テオドールとエリィ(非エロ)
シチュエーション


「エリィ!今日こそうんって言ってもらうよ!」
「はぁ、坊ちゃま」
「坊ちゃまじゃない、テオだ」
「はいはい、テオドールさま。これからお洗濯なのでそこどいてくださいねー」
「だからテオだって言ってるだろ。
ね、僕と結婚すればさ、もう洗濯も掃除もしなくていいんだよ。なんでダメなのさ」
「テオさまと私では身分が違いすぎます。それに、年が五つも上ですわ」
「僕は気にしない」
「私が気にします。旦那さまと、奥さまも」
「そんな障害、二人で乗り越えていけばいいじゃないか」
「世の中ってそんな甘いものじゃございませんのよ、お坊ちゃま」

ごめんあそばせ、と軽く流して脇をすり抜けようとしたエリィの二の腕を、テオドールが掴む。
大きな洗濯籠を持った腕を引かれて、身動きが取れないでいるところへずいとテオドールがその小さな身体を近づける。
大きな瞳で顔を覗き込まれて、エリィの胸がどくんと疼く。

「ね、エリィ。僕のこと、嫌い?」

息がかかるほど顔が近い。
母親譲りの端正な顔と、不思議な色にきらめく瞳に見つめられると、エリィの心臓はとても落ち着いてはいられない。
とっさに顔を背けて、じっと廊下のじゅうたんを見つめる。
うつむいても帽子に綺麗にまとめて入れてしまった髪はもちろんほつれて落ちてきてなどくれず、あつくほてる顔を隠すこともままならない。

「………………き、らいです」
「ほんとうに?」
「ええ」
「僕の顔見てはっきり言ってよ。諦められるように」

ぐっと息を呑んで、エリィより低い位置にあるその顔に向き直る。
くちびるを開くより早く、テオドールが背伸びをして自分のくちびるをぶつけてきた。
どさっと盛大な音をたてて洗濯籠が床に転がった。
慌てて身を引いて、エリィは己のくちびるを両手で覆う。

「ぼっ……!」
「これでエリィお嫁にいけないね。諦めて僕と結婚しようよ」

折った両腕ごとテオドールにぎゅっと抱きしめられて、エリィは身動きが取れない。
やっと14になったばかりのテオドールを、エリィは産まれたときから知っている。
テオドールはそれはそれは可愛らしい赤ん坊で、まるで天使かと、幼いながらにうっとりしたものだ。
わがままで、やんちゃで、寂しがりやで、甘えん坊で、でも優しくて頭がよくて、朗らかで、周りを優しい気持ちにさせるテオドール。
弟みたいな坊ちゃまを、嫌いなはずがなかった。
だけど、とエリィは思う。
テオドールの甘い言葉に夢を見て、現実から目を背けるには大人になりすぎた自分は、もうテオドールに相応しくない。

彼の言うとおりに乗り越えるべく障害にぶつかりながらも薄い望みにかけるなんて、失業が怖くてとてもとても出来るわけがない。
産まれてからずっとお世話になっているこのお屋敷で、生涯勤めるのがエリィの大きな目標だ。
万が一追い出されでもしたら。
運よく新しい屋敷に就職できたとしても、そこで上手くやれなかったらまた路頭に迷う。
霞を食べては生きていけないのだ。
エリィはもう大人だ。冒険など、する歳ではない。

「キスぐらい、差し上げますわ。テオドールさま」
「エリィ?」

身をよじって、身体に巻きつく腕を緩めて、とんとテオドールを押し返した。

「わがままな坊ちゃまは嫌いです」
「…………怒った?」
「いいえ、怒っていません。でもね、本当に無理なんです。どうにもならないことって、世の中には、たくさん、たくさん、あるんです」

淡々と話しながら、床に散らばった洗濯物を拾い集める。
一枚ずつ、丁寧に、丁寧に、籠に収めていく。

「そうだ、坊ちゃま。もしも坊ちゃまにお子さまが産まれたら、ベビーシッターはぜひ私にお申し付けくださいましね」

その提案はとても素晴らしいもののように思えた。
可愛いテオドールの子供!
きっととっても可愛いだろう。

「…………僕に子供が生まれるとしたら、エリィ、君が産むんだよ」
「坊ちゃま……!」
「僕さ、次男だからきっと大丈夫だよ!まず父さまにお願いしてみるね。
命令されて結婚するの嫌だろうなーと思って先にエリィに聞いてたんだけど、
こんなに頑固なら仕方ないよね。当主命令になっちゃっても怒らないでね」

一瞬口元だけで笑った笑みが、すぐにさわやかないつもの快活な笑顔になる。
エリィは己の見間違いかと思った。

「駄目だよ、エリィ。僕、欲しいものは欲しいんだ」

テオドールはくすくすと笑いながら、腰を折って最後の一枚を拾い上げる。
すっと差し出された白いネッカチーフをこわごわ受け取る。
何か、見てはいけないものを見てしまったような気分だ。

「エリィ。覚悟しておいてね」

恐る恐る伸ばした手首をまた引かれて、今度は柔らかいくちびるが頬に触れた。
どさっと盛大な音を立てて、せっかく集めた洗濯物は再び床に散らばった。


エリィが彼の本気を知ったのは、それからたった一週間後のことだった。






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