王様と書記官 その3
シチュエーション


「ところでな、これには媚薬が入っているのだ」

そう言って手渡されたのはチョコレートでした。
いつものように陛下の元に参上すると、手招きをされ、右手にころんと黒い固まりを落とされたのです。

「びっ……な、何でこんな物を、陛下っ!!」

そんな汚らわしい物、本当は窓の外にでも投げ捨ててしまいたいのですが、国王陛下から寄越された物を粗末にするわけにはいきません。

「ふ、ふざけたことは止めて下さい。どうせただのチョコレートなのでしょう?
そんなっ……媚薬入りのチョコレートなんて、そうそう手に入るわけがないじゃないですかっ!!」

手の平にチョコレートを載せたまま、半泣きになって陛下を見ると、陛下は金色の目を実に愉快そうに細めておりました。

「実は、今朝方レジオン卿がやって来てな。俺に女性関係の噂が無いので
『これと思う女性がいたら押し倒せば良いんです!やったもん勝ちです、
媚薬でめろめろにして押し倒してしまいなさい!』といってな、これを押しつけられた」

陛下はその時の事でも思い出したのか、やれやれといったご様子で肩をすくめてみせました。

「レジオン卿ですか…あの方、陛下にまでそんなものを……」
「何だ、知ってるのか?」
「以前、『貴方は嫁き遅れもいいところだから、これでもつけたら誰かが貰ってくれるでしょう』と、ほれ薬入りの香水とやらを頂きました……」

女性に香水を送り付ける所といい、二重に失礼な方でした。
私個人への嫌がらせかと思えばそうでもなく、会う人会う人に変な贈り物をして嫌がられているんだとか。
巷では『愛の押し売り伝道者』と呼ばれている方です。

「それはまた、災難だったな」
「ええ、とっても」

思い出しても溜息が出ます。
そう言って溜息をついてみせると、笑われてしまいました。
陛下の笑い声にふくれっ面をして見せながら、そっと陛下のお顔を窺います。
引き結ばれている口元が緩むと、年齢よりもなお若く、子供のようなお顔になるのです。
自分でもそれを意識しているようで、陛下はあまり笑いたがりません。
そんな所が余計に子供じみていて、密かに微笑ましかったりするのですが、それはともかく。
今は手の上のチョコレートです。

「溶けておるぞ」
「知ってます」

手の平の体温で柔らかくなったチョコレートは、溶けすぎてどうにも出来ない状態になっていました。

「食べぬのか」
「謹んでお断りいたします」
「だが、もう返して貰うことも出来ぬほどに溶けてしまっているな」
「こんなもの、手を洗えば済むことです」
「勿体ないではないか」
「チョコレートに媚薬などを混ぜ込んだ時点で既に勿体なくなってます。
全く、城下にはお腹を空かせている子供だっておりますのに」

お菓子で遊ぶなんて、と憤ると、陛下がまた笑いました。

「全く、リトレはいつも生真面目だな」

そう言って私の右手を引き寄せると、手の平をぺろりと舐めました。

「へ、陛下っ……!!」
「勿体ないだろう?」

思わず引っ込めようとした手を強く引き戻され、体のバランスが崩れました。

「きゃあっ!」

ここで陛下に倒れ込んだりしては大変です。
とっさに陛下のお座りになっている椅子の背もたれに手を付いて、何とか踏みとどまることが出来ました。
根性です。
私がそんな風になっているのを余所目に、陛下は丹念にチョコレートを舐め取ってゆかれます。

「陛下、あの……」
「黙っていろ」

それ以上は言いつのることも出来ず、右手を陛下に委ね、中腰のままじっとしていると、陛下のつむじが目に入りました。
されるがままという状況が何だか口惜しくて、つむじでも押してやろうかしらと思いましたが、流石にそんな事を国王陛下に出来よう筈もありません。
暫く左手を陛下の頭の辺りでうろつかせていましたが、指先に触れた髪の毛の感触が思ったよりも硬い事に驚いて、手を引っ込めました。
舌が掌の上を這う感触はこそばゆくて、何だかこのままじっとしていたいような、暴れだしたいような、妙な感じがいたします。
そうしてもじもじしていると、陛下は立ち上がりざま私の身体をぐいと引き寄せ、キスをなさいました。

「んっ……」

口の中に甘くて苦い液体が流し込まれ、こくり、と喉が動きました。
チョコレートの味の口づけに身体は甘く痺れ、いつの間にか陛下に縋り付いておりました。

「……どうだ、効いただろう?」

なぜか得意気な陛下の声に我に返って、急いで身体を離しました。

「そ、そんなわけないじゃないですか。たかがチョコレートですよ、ばかばかしい」

後ずさりながら早口に言うと、やっぱりそうかと陛下が呟きました。

「レジオン卿が退出するときに言っていたんだ。
『陛下、女性にとって甘い物はときに媚薬以上の効果を発揮します。
試してみる価値はあると思いますよ』とな」
「な……。じゃあ媚薬って、嘘じゃないですか!」
「いいや。俺に渡すとき、レジオン卿は確かに『媚薬入りだ』と言ったぞ」
「え? でも……」
「レジオン卿が何を考えているかは、俺にはいまいち分からん。
純粋にチョコレートかもしれんし、本当に媚薬が入っているのかもしれん。
リトレ、そなたはどう思う?」
「えっと……び、媚薬という物を飲んだことがないから何とも言えませんが……
私には、普通のチョコレートのように感じます」

口の中に残る甘い味を確かめながら私がそう言うと、陛下はちょっと考えてから

「媚薬だと言うことにしてしまわんか?」

と、仰いました。

「え?」
「だから、これは媚薬だったのだ。よいな」

言ってまた、私に長い口づけをなさいました。

「……っ、んっ……」

思わず漏れた甘い息に、陛下はにやりと笑いました。
ああ、確かにこれは媚薬かもしれません。
だって、チョコレートより甘くて熱い。

「効いてきたのではないか。随分と感じた顔をしている」

言葉に詰まって目をそらすと、陛下は服の曲線にそって私の身体をなぞってゆきます。
肩から胸へ。
ゆっくりと降りてきた手は、服のダーツに沿って降りてゆき、腰まで来ると、
また胸へと上がってゆきます。
陛下の手は何度も胸と腰の間を往復なさいました。
服と肌がこすれる音が恥ずかしくて辺りに目をやると、タペストリに織り込まれた
女神達が、アーモンドのような瞳で見下ろしておりました。
まるで見られているような気恥ずかしさを覚えて目を伏せ、胸を揉み込まれる感覚に
耐えていると、スカートをたくし上げられました。
そのまま下着の中に潜り込んだ指が、室内に湿った音を響かせます。

「もう……よいな」

我慢できない、という色が滲んだ声で陛下に囁かれ、私も思わず頷いておりました。

「あぁ……すごい」

壁に掛かったタペストリの上に縫い止められるような格好で貫かれ、思わず出て
しまった言葉を恥じ入る間もなく突き上げられておりました。
豊饒の女神の上で交わるなんて、という私の言葉を嘲笑うように
深く、浅く、と責め立てられ、いつしか我を忘れて交わっておりました。

「良かったぞ、リトレ」

ようやく我に返ったのは、陛下に耳元で囁きかけられてからのことです。
途中はあまり覚えていないのですが……いえ、思い出したくもありません。
あんな、ねだるような…………何でもないです、何でもないのです!

「あんなに可愛いお前は初めて見た」

だから知りませんってば、そんな事!!
私が真っ赤になってそっぽを向くと、陛下はおもしろがって、最中に私が発した
うわごとを耳元で囁いてゆきます。

「な……何でそんなこと、細々と覚えてらっしゃるんですか、いやらしい!!」
「そうは言っても、あんな可愛らしい声でもっともっととせがまれたら、

忘れろという方が酷というものだろう」

「やめてっ! やめて下さい!!」
「嬉しそうに声を上げて、搾り取られるかと思ったぞ。

恥ずかしいとか言いながら、あそこは貪欲に……」

「違います! あれは……」
「あれは?何なのだ、一体」

反論できるものならやってみろ、とからかう陛下が小憎らしくて睨み付けると、
怖い怖いと首をすくめて笑われてしまいました。
それ以来、抱かれる時に嫌だと言えなくなってしまいました。
何しろ、あれほど乱れたのです。
「嫌」と言っても、陛下は笑いながら「お前は嘘つきだ」と仰るのです。
そこでやっきになって否定するのも気恥ずかしく、何も言えなくなってしまいました。
それはその……段々気持ちよくなっているのは確かなのですが、決して積極的に
いたしているわけではありません。
それなのに、まるで喜んで抱かれているように言われて、反論も出来ないなんて。
あんまり口惜しいので、残りのチョコレートは全て没収して焼却炉に放り込んでおきました。


あれから、チョコレートを食べる時に赤面してしまうことは誰にも秘密です。






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