シチュエーション
陛下が離宮に籠もりました。 籠もると言っても別に引きこもりというわけではなく、精進潔斎の類でもなく。 ただ単に、 「これは俺の夏休みだ」 ということらしいです。 陛下が離宮に籠もる間は、召使いなども寄せ付けません。 武官文官の類も制限をかけ、お側に行けるのは武官と文官で一人ずつ。 王宮でもそれに合わせてお休みを取る者が多いのですが、私は陛下のお側に行ける文官として選抜されたため、離宮に詰めることになりました。 王宮が半休暇状態に入っている為、やることはいつもより少ないのですが、今の私は文官の代表です。 普段は私がやらない仕事もやることになるわけで、下手をしたら普段の仕事よりも大変だったりします。 救いと言えば陛下が籠もっている離宮、通称『夏の離宮』が涼しい場所に建っている、でしょうか。 これで暑かったらもうやってられません。 私は書類の山の中で、これが済んだら休みを貰おう、そうしてゆったり休みを満喫しようと思いました。 こんこん、とノックする音も、王宮の扉とは材質が違う為、少し軽やかに響きます。 「入れ」と言われた先にいらっしゃる陛下も、いつもの重々しい執務机と椅子ではなく、籐で編んだ涼しげな長椅子に寝そべって本を読んでいました。 涼やかな緑の天蓋が覆う、硝子で出来た円形の部屋は、陛下のお気に入りです。 ただ、この方の場合、周りの装飾品がどんなに軽やかになっても、本人が一番重苦しい雰囲気を纏っているので、寛いでいるだとか、リゾート中だとか、そう言った気がいたしません。 むしろ、陣中見舞いに来た気分とでも言うのでしょうか……。 いえ、ただ単にちょっとそんな気がすると言うだけですけど。 私がそう漏らすと、武官代表でいらっしゃっているヴォリアス様は「違いない」と言って笑って下さいました。 「どうした、リトレ。」 私がそんなことを思い出していると、表情に出てしまったのでしょうか。 陛下がいぶかしげに私の顔を覗き込みました。 「い、いえ。ただちょっと今朝、ヴォリアス様とお話ししたもので。」 申し訳ありません、と頭を下げると、陛下はぴくりと眉を動かしました。 「ヴォリアスと……?」 「はい。今までお話しする機会がなかったのですが、食堂で一緒になって。 昼食をご一緒させていただいたのですが、随分と気さくな方ですね。」 それに、有能そうな方でした。 鋼のように鍛え抜かれた体躯は一軍の将として、十分に信頼に足るものでした。 聞けば、ヴォリアス様は平民の出であるにも関わらず、その能力を陛下に認められ、離宮詰めの武官代表に抜擢されたんだとか。 私はそれを聞いてヴォリアス様にも感心しましたけれど、それ以上に陛下の慧眼に感動しました。 家柄や育ちに左右されて本質を見落としがちなのが貴族ですが、陛下は常に、その人間の本当に持っている力を見つめる事の出来る方です。 「あの方を見ていると、私も頑張らなきゃ、って思うんですよね。」 ちょっとおこがましいかも知れませんけど。 でも、同じ離宮詰めに選抜された者として、自分もあの人と対等と言えるほどの力量を持っていなければいけないと思うのです。 でなければ、折角選んでくれた陛下に顔向けが出来ません。 そんな思いがいっぱいで、言った先から刻々と陛下のご機嫌が急降下しているのに、私はちっとも気が付くことができませんでした。 ついでに言えば、その理由も。 「ほお……。そんなにあいつが、気に入ったのか?」 「平民から出世した者の中には、慢心して普通の貴族以上に偉ぶる方もいますけれど、ヴォリアス様はそんなこともなく、武官としても人間としても、十分に尊敬に値する方だと思います。」 「人間としてもか? あいつのことを随分買っているんだな」 「それだけの人物だと思いました」 だから、あなたも選んだのでしょう? そんな意味を込めてちらりと視線を投げると、陛下は手にしていた本を傍らに置き、私に向き直りました。 「では、俺はどうなのだ?」 「は? ………いえ、失礼しました。ええと、それは、国王陛下を人間としてどう思うか……と言うことですか?」 「そうだ」 急に何を言い出すのでしょう。 あまりに陛下が突飛な事を言い出すものだから、思わず素っ頓狂な声を出してしまいましたが、陛下は全く威厳を崩さず、王者の風情でゆっくり頷きました。 何というか、その…そこまで真面目な顔をされても困るというか…… 「だって、国王陛下は、国王陛下じゃないですか」 そう。我が国の国王陛下は建国神話の便宜上、神の一つ子とされています。 大体、いくらなんでも自国の国王の人間性を本人の前で寸評するのもどうかと思います。まあ、一言で言うなれば『怖い人』となるのでしょうけど、これは流石に国王陛下でなくってもあからさまに言うのはどうかと……。 「だから一体、何が言いたい?」 「えっとその、だから。陛下はそういった事の対象外というか、何というか……」 「対象外だと? 俺では論外だと言うのか?」 「いえ、そうではなくて…何て言うか、私では陛下の器を推し量れるような力が足りないというか……」 一瞬、やけに陛下の凄みが増したような気がしましたが、一度口に出してしまったことは取り消すことはできません。 仕方がないので拙い言葉で何とかフォローしようとしても、上手い言葉が出てきません。 しどろもどろになっていると、陛下は眉間のしわを深くして立ち上がりました。 「もうよい、そなたの言うことを聞いても埒があかぬ」 そう仰ったかと思うと素早く私の手を取り、あっと思った時には長椅子に押し倒されておりました。 「陛下? ちょっと………」 「そなたの口から出る言葉など欲しくないと言っておるのだ」 そう言って、いかにも不機嫌そうな顔で私の唇を塞いでしまいました。 いかに緑で覆われているとはいえ、硝子造りの小部屋です。誰かに見られてしまうのではないかと身を固くすると、陛下もそれに気付いたのでしょう。人の悪い笑みをにやりと浮かべ、 「誰かに見られるのは好かぬのだったな。この離宮には誰も居らぬ。外を気にする必要はないのだぞ」 そう言って手早くスカートを捲ると、下着の中へするりと指を滑り込ませました。 「あっ、駄目ですっ……」 私のそこは、思いのほか猥らな音をたてて、陛下の指を飲み込んでしまいました。 「何だ、もう濡らしておるではないか。俺に弄られるのを待っておったのか?」 否定しようとしても、陛下は私のあそこを指でもって掻き混ぜ、ふしだらな音を部屋の中に響き渡らせました。 そんな猥らな音を立てられては、どうしようもありません。 「そなたのここは、随分と俺の指を気に入ってるようだな」 そう言って、いよいよ指の動きを激しくなさいます。 「ぁぁっ……」 火照った顔を陛下に見られないように俯いたとしても、自然に揺れてしまう腰は止められません。 陛下の御手に、身体を擦りつけるような真似をする女を、陛下はどう思ったのでしょうか。 刺すような視線を感じながら、それでも私は腰の動きを止めることが出来ませんでした。 「っ、はあ……」 せめて、指の動きを止めてくれたら。 今や陛下の指は、陛下ご自身を思わせる動きでもって激しく抜き差しを繰り返し、私を責め立てておりました。 「……ぁぁ……ぁああ……はぁん……」 硝子の小部屋に響き渡る音は鳴りやまず、いつしかそれに私の喘ぎ声が加わり、聞くも恥ずかしい音楽が奏でられました。 猥らな音楽に浸りきって思考力を奪われ、いつしか私は貪欲に陛下にねだっておりました。 熱い楔が打ち込まれる度に、身を震わせて陛下の名前をお呼びすると、陛下は熱を帯びた目で私を見つめ、私の中に熱い迸りを注ぎ込んでゆきました。 何度も何度も、角度を変えて交わります。 緑の隙間から木漏れ日が舞い降りてきて、ゆらゆらと二人の上に降りかかりました。 「そなたはこうしているときが一番可愛いな。ずっとこうして啼いているがいい」 「っ、はぁ…………ず、ずっとぉ……?」 「そうだ、ずっとだ。ずっと俺に嬲られて、過ごすがいい。」 陛下が私に、夢見るように囁きました。私も何だか、それはとても素敵なことに違いないと思いました。 熱い楔が私の体から引き抜かれたので名残惜しげに声をあげると、お詫びとばかりに甘やかなキスが降ってきました。 事が済んだ後も陛下は私をお放しにならず、私は陛下の肩越しに木漏れ日を目で追いながら、先ほどの「ずっと」という言葉をぼんやりと口ずさんでいると、とろとろと眠気が押し寄せて参りました。 ずっと、ずっと。 私の声が聞こえたのでしょうか。 その日、緑の隙間からこぼれ落ちる光が夕闇にかき消えるまで、陛下は私を抱きしめて下さいました。 目が覚めると辺りはすっかり薄暗くなっていました。 今から文官の詰め所まで戻るのは大変だろうということで、陛下と夕飯をご一緒させて頂きました。 陛下と食事の席を共にするのは初めてでしたが、周りの目もないし、体もくたくただし、ちょっとだけ甘えさせていただきました。 ただ、「俺の膝に乗って食事を採れ」というのは有り難くご辞退させていただきましたが。 そう言えば、陛下の私生活には今まで関心がなかったのですけれど、ひょっとして他の女官にもこういう事をしているのでしょうか。 そういった噂はあまり詳しくない方なので何とも言えませんが、私のような者にまで手を出しているのだから、小間使いに手を出していない方がおかしいのかも知れません。 疑問に思って陛下に聞いてみると、やけに取り乱して「してない! やってない!」と否定なさいました。 その反応が却って怪しいと思ったのですが、あまり深く詮索しないことにしました。 ずっと、ずっと。 陛下もいずれ、相応しい方をお后様に迎えて、ご家庭を作るのでしょう。 それは国王という立場にいる人間にとっては、義務でもあります。 ずっと、こうして。 陛下の隣に並ぶ方は、どのような方でしょう。 陛下はその方を、どのような目で見つめるのでしょう。 優しい声で呼ぶのかしら。今日のように優しく抱くのかしら。 ずうっと。 どうして胸が締め付けられるのでしょう。 なぜこうも、陛下のお側にいるのが辛いのでしょうか。 離宮になど来なければ良かった。 こんな気持ちになるのなら、初めからこんな役目など辞退しておけば良かった。 そんな思いに駆られて、私は『ずっと』という言葉を胸の中からかき消しました。 SS一覧に戻る メインページに戻る |