主人と少女
シチュエーション


すうすうと響く寝息にあわせて、毛布の固まりが上下する。
ベッドの傍らに立ち尽くし、少女は思い詰めた表情でその動きを見下ろしていた。
ネグリジェだけを身につけた少女は生まれて初めての行為に緊張のあまり泣き出しそうになっている。
彼女にとって寝台に横たわる毛布の固まり──この館の主は頼りにすべき保護者であり、仕えるべき主人だ。その男の寝台にあらぬ姿で潜り込もうとしているのにはわけがある。
先日、男の知人が少女に会いに来た。
知人とは男より幾らか年下で少女より幾らか年上の女性だ。常日頃から男が彼女と健全とはいいがたい関係を結んでいるのは知っていたが、男の生理というものだと少女は知らぬふりをしていた。
その彼女が唐突に少女が予想もしていなかった言葉を口にしたのだ。

──私が彼と一緒になったらちゃんと『奥様』って呼ぶのよ。

彼女の勝ち誇った顔が今も頭から離れない。
本当は、気付いたときから嫌だった。男が女を求めて深夜にそっと屋敷を出ていくこと。知らぬふりをして眠っていることしかできないのが歯がゆかった。
大人になるまでと思っていたけれど、考えてみれば男を受け入れることに何の問題もない体に成長しているではないか。
少女は一つの決心をして、男の寝室に足を踏み入れたのだ。
女の言葉を思い出し、少女は泣き出しそうになっていた心を落ち着ける。

(大丈夫。旦那様なら怖くない)

ぎし。少女が膝を乗せると寝台が微かに音を立てる。
この日のために書物で男女の睦事について学んできた。
毛布に手をかけ、向けられた背中を越えて頬へ唇をよせる。

「旦那様……」

どきどきと胸が高鳴る。
毛布をはぎ取ろうとした瞬間、背を向けていた男が体を反転させた。

「……何をしている」

黒い瞳に射抜かれて、少女は固まったように動きを止めた。

「夜分遅くにそのような格好で主人の寝所へ忍ぶなど……感心せんな」
「も、申し訳ありません」
「謝るくらいならするな」

普段はきっちりと後ろに撫でつけてある髪が今ははらりと顔にかかる。横たわったまま、ぞんざいに髪をかきあげて男は不機嫌そうに少女を見上げた。
少女は両手をぎゅっと握り、真剣な眼差しで男を見返した。

「わ、私ではだめですか」

男の眉間に皺が寄る。

「何の話だ?」
「私では旦那様をお慰めすることはできませんか?」

不機嫌に細められていた男の目がぱちりと開く。

「私だって女です」

意を決して男の手を取り、少女は胸に引き寄せた。男の手のひらを胸に押しあてる。

「いつまでも、子どもではありません」

拒絶されたときのことを思うと息が止まってしまいそうになる。だから、今は何も考えない。男への想いだけで心を埋める。

「……どうした?」

声音は驚くほどに優しい。

「何かあったのか」

ゆっくりと上体を起こし、男は立てた膝に肘をついて顔を預ける。
少女が大事そうに掴んだ手は胸に触れたまま微動だにしない。

「お前は莫迦ではない。何かきっかけがなければこのようなことはするまい」

話せと目が訴える。
少女はしばらく躊躇した後、ぽつりぽつりと話し出す。
女の一言。それ以前から嫉妬していたこと。
胸の内のすべてを男にさらけだす。

「ふむ」

少女が話終えると、男はそれきり押し黙ってしまった。
言ってしまってすっきりしたような、けれど男の一言を待つのは死刑判決を待つように苦しい。
目を閉じて俯いていた少女の耳に唇がよせられる。ふっと息を吹きかけられ、少女の体はびくりと跳ねた。

「え、あっ……旦那、さま?」

胸に当たっていた手のひらがやわやわと動き出す。

「いつの間にか女になっていたのだな」

心底感心したように言い、少女の耳朶を噛む。

「ひゃっ」
「色気のない声だな。まあ、そんなところも愛らしい」

ぐっと腰を抱き寄せられ、少女は男の胸に顔を押し付ける。

「あ、あの……っ」

わけがわからず、少女は困惑して男を見上げる。

「もう他の女で発散せずともよいのだろう?」

男の問いかけに少女はかあっと頬を赤く染める。
それは、つまり──

「あの人より、私がいいのですか?」
「愚問だ。訊くまでもない」

肩を押されて、寝台に縫い止められる。
男が自分を選んでくれた。それだけで少女の心は天にも昇る心地だ。

「お前に勝るものなどあるはずがない」

唇を塞がれ、舌が優しく唇をなぞる。生まれて初めての口づけに少女は感嘆の吐息を漏らした。

「好きです……だいすき」

首に手を回してしがみつくと、大きな手のひらが髪と背を撫でる。
ほっと安堵の息を吐き、男の温もりに包まれていると急速に体から力が抜けていく。
うつらうつらし始めた少女に男は眉を寄せて声をかける。
しかし、少女は答えずに瞼を閉じた。

「……仕方のない奴め」

男は少女から手を離し、そっと隣に横たわる。

「ここで眠るとはまだ子どもではないか」

唇を指でなぞり、頬を手の甲で撫でる。
そうして存分に寝顔を楽しみ、男は少女と自身に毛布をかけた。

「まあいいさ。今夜はゆっくり眠るといい」

眠る少女の額に口づけ、男はゆっくりと瞼を閉じた。






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