王様と書記官 その2
シチュエーション


王宮は多忙を極めていました。
あと一月先に開催を控えた大舞踏会は冬越しの祭りと呼ばれ、その日には貴族も平民も、分け隔て無くお城に集い、歌い踊ります。
この日に知り合った男女が結婚することも多いために、若い者を中心に城中の人間が……いえ、国中の人間が浮き足立つ季節です。
そうなると、書記官の私も仕事が増えるわけです。
冬越しの祭りの準備や、それまでに済ませてしまわなければならない仕事を済ませる為に文官総出で書類の山を処理したり、作り出したり。
祭りのために王都へ出てくる地方領主との謁見の為の諸々の調整もやるわけですから、大忙しです。

「リトレ様、国王陛下に提出する書類が纏まりました!」

そう声を掛けてきたのは、私の直属の部下であるディックです。
今年で19になる彼は、若手の俊英と噂される頭脳の持ち主。
まだ位階は三位と、書記官の中では駆け出しですが、これからが楽しみな青年です。
受け取った書類を読みながら、その出来に感心します。

「良く纏まってるわ。流石ね、ディック。」

そう言って書類から顔を上げると、緊張した面持ちだったディックの顔が、ぱっと笑顔になりました。
喜怒哀楽が透けて見えるところが清々しくて軽く笑むと、ディックは真っ赤になって、ありがとうございますとお辞儀を返してくれました。
とん、とん、と書類を揃えて袋に入れる。
後はこれを陛下に提出すれば完了です。

「……あの、ディック。私はまだやらなきゃいけない仕事があるの。
悪いけど、私の代わりに陛下にこれを持っていってくれる?」

本来は、一位の書記官である自分が国王陛下の元に出向き、提出するべき書類です。
けれどもどうしても、気が進みませんでした。

「え? 僕が陛下に、これを?」
「ええ。この書類はあなたが作ったものだし、あなたの方が上手く説明できると思うの、お願いね。」

ディックに経験を積ませたいから、だから彼に頼むのだと心の中で言い訳じみた事も考えます。
駄目押しのようによろしくねと言って、渋るディックを送り出しました。

「やっぱり、いきなりは無理だったかしら……」

書記官室を出て行く時の半泣きだった彼を思うと、少し胸が痛みました。
でも、あの書類を持っていくという事は、国王陛下と相対すると言うことなのです。
私は陛下のあの、冷たく底光りのする金の目を思い出してしまい、両腕で自らの体を守るようにかき抱きました。
あの夜。私と陛下、二人だけの密約が交わされてから、もう三月が経とうとしています。
あの日約束したとおり、陛下は私との関係を誰にも明かさず、表面上はそれまで通り、書記官と国王の間柄を続けております。
私も初めはあまりに普段通りなので、あの夜のことは悪い夢か何かの冗談なのだと思いました。
しかし、ある日いつものように陛下の執務室に行くと、いつかの夜のように人払いがされていました。

「失礼いたします。」

衛兵も小間使いもいない執務室は、あの夜を思い起こすには充分でした。
椅子から立ち上がり、近づいてくる陛下に、ドレスは破かないで欲しいと言うと、ちょっと目を丸くし、それから低い声で笑いながら頷きました。
注文の多い人だ、と囁きながら口づけをされました。
それから少し間を置いて、床でするのとソファでするのとどちらがいいかと聞かれました。
床ですると背中がこすれて痛いのですが、ソファは窓際です。
外から見えてしまう危険性もあるので床が良いですと答えると、陛下は私の希望通り、床の上でなさいました。
陛下は目だけはぎらぎらと光って、欲望を露わにしていましたが、所作は年の割に落ち着いたもので、私の反応を観察なさっているかのようでした。
政務に没頭していた国王陛下には浮いた話の欠片もありませんでしたから、女性の身体が珍しかったのかもしれません。
それからは、執務室に行くと陛下に求められるようになりました。
珍しい物でも扱うように私の反応を引き出してゆくことで、陛下自身もまた、上達してゆきました。

「陛下の望む時に抱かれる」という約束をしてしまった以上、求めに応じないわけには参りません。
陛下の方は「決して誰にも話さない」という約束を守ってくださっているのですから、なおさら私が拒むわけにはいかないのです。
けれど、今回は間が悪すぎました。
冬越しの祭りの準備でただでさえ疲れているというのに、陛下のお相手までしていたら、それこそ身が持たないというものです。
更に、やっぱりこれも冬越しの祭りのせいですが、陛下に決済を求めるべき書類が異常と言っていいほどの数になっているのです。
それまでは多くて三日に一度陛下の元に参上すればいいほどだったのですが、ここ一週間は毎日と言っていいほどに陛下の執務室を訪れています。
そして、執務室を訪れる度に抱かれているのですから、ここ一週間の疲労は尋常ではありません。
一昨日は四回も書類を持っていく事になり、色々な意味で死にそうになりました。
流石に4回目をなさろうとしたときには「駄目です」と拒否して譲らなかったのですが、結局私が陛下に口で奉仕することになってしまいました。

「それは嫌です」とごねると、「嫌なら襲うぞ」と脅されたのです。
おまけに全部飲め、などと言う始末。
私が「こんな事は金輪際しないで下さい」と言うと、では抱かせろ、の一点張り。そんな事を言われても困ると言うと、約束が違う、お前はいつでも俺の望むままになると約束したではないか、と反論なさいます。
結局は、陛下の仰るとおりにするしかありません。律儀に守られた約束は有り難いのですが、それは私をも拘束するものでした。

「身が持たないわ……」

今も刻々と増えつつある書類の中で、こっそり呟きました。

ディックが真っ青になって帰ってきたのは、彼を送り出してから暫くのことでした。
何でも、私が参上しないことで陛下にねちねちと嫌味を言われ、上手く答えられなかった部分をしつこく追求された挙げ句、

「これでは埒があかぬ、リトレを呼んでこい」

と言われたのだそうです。
可哀想にディックは、唇の先まで蒼くなって

「ごめんなさい、ごめんなさい」

と繰り返すばかりです。
元はと言えば、陛下の元に行くのを避けようとした私に非があります。
申し訳なく思って、ディックの震える手を取り、手の震えが収まるまで握ってあげました。

「謝るのは私の方よ。一人で行かせてしまったりしてごめんなさい。書類はしっかりしてるのだから、これに文句を付ける陛下の方が意地悪なのよ。」

そう言って励ますと、ディックはみるみる血色が良くなっていきました。

「私が今から行って、お話してくるから安心して。きっと陛下も分かってくださるわ。」

スカートを翻し書記官室を後にすると、むかむかと怒りがこみ上げてきます。
彼の答えられなかった部分は報告の全体には関わってこないような枝葉の部分。
あんなになるまでいじめられるような事ではありません。
この忙しい時に可愛い部下を潰すだなんて、なんていう王様なのかしら!
ぷりぷりと怒りながら陛下の執務室をノックすると、「入ってよいぞ」という了承の声も聞かず、陛下の執務室に飛び込みました。

「リトレ、随分と早く来たな」

執務室の机の向こうに座っている陛下は、ディックをさんざん苛めてすっきりしたのでしょう。
やけに上機嫌でした。

「私の部下をいじめて、そんなに楽しいんですか?」

言葉に精一杯のトゲをまとわりつかせながら睨むと、陛下はにやにや笑いながら手招きをなさいました。
私は先ほどディックから手渡された書類を持って、ずんずんと進んでゆきました。

「そっちではない、こっちだ」

と陛下が自分の膝を指さしましたが取り合わず、書類の束を机に叩きつけました。

「一体どう言うつもりですか、この忙しい時に!

事と次第によっては、陛下でも許しませんよ!」
腰に手をやって、本気で怒って抗議しているというのに、陛下はぬけぬけと

「だからそっちではない、そなたが来るのは俺の膝の上だ」

と仰いました。

「何、ふざけたことを言ってるんですか!!」
「お前は部下の不始末を詫びに来たのだろう。
それならば俺の言うことを聞いて、俺の怒りを解く為に尽力するのが筋というものではないのか?」

可愛い部下にいちゃもんをつけておいて何を、と思いましたが、
ここで下手に機嫌を損ねたら、有望な若者の前途が断たれてしまうかも知れません。
私は怒りを抑えて、大人しく陛下の膝の上に乗ることにしました。

「では、失礼いたします。」

スカートの裾を押さえ、貴婦人が乗馬する時のように横座りになって陛下のお膝に乗ると、違う、と言われてしまいました。
こう、足を広げて陛下にまたがれと仰っているようで、私は随分嫌がったのですが結局は強引に押し切られ、恥ずかしい格好で陛下のお膝の上に乗っかることになってしまいました。

「ん、こうですか…?」

スカートの裾がめくれて、露わになってしまう太腿を隠そうとすると、陛下にその手を制止されました。

「駄目だ。俺の背中に手をまわせ。」

大人しくその言葉に従いながらも、スカートをどうにかしたくてもじもじしていると、

「恥ずかしいのか?」

と、聞かれました。私が素直に「はい」と答えると、にんまりと笑って

「ならば、俺がそなたのスカートを直してやろうかな?」

と言いながら、太腿をすっと撫でました。

「あっ……」

思わず、溜息よりも甘い声が漏れてしまいます。はしたない声を漏らしてしまったことに恥じらいを覚えながら、それでも今は陛下に従うしかありません。

「陛下……。お願いします、どうかスカートを直して下さいませ……」

甘くかすれる声を自覚しながら、私は陛下を見上げ、懇願しました。
けれど陛下は金の目を輝かせながら意地悪そうに笑うばかり。

「さて、どうしよう。さっきは随分威勢の良いことを言っていたな。」

言いながら陛下の手は、私の太腿をじっくりと味わうかのように動きます。

「陛下、いい加減おやめ下さい……!」
「俺の気が済んだら止めてやるさ」

逃げようとしても、膝の上では逃げ場はありません。
太腿への愛撫はいつしか秘所へも及び、身動きが取れないままに私の身体は解きほぐされてゆきました。
陛下の指に目に舌に、嬲られるがままに身をくねらせ、喘いでいるうちに、剥ぎ取られたドレスがふわりと床に落ちました。

「ああ……陛下、いやぁ…………」

執務室で、しかも陛下の膝の上で嬲られることに羞恥を覚えその身を縮こまらせると、陛下は嬉しそうに笑って「お仕置きだ」と言い、私の中へと入ってきました。

もう、何のための、何をした事によるお仕置きなのかもよく分からずに陛下の「お仕置き」を一身に受け、途中からは、これが「お仕置き」なのだ、と言うことすらも分からなくなっていました。

「よいか。これからそなたの部署の書類は全て、お前が持ってくるのだ。それがお前の仕事だろう?」

さぼりおって、と言いながら陛下は私の腰を揺らします。
密室に、隠微な音が響き渡りました。
そうして正体をなくすほどの「お仕置き」をされた後に、気が付けば私は陛下に「一日一回は必ず陛下の元に参上すること」を誓わされていました。
私が嫌だと言うと「うんと言うまでいかせてやらぬ」とまで言われ、泣く泣く条件を飲むことになったのです。
その代わりに、陛下には「理不尽に家臣を怒らない」という条件を飲ませました。
いつものように身なりを正しながら、陛下はもっと沢山の文官と触れあわなくてはなりません、と言うと、ちょっと嫌そうな顔をして、

「そなた以外の文官って……男しかおらんだろう?」

男となど誰が触れあうか、という考えがその顔にありありと書かれていたので、

「ご不満なら女官も付けますが?」

と言うと、「違う違うそうじゃない、そう言う意味ではないのだ!!」とか何とか言った後、「女官は付けずとも良い」と仰いました。
いつものように居住まいを正し、退出するとき。

「リトレ」

声を掛けられ振り向くと、陛下は私にそっと口づけを落とされて、

「また明日」

そう、おっしゃいました。

「明日……ですか」

思わず引きつった私の顔を面白そうに眺めると、

「明日、だ」

そう言って、にっこりと。そこだけはやけにあどけない、年相応の顔で笑いました。






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