ユリシスとリカルド(非エロ)
シチュエーション


「珍しいな」

ふと声をかけられ、ユリシスは窓の外に向けていた視線をそちらへ向けた。

「皆が心配していたぞ。今日のユリシス様には覇気がない、とな」
「リカルド……?」
「考えごとか?」

ユリシスより少しばかり背が高く、父譲りの勝ち気そうな目は細身の眼鏡で和らぎ、全体的に柔和な印象を与える顔立ちだ。久方振りに会った兄の姿をまじまじと眺め、ユリシスはふっと表情を和らげた。

「放蕩息子のご帰還か?」
「我らが姫君を拐かした強者の顔を拝みにきたんだよ」

兄弟は互いに顔を見合わせて笑った。

「それで、エステルの晴れ舞台に浮かない顔をしているのは妹離れできないせいばかりではないな」

改めて問われては誤魔化すわけにもいかず、ユリシスは苦笑を浮かべた。

「どうしようかと考えていただけだ。家を潰すこともできるし……居場所をなくそうと思えば簡単だ。簡単に孤立させられる」
「物騒だな。復讐か?」
「いや、傷を負わせて、弱りきった獣を私が保護したい。傷ついたまま、檻の中に閉じこめてしまいたい。もう、自由に野山は駆け回れないように」

どこか遠くを眺めるようなユリシスを見て、リカルドは考えるように間を置いた。

「それはまた、さぞかし美しい獣なんだろうな」
「しなやかで、したたかで、とても気高い」
「なるほど。重症だ」

こと女に関してここまで弱い男もいないだろうというのがリカルドのユリシスへの評価であったが、やはりこの男は弱いと実感する。
物心ついた頃からユリシスは異性の羨望の的だった。顔が良く、頭も悪くないし、家柄は抜群だ。年頃になれば年上年下と問わず、女性からの誘いが途切れることはなかった。当然ユリシスがその誘いを断ることもなく、かといって誰か一人にいれこむこともない。
あれではまともに恋をしたこともなかろうとリカルドは少し心配していたのだが、女性経験豊富な弟は今更初恋を経験しているらしい。

「まあ、なんだ。あまり思いつめるな」

ユリシスがここまで思いつめているのだから相手に拒まれた後だろう。ユリシスを拒むとはなかなかに見所のある女だとリカルドは思う。なんといっても御三家の一つハインツの跡取り息子だ。愛がなくても欲があれば拒みはしないだろう。

「私は策を練っているだけだ」
「それを人は思いつめるというんだ」

(恋愛ゲームには慣れてるようだが、本気になると弱いか。難儀な奴だよ、お前は)

「よし。今日は兄さんがお前に上手な振られ方を教えてやろう」

にこりと笑うリカルドをユリシスは胡散臭そうに眺めた。

「…………遠慮する」

しかし、リカルドはユリシスの肩を抱き、強引に自室へと向かいだす。

「たまには溺れるほど飲むのもいい。秘蔵のワインにでも手をつけるか?大丈夫。今日の父さんはすこぶる機嫌がいい。なんとか誤魔化せる」
「リカルド!私は――」
「いいか、ユリシス。振られた時はとりあえず飲め。吐くまで飲め。泣いてもいい。体裁など気にするな。私はお前の兄だ。恥をかくことなどない」

諦めさせるのは無理かもしれないが、落ちた思考を浮上させる手助けぐらいはしてやろうとリカルドは考える。それが兄として自分にできる唯一のことだから。

「なに、お前はいい男だ。私が保証する。一度振られたくらいで自棄になることはない」

半ば引きずるようにユリシスを連れ歩きながら、リカルドは優しく弟を励ます。
ユリシスは文句を言いながらもリカルドの腕を振り払わない。

「だから」

ふと声を潜め、リカルドは僅かに間を置く。

「だから、あんな悲しいことは言うな。私はお前に後悔してほしくない」

ユリシスは口をつぐみ、それきり文句を口にはしなかった。

「お前の気の済むまで付き合ってやるから、遠慮はするなよ」

自室の扉を開き、リカルドはユリシスの頭をぐしゃぐしゃと撫で回したのであった。






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