シチュエーション
年越えの祭りが終わってもまだ春は遠く、寒空の下で細々と鳴く鳥の声は春を恋しがっているかのようです。 「今年の年越えの祭りは盛況だったな」 と陛下が仰ったのは、もはや「いつもの」と言うしかない行為が終わった後でした。 身を起こすと仕草は気怠げで、陛下の汗ばんだ身体には行為の後の濃密な空気が漂っています。 私は白貂の外套にその身を横たえたまま、冷たく澄んだ光で映し出される陛下の姿をぼんやりと見上げておりました。 「みたいですね。私は会場の方には顔を出していないので知りませんが、 お嬢様方が陛下と踊っていただいたって大騒ぎしてましたね」 ことん、と頭を陛下のお体にもたれかけます。 「何だお前、祭りに参加しなかったのか? 道理で姿が見えないと思ったら」 「生憎と、書類の山に埋もれてましたので」 素知らぬふりでそう言うと、ぽんぽんと頭を撫でられました。 「勿体ないことを。今年はこれでもかと言うほど大勢の娘と踊り倒してやったんだ、 リトレとだって一曲くらい踊ってやったかもしれんというのに」 撫でられた部分からひたひたと、私の身体を冷気が浸食してゆきます。 私は身体の熱を奪い去られないように外套に身を潜めました。 「踊りはあまり、好きではありませんから」 「嘘を申すな。踊りが好きで、年越えの祭りを楽しみにしていたとそなたの父が……」 そこまで言って気が付いたのでしょう、陛下は口をつぐみました。 罪人として父が死んだ後、私の周りから急速に人が消えてゆきました。 爵位こそ剥奪されなかったものの一人残された娘を見て、人々は正しく私の立場を理解したのです。 恭順の意を示して領地を差しだし、市井の中に紛れようとした私を、書記官として王城に留まらせたのは陛下ご自身。 それは、思い上がった一族の末路を皆に忘れさせないようにする為でした。 そのような人間が、どうして祭りなどに顔を出せるでしょう。 「約束だよ、リトレ。一緒に年越えの祭りに出よう。僕が貴方を誘うから」 束の間、日だまりの中にいるような安らぎを感じさせてくれる日々もありました。 それはあっけなくかき消えて、果たされないままの約束が私の手元に残りました。 気まずそうに目をさ迷わせている陛下の狼狽えようが可哀想になって、私はそっと、冷気に浸された部屋の空気を撫ぜるように笑いました。 覚え立てのステップを踏み、それを夢見ていたのは、ずっとずっと昔のことです。 沢山のおしゃべりと、刺繍と踊り。ひたすら甘いもので形作られていた時代。 「もう、好きではないのです」 だから、そんな顔なさらないで。 言外にそう伝えると、陛下はますます眉根を寄せられ、難しい顔をして俯きました。 冷えきった室内で身なりを整え、扉に手を掛けたとき。 「すまない」 絞り出された小さな声を、私は聞こえなかった振りをして退出しました。 SS一覧に戻る メインページに戻る |