国王陛下とシルヴァリア(非エロ)
シチュエーション


こちらから他国に攻め入ったことはない。
私が即位して間もない頃に隣国が宣戦布告を叩きつけてきた。
戦は長引くこともなく、自国の勝利で幕を閉じた。
結果として領土は広がり、他国に対する牽制にもなったのだから良しとすべきか。
戦は好きではない。
最後の後始末とばかりに王家の人間を残らず冥府に送るとき、胸の奥に何か不愉快な感情が湧き上がる。
シルヴァリアの悲しげな顔もまた見たくはなかった。
シルヴァリアは戦を嫌う。
敵であろうと味方であろうと人が命を落とすことに心を痛めて泣く。
私の側近としてはあまりに甘く未熟であると思うが、人としては優しい娘だと思う。
初めて会いに来たときは父に伴われ、だがしかし毅然とした態度で私の前に跪いた。
今は肩より少し上で切り揃えられている金髪もあの頃は長かったし、深い青のドレスもよく似合っていた。
フレデリク・イルマの働きぶりはよく知っていたし、その娘ならばとフレデリクの申し出を受けた。
側近くに置いて気がついたが、シルヴァリアには幼い面が多々あった。
感情表現が豊かなのだ。
恐れ、驚き、喜び、疑問、何を考えてもすぐに顔に出る。
私の周りにはあんなに感情を露わにする人間は一人も居なかっただけにシルヴァリアは目に楽しかった。
しかし、一年も立てば学ぶようで近頃はポーカーフェイスの真似事くらいはできるようになってきた。
とはいえそれは他の人間の前でだけであり、私の前では相変わらずというのが心を許してくれているようで少し嬉しかった。
そして、シルヴァリアは男に慣れていないようで私の顔を見れば頬を染め、戯れに近付けば小さく悲鳴を上げた。
長かった髪を切り、男装を始めた時は思わず笑ったものだ。
シルヴァリアは可愛い。
今まで手に入れたものの中では飛び抜けて素晴らしい。
手放したくないと思ったものはシルヴァリアが初めてだ。
だからだろうか。
今、向かいの廊下でセレスと楽しげに話すシルヴァリアを見つけて苛立っているのは。
これ以上見ているのは私の精神衛生上よろしくない。
私は彼らに背を向けて、執務室へと急いだ。



「シルヴァリア」

耳近くで囁けば、びくりと体が跳ねる。
書架に向かって手を上げていたシルヴァリアが前にも後ろにも動けずに体を強ばらせた。
前に動けば書架にぶつかり、後ろに動けば私にぶつかる。
上げた腕すら下げられず、シルヴァリアが困惑しているのがよくわかる。

「今日は何か変わったことはなかったか?」

小さく顔を横に振る。
自国の国王に対する態度ではないが、今はそれどころではないのだろう。

「本当か?」

今度は首を縦に振る。
それが事実ならばセレスとはいつもあのように親しげにしているということか。
それとも、奴と交わした会話は公務に関することではなくプライベートな話題であったから私には話したくないということか。
どちらにせよ、好ましい返事ではない。

「……シルヴァリア。お前はもう男を知っているのか?」

セレスは手が早い。
既に抱かれていたらと思うと気分が悪い。
素直な疑問を口にするとシルヴァリアが飛び上がって首だけで振り向いた。
その碧い瞳に浮かぶ驚愕と困惑が私の質問を否定する。

「まだ処女か」

安堵の吐息をつけばシルヴァリアが私から離れようと身じろぐ。

「逃げるな」

肩を掴んで振り向かせ、真正面から目を合わせる。

「陛下、あの、何の冗談なのですか」

僅かに瞳が潤んでいる。
小動物のような態度に嗜虐心がかきたてられる。
このまま押し倒してすべてを奪いたくなる。

「セレスに抱かれるくらいなら私に抱かれた方がいい」
「ど、どうしてセレスティン将軍の名前が出てくるのですか!?」

身を屈めて耳朶を噛むとシルヴァリアがぺたりと床に座り込む。

「な、なっ」

耳を隠し、真っ赤な顔で言葉もなく口を開閉する。
私もシルヴァリアの目の前にしゃがみこんだ。
ちょっと触れただけでこうなのだから、初な娘だ。

「口づけもしていないのか」
「陛下!」

私を呼ぶ声はほとんど悲鳴だ。

「セレスと親しげにしていただろう」
「え?」
「心当たりはないのか」

考え込むシルヴァリアの頬に触れると、それ以上下がりようもないのに後ずさろうとして書架に頭をぶつけた。

「もしかして、昼間のことですか?」

ようやく思い至ったようでシルヴァリアが小首を傾げて言った。

「あれは、あの、陛下のことでいくつか助言をいただいただけで」

怪訝そうな顔をしていたのだろう、シルヴァリアが慌てて顔の前で手を振る。

「た、たいしたことではないのです!」
「例えば、どのような?」

「陛下は女性嫌いだとか」

女が嫌いだといった覚えはない。
申しつけた覚えもない夜伽の女を寝所の外に放り出したことなら何度もあるが、あれは女が嫌いだからというわけではない。

「他には」
「本当にたいしたことではないのです! だから、あの」

許してほしいとシルヴァリアの目が語る。
後でセレスに子細を尋ねることに決め、私は立ち上がった。

「私は女が嫌いなわくではない。お前だって女だろう」

そう呟けばシルヴァリアは目を白黒させて首を傾げる。
私は思わず溜め息をつく。
鈍感なのも考え物だと思う。

「わからないならいい」

それでも、久々に触れたシルヴァリアの感触に頬が緩むのを私は感じていた。






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