グランとエス
シチュエーション


夢から覚めたばかりのエスは小さく身震いする。
辺りを見渡してみるが主人の姿はない。
椅子にかけてあった薄汚れた白衣を羽織ると寒さが少しだけ和らぎ、主人の香りに包まれることで安心感を覚えた。

エスが生まれたのは大きな森の小さな村だ。
ある日森で遊んでいたエスが村へ帰ると村はなくなっていた。
厳密にいうと村はなくなっていない。そこにあった当たり前の日常が消えていたのだ。
気がつけばエスはたくさんの人の前に立たされていた。薄暗い室内でエスにだけスポットライトが当たる。ちりちりと首輪に繋がれた鎖が鳴った。
自分の置かれた立場がエスにはよくわからない。
けれど、最悪の状態だということはわかる。
何も考えないようにして耐えてきたが、もう怖い思いをするのは嫌だった。
しかし、逃げ出したくても隣には屈強な男が鞭を片手に待機している。あれで打たれると肌が裂けて体が動かなくなることをエスは知っていた。
周りの人たちは皆エスを見て密やかに会話を交わす。
一人の男が声を上げたのを皮切りにあちこちで同じように声がする。
声はだんだんと数を減らし、痩せた男の声を最後に辺りがしんと静まる。
エスの隣にいた男が鎖を引いた。
引かれるままに歩き、エスは光の当たる場所から引き下ろされる。
ふと振り返ると自分と同じ格好をした少年が同じように光を当てられていた。
とぼとぼと歩き、男が立ち止まったのに合わせてエスも止まる。
目の前には先ほどの痩せた男がいた。
白に近い金色の髪とアイスブルーの瞳。エスは自分よりずっと背の高い男を見上げた。

「おいで」

首輪から鎖が外されて、男がエスに右手を差し出す。

「おいで。怖くないから」

村を出てから外の人が自分たちの言葉を話すのをエスは初めて聞いた。
おそるおそる右手を掴むと男はエスを担ぎ上げた。男の腕に腰掛けるようにして抱かれ、エスは驚いて男の首にしがみついた。
それがエスの主人──グラン・L・エシェンバードとの出逢いだった。

エスは白衣を大事そうに撫で、再び寝台に横たわる。寝台といっても小さな病院にあるような簡素なものだ。エスがいるのはグランの研究室に隣接した仮眠室。
しばらくうつらうつらと微睡んでいたら研究室側の扉が開いた。
勢いよく起き上がり、エスはぱたぱたと尻尾を振る。

「マスタ」

眼鏡を外して胸ポケットにしまいながら、グランはエスに視線を落とす。

「おはよう、お寝坊さん。私の白衣の着心地はいかがかな」
「あ、ごめんなさい」

もぞもぞと動いて白衣を脱ごうとする。
はだけた肩にグランが手を置いた。

「いいよ。着ていなさい。裸では寒いだろう」

慈しむようにグランの手はエスの頬を撫でてから白衣を引き上げた。

「わたしの服は?」
「洗濯中だ。君はすぐに汚してしまうから洗っても洗ってもきりがないよ。また新しい服を買いに行かなければいけないね」

隣に腰掛けたグランの膝によじ登り、エスは嬉しそうに頬を胸に擦りつける。

「マスタ。しっぽダメ」

勢いよく振られた尻尾を撫ではじめたグランの手から逃れようとエスは尻尾を動かす。

「どうして?気持ちよくなるからかな」

ぞわぞわと背筋をかけのぼる感覚にエスはきつく目を閉じる。

「ダメ、うずうずする」

グランの息が耳にかかる。

「気持ちいいのは嫌いかい?」

優しく撫でるように触れられると全身の力が抜けていく。そして、体の奥から甘さを伴った熱が湧き上がってくる。
エスは小さく体を震わせてグランのシャツを掴んだ。

「だめ?」

白衣の合わせ目から手を差し入れて、グランはエスを裸にしようとする。

「嫌ならやめるけど」

羽根が触れるような口づけを額に落とされる。
エスは目を開けてグランを見上げた。

「や、じゃない」

恥ずかしさですぐに俯きながら呟くと、グランがにっこり笑った。

「あ、んッ……」

寝台に押し倒され、鎖骨に唇が触れる。乳房をすくい上げるようにして揉みし抱き、肌の甘さを味わう。

「ここをきゅっと摘まれるのが好き?」

ぷっくりと膨らんだ頂をグランが指で摘む。エスの体が跳ね、甘い声を漏らした。

「それとも、舐めてもらう方がいいかな」

ぐりぐりとこね回され、大きな刺激に涙を浮かべる。
グランの唇が片方の頂を啄み、唾液をまぶすようにして舌で押し潰す。
両方の乳房から快感が押し寄せてくる。とても気持ちがいいのにそれだけでは足りないとエスの体が訴える。
もぞもぞと太股を擦り合わせているエスに気づき、グランは顔を上げた。

「どうして欲しいのかな」

切なげなエスの表情を眺めて、グランは意地悪く問う。

「さわって、ほしい」
「どこに?」

恥ずかしそうに躊躇しているエスを促すためにグランは赤く腫れた頂を指で弾いた。

「どこに触ってほしいの?」

ふさふさとした尻尾がグランの右手に巻き付き、そのまま腿の付け根へと導いていく。

「ここ、ここさわって」

グランの指がエスの中に潜り込む。

「あッ」

小さく声を上げてからは小刻みに体を震わせてグランの与える快感に身を任せてしまう。

「気持ちいいんだね、エス」

穏やかな表情とは裏腹にグランの指や舌はエスの性感帯をこれでもかというほどに刺激する。
挿入も果たしていないというのに、エスはグランに導かれて絶頂へと達してしまっていた。
そこから先は夢と現の間をさまようような微睡みの中でグランの熱く滾る欲望を何度となく受け入れ、意識を失いかけるまで相手の与える感覚を互いに貪りあうのであった。

汗ばんだ体のままでエスはグランの背中を眺めていた。
白衣を着たグランは細身の眼鏡をかけて椅子に座り、エスにはよくわからない研究の為の資料を読んでいる。難しいことは何もわからないし、エスは読み書きを始めたばかりだ。
研究者の顔をしているグランも嫌いではない。けれど、いつもの優しいグランの方がエスは好きだ。
振り向いて「おはよう。汗をかいたからそのままでは風邪をひいてしをひいてしまうね。お風呂に入っておいで」といつものように声をかけてほしい。わしゃわしゃと頭を撫でてほしい。
グランが気がつくまでこのままでいようと決め、エスは薄い毛布を体に巻き付けた。






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