王都騎士団【一緒にお風呂・前編】
シチュエーション


本来、重要な役職に就く者同士の休暇が、重なる事はない。
では二人が恋仲であった場合、如何にして、二人きりの時間を得るのか。

簡単な話ではあるが、実行に移す者は、まず居ないだろう。
しかし、それを実行してしまうのが、デュラハムと言う男なのだ。




──職権乱用よね、これって。

簡易宿舎の中、湯につかりながら、ファムレイユはひっそりと溜め息を吐いた。

王都から西へ二日。山岳地帯に程近い、公領地イルグスである。

さて。
この冬、新しく入団した騎士団員見習いは、総勢十八名。その中の四名が女性騎士である。
見習いとして入団し、まず最初に行われるのは、適正試験を兼ねた演習である。
付属養成所からの推薦状が出る為、殆んどの場合、どの隊に配属されるかは、入団時に決められているのだが、この演習の本来の目的はそこではない。
養成所に講師として出向する騎士団員だけでなく、隊長格の人間が、見習い騎士達の資質を、直接確認する為に行われるのだ。

そして今年に限って、騎士団長であるデュラハム自らが、その任を請け負った。
勿論、騎士団としては、これに勝る適任者は居ない。
総勢五千を越える騎士団なのだ。幾等デュラハムが有能とは言え、その一人一人に目が行く訳ではない。
だからこそ、こう言った機会は大切にしなければならない。

見習い騎士達の為にも、誰か一人は女性騎士が必要であり、白羽の矢が立ったのが、ファムレイユだった。

別にファムレイユで無くとも、百人隊隊長格の人間ならば構わない。
しかし、

「人の上に立つなら、下の人間がどんな奴らなのか、見ておくのも仕事だ」

そうきっぱりと言われれば、断る理由などない。
王都を出発する前日の、ヒューの呆れ顔とシルヴァリアの複雑な笑みさえなければ、ファムレイユも素直に頷けただろう。

だが、それが大義名分だとファムレイユが知ったのは、王都を出て二日目の事だった。


演習初日。
無事に一日の予定も終り、流石に男女同衾と言う訳にも行かず、見習い騎士達は、イルグス公から用意された男性宿舎と女性宿舎に分かれた。
隊長であるデュラハムも、個別に宿舎を得ている。
ファムレイユも、女性宿舎に向かおうと思いきや。

「ゴードンス補佐官、ちょっと待て」

見習いに混じり、宿舎に向かおうとしたファムレイユの腕を掴んだのは、デュラハムであった。

「悪いが打ち合わせだ。ちょいと時間をくれ」
「……了解しました」

そう言われれば、頷くしかない。
打ち合わせと言っても名ばかりで、恐らくは酒の相手でもさせられるのだろう。

そう思いはしたが、見習い騎士達の手前、断る訳にも行かない。
了承したファムレイユに薄い笑みを向けたデュラハムは、一足先に建物へと向かった。



そして。



今に至るのである。



こう言う時のデュラハムの行動力を、ファムレイユは甘く見過ぎていた。
二人きりになれるチャンスを、みすみす逃すデュラハムではない。
わざわざファムレイユを副隊長に指名したのも、この機会を狙っていたとしか思えない。

「……エロ親父」
「何か言ったか?」
「いえ、何も」

狭い浴室の中である。

いくつかの宿舎には、中に浴室が設けられている。
イルグス公の計らいにより、今回使用する宿舎はどれも、浴室が設置されている物ばかり。
最初ぐらいは甘やかしても良いだろうと、デュラハムが笑っていた事すら、今になれば計略とすら思える。

否。
事実そうなのだが、知らぬが仏と言うやつである。

浴槽の中、体を縮込めて膝を抱えているファムレイユと違い、デュラハムは嬉々として汗を洗い流していた。

壁に設けられている燭台の明かりは、狭い浴室でも十分に光源の役割を果たしている。
デュラハムの体のあちこちにある傷跡すらも、見て取れる程である。

近くに源泉があるのか、思いの外存分に湯を使えるのは嬉しいが、この状況はどうした物か。
とつとつと流れ込む湯に視線を向けながら、ファムレイユはゆるゆると頭を振った。

どうしようもない。

例によって、あれよあれよと言う間に浴室に連れ込まれ、湯につかる羽目になった現状は、何とも不本意だ。
第一、不謹慎極まりない。
手本を示すべきである上の者が、こうもあっさりと風紀を乱すなど言語道断。

だが。

「お前さん、体洗わなくて良いのかー?」

ハッと我に返ると、いつの間にやら体を洗い終えたデュラハムが、浴槽に入ろうと立ち上がって居た。
当たり前の事だが、素っ裸である。

「ち、や、わっ!」

慌てて目を逸らすファムレイユに、デュラハムはクツクツと笑いながら、ざんぶと湯を溢しつつ浴槽に体を沈める。

「なーにを今更。さんざ目にしてるだろ?」
「ば、うううるさいっ!!」

浴室が狭いと浴槽も狭い。
自然、肌が触れる形になるのだが、ファムレイユは浴槽に張り付かんばかりに体を寄せ、ますます体を縮込まらせた。
そんな姿に、デュラハムの顔は緩みっぱなし。
浴槽から湯が溢れるのも構わず手足を伸ばし、膝を抱えるファムレイユを引き寄せる。

「ひゃっ!」
「色気のない声を出しなさんな」

足の上にファムレイユを座らせて、デュラハムはその首筋に顔を埋めた。
両手はしっかりとファムレイユの腰に回されて、ファムレイユは体を強張らせる。
湯の膜があるとは言え、直接触れる肌の感触に、動悸が激しくなる。

「た、隊長…」
「んー?」
「あの、その……」

しっかりとファムレイユを抱き寄せたまま、デュラハムは首筋から顔を上げようとはしない。
濡れてくたりとなった赤茶色混じりの金髪からは、石鹸の香りがふんわりと漂う。

「どうした?」
「い、いえ……あの……」

くぐもった声で尋ねられ、ファムレイユは視線を外す。

恋仲になって早二年。
体を重ねた事はあっても、共に風呂に入るなど初めての事で、どうすれば良いか分からない。

極端な話。恋仲と言っても、執務以外で二人きりで何処かへ出掛けた事もなく、布団の中で睦言を交すだけの方が断然多い。
仕方のない事とは言え、今まで誰かと付き合った事のないファムレイユには、改めて恋人らしい事をされると、喜びよりも戸惑いが先に立ってしまうのだ。

それが例え、後に情交が待っていたとしても、である。

「緊張してんのか?」
「や、別に…そう言う訳じゃ……」

顔を上げたデュラハムは、気持良さそうに目を細めている。
その顔は何処か嬉しそうで、ファムレイユは口を閉ざして、デュラハムの肩に手を置いた。

「体、洗いますから」

これ以上側に居たら、おかしくなってしまいそうで、ファムレイユは手に力を込めて立ち上がる。
恥じらいが無い訳ではないが、このまま抱き締められているよりは数段マシだ。

デュラハムはあっさりと組んでいた手を解くと、浴槽を出るファムレイユに視線を向けた。

「手伝ってやろうか?」
「だ、大丈夫ですっ! 隊長はゆっくりしていて下さいっ!!」

必要以上に語気を強め、ファムレイユは慌ててデュラハムに背を向ける。
背後で笑うデュラハムの声を聞きながら、ファムレイユは真っ赤になりながら手桶を取り上げた。

浴室内に流れる湯を掬い取り、石鹸を泡立てて体を洗う。
その間も、デュラハムは浴槽の縁に顎を乗せて、楽しそうにファムレイユの様子を眺めていた。

「あれ」

不意にデュラハムが声を上げる。
体を洗いながらチラリと視線を其方に向けると、デュラハムはまじまじとファムレイユを凝視していた。

「ファム、その傷、どうした?」
「え?」

視線の先を辿ると二の腕に行き着く。
薄く腫れ上がったみみず腫れは、まだ真新しい。

「今日の演習で。……引っ掛けただけかと、思っていました」

特に山林での演習では、こう言った事は珍しくない。
普段ならば作る事のなかった傷は、見習い騎士達に混じり演習を行っていたせいもある。

デュラハムは、ふうんと小さく頷くと、ゆったりと浴槽に体を沈めた。

「気を付けろよ。お前さんも女なんだから」

デュラハムは、決して、女性を軽んじて言っている訳ではない。
それが分かるファムレイユは、特に返事らしい返事もせずに、黙々と泡を流そうとしたが、デュラハムはあっさりと言葉を続けた。

「まぁ、傷物にしちまった俺が言うのも何だがな〜」

ガヅッ

思わず手桶を取り落とす。
やけに大きく響いたその音に、デュラハムは再びファムレイユに視線を向けた。

「た、たたたいちょぉッ!」
「本当の事だろ?」

一体何度動揺させれば気が済むのだろうか。
ニヤニヤと笑うデュラハムを睨みつけながら、ファムレイユは考える。

「まぁ、俺以外の奴に傷物にされんなっつー話だ。気を付けろ」
「っ……は、はい」

震える手で手桶を拾い、体の泡を洗い流す。
排水溝へと流れる泡を眺めながら、ファムレイユはまたもやひっそりと溜め息を溢した。

「なぁ、ファム」
「……何ですか」

声に知らず険が含まれる。
しかしデュラハムは、気にした様子もなく、浴槽の縁に手を掛けて身を乗り出した。

「頭、洗わせてくんねぇか」
「……はい?」

また何を言い出すのだろうか。
思わずデュラハムを見つめ返すと、デュラハムは至って穏やかな表情で、言葉を続けた。

「こんな機会でもなきゃ、出来ねぇだろ。ホレ、そっち向いてろ」

躊躇いなく立ち上がったデュラハムから、ファムレイユは慌てて視線を外す。
まだ了承してもいないのに、と思うが、言った所でデュラハムが諦めるとは思えない。
俯き加減に体を固くしていると、手桶を拾ったデュラハムが背後に回った。

デュラハムの目に映るのは、曲線を描く首筋や、窪みを見せる肩甲骨。すっと伸びた背骨から骨盤までもが、目の前に晒されている。
薄暗い部屋で幾度も目にしたそれを、明るい場所で目にした事は数えるほどもない。
常ならば白い肌は、長時間湯に浸っていたせいで、ほんのりと色付き、デュラハムは、ふつふつと情欲の湧く己に気付いたが、取り合えず心の棚へと預けて置く。
事に及ぶのはいつでも出来る。しかし、共に風呂に入るなど、王都では今の所不可能に近い。
ならば、今しか出来ない事を優先させるべきだろう。

元々そのつもりで、ファムレイユを連れ込んだのだから。

「ちゃんと口閉じてろよ」
「……はい」

ざばりと湯を浴びせられ、ファムレイユは口を閉じる。
濡れて頬に張り付いた髪を優しく撫でられて、その感触に思わず体を震わせる。

「頭上げて」

声に従って顔を上げると、デュラハムの手が髪に触れた。
石鹸を泡立てた手が地肌に触れ、優しく頭皮を揉まれる。
時折髪の隙間に指を滑らせるデュラハムからは、機嫌の良さそうな鼻唄が漏れた。

「……隊長?」
「んー?」
「楽しいですか?」
「あぁ」

チラチラと視線だけでデュラハムの様子を伺う物の、沈黙に耐えきれず尋ねれば、あっさりと即答。
再び鼻唄を歌うデュラハムの手は、頭頂から後頭部、こめかみから額へと、余す所なくファムレイユの頭を洗っていく。

その心地良さは胸の奥をムズムズさせて、ファムレイユは所在無さげに両手を組んだり離したり。
裸を晒している事もそうだが、慣れない状況が余計にそうさせている。
嬉しくない訳ではない。しかし、この気恥ずかしさは、事に及ぶよりも面映ゆい。

デュラハムはデュラハムで、子どものようにされるがままのファムレイユに、言い様もない愛しさを感じていた。
泡に塗れた髪は柔らかく、指を滑らせるとその柔らかさがいっそう実感出来る。
今まで他人の髪を洗った事などないが、相手がファムレイユだと思うだけで、その行為が酷く大切に思える。
壊れ物を扱うように髪を梳き丁寧に扱いながらも、情欲は益々募る。

泡が首筋を伝い肩に落ちる頃、デュラハムは頭から手を離して、再び手桶を手に取った。

「目ぇ閉じてろよ」

ぎゅっと瞼を閉じていると、額から頭頂に掛けて、後ろに流すように湯が掛けられ、デュラハムの手が濡れた髪を掬い、泡が流される。
二度三度、そうやって髪を湯に潜らされると、やがてカタリと音が聞こえた。

「ホイ、終り」

声に目を開けると、床に置かれた空の手桶が視界の隅に映る。

「あ、ありがとう…ございます」
「どう致しまして」

僅かに首を捻って言うと、不意にデュラハムの腕がファムレイユの体を包んだ。
優しく抱き締められ、ファムレイユは再び身を固くする。
背に感じる固い胸板も、腰に回された太い腕も、いつもと何一つ変わらないはずなのに、この状況はやはりいつもより胸を高鳴らせる。

「ファム」
「……はい?」
「取り合えず、一回ヤらせてくんねぇか」
「な…ッ!?」

声は酷く穏やかにも関わらず、余りにストレートな物言いに、ファムレイユは目を丸くする。
首を捻った先のデュラハムは、目を細めてファムレイユの首筋に唇を這わせた。

「ちょ、た、たい──」
「いや、ベッドまで我慢しようと思ったんだが……まぁ、遅いか早いかの違いって事で」
「け、結局ヤるんですか!」

ベロリと首筋を舐められ背筋が粟立つ。
慌てて身を捻ろうとすると、デュラハムは床に腰を下ろしてファムレイユを引き寄せた。

「ひゃっ!」
「当たり前だ。このまま帰せる訳がねぇだろ」

トスンと腰掛けから引きずり下ろされ、石造りの床に尻餅をつく。
腰掛けに足を持ち上げられた体勢に、ファムレイユ思うように力が入らない。
その様子に、デュラハムはニンマリと笑うと、ファムレイユの耳朶を咥えて吸い付いた。

「ふぁっ!」

耳に舌を差し込まれ、ぐちゅりと湿った音が脳裏に響く。
抱き締めた腕の力は緩んでいたが、両の手は下から胸を掬い上げるようにして揉みしだく。
湯に浸っていた時とは違う、全身を駆け巡るような熱に、ファムレイユは喘ぐような呼吸を繰り返す。

固く反応を始めた頂に指が這う。
転がすように弄られたかと思うと、きゅっと強く摘まれて、ファムレイユの背が反った。






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