紅い髪の娘フレイヤ
シチュエーション


とある世界の、とある街の、とある宿屋。
その一室の窓枠に一人の女が座っていた。

足首ほどまである長く美しい髪は燃え盛る炎のごとく紅く、月明かりに照らされて神秘的に輝いている。
青空を切り取ったかのような蒼い瞳は、優しく細められ、ベッドで眠る主人へと向けられていた。

いや――正確に言えばもう主人ではない。
契約期間である2年の月日は、数分前に終わりを告げたのだから。

「……」

彼女はこの世界では名が知れている。――この世の全てのものの中で最強だと。
そして、彼女を従者に選ぶと、契約期間の切れた日に、その者の命も切れる――と。

「……可笑しなものね。本来ならもう消しているのに」

後者の噂の真実は、彼女が契約主を抹殺していた。……それが彼女の使命だった。

彼女は数十人しかいない戦闘種族の娘。

生物研究者が彼女の一族を知ろうものなら、その身をモルモットとして欲するだろう。
そして多額の金を掛けて、彼女の一族を捕まえてしまうだろう。

数の少ない彼女達にとって、それは何より恐ろしいものだ。
しかし彼女は人目に触れてしまい、名が売れすぎてしまったため、姿を消せなくなってしまったのだ。

ならば情報を漏らす恐れのある者だけ―――自分を従者として雇った者だけを消せと、一族は彼女に命じたのだ。

今、目の前で安らかに寝入っているこの青年も消すべき者。


―――だというのに、彼女は青年を殺せずにいた。


何故かは、旅の中で知っていた。
彼女は気付かぬうちに、主人であったこの青年に想いを寄せていた。
そんなもの、一生抱くことはないと思っていたのに。

「複雑怪奇ね、感情って」

自嘲するように笑って、彼女は立って外に向き、普段隠している髪と同色の翼を出現させた。

そういえばこの翼を、この容姿を、褒めてくれたのもこの人だけだったな…。

ふと思い出す、今までの雇主。
この容姿を忌み嫌う者。興味のない者。そのどちらかだったはずなのに、彼はそれを褒めた。
不思議に思うだけだったのに、今今思い出すととても嬉しい。

「ありがとう…さよなら」

そうとだけ発し、彼女は夜闇へと飛び立






てなかった。

素早く手首に鎖が巻き付き、彼女を部屋に引き戻したから。
そのまま更に引かれ、よく見知った者の腕の中にすっぽりと収まった。

「…いつから起きてらしたんですか?マスター。いえ、元マスター…かな」

「残念ですが僕は寝てませんよ?」

見上げればにこりと笑っている青年の顔が目に入る。
手首に鎖が巻き付いているせいで、腰に回された腕から逃れたくても逃れられない。

「離して頂戴、元マスター」

「嫌ですよ。離したら貴女、どこかに行ってしまうでしょう?」

「当たり前でしょ。契約期間はもう切れたんだから」

“本当は貴方を殺さなければならないのだけれど。”
言葉の続きを呑み込んで、娘は俯いた。

「フレイヤ、僕のことを殺さなくていいんですか?」

「……!?」

何故知っているのかと驚いて顔を上げた途端、強引に口付けられた。
咄嗟に反応できず、口付けは深くなっていく。

僅かな隙間から舌が入り込んで、娘…フレイヤのものに絡められる。
体の芯が融かされるような感覚がして、力が抜けたフレイヤは青年に体を預けた。

互いに息苦しくなり唇が離れると、二人の間に名残惜しそうに銀の糸が引く。
ベッドに仰向けで寝かせられ、鎖で両手を柵に拘束された。

「も…と…マスタ…何を…っ」

「僕の名は“クロス”ですよ?前に教えたはずなんですが…」

「………」

勿論、覚えていた。
しかし彼は雇主。そして本来ならば殺さなければいけない存在。
だから敢えて呼ばなかった。

「取り敢えず僕は“元マスター”なんて名前ではないので何も答えられませんね」

一度彼女から離れ、もう一つのベッドの脇に置いていた自身のバッグからタガーを取り出した。

「あと…貴女の気持ちに気付けないほど僕は鈍感じゃありません」

一瞬真剣な顔付きになったかと思えば、再び妖しい笑顔を浮かべ、フレイヤの上に跨った。
そして、タガーで下着ごと服を裂く。

「ゃ…止めて!」

「止めて…ですか」

クスッと笑って、クロスは露になった豊かな胸の頂に触れた。
瞬間、甘い電流が体を突き抜けた。

「キスだけで立ってますよ?本当は嬉しいんじゃないですか?」

「…っんぁ…」

「クスッ…。いい声ですね、もっと聞かせて下さい」

固くなった頂を指の腹で弄び、片手ではもう片方の乳房を揉みしだく。

「ん…ぁっ…ひゃぅっ!」

想い人が相手だからか、それとも別の理由からか、抑えようとしても喘ぎが止まらない。

羞恥から涙があふれ、フレイヤの頬を濡らす。
それを舐め取られ、片手が胸から下へ滑っていくのを感じた。

「…ぁ…ゃ…ダメ…っ」

喘ぎ混じりの制止の声も虚しくショートパンツが脱がされ、ショーツだけにされる。
それさえも自らの蜜に濡れ、あまり意味をなしていない。

「…“嫌”なんですか?本当に“駄目”だと思ってるんですか?」

どこか怒りを、悲しみを含めた様な声が耳に届く。
全ての行動が止まり、少しでも快楽から逃れようと閉じていた瞳を開くと、憂いを帯びた顔が目の前にあった。

「本当に嫌ならこんな風にはならないでしょう?」

「はぁ…んっ!」

ショーツ越しでもわかるほどぷっくりと膨らんだ蕾を撫で上げられ、甘い吐息が漏れる。

「気持ち良いんですよね?だからそんな声が出るんでしょう?だから濡れたんでしょう?」

くちゅり、と卑猥な音を立てて、ショーツの間から指が秘部へ3本入り込み、ナカを掻き回す。

「はぁぁ…っ!ひぅん…んっ…!」

「フレイヤ」

名前を呼ばれ、頬に温かい手が触れた。
心地よくてうっとりしていると、また深く唇が重ねられた。
続く下への愛撫に声を上げようとするも、くぐもった声になって満足に喘ぐことができない。

「フレイヤ」

唇が離れてまた名前を呼ばれる。今度は指が抜かれ、その際に吐息が溢れた。

翡翠色の双眸と見つめ合っていると、少し前の様に妖しくニヤリと笑って耳に口を寄せた。

「貴女は…僕のことが好きなんでしょう?」

ビクリと体が揺れた。
身体は火照ったままなのに寒気を感じた。

鎖が解かれ優しく抱き上げられる。

直ぐに答えようとフレイヤは思ったが、自分の使命がそれを止めた。
彼は一族の存続ために殺さなくてはならない人間。
だから恋愛感情は持ってもそれを通わせてはいけないのだ。

…でも、クロスの哀しそうな瞳と目が合った途端、その心は霞んで消え失せた。

「…好きよ…」

「…僕もですよ、フレイヤ」

嬉しそうに笑うクロスを見て、フレイヤも釣られて微笑んだ。
同時に、胸がちくりと痛む。

自分は愚かだと心の中で自嘲する。
この先、この行為が終わった後に殺すというのに。
この笑顔を…壊さなくてはいけないのに。

「どうしました?」

「ううん、何でもない」

首を振りながら答えると、強く抱き締められた。

不思議に思って少し離して顔を覗くと少し顔を赤く染めて照れているようで。

「すみませんフレイヤ。僕もう我慢の限界なんです。……いいですか?」

お腹の辺りに何か固い物が当たっているのを感じて、顔に血が上るのがわかった。

ゆっくり頷くと、また…でも今度は優しくベッドに押し倒される。
「勿体無いですが擦れて痛いでしょうから翼、仕舞って下さい」

言われた通りに仕舞いあぐねていた翼を仕舞うと、そっと啄むような口付けをされた。
さほど意味を成してないショーツが剥ぎ取られ、恥ずかしくも濡れそぼった秘部に熱い物が宛がわれた。

「いきますよ…」

「ん…っ!!」

指とは違う質量の侵入に息が詰まる。
そしてクロスも予想以上の締め付けに小さく呻きを漏らした。

「フレイヤ…もしかして、初めて…ですか?」

火照って赤くなった顔を更に赤く染めて頷く。

「そうだったんですか…では」

輝かんばかりにニコリと笑った後、いきなり蕾を擦り上げた。

「んぁぁぁあ…っ!!」

予期せぬ快感に身を捩りながら喘ぎ、締め付ける力が抜ける。
その隙をついて、一気に貫いた。

何かが破れる音がして、一瞬遅れて鈍い痛みが襲ってきた。
シーツを握り締めて痛みに耐えていると、そっと手が重ねられた。

「痛かった…ですよね?」

「ん…っへい…き……」

強がって答えたものの顔に出ているのだろうか、動き出しはしない。
実際破瓜の痛みは相当なもので、簡単には消えそうにもない。

汗で額に張り付いた髪が剥がされ、額に口付けが落ちる。
また見つめ合って、どちらともなく唇を重ねた。

「…ほんとに…もう動いて…大丈夫だよ」

暫くそうして過ごし、大分痛みが消えてからそう告げた。

クロスは優しく笑って頷き、ゆるゆると動き始めた。
最初は痛みばかり覚えたものの、時が経つにつれ、それは快楽へと変わっていった。

「ぁ…っくぅ…っ!も…と…マス…タ…っ!」

罪に溺れぬよう、快楽に…欲に負けぬよう、わざと名前を呼ばない。
今更無駄なのかもしれないけれど、そうすることで自身に釘を打った。

そうでもしないと、離れられなくなりそうだったから。

「く……っ…!!…僕はクロス…です!」

「んぁ…ゃっ!!そん…激し…っ!!」

呼び方に反応して、クロスの律動が急に早くなった。
勿論そんな事をしても、名前を呼ぶつもりはない。

二人分の荒い呼吸、肌と肌がぶつかる音、互いの奏でる淫らな水音、抑えることのできない喘ぎ声。

静かな部屋にそれが響く。
隣の宿泊客に聞こえるんじゃないかと心配になって、快楽の波に掻き消される。

「ひゃぁ…っぅ…も…ダメ…っ!イっちゃう…っっ!!」

「んっくぅ…っ!!…いいですよ…っ…イって下さ…!」

元々早かった律動が速度を増し、更に奥へと入り込む。そうして絶頂へと駆け上っていく。

「は…っぁぁぁぁぁあん!!!!」

「…っ…フレイ…ヤ…っ!!」

絶頂を迎えたフレイヤはそのままベッドへ沈み、クロスも強い締め付けに殆ど同時に達し、その身体を横に倒した。

「愛してますよ…フレイヤ」

その言葉を残し、彼は気だるさからくる睡魔に負け瞳を閉じた。

「……ごめんなさい、元マスター…」

今度こそクロスが完全に寝入っていることを確認して、フレイヤは囁いた。

「やっぱり、貴方の気持ちに応えるわけにはいかない」

重たい上半身を無理矢理起こして、隣にある若葉色の髪を撫でた。
この時ばかりは自分がスタミナの多い戦闘種族で良かったと思う。

「今、どんな方々でも貴方を殺せる」

それをせず立ち上がって、窓辺に落ちていたバッグから替えの服を取り出して着替える。

「今なら、ナイフか銃で貴方の心臓を確実に当てられる」

バッグを手に持ち、消していた紅い翼を広げて夜空へ飛び出し、振り向いた。

「ここからなら、ライフルで貴方の心臓を撃ち抜ける」

バッグの中からライフルを取り出し、それに照準を合わせる。

「さようなら……クロス。私がたった一人愛した人…」

ライフルの引金を引いた。
弾は見事に命中した。
明日になればきっと誰かが気付くだろう。

フレイヤの眼からは涙がこぼれ落ち、月光に輝いていた。

時が経ち、季節は巡って再び同じ季節。

青々と木々が生い茂る森の中で、娘が一人、岩の上に座っていた。

娘の地面に付きそうなほど長い髪は紅く、月光に照らされて神秘的に輝いている。

大空を切り取ったような空色の瞳は、夜空にかかった星屑の川に向けられていた。

「もう…一年も経ったのね」

口元に笑みを浮かばせて、片手を空へ伸ばす。

「星を取りたいだなんて子供みたいなこと考えてるんですか?」

「……」

突然現れた青年に驚くこともせず、伸ばした手をそっと下ろした。

「起きたらいきなり感謝されてびっくりしましたよ。“就寝中に開いてる窓から入り込んで荒らしてくる魔物を倒してくださった”…と」

「……」

「貴女でしょう?アレを撃ったのは」

「……何故…私だと?」

「近くに綺麗な紅い羽根が落ちていたので」

「それだけ?」

「貴女しかこんな綺麗な羽根を持つ人はいませんから」

青年は娘に近付くと、その手をとった。
娘は青年の方を向く。

「僕と契約を結んでくれませんか?僕が年老いて寿命が尽きるその時まで」

青年の強欲な申し出に驚いたような顔をした後、娘は嬉しそうに笑って告げた。


「はい…。マスター」






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