王様と書記官
シチュエーション


「あん、あ、あっ……」

ぐちゅぐちゅと隠微な音が響き渡る部屋。
私に覆い被さった方は、私を様々な角度から責めたててきた。
思えばそれはほんの三月前、時間にすれば僅かな時間。
私がこの方、現国王陛下に体を許すようになったのは。
もう少しで雲から水滴が舞い降りてくるだろう、という時に特有の湿気が城を覆っていた。
そんな夜だった。


私、リトレ・サヴァンがラディス国の書記官を務めてから、もうそろそろ五年目になります。
書記官というのはこの国特有の官僚制度で、王城の中で執務を執り行う文官です。
宮廷武官とほぼ対になる立場で存在しているもので、主に貴族の子弟がなるものです。
女の身で書記官という地位に就いている私に、人はあまり良い顔をしません。
私自身、女の身で肩肘を張って仕事をするより、家でのんびりと過ごすほうが性分としては合っているほうです。
まして、女であると言うだけならまだしも、前宰相であった私の父ラディ・サヴァンは謀反人処刑されています。
謀反人の子供、それも女が秘書官などという職に就き、王宮で働いているのを見て、悪く言う者がいるのは知っています。
私も、もし逆の立場ならばそう思ったでしょう。
本来は父が亡くなった時点で爵位を返上するのが筋でしたが、その旨をしたためた書簡を送り、陛下にお目通りを願ったところ

「そのような必要はない、お前が当主となってサヴァン家を盛り立てるが良い」

と言われ、爵位返上のための参上の筈が、サヴァン家当主の就任式となってしまいました。
後で陛下に伺ったところ

「謀反を起こそうとした当人達は既に処刑している。それも未遂で終わっている事だ。
一族郎党の全てを罪に問うつもりはないし、そのようなことをしていては国がつぶれてしまう」

だそうです。
成る程、宰相をしていた父を筆頭に、王宮の重要な役職は大体我が一門が占めております。
もし一族郎党まで罪に問うことになったりしたら、この国の政治は止まってしまうでしょう。
権力争いが起こり、悪くすれば他国の介入もあるかも知れません。

「平時なら良かったんだが、今は西の国境も不穏だし、権力争いに明け暮れるわけにもいかぬ。
それならばお前を仮の当主に据えたほうがいい。」

陛下は私に言い聞かせるように仰いました。
思えばその時、国王陛下は若干12歳。
私より5歳も年若だというのに優れた洞察力を持ち、人並み優れた施政の力を持っておりました。

当時、まだ年若い陛下を侮る者は数多く、その筆頭は宰相である私の父でした。
小僧に何が出来るとうそぶき、王以外は触れてはならないはずの王印を自宅に持ち帰ったりもしていたそうです。
しかし、国王陛下はそのような行為を黙って見過ごすような方ではありませんでした。
私の兄であるディクレ・サヴァンは、本名よりも「お調子者のディー」というあだ名の方が有名な人間。
陛下はそのお調子者の元に極上の女を忍ばせました。
女は、来る日も来る日も囁きます。

「国王陛下はまだ子供。跡取りのいないうちに殺してしまえば、王の位は宰相である貴方の家に転がり込んでくるでしょう。」

勿論兄も、初めは取り合いませんでした。
けれど、根がお調子者だったからでしょう。いくらか薬も使われていたようです。
いつしか女の言うことを真に受けるようになり、女の言うままに国王陛下を暗殺しようとしました。
後はもう、簡単なことでした。暗殺の準備が整い決行は明日、と言うところで女が役所に走ります。
血判状や、実行計画をしたためた書類が動かぬ証拠として提出されました。
兄と父の首が広場に晒されたのは、それからわずか半刻後のことでした。
暗殺を企てていたとはいえ、ときの権力であった宰相を処刑し、見せしめのように一人残された当主は女。
以来、陛下のことを年若だと侮るような人間はいなくなりました。
あれからは、怒濤のように日々が過ぎていきました。
なにぶん女の身です。当主となるような教育は、それまで一切受けておりませんでした。
知っているのは行儀作法と刺繍を少し。男勝りと言われていても、できるのは僅かに乗馬くらい。
当主の職務を覚え、こなしていくのであっという間に時が経ち、父が亡くなる少し前は

「お前もそろそろ嫁に行く頃だ」

と言われていたのですが、気が付けばもう、とうに嫁に行くときは過ぎておりました。
その頃にはおぼろげながら私にも

「自分は罪人の子だから、一生結婚することはないだろう」

という諦めにも似た、一種の悟りのような考えが浮かぶようになっていました。
その頃にお付き合いをしていた男性が他の女性と結婚したこともあったかも知れません。
そのような一連の事件を経て、それもようやく落ち着き、当主としての務めにも慣れた頃。
陛下に呼ばれたのは、そんなときでした。

私が呼び出されたのは夜も更けた頃、もうそろそろ就寝しようと支度をしていたときです。
陛下は若干17歳と、まだお若いながらも公私をしっかりと分ける方で、意味もなく夜更けに部下を呼びつける方ではありません。
仕事で何か手違いでも生じたかと思いながら手早く支度を済ませ、陛下の待つ執務室へと向かいました。

「リトレ・サヴァン、参りました。」

うっすらと月の光の差し込む執務室は、なぜか人払いがされておりました。
一体何事だろうと訝しみながら陛下を見やると、ランプは消され、唯一の灯りである月が陛下のけぶるような金髪を彩っておりました。
こういう時、私はぞくり、と戦慄を覚えます。
年若い娘などは陛下のことをお美しいと素直に褒めそやしますが、私には陛下はなにか、怖ろしい生き物のように感じられるのです。
陛下の目は金の瞳、太陽のようにまばゆいと人は言いますが、ほんの少しでも油断したら襲いかかってくる猛禽類のようにらんらんと光っております。
そのお体は神々しく、アポリオンのように堂々としたお姿だと言いますが、その実、その中には得体の知れない企みや不穏な謀が詰まっております。
その日、雨の降る直前のじっとりした空気は肌に重く、国王陛下の底知れぬ恐ろしさが空気ごしに伝わってくるようでした。
私が、半ば後じさりながら陛下を伺っていると、一語一語をゆっくりと区切りながら

「お前に俺の閨の相手を命じる」

そう、陛下は仰いました。
遠いあの日、私にサヴァン家の当主になれと命じたときと同じ口調でした。

「閨…と申しますと、私に陛下の相手をせよと、そう言うことですか?」

陛下の言葉が発せられてから、随分の時間が経って、私はようやくそう口にしました。
実際はそんなに時間が経っているわけではないのかも知れませんが、私には嫌に長い時間だと感じました。
うむ、と陛下が頷くのを見て、私はあっけにとられてしまいました。
一体この人は何を言っているのだろう。
計りがたい人だとは思っていましたが、今回ばかりは計るどころではなく理解不能。
先ほど発したのも人間の言語かと疑ったほどです。
恐ろしさも忘れてつい、まじまじと陛下を見つめてしまいました。

「あなたは…馬鹿ですか?」

いつもならば決して口にしなかったような言葉がつい口から出てしまったとしても、仕方ありません。
それほど吃驚していたのです。
口に出してしまってからその言葉の不敬に気づき、身が縮こまる思いをしましたが、陛下はむすっとして、押し黙っていました。
よくよくみると頬が赤らんでいます。
ああ、これは照れているのだなと気が付くと、急に陛下を可愛らしいと思う気持ちが湧き上がってきて、くすくすと笑ってしまいました。
私が笑うと、陛下はますます顔を真っ赤にして一言、笑うな、と仰いました。
けれどその言葉に先ほどまでの王者の威厳は欠片もありません。
そこに立っているのは、まだ初心な少年でした。

「陛下、お戯れもいい加減になさいませ。
陛下にはもっと年若い、可愛らしい娘でないと。
私のようなおばさんに、陛下の相手はつとまりませんわ。」

では失礼。
そう言ってスカートを翻し退出しようと思いましたが、それを遮ったのは、荒々しい抱擁でした。

「な……」

何を、と言いかけた唇を強く吸われ、胸を無茶苦茶に揉まれました。
その手つきがあまりに乱暴だったので眉をしかめ、抵抗しようと突っ張った腕は瞬く間に捻り上げられてしまいました。

「おやめ下さい、国王陛下!」

体をねじり、必死でキスを逃れながら叫んだ声は、ドレスを破る音でかき消されました。

「いや、やめて…」

必死で抵抗する私のあごを掴むと、陛下は私の唇を執拗に吸い、下着を剥いでいきました。
涙のにじむ目で見上げると、陛下の目は赤く血走り、食い殺さんばかりの形相で私を見下ろしていました。

「ひっ………」

あまりの恐ろしさに叫ぼうとしても、引きつったようなうめき声にしかなりません。
まだ濡れてもいないような場所をいじられて、無理矢理貫かれました。
その時に何と叫んだかは覚えておりません。きっと言葉ですらなかったのでしょう。
陛下が私の中に精を放ったときは、霞がかかったような頭の中で、やっと終わった、とだけ感じました。

事が済んだ後、私は放心したまま横たわっておりました。
私もとうに乙女ではありませんでしたが、それでも男の人に体を開くなどと言うことがそうそうあったわけではありません。
まだほんの年若で、与えられた役目の重圧にあえいでいた頃。
うなだれていた私をかばい、励ましてくれていた方がおりました。
お互いに心を寄せ合い、愛を誓い合った仲でした。
謀反人の娘でも構わないと仰ってくれていたその方が、周りの声に抗いきれずに他家の娘と結婚することが決まったその夜。
私とその方は、お互いの涙に濡れながら抱き合いました。
それ以来、男の方と愛を交わしたことはありませんでした。
自分でも心のどこかで、生涯あの方一人と決めておりました。
その誓いが、こんなに容易く破れようとは思ってもいませんでした。
呆然と見上げる天井は、重く冷ややかでした。
月は、その姿すら見えないほど朧気で、それなのに光ばかりが差し込んで、陛下を残酷に照らしあげます。
うつろになった体でぼんやりとその様を見ていると、ばさりと深緋が翻りました。

「お前は俺の閨役を務めるんだ。」

これは決定事項だと、まるで書類を読み上げるような無機質な声で言うと、私の体に深緋のマントをうちかけました。
深緋の色は、高貴な色。
ただ一人、国王陛下にのみ許された色です。
そのマントを掛けられると言うことは、所有か、もしくは死を意味しています。
マントを掛けられ、私も観念しました。

「分かりました…」

喉から出た声は、枯れた、かすれた声でしたが、陛下には届いたようで、満足げに目を細めるのが見えました。
私はそれを見届け、ともすれば消えそうになる声で続けました。

「……貴方に体を許します。その代わり、この事は誰にも言わないで下さい。」

もし私が国王陛下の愛人になったとしたら、その話は瞬く間に広がるでしょう。
生涯ただ一人と誓った、あの方の元にまで。
あの方にそのような噂を届かせたくはありませんでした。
たとえあの方に妻がいようと、それでも私だけはただ一人、あの方だけを思っていたかった。

「秘密にしてください、お願い……」

もう、この身は汚れてしまった。
けれど、せめて表面だけでも清いままで。
あの方に身を捧げたままでいたかった。

「秘密にせよと? 都合の良い、そんなこと聞くわけが…」
「聞かねば舌を噛んで、自害します」

あざ笑う陛下の言葉を断ち切る厳しさを込めて言い放つと、陛下がびくりと震えた。

「随分外聞が悪いでしょうね、謀反人の娘が陛下の部屋で強姦された上に自害だなんて。
お望みなら今この場で、舌を噛んでみせましょうか?」

そう言って見せつけるように口を開き、突きだした舌をちろちろと揺らしながら、ゆっくりと歯を閉じていく。

「分かった、分かったから止めよ!!」

これには流石の陛下も慌てたらしく、すぐさま私に馬乗りになって口をこじ開け、舌を噛むことが出来ないように口の中に指を差し入れました。
その動作があまりにも速かったので、私の方が驚いてしまったほどでした。

「そなたの言いたいことは分かった。そなたとのことは一切口外せぬ、誰にも秘密だ。
だからもう、そのような真似をするな、良いな?」

その言葉にこくんと頷き、あごの力を緩めたのを認めると、陛下は慎重に私の口から指を外しました。

「その代わり、そなたは俺の好きなときに体を開くのだ。よいな?」

私はまた、頷きました。
頷いた拍子にこぼれた涙に、月の光が映って見えました。






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