかの家に被害者を送り届け、その度に謝罪の言葉を口にする。それで全てが許される訳ではないが、そうするしか出来なかった。
その一つがファムレイユの家であり、そんなデュラハムを見てファムレイユが騎士を志すきっかけになるとは。
人生、何処でどうなるやら分からない物である。

「お分かり頂けましたか」
「……あぁ」

微笑むファムレイユにデュラハムは舌打ちを鳴らした。
苦い記憶もさる事ながら、ファムレイユの直接の原因が自分にあるなど、デュラハムにしてみれば頭を抱えたくなるような代物だ。

「妹を守る。家族を守る。その為に私は騎士になったんです。……その方に憧れ、少しでも近付きたかったと言う気持ちもありますが」

デュラハムの焦燥感など知らぬ振りで、ファムレイユが席を立つ。
お茶のお代わりを煎れるファムレイユを視界の隅に捕えながら、手にしたカップの中身が冷めきっているのに気付いて、デュラハムはカップを仰った。

「で、その方に近付いた今はどうだ」

テーブルにカップを置いたデュラハムが、ファムレイユの背中に問掛ける。
ファムレイユはお茶を煎れながら振り返らずに、口許に笑みを滲ませた。

「憧れとは、酷く脆く、儚い物ですね」
「……それが現実だ」

ファムレイユの口調には何処か楽しげな物が含まれてはいたが、素直に取れないのは皮肉が効き過ぎていたせいだろう。
苦い表情を浮かべたデュラハムは席を立つと、大股で戸口へと向かった。

「邪魔をしたな。腕、自愛しろよ」

そう言い残してテントを出ようとしたデュラハムだったが、その背にファムレイユの声が掛った。

「隊長」

振り返ったデュラハムの目に映ったのは、少しはにかんだファムレイユの姿だった。
日頃のファムレイユからは想像も出来ない表情は、年相応の女性が持つ照れが含まれている。

「現実も……そう、悪くはありません。憧れを抱くより側に遣えていられる方が、私は嬉しいですから」

一瞬、デュラハムの目が点になったが、ファムレイユはデュラハムに背を向けると、また水場での用事を再開した。

──……そりゃ…何か。俺の側に居たいって……。

そこまで考えたデュラハムは年甲斐もなく頬が熱くなるのを感じ、慌てて思考を遮った。
「じゃあな」と一言を残し外に出ると、冷たい夜風が頬を刺す。
見張りとは名ばかりの兵達が、陽気に騒ぐ声が風に乗って届いて来た。

「……全く…一回り下だぞ、相手は」

しかも今まで意識などした事もない相手だ。
恋などと言う浮かれた物に自分が一番縁遠いのは、十二分に承知している。

だが。

「……酒飲んで寝るか」

ガリガリと頭を掻いたデュラハムの脳裏には、ファムレイユの笑みがしっかりと張り付いていた。

今夜は眠れそうにもない。






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