陛下と側近2(非エロ)
シチュエーション


苦虫を噛み潰したとはこの顔か。
鏡に映る私の顔はひどいものだった。
不機嫌そのものである。
こんな顔で陛下に会うわけにもいかないだろう。
冷たい水で顔を洗えば、多少は気持ちが引き締まった。
年若いというのはそれだけで反感を買うとわかっていたつもりだが、あからさまな敵意を向けられるのはいつまでも慣れない。
色小姓だと蔑まれる度に唇を噛みしめてしまう。
父ならばもっとうまく立ち回るのだろうと思えば気分が沈む。
けれど、陛下がごく稀に見せる笑顔がある限り私は陛下の為に働こうと思える。
柔らかな布で顔を拭き、ぺしりと両頬を叩く。
あの陛下に人の心配をするという感覚があるとは思えないが、万が一にも心配をかけてはいけない。
鏡に向かい笑顔の確認をする。

「よし、行くか」



鋏を握りしめた手が汗ばむ。
艶やかな黒髪に触れては離し、また触れる。
どんな気まぐれだというのだろう。
みっしりとつまったスケジュールの中、昼食後の僅かな休息を陛下はとんでもないことに使われる。
唐突に髪を切れと言われても私にそんな技術があるはずがない。

「陛下、やはりお考え直された方が」

ためらいがちに伝えると陛下は振り向いて眉をしかめる。
そんな顔をされても困っているのは私の方だ。

「あまりにもひどいようなら手直しさせる」

それなら初めから私に切らせなければいいのに。
それ以上反抗したところで私の意見が聞き届けられるとも思えず、私は意を決して陛下の長い髪に鋏を入れた。
シャキンという音とともに陛下の髪が散った。
一度鋏を入れてしまえば勢いにのっていける。
シャキシャキと鋏を動かす度に陛下の足元には髪が溜まっていった。
好きなようにと言われたけれどこんなに切ってしまってよかったのだろうか。
陛下は顔立ちが嫌になる程良いからどんな髪型でも似合ってしまうのだろうけど。
時々大きな姿見で出来映えを確認しながら私は陛下の髪を切った。
一時間ほど時間をかけて、なんとか見られる形ができた。
肩を越えるほど長かった髪が結ぶことができないほどに短くなった。
まじまじと姿見で自分の姿を確認する陛下から数歩下がって反応をうかがう。
さして感慨もない様子に安堵すべきか戸惑ってしまう。

「……どうでしょうか?」

髪に触れ、姿見越しに陛下の口角が上がったのが見えた。

「お前はどう思う?」

謙遜しては陛下の姿を貶しているようにもとらえられかねない。
自画自賛と思われるかもしれないが、私は思い切って素直な感想を述べる。

「とてもよくお似合いです。短い方が凛々しく見えます」
「そうか」
「陛下はお気に召しませんか?」

くるりと振り返り、陛下は僅かに首を傾ける。

「母上が亡くなられ、これからだと思っていたのだろう」
「……は?」
「あやつらは私が思うようにならぬのが気に入らんのだ。だから、お前に辛くあたる」

私はよほど間の抜けた顔をしていたのだろう。
陛下が一歩近づいて、私の顎を指で持ち上げる。

「私の意図をしっかり理解しているか?」

鮮やかな蒼が私の瞳を射抜く。
全身の力が抜けてしまいそうなのを、拳を思いきり握りしめることで抑える。

「まあいい」

陛下の指が離れ、私に背を向けて歩き出す。

「どこぞの使者が謁見にくる時間ではないのか」

指摘されてはたと気づく。
言われてみれば約束の時間はもうまもなくだ。
慌てて陛下に続き、足早に歩き出す。
結局、陛下は気に入って下さったのだろうか。
もやもやと胸の奥に巣くう疑問を口にしかねていると陛下が不意に振り向いた。

「シルヴァリア」
「はい」
「頭が軽くなった。短くするのも悪くない」

微かに浮かぶ笑みに心臓が跳ねる。
陛下はすぐさま正面を向いてしまったけれど、久方ぶりに拝見する微笑は脳裏に焼き付いてしまっていた。
どくどくと早鐘を打つ心臓と熱く火照る頬。
やはり陛下のお顔は嫌になる程麗しい。
謁見の間へ移動する間中、私は心臓の高鳴りを止めることができないままでいたのだった。






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