探偵×助手2
シチュエーション


「なんなら体で払ってくれてもいいわよ」

キッチンからリビングへ続く扉に手をかけようとしていた体が凍りつく。

「未払い分もあわせて……そうねぇ」

わなわなと怒りで体が震えだす。

「何言ってるんですか!?いやらしい!」

勢いよく扉を開くと、椅子に腰掛けた縫と机に腰掛けた女が目に飛び込んできた。

「……あ、千鶴くん」
「いやね、これだから空気の読めないお子さまは」

これ見よがしに溜め息をつき、女は縫に伸ばしていた手を引いた。

「さっさと机からどいてください。邪魔です。っていうか早く帰ってください」

手にした盆を応接セットに置き、千鶴は挑戦的に女を睨んだ。
千鶴に睨まれた女の名は玲(あきら)。薄手のセーターにスラックスというラフな格好も彼女が着ればセクシーな衣装に早変わり。すらりとした長身、常日頃から管理を怠らない美貌とスタイル。彼女は誰が見ても文句なしの美人だ。

「あら、邪魔なのはどっちかしら。私はあなたの雇い主に呼ばれてきたのよ。大事なお客様にとる態度かしら、それ」

圧倒的優位に立っている玲は余裕の微笑で千鶴を攻め、千鶴はやり場のない怒りを込めた視線を縫にぶつけた。

「あんまり千鶴くんをいじめないでくれよ。機嫌直すの大変なんだぞ」

溜め息混じりに玲を見上げ、縫はそう呟いた。

「まあいいわ。今日は帰ります。報酬、忘れないでよね」

縫にウィンクを投げかけ、玲は千鶴の隣をすり抜けて出口へと消えていった。
パタンと扉が閉まったのを見届け、千鶴はつかつかと縫に歩み寄る。その目には僅かながら涙の膜が張られつつあった。

「先生!」
「な、なに?」
「私、私たち……あの、この前……その…………しました、よね」

言いながら照れてきたのかごにょごにょと千鶴は口ごもる。語尾なんて消え入りそうに小さい。

「なに?」

思わず首を傾げて聞き返す縫を睨みつけ、千鶴は机をバンと叩いた。

「もう、いいです!先生のバカっ!!えっち!!変態!!」

呆然とした縫を置いて千鶴はくるりと背を向けた。縫の部屋とは反対側の扉を開き、部屋の中に逃げ込む。
千鶴は何度も寝泊まりを繰り返している来客用ベッドへ飛び込み、枕をぎゅっと抱いた。

(先生のバカ!私の初めて奪ったくせに!他の女の人に鼻の下伸ばしたりして)

心の中で縫を罵ったところで虚しくなる一方だ。そもそも先日の情事は千鶴がきっかけを作ったのだから縫は据え膳を遠慮なく戴いただけであり、無理矢理奪われたわけではない。

(やっぱりエッチしたくらいじゃ彼女にはなれないのかな)

子ども扱いされたくなくて、一人前として見てほしくて、悩みに悩んだ結果体を重ねたが、縫は以前と何も変わらない。
千鶴はじわりとこみ上げる涙を堪えるようにきつく枕を抱きしめる。

「……千鶴くん」

ぎしりとベッドが沈む。追いかけてきた縫が千鶴の背後に出来たスペースに腰掛けたのだ。

「彼女がああなのはいつものことじゃない」

縫の指が頭に触れ、優しく髪を梳いてくれる。

「拗ねたりしないで顔上げて」

髪を梳いていた指が耳に触れ、緩やかに首筋をたどる。
ぞくり、と。何か得体の知れない感覚が体の奥から溢れだしそうになる。

(やだ、なに?)

縫の指は執拗に耳や首に触れる。

「……ぁ、ん」

吐息混じりの声が漏れ、千鶴は慌てて顔を枕に押しつける。

「千鶴くん、こっち向いて」

千鶴は首を横に振り、縫の手から逃れるように体を奥へと進める。

「そう」

縫の手が離れ、寂しそうな声が耳に残る。

「そんなに僕が嫌いなら仕方ないね。そうだよね。いくら言われても髪はぼさぼさだし、すぐ無精ひげ生やすし、シャツはよれよれだし。千鶴くんは僕が嫌いなんだよね」

わざとらしい溜め息を疑いもせず、千鶴は驚いて体を反転させる。

「違っ!」

立ち上がりかけた縫の手を思わず握りしめる。

「違います。違うの……わた、私がやきもちやきだから……嫌いじゃないの。違うの」

ぐずぐずと鼻をすすりはじめた千鶴を嬉しそうに眺め、縫はその顔を見られる前に腕を引いて千鶴を抱きしめる。

「わがままいってごめんなさい。だって、嫌なの。他の女の人とこんなことしちゃいや」

宥めるように背を撫で、縫は千鶴の額やこめかみに口づける。千鶴はぎゅうっと縫の背に手を回し、甘えるように胸に顔をすりつける。

「大丈夫。しないよ。千鶴くんだけ」
「ほんとに?」
「うん、本当に」

少しばかり疑いの目を向けながらも千鶴は優しげな縫の表情を見て安堵の息を漏らす。

(よかった。私だけ)

千鶴は縫のぬくもりを感じながら幸せに浸る。

(先生が私のこと好きじゃなくてもいいや。私だけなら、それでいい)

しかし、背を撫でていた手が腰を越えてさらに下を撫ではじめた瞬間、千鶴は体ごと跳ねた。

「や、先生、おしりっ」
「可愛いよ、千鶴くん」

肩に頭を預け、千鶴は縫のシャツを握りしめる。

「あっ、ん……ああッ」

耳朶を噛み、舌を差し入れながら、縫はゆっくりとシャツの中へ手を差し入れる。
ブラジャーのホックを外され、千鶴は観念して体の力を抜いた。
ベッドに横たえられ、シャツのボタンを外されながら、千鶴はぼんやりと縫を見上げる。

(でも、私とだけエッチするなら、先生、ちょっとは私のこと好きなのかなあ)

重ねられた唇と絡められた舌に意識は奪われ、朦朧とした頭のままで千鶴は再び縫と体を重ねるのだった。






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